東芝社の不適切会計処理問題の原因分析は慎重にすべきである
東芝さんの不適切会計処理問題ですが、第三者委員会報告書が7月中旬をめどに公表される予定だそうです。マスコミ各紙では、まるで第三者委員会報告書の内容を先取りしたかのように多くの部門で会計上の不適切な処理が行われていた原因分析が報じられています。要は経営トップによる各部門への(予算達成に向けた)指示命令が非常に厳しかったこと、現場では、そのプレッシャーに耐えきれず「意図的」な不正会計処理が行われていたことが掲げられています(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。
しかし予算目標の必達が現場のプレッシャーとなり、「意図的に」不正会計に走ってしまった・・・というストーリーはあまりにも短絡的ではないでしょうか?経営トップの各部門への指示命令が厳しい会社はどこにでもありますし、たとえ厳しい指示命令があったとしても不適切な会計処理などとは一切無縁の会社もあります。予算目標の必達に関するプレッシャーが原因で意図的な粉飾に走る、という理屈であれば、それこそ多くの会社で同じような会計不正事件が発生してしまうことになりますが、それでは説得力のある分析にはならないような気がします。
私は経営トップの厳命と現場における会計処理との間に、もう少し詳細な分析が必要だと考えています。そこで検討すべきは、現場担当者が「会計不正に走るための正当性の根拠」です。もちろん経営トップの具体的な粉飾指示があれば現場にとっては「正当性の根拠」となりますが、たとえば数字の上では取引先と貸し借りの関係にあるけれども、その貸し借りは決して解消される関係にはなく、一方的に数字は積み上がり、実質は贈与や譲渡に該当する、といったケースです。現場の会計処理に携わる人たちは「これは将来の精算が前提となっているのだから贈与ではない(粉飾ではない)」といった正当性の根拠となります。また、工事進行基準適用時における原価の付け替えなどについても、「最初の工事には多くの費用を要したけど、二回目の工事は最初の工事の失敗があったからこそ早めにできた。だから二回目の工事に一回目の費用を付け替えても費用と収益とのバランスに問題はない」といった正当性の根拠を考えます。
これらはある程度までは正しい理屈だとしても、最初から負債隠しありき、原価付け替えありき、といった目的で行われるとすれば粉飾です。このような処理が東芝さんの慣習として現場に浸透していたからこそ、現場社員は不適切な会計処理を自ら正当化していたのではないでしょうか。もちろんこれは私の推論による一例ですが、このような正当化根拠が組織の慣習として浸透していることが明確になることで、東芝固有の内部統制上の重要な不備が認められるのであり、だからこそ説得的な再発防止策を検討することができるように思います。今後、第三者委員会報告書が公表されるとしても、何が経営トップの厳命に対するプレッシャーと現場における不適切会計処理の決断との間をきちんと埋めるプロセスだったのかを明確に示していただきたいと願うところです。そこまで慎重な原因分析が行われるとすれば、おそらく他社の会計不正を未然に防止すべき内部統制の構築にも役立つものとなるはずです。
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コメント
「こんなことをしていると、会社が潰れてしまう。」と、言う人間がでるかでないか。企業風土とまとめてしまえば簡単ですが・・・
山一證券、大和銀行・・・問題が出るたびに法令を変え、仕組みを導入し、と対策してきたのではないのか?
なぜ、東洋ゴムは同じような問題をまた起こしたのか?なぜ、仕組的には優等生だった東芝で今回の事件が起きたのか?
ひょっとすると、日本人は変われないのではないか?と、思わざるを得ません。
投稿: Max | 2015年7月10日 (金) 11時43分
「教育」が必要なものかと。
営業畑出身の優秀な幹部によく見受けられる感覚:売上計上日が今日でも明日でも同じこと。
これ、会計的に言うと、期末日か、翌期初日かが異なる場合、翌年のものを今年の売上にしたら、「架空計上」「粉飾決算」と呼ばれかねないもの。賞与の査定との連動などがあって、どちらでも同じことと考えていると、ここで「期ズレ」起こすことをそもそもなんとも思っていないケース。件数が増え、日にちズレが拡大すると、やめられなくなって、大がかりな粉飾と呼ばれてしまいます。
工事進行基準も、「進捗率」「工事原価総額(見積もり)」など恣意性介入の余地はあり、「全部完成すればどうせ同じこと」という感覚がベースにあれば、時に自分に有利にしてしまう動機が当然にあり、「会計」の教育を受けていないと、はじめは単なる「いたずら心」「査定期間中の賞与アップ目的」であったりするのでないかと考えます。
「会計」の感覚(たいしたことないと現場が思っても、世間で不正・粉飾と称される事実)に関して、「教育」を行うことで、防げるものがあるのでないかと考えています。
投稿: 元会計監査従事者 | 2015年7月10日 (金) 15時20分
このような粉飾決済をするというのは投資家の視点がないからというのが原因の一つと感じます。
とにかく、投資家からお金を投資してもらって自分の会社が成り立っているという感覚がない。予算必達という掛け声、社内の論理や自分の保守、昇進のために報告をしている。このように一度売り上げ認識日をずらしたり、減損を意図的に引き伸ばしたりすれば、逮捕されてまた書類送検された某芸人の薬物と同じで簡単にやめることはできません。
小生もそのように投資家に嘘をついてお金を借りているという教育が必要と思います。
投稿: 工場労働者 | 2015年7月11日 (土) 01時45分
経営層が「売上、利益を上げろ」と言った場合、効果には二つの側面があると考えます。予算達成のプレッシャーはその一つでしょう。これは普遍的なものです。問題はその発言の時期です。期末まぎわ又は期末後の発言だったとすればどうでしょうか。いかなる言葉で包んだとしてもそれは会計操作の指示にほかなりません。東芝がどうだったかは知りませんが。そのような指示が常態化していたのか、調査結果を確認したいです。
投稿: JFK | 2015年7月11日 (土) 13時25分
報道の通り、経営トップが暗に不正を行うように促していたとすれば、社内の担当部署や内部監査部門も逆らえなかったでしょうから、外部の監査法人や社外取締役が十分に機能を果たさなければならないでしょう。
不正の内容が、工事進行基準の見積原価や半導体の在庫評価という業務処理統制レベルの会計判断ですから、監査人は財務諸表監査においてもリスクが高い領域としてチェックしているはずです。
監査委員である社外取締役は、業務処理レベルの会計処理を直接チェックする立場にはないとはいえ、内部監査部門の内部統制評価が適切に行われているか否かを、リスクアプローチによりチェックしなければなりませんから、他の委員会の社外取締役と違い財務の知見はもとより、監査の知見も必要でしょう。この意味からいえば、東芝の社外取締役の適性は十分とは言えないでしょう。
指名委員会等設置会社における大きな不正に事例として、日興コーディアル証券がありますが、連結の範囲という会計判断について同社の監査委員(財務の専門家が複数選任されていた)は強行に反対したにも拘われず、監査人が認めてしまったため不正が防止出来なかった というものです。今回まだ詳細はわかりませんが、監査人の責任相当重いように思われます。
投稿: 迷える会計士 | 2015年7月12日 (日) 12時15分
読売新聞の記事だと、経営幹部が直接損失先送りを指示したような取材結果になっています。
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150711-OYT1T50009.html
むしろ、小出し小出しに内容が悪化していくような広報について、会社側がうまくコントロールしないと、第三者委員会で本当のこと?がわかった場合、非常に会社のブランド価値にとって良くないことだと思いますので、その辺の危機管理をどうすべきかをご示唆いただいた方が読者のためにもなるのかな、と思いました。
本件、最初は大したことなさそう→やっぱり怪しい→最後はとんでもない
だと、ブランド価値にとって大きな傷にならないかな、と思った次第。
小出しにリークする「関係者」はこの辺の「東芝愛」がない人で残念です。
投稿: 明後日 | 2015年7月13日 (月) 09時07分
こうやって情報が小出しされていること自体、近年言われ続けてきた東芝の社内軋轢(路線争い、派閥争い)が現在も蔓延っている証拠ですよね。社内の敵をこの際叩こうと思っているひとがいるわけです。「東芝愛」があるとかないとか、そんな甘っちょろいものじゃなくて。
制度変更だけでは全く万全ではなく(変な日本語ですが)、教育と言ったって大の大人に対して今更誰が誰に対して行えるのか。そもそも、投資家のプレッシャーがあったゆえ、半ば積極的に「不正」が行われたのでしょうし。
そう、これは「不正が見逃された」ことが問題ではなくて(そんなものは制度を変えようが監査を強化しようが、いくらでも誤魔化しようがあるでしょう、永遠に!)、「全社的に積極的に不正が行われ続けてきた」という問題なのです。その動機を解明し、そういうことを行わなくていいような風土、環境が整備できなければ、同社でも他社でもこのようなことは繰り返されるでしょう。現場を委縮させるだけでは、犠牲者が出るだけです。
投稿: 機野 | 2015年7月13日 (月) 16時47分
誰がリークしたのか(まさか委員会スタッフではないと思いますが)わかりませんが、この情報漏洩と風評のリスクは大きいですね。
今回の先生のご意見は「動機」の面が中心かと思いますが、不正の「機会」を与えたこと、つまり監査機能の不全(日経新聞の記事でも触れられていましたが。)はいかがでしょうか。とりあえず、経営監査部門が執行部側(経営監査部)で充実している一方、自前のスタッフが僅か5名の監査委員会室しかない監査委員会(経営監査部とは連携しかできない。)はとても気の毒であり、日本型三様監査の限界事例とするには早計でしょうか。
投稿: Kazu | 2015年7月13日 (月) 16時52分
たしかに誰が誰に教育するかは難しいですね。特にCEOが不正にかかわっている場合。
一つ考えられるのは監査部門の報告先がCEOである場合、そこでそのCEOが問題をつぶしてしまえば問題が議論されないわけで、やはり内部監査部門の報告先は監査役(外部取締役)にするべきではないでしょうか?これだけ大規模な不正をやれば、監査部門のスタッフおよび監査室長が知らないわけないわけで、トップへの報告でつぶされたと考えます。これで監査役の責任はより明確になると思いますし。
よって、体制としては監査役>内部監査室>各事業や工場の監査スタッフあるいは使用人のようにするべきで、そして事業所や工場の監査関連スタッフはある程度人事評価や給与も含め事業所や工場が影響を持つわけではなく、ある程度独立した体系であったほうがいいんでないかと思います。
投稿: 工場労働者 | 2015年7月14日 (火) 10時56分
上場会社の会計監査制度自体に根本的な原因があるものと思われます。
そもそも上場会社が監査法人と直接契約して監査を依頼するという
制度自体に無理があるため、
いくら監査法人内の品質管理を精緻にしても
やたら細かい基準が増える一方で
利益仮装の経営者不正は、後を絶たないのだと思われます。
また、内部監査部門の報告先が社外取締役や社外監査役になったとしても
大半の場合は、伝家の宝刀を抜かずに問題を先送りする結果になるものと思います。(そもそも人選の時点で会社側が機能しない人選をしていることがほとんどでは?)
今回、証券取引等監視委員会への内部通報がきっかけで
問題が表面化したと報道されていることからも
結局は、監査法人・監査委員会(社外取締役)は経営者の利益仮装には無力であることが多く、
何のしがらみも無い規制当局しか、この種の不正に対して有効な対抗力になりえないことを
学ぶべきと思います。
逆に言えば、金融機関・保険業者に対する金融庁の金融検査並みに上場会社への定期的な開示検査が実施されれば、
利益仮装タイプの不正会計に対して極めて有効な抑止力になるのではないでしょうか。
2011年7月に証券取引等監視委員会課徴金・開示検査課が
上場企業による有価証券報告書の虚偽記載などの不正開示が後を絶たないことから
開示検査課を独立・強化されましたが、まだまだ不十分ということだと思われます。
聞くところによれば金融機関や保険業の内部監査部門の伝家の宝刀は、
「金融検査で指摘されますよ。」であって
「監査法人に指摘されますよ」や「監査委員会スタッフに指摘されますよ」ではありません。
投稿: 内部監査人 | 2015年7月14日 (火) 22時38分