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2015年8月31日 (月)

東芝事件・有価証券報告書提出で始まるセカンドステージ

Iwanamisekai09(8月31日午後7時半 追記あり)

8月31日は東芝さんの15年3月期の有価証券報告書が公表される日ですね。概要・見込みについては既に8月18日に公表されていますが、P/Lに関連する会計処理の問題がB/Sにどのような影響を及ぼしているのか(また監査法人がこれを許容したのか)という点は注目したいところです。第三者委員会報告書の公表、これを受けてのガバナンス・内部統制の再構築のための新体制発表が第1ステージとするならば、今後は東芝を取り巻くステークホルダーがどのように動くのか、いよいよ有価証券報告書の提出後は第2ステージが開幕しますね。

※追記 本日夜、東芝さんの有価証券報告書提出期限の延長が承認されたそうで、9月7日期限とのことだそうです。

ところで第2ステージを読み解く上で、とても参考になると思うのが岩波書店さんの月刊世界9月号に掲載されている「東芝『不適切会計』事件の真相」というテーマでの細野祐二先生と郷原信郎先生の二つの論稿です。第三者委員会への批判や監査法人への批判という点は、私もすでに当ブログで私見を述べており、やや両先生方とは意見を異にしますが、やはり会計専門家、法律家の立場から、この会計事件を鋭く分析されていて共感できるところが多く、とても勉強になります。細野先生は同じく工事進行基準が問題となったIHI事件との比較において、東芝の場合には米国会計基準に基づく決算報告提出会社である点にスコープしています。WEC(ウェスティングハウス社)の「のれん」の減損テストや繰延税金資産の計上不能に関する論点のほかに「その他包括利益」を構成する株主持分変動(退職給付債務計算における数理差異等の調整額)にも焦点をあてて、「財務制限条項」抵触問題にツッコミを入れておられるところは興味深い。また郷原先生はオリンパス事件との比較において、東芝事件では会計事実ではなく会計処理上の評価に関する不正であることや金融取引ではなく日常的な取引に関する不正であることにスコープして、とりわけ監査法人の責任問題に論及されています。ココは私も別の機関誌で書かせていただいていますが、監査法人さんの問題を論じる上で重要なポイントかと思われます。

私的に第2ステージで注目したいのは(前から申し上げているところで繰り返しになりますが)監査法人さんと監査委員会との間でどんなやりとりがあったのか、という点です。どなたかがコメント欄でおっしゃっておられたとおり、これくらい大きな会社になると会計処理の方法やその結果など、経理担当者と監査法人で作りこんでいくのが実際の作業であり、その具体的な中身や適正性などは経営者にも監査役(監査委員会)にもわからないのかもしれません。しかし第三者委員会報告書を読むと、いくつかの場面で経理担当者と監査法人との証言が食い違っていたり、また経理担当者が監査法人対策をされていたことを示すメールも紹介されています。つまり会計基準の適用場面において両者が対立する場面もあったことが窺われます。

そのような場合、すでに2005年あたりからは、監査役(監査委員会)と監査法人との連携や協調によって解決を図ることが日本公認会計士協会や日本監査役協会の「共同報告」で示されていたはずであり、監査法人側が会計処理上で問題を抱えている場合には定期または臨時の監査役協議会において課題を共有するのが通常だと思われます。たとえば工事原価見積金額の確定による引当金の算定など、たしかに会計事実を隠ぺいしているものではなく、会計処理上の評価の問題ではありますが、評価のためにはその根拠事実が必要であり、根拠事実が不足しているのであれば監査役(監査委員会)に協力を要請するのではないでしょうか。会社は機関投資家ではありませんので、いくら「将来見積もり」が会計処理に影響するとしても、それは過去の実績からしか根拠事実として示すことはできないのです(これは企業会計の役割からみて当然です)。事業計画の評価など監査役(監査委員会)の業務ではありませんが、会計監査人が意見を形成するための根拠事実となる「過去の事実」を報告することは、監査役(監査委員会)にもできるはずです。

2005年ころまでの監査実務では「しょせん監査役(監査委員会)など、会計をわからない素人ばかりなのだから相談してもムダ」といった監査法人の意見が通ったのかもしれません。しかし2005年の会社法改正、2007年の金商法改正、同公認会計士法改正に伴い、会計監査人の監査役(監査委員会)への報告義務が強化され、法規範的にはもはや上記理由は通らなくなってきたのではないかと。会計監査上の課題はむしろ共有するのが当然の時代になったのですから、東芝のケースにおいても、会計処理上のどの課題は共有され、どの課題は監査委員会に伝えられていなかったのか、ぜひとも明確にしていただきたいところです。ここが明らかになると、会計監査人には責任があるが監査委員会には責任がない、逆に監査委員会には責任があるが会計監査人には責任がない、といった法的責任のトレードオフの関係も明らかになるのではないかと考えるところです。

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2015年8月28日 (金)

サイバーセキュリティには国が総力を挙げて取り組むべきである

ブログでは本業についてほとんど書かない(書けない?)のですが、本日は少しだけコメントさせていただきます。6月初めから約3カ月、本業(危機対応)として日本年金機構の個人情報流出事案に関与させていただき、昨日も当局側と検討協議をさせていただきました(なお、私がどのような立場で関わっているのかがわからないように、以下では専門用語は使用しておりませんので、若干不正確な表現がありましたらご容赦ください)。

ご承知のとおり、日本年金機構による情報流出事案について、先週末に3つの報告書が公表されまして(NISC、年金機構、検証委員会)、なかでもNISCさんの報告書は(指揮命令系統が異なるためか)他の報告書とは「公開」の基準が違うので非常に興味深いです。よく読むと、ほかの報告書ではわからない情報が出てきています。なお、マスコミでは主に厚労省や年金機構の組織上の問題点が批判されており、国民の重要な個人情報を管理する立場として責任感があまりにも欠けている・・・といった主張は妥当なものだと思います。しかし行政がしっかりするだけではなく、以下の課題における民間の意識向上を含め「国家総動員」でサイバーセキュリティのレベルを上げなければ同様の事故の再発防止は不可能だと確信いたします。

まずは情報セキュリティ関連会社の能力の有無を(委託する民間事業者にもわかるように)明確にすべきです。医療過誤、弁護過誤と同じく「情報セキュリティ過誤」についてもう少し世間の関心を高めるべきです。経産省の指針等に従って注意義務を尽くしていたかどうか、裁判で問われる例も出てきています。委託者側にも、WEBサーバーの構築や管理をどこの企業に委託するか、その委託責任まで問われる時代がやってくると思います。

つぎにサーバーを提供する企業のセキュリティレベルの向上です。サーバー提供会社は固い契約によって「どんなウィルスによる損害についても責任を負わない」とされています。このことによって、提供会社のリスク対策が後手に回り、サーバーの脆弱性を突いた攻撃が後を絶ちません。先日(8月22日)、産経新聞にようやく(たぶん情報セキュリティ会社、またはセキュリティ診断事業者による内部告発かと思いますが)この点に関する批判記事が出ました。

そして最後に自社の保有情報を漏えいされたり、他社への攻撃の道具にされないための民間企業の自己管理の必要性です。率直に申し上げて、マルウェアによる攻撃に対する未然防止及び「検出」や「感染」の早期発見のためのツールはお金がかかります。しかし、このたびの事案によって、情報セキュリティの甘さは、もはや自社の損失を超えて、国家レベル・国民レベルでの損失につながるほどの大問題に発展することが明らかになりました。つまり企業としての信用を大きく毀損するリスクといえます。これまでのリスク管理であれば「重大性のレベル3」だったものが「レベル1」くらいに上がっているのではないでしょうか。

日本年金機構の事件を契機に「サイバーセキュリティ基本法」が改正されるそうですが、企業としても「費用対効果」の「効果」には、自社の情報管理上の安全だけでなく、国民や国家の情報の安全(もしくはこれを毀損したときの多大な風評被害からの予防)も含むものである、といった意識が必要だと考えます。フォレンジックによって標的型ウィルスによる攻撃の全容を明らかにするためには断片的に残された情報だけでは不十分です(これは超一流の日本の情報セキュリティ会社の能力をもってしても困難だということがよくわかりました)。早期に重要情報の流出を阻止するためには、多くの情報を多くの組織から集めることが必要です。そのためには行政、専門業者、大手通信会社、そして民間事業者が協働してクライシスマネジメントに努める以外にはないと考える次第です。

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2015年8月26日 (水)

東芝事件・監査法人の責任と「職業的懐疑心」

8月25日の朝日新聞朝刊経済面に「東芝不正、監査責任は」という見出しで監査人の責任に関する特集記事が掲載されています(ネットニュースではご覧になれません)。新日本さんだけでなく、トーマツさんのトップの辞任問題にも言及がなされています。なかでもCPAAOB(公認会計士・監査審査会)の千代田邦夫会長のインタビュー記事は興味深いですね(関西版は千代田先生の顔写真入りです)。東芝さんの9月の臨時株主総会が終了しても「監査の問題は残る」そうです。

CPAAOBとしても(新日本さんへの)検査に入る準備をされているそうですが、当局としては(予想どおり)原発事業とPC事業部門への関心が高いようで、「監査法人が職業的な懐疑心をもって監査していたのかが検査の主たる目的になる」とのこと。このあたりは私もJFAEL(会計教育研修機構)のニュースレター(もうすぐ発刊)の原稿にも一番のポイントとして書かせていただいたので、また関係者の方々はお読みいただきたいのですが、要するにいずれの場面も(第三者委員会報告書によると)東芝サイドの証言内容と監査を担当した新日本サイドの証言内容とが食い違っているところです。「東芝の内部統制報告を信頼していた」とか「セル・バイ取引は、実務において慣行化されていれば経済的合理性のある取引として容認できる」といった理由は通らないような気がいたします。

司法による責任追及とは異なり、行政による検査は監査法人にペナルティを課すということよりも、再発防止を目的とした業務改善を促すというものですから、不正リスク対応基準が施行されている現在、監査法人がどのように会社側と対面すれば職業的懐疑心を発揮したことになるのか、具体的な事例に沿って明らかになるのではないでしょうか。非常に注目されるところです。

なお、これは蛇足ですが、CPAAOBの事務局長さんは7月に交代され、現在は監査法人に対して厳しい対応をされる(との噂のある、女性大蔵官僚のあの)方が就任されました。監査法人さんとしては戦々恐々とされているのではないでしょうか(^^;。平成20年の大和都市管財事件大阪高裁判決以来、投資家が情報開示の不正によって被害を受けた事件において金融庁は「不作為の違法」による損害賠償責任(国賠責任)を問われかねない立場なので、監査法人に対して厳しい対応をとるのは当然といえば当然だと思われますが。。。

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2015年8月24日 (月)

東芝の「社長信任制度」はコーポレートガバナンスを後退させる

8月19日、不適切会計処理問題で揺れる東芝さんが、新たなガバナンス体制を公表しました。攻めと守りのガバナンスを意識した内容だと思いますが、なかでも新たな制度導入として、新聞紙上では「社長信任制度」が注目されています(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。

信任投票に参加するのは、取締役を兼務していない執行役、子会社社長など上級管理職約120人で、「経営トップとしての対応、法令順守の姿勢に問題がないか」などについて、社長の評価を無記名で投票するそうです。否定的な回答が多数(おおむね20%以上)の場合、追加調査を行い、投票の結果は社外取締役で構成する「指名委員会」だけが把握し、社長再任の是非を判断する際の参考にする、とのこと。

人気投票で社長が決まる、というものではなく、最高裁判事の国民審査のような「信任」のための制度、ということなのでしょうね。ただ最高裁判事の国民審査の結果は国民に開示されますが、この社長信任投票の結果は社員等には一切開示されませんので、どの程度の不信任投票が行われたかは(対内的にも、また対外的にも)全くわからない制度です。

社長と副社長の距離は、副社長と平社員の距離よりも遠い・・・とよく言われるとおり、経営トップとしての対応やコンプライアンス経営への姿勢について、120人の幹部クラスの社員の方々が、なぜ把握できるのか、よく理解できないところです。そもそも巨大な企業組織にはいくつかの派閥があるのが当然ですから、5人に1人くらいの幹部社員が社長に否定的な見解を示すくらいでなければ競争する企業としては成り立たないのではないでしょうか?5人に1人も否定的な意見が出ない投票のほうがむしろ(競争力を失ってしまった)異常な組織だといえそうな気がします。

そして、私がこの社長信任制度で一番問題だと感じるのは、この制度は社外取締役の責任を軽減することにつながりそうな点です。指名委員会等設置会社の指名委員会は社長の再任や新たな選任においてもっとも実効性を発揮しなければならない機関です。したがって社外取締役にとっては最も責任が重くのしかかる場面であり、またステークホルダーから「攻めのガバナンス」の役割について最も期待がかかる局面です。しかしながら、その重要な局面において、指名委員会の客観性担保のためとはいえ、社長信任投票が行われるとなりますと、指名委員会の責任はかなり軽減されてしまいます。「幹部社員の投票結果も参考にした」ということが言えれば、どんなに社外取締役にとっては肩の荷が下りるでしょうか。

指名委員会が役割を果たすこと、意思決定の透明化を図ることは、対外的な説明責任を果たすことで示すべきあり、指名委員会の意思決定の過程を束縛することではありません。いや、その過程を束縛することは、かえって社外取締役の責任を軽減させてしまい、経営執行部から出された「社長案」を(指名委員会が)そのまま鵜呑みにしてしまうことにつながることが危惧されます。このあたりが機関投資家からどのように評価されるのでしょうか。

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2015年8月19日 (水)

元CFOとエンロン事件を総括する-ACFEカンファレンスのお知らせ

Kv_bann_20150716_6th_jconf近い将来、機械が奪ってしまう職業の第2位に「公認会計士」がランクインされているようです(ダイヤモンドの記事)。一定の範囲で会計士さんの仕事が機械化(効率化)されることはあるのかもしれません。ただ、東芝さんの第三者委員会報告書の「G案件」の顛末(ウェスティングハウス社の見積工事原価総額の計上処理における費用見積りの「変更」と「誤謬」の狭間における人間臭い交錯状況)を読み、そこでの東芝さんと監査法人さんとの供述内容の食い違いに思いを馳せますと、会計監査などはとても機械によってできる仕事ではないと確信いたします。

さて、今年は日本でも会計不正事件が大きな話題となっておりますが、今年のACFE年次カンファレンスでは、あの巨大なアーサー・アンダーセン監査法人が解散に追い込まれたエンロン事件の首謀者の方をスピーカーとしてお招きいたしました。エンロン社の元CFOであるアンドリュー・ファストウ氏です(もちろんプラチナスポンサーさんは新日本有限責任監査法人さんです!お忙しい中、どうもお世話になります!<m(__)m>)。ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ファストウ氏は粉飾決算の罪で禁固100年の言渡しを受け、最終的には6年の刑期を終えて社会復帰されました。当時ファストウ氏と一緒に仕事をされていたエンロン社の財務コンサルタントの方は「あの事件は意図的な不正ではなく、盲目的希望によるものであった」と今でも語っておられるそうですが(ダン・アリエリー著「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」11頁以下)、おそらくファストウ氏もそのようにおっしゃるのではないかと。法務省が彼の入国を許可することが確実となりましたので、当ブログでも告知させていただきます。ちなみに開催は10月9日(金)、御茶ノ水ソラシティホールでございます。

会計不正ふたたび-第6回ACFEカンファレンス

ファストウ氏の講演後はご存じ青山学院の八田教授がファストウ氏にツッコミを入れる対談が開催され、最後は「経営トップによる企業不正、だれが止められるのか?」といったテーマで豪華パネリストによるパネルディスカッションが行われる予定です(いや、ホントに豪華メンバーです)。いまこそエンロン事件とは何だったのか、その総括を行い、経営者による企業不正にガバナンスは機能するのか、内部統制は機能するのか、そもそも「意図的な会計不正」とはどのようなものなのか、一緒に考えてみてはいかがでしょうか。ACFE本部にお聴きしたところ、まだ残席があるとのことなのでご紹介させていただきました。マスコミの方々も大歓迎です。私も当日を楽しみにしております。

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2015年8月18日 (火)

内部監査部門の強化は不正発見力向上につながるか?

東芝さんは8月18日、新体制を含む内部統制強化策を公表するそうです(読売新聞ニュースはこちら)。同社の不適切会計処理に関する第三者委員会報告書では、内部監査部門を担ってきた経営監査部がコンサルタント業務に偏り、不正発見に役立たなかったことから、不正調査業務にも従事できるような強力な部門に作り直すことが提言されています。また、東洋ゴム工業さんの免震ゴム偽装事件においても、第三者委員会は「既存の監査部門は形式的なチェックに終始し、技術開発部門の行動の実質を把握できなかったことが不正放置の原因だった、したがって強力な内部監査部門を新設すべきである」として、社内の徹底的な不正調査を可能とする組織の構築を要請しています。

最近、内部監査部門による不正発見への期待が高まっています。たしかに内部監査部門が不正の兆候にいち早く気づく例はありますね。4年ほど前のメルシャンさんの架空循環取引による不正会計事件は、内部監査部門が最初に「おかしな取引」に気付きましたし、私が監査役さんの訴訟代理人を務めたアイ・エックス・アイ事件においても、社内調査の発端は内部管理部長の示唆によるものでした。ただ実際のところ、内部監査部門は社長直轄部署なので社長の経営管理に役立つ報告が求められます。したがって内部統制の評価や助言・指導が内部監査部門の中心的な業務であり、不正調査業務を熱心に推奨している会社は少ないかもしれません。

3年前のACFEカンファレンスの様子を当ブログで報じたときにも書きましたが(こちらのエントリー)、伊藤忠商事さんなどは内部監査とは別の指揮命令系統を持つ不正調査部隊が30名ほどいらっしゃるとのことでした(日経法務インサイドでも紹介されましたね)。尼崎信用金庫さんも、内部監査とは別に各部門にCFE(公認不正検査士)資格を有する社員を配置している、とのことでした。社内の不正調査は一定のスキルが求められるので、もし不正調査や不正発見ということで内部監査部門を強化するためには、それなりの専門的なスキルを習得されるほうがよいと思います。

そのような不正調査に特化した内部監査部門を育成することは理想ですが、そうでない場合には、やはりガバナンスで補う必要があります。「なんかおかしい」と感じた内部監査部門の方々が、その違和感を伝えて有事意識を共有できる監査役や会計監査人の存在です。内部統制システムの構築は、本来は不正予防のためにありますが、残念ながらどんなに頑張ってみても不祥事は発生してしまうわけですから、これをいかに早期に経営者に伝えるかが勝負です。また経営者に届いた不祥事が会社に及ぼすリスクの重要性をいかに的確に経営者が判断するか(経営者に説得するか)も勝負ですね。誠実な経営者のもとでも「不祥事企業」のレッテルを貼られてしまうことがあるのは、経営者の有事感覚の欠乏によるところがもっとも大きいと感じます。

不正の発見といいますが、それは誰の目にも明らかなものであれば発見は容易です。しかし不正なのか正当な業務なのか境界線がわからないものが多いわけでして、(放置しているうちに)マスコミや国民の反応から「ああ、あれは大きな不祥事だったのだ」と後悔することが多いのも現実です。不正調査の現実の場面では、各企業は①多くの正当な業務に支障を来たしてでも、絶対に不正を見逃さないといった発想をとるべきか、②多少の不正に目をつぶるけど(しかしその代償は大きいことがあります)、確実に不正と判明するものだけを見逃さないといった発想をとるべきか、選択を迫られると思います。私が内部通報窓口の調査を担当していて感じるのは②の選択を優先する企業が多いということです。内部監査部門を強化する、ということは、この①の選択を優先するということなのでしょうか。これはかなり勇気のいる選択だと考えます。

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2015年8月14日 (金)

内部通報への誠実な取組みの大切さ-サントリー・パワハラ事件判決

8月7日の東洋経済WEBにて「初公開!内部通報が多い企業100社」という特集記事が掲載されています。会社法改正においても、またコーポレートガバナンス・コードにおいても、さらに先日経産省HPから公表されたガバナンス改革時代における会社法の解釈指針においても、内部通報制度の充実や社外役員の関与が話題となっております。さらに東芝不適切会計処理事件や東洋ゴム工業免震偽装事件でも内部通報が不祥事発覚におけるポイントになっておりますので、今後ますます社会的な関心が高まるものと思われます。

ところで内部通報が社内で機能するようになりますと、当然受理件数も増えてきますので、通報に対する窓口担当者の対応の巧拙が課題となります。私も上場会社数社の外部窓口を担当しておりますが、通報者の気持ちを誠実にくみ取ることができず、信頼関係を失いかけて反省することもありました。通報に基づく調査を何度も経験をしておりますと、独立公正な立場とはいえ、どこかで予断を抱いてしまい「通報」を「苦情」や「相談」として処理してしまいたい気持ちにかられてしまうことがあります。十分に時間をかけて受理しなければ「通報事実」への該当性判断に誤りを生じますので留意が必要です。

さて内部通報窓口を担当されている方々にとって、誠実な取り組みの大切さを改めて認識させられるのがサントリー(現サントリーホールディングス)パワハラ事件訴訟判決です。2014年7月に東京地裁で出された判決が、判例時報2241号95頁以下に掲載されています。サントリー社に勤務しておられる社員の方が、上司にパワハラ言動を受けたとして損害賠償を求めていましたが、東京地裁はこの社員の方の主張を認め、上司の不法行為責任、サントリー社(現サントリーホールディングス社)の使用者責任を認容しています(サントリー側の代理人は日本を代表する使用者側弁護士の方ですね。なお、控訴審は今年1月28日に東京高裁で判決が出され、損害額が一部減額されたものの争点についての判断は、ほぼ原審を踏襲した判決となっています-判決確定)。

この裁判の特徴は、当該社員の方がパワハラを受けたとして内部通報を行い、この通報を受けたコンプライアンス室長も「結論ありきの調査によって不適切な対応が行われた」として損害賠償請求の被告として選定している点です。地裁の判決では、通報担当者に対する請求は棄却されていますが、この通報を受理したコンプライアンス室長の当該社員に対する説明状況、ヘルプライン規程ほか社内ルールに沿った形での調査活動、その結果としてのパワハラを行ったとされる上司への処遇などを詳細に検討したうえで、通報窓口担当者の通報者に対する対応は不法行為には該当しない、との結論に達しています。ちなみに、このコンプライアンス室長は当該行為はパワハラには該当しないと当該社員に説明をしています。

本件は(これは私の推測ですが)通報受理担当者が「セカンドパワハラ」に該当するものとして、会社の職場環境配慮義務違反を根拠付けるために被告に選定されたのかもしれませんが、過去にはセクハラ事件においても通報窓口担当者の不手際が裁判上で認められ、会社の職場環境配慮義務違反が認められた事例がありますので(静岡地裁沼津支部平成11年2月26日判決、労働判例760号38頁)、けっしてセカンドパワハラ特有の問題ではなく、たとえば企業不祥事によって社員以外のステークホルダーに損害が発生した場合にも通報受理担当者の不手際が「内部統制構築義務違反」の根拠となるかもしれません

いずれにせよ、セクハラ・パワハラ案件は内部通報の件数としても非常に多いものなので、内部通報窓口担当者の方にとっては、法律雑誌に公表されたものなので、ぜひとも参考にされてみてはいかがでしょうか。本件ではコンプライアンス室長作成に係る調査報告書も裁判所に提出されているようなので、調書は公開されることもありうるということを前提に誠実に作成する必要があり、なによりも予断を抱かず、社内ルールを十分に理解のうえ、そのルールに沿った形で関係者のヒアリングを進める必要があります。大阪の海遊館セクハラ事件では、社内調査の結果「一発懲戒解雇相当」が最高裁判決で認められる時代となりました(2015年2月27日最高裁第一小法廷判決)。「人格権侵害」という点ではセクハラもパワハラも同様であり、パワハラ問題の根の深さが社会的に認知されてきています。その認定の巧拙は当該社員のみならず企業にとっても重大な問題です。企業のリスク管理の視点から、社員研修と内部通報者研修はくれぐれも怠ってはいけませんね。

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2015年8月11日 (火)

東芝のガバナンスにおける重要な不備-監査人の連携不全

お盆休みムードが漂う季節になりまして、私もようやく東芝不適切会計処理事件の第三者委員会報告書(全文)を読める時間がとれました。本日、同書を精読いたしまして「おや?これは・・・。」と思ったのが会計監査人と監査委員会との連携に関する事実認定がまったく記載されていないということでした。末尾の「再発防止策の提言」のところにも何ら記載されていないので、おそらく第三者委員の方々も、あまり関心が向いていなかったのかもしれません。もちろん、マスコミでもほとんど「連携」については報じられていないようです。

たとえば電力事業部門における海外子会社(ウェスティングハウス社)の原価見積額増加案件については、その損失計上における「引当金」の算定にあたり、会社と監査法人間で「未修正の虚偽表示」の重要性について議論がなされ、提携先であるE&Yの意見とも齟齬が生じていました。「引当金」の金額決定について、監査法人にとっては喫緊の課題となっていたにもかかわらず、なぜ会計監査上の重要課題を監査委員会と共有しなかったのでしょうか?(ちなみに監査役・監査委員会は、会計監査人の会計処理の方法及び結果について、その相当性を審査して監督する立場にあります)また、PC部品取引における押し込み販売案件では、ぎゃくに費用計上問題が監査委員会では問題視されていたにもかかわらず、なぜこれを監査法人と情報共有して是正を図ろうとしなかったのでしょうか?最近、私の本業(不正調査)で伺う上場会社では、不正リスク対応基準が浸透してきたためか、監査法人と監査役とで協議をして経営陣に過年度決算訂正を迫る事案も増えてきています。

日本監査役協会でも、また日本公認会計士協会でも、平成18年より「会計監査人と監査役(監査委員会)との連携に関する実務指針」が公表され、その指針内容はますます連携強化の方向に向かっています。不正の兆候を見つけた会計監査人は、これを監査役(会)に連絡をして、その兆候の真偽について対応を促します(もちろん、その結果として、計算書類や財務諸表の重要な虚偽記載の疑いが解消されればよいわけです)。また監査役が会計監査上の問題点を見つけたときは、専門職である会計監査人に連絡をして、その意見に基づいて会社法上の権限行使の可否を判断することになります。したがって監査役にとっても、また監査法人にとっても、適切な連携を怠ることはガバナンスにおける重要な不備であり、法的責任の有無に影響を及ぼすことになると思われます。

監査役といっても、所詮は経営トップの人選で決まることが多く、監査役会として厳しい意見を言えないことがあります。また会計監査人といっても、所詮は会社と報酬契約を締結しているわけであり、それこそ金融庁から課徴金検査等でも始らないかぎりは、会社側に厳しい意見をつきつけるには胆力が必要です。さらに東芝のケースでは、不適切な会計処理方針を自ら決めた経営執行部の方が監査委員会の委員長に就任していた、という事情もあったようです。

しかしいかに現実に「モノを言う」ことが厳しいものであったとしても、監査人に対して法が要求する行動をとらなければ善管注意義務違反と認定されてしまいます(この法理はすでに大原町農協監事損害賠償事件最高裁判決や、セイクレスト損害賠償事件大阪高裁判決が示すところです。また相談を持ちかけられたにもかかわらず、これを無視して会社役員の損害賠償責任が認められたのがライブドア一般株主損害賠償請求事件東京地裁判決であり、福岡魚市場事件株主代表訴訟の福岡高裁判決です)。会計監査人にとっても「この会社の監査役さんは頼りないからなあ。。。相談してもムダだよなぁ」は通用しないのです。「連携」というのは実務指針であり「法ルール」ではありませんが、監査基準や不正リスク対応基準でも取り上げられているところであり、もうそろそろ監査人の注意義務のレベルを判断するためのモノサシとして取り扱われる時代になってきているのではないでしょうか。

監査法人と監査役が一致団結して経営トップに自浄能力発揮のための決断を迫るのであれば、経営者もこれを無視するわけにはいきません。金商法193条の3に基づく監査法人の是正要求通知を発動するほどではないけれども、合理的に不正の兆候が疑われる場面においては、監査役(監査委員)も、会計監査人も、それぞれの疑問を相互に共有することを当たり前のものとして理解する必要があります。会計監査人や監査役個々では、なかなか経営トップにモノを言う勇気がなくても、団結することでなんとか監査人としての意見表明を明確に述べることが期待できるのではないでしょうか。株主との対話が求められる時代、機関投資家の方々には、ぜひとも監査役に対して「現在、会計監査人との間において、御社ではどのような点に重要な内部統制上のリスクがあると話し合っているのか?」と質問してみてはいかがでしょうか?資本コストを下げるためにはどうしても聴いておきたいリスク管理のポイントかと思料いたします。

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2015年8月 6日 (木)

監査等委員会設置会社は「パンドラの箱」?

ひさびさの監査等委員会設置会社ネタでございます。監査等委員会設置会社に移行した会社または移行を表明した会社は、すでに200社を超えたそうで、来年の総会で移行を検討している企業を含めますと、かなり多くの上場会社が監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に移行することが想定されます。当ブログをご覧の皆様はご承知のとおり、私は(ネガティブキャンペーンを張っているわけではありませんが)監査等委員である社外取締役さんの職務というのは、これまでの社外監査役さんの職務とは大きく異なるのではないか、次期社長の指名や現社長の評価、社内取締役の報酬に関する評価をきちんと審議・決定しなければ善管注意義務違反になるのではないか、と考えております。

ところで7月24日に経産省から公表されました「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」では、取締役会制度に関連する会社法の解釈指針がまとめられておりますので、この監査等委員会設置会社における社外取締役さんの役割と責任はどのような解釈指針が出されているのだろう・・・と興味を抱いておりました。しかし、同指針には「この指針は断りのない限り監査役会設置会社について記載をしています」とあり、監査等委員会設置会社における社外取締役の役割と責任には踏み込んだ解釈指針は公表されていません(これは残念)。ひょっとして監査等委員会設置会社の監査等委員である取締役の善管注意義務を語ることは時期尚早なのでしょうか?それともパンドラの箱なのでしょうか?

Houtojitumuちなみに取締役会まわりの会社法実務を学ぶにあたり、とても参考になる本が出版されており、法律雑誌の原稿を書く際にも参考にさせていただいております。

取締役会の法と実務(森本滋編 商事法務2015年3月 4,000円)

森本滋先生(京大名誉教授、同志社大教授)が在籍されている中央総合法律事務所のメンバーの方々と森本先生による共著です。かなり分厚い本ですが、内容は実務担当者向けでして、取締役会の運営に関連する法的な論点をほぼ網羅したものであり、このたびの経産省解釈指針を読む際にもたいへん有益です。会社法規則やガバナンス・コードへの言及もあります。

ところで本書では、森本先生の「監査等委員会設置会社における監査等委員の職責」に関するご解説、ご解釈が詳しく述べられていまして、これは私個人の感想ですが、江頭先生が「株式会社法第6版」で述べておられるものよりも、さらに厳しいご意見だと理解いたしました。

(条文上は「意見を述べることができる」とあるが)選定された監査等委員は、株主総会において、取締役の選任・辞任、報酬に関する意見を述べなければならない、とされ、そのうえで監査委員よりも監査等委員の地位は脆弱であるにもかかわらず、社内取締役の業務執行全般を調査し、その経営評価機能を適切に行使することなどできるのだろうか、と疑問を呈されています。また、かりに「とんでもなく能力に乏しい監査等委員」が就任した場合、指名委員会等設置会社の監査委員とは異なり、監査等委員は取締役会への報告義務がないので、取締役会が監査等委員の監督能力を発揮できず、そのうえ株主総会の特別決議でなければ解任できない、任期も社外取締役の倍、ということなると、(能力のない監査等委員の活動によって)取締役会の円滑な運営がを阻害されるおそれがあるのではないか、と危惧されています(まだまだ他にも厳しいご意見が続きます・・・)。

コーポレートガバナンス・コードへの制度対応を目的として監査等委員会設置会社に移行した上場会社さんの場合、監査等委員に就任された方にも、また機関形態を移行した会社側にも「こんなはずじゃなかった」といったリスクが待ち受けているようにも思えるのですが、いかがでしょうか。もちろん平成26年改正会社法の成立にあたり、衆参両議院の附帯決議があり、(社外取締役制度の運用状況や機能を把握するためには)監査等委員会設置会社と他の機関形態との制度間競争を実行させなければならないので、監査等委員会設置会社が増えることについては法務省を初め、国策ガバナンスを推奨する側はこの状況を好ましいものとされるはずです。しかし、日本を代表する商法学者の方々が監査等委員会設置会社の取締役の責務に関する解釈ついて厳しい見解を述べておられるところで、会社が不祥事を起こしたり、業績が悪化した場合に、社外取締役さんの法的リスクはかなり高いのではないかと、改めて感じるところです(もちろん、これは私個人の考え方です)。

なお「パンドラの箱」の神話は、箱の中には最後に「希望」だけが残されていた、という筋書きです。監査等委員会設置会社も、経営トップをはじめ、関係者がガバナンスの向上のために工夫をして運用した場合には、おそらく企業価値向上に資するガバナンス形態として機能するのかもしれません。どのような制度間競争が繰り広げられるのか、今後の数年間とても興味があります。

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2015年8月 4日 (火)

昨日の監査法人トーマツ前CEO辞任のエントリーにつきまして

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。さて、昨日のエントリー「監査法人トーマツCEOの突然の辞任に関する説明責任について」は、事実関係を2日の日経新聞ニュースの報道に依拠しておりましたが、事実関係の訂正に近いと思われる報道が4日に日経新聞ニュースで報じられたこと、および複数の関係者と思料される方より「4日の報道が真実です」との連絡を頂戴したことから、とりあえず(関係監査法人さんにご迷惑をおかけするわけにもいかないので)真偽が明らかになるまでは非公開とさせていただきます。申し訳ございませんが、ご理解のほどお願い申し上げます。<m(__)m>

いずれにしましても、改正会社法の下での監査役さんの監査職務にとっては非常に重要なお話であり、今後も会計監査人の内部統制の整備およびその運用状況への関心は高まるはずです。ガバナンス改革が進む中、監査法人さんの独立性・公正性への社会的信頼は市場の健全性確保のための大切なインフラだと考えています。

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