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2015年8月24日 (月)

東芝の「社長信任制度」はコーポレートガバナンスを後退させる

8月19日、不適切会計処理問題で揺れる東芝さんが、新たなガバナンス体制を公表しました。攻めと守りのガバナンスを意識した内容だと思いますが、なかでも新たな制度導入として、新聞紙上では「社長信任制度」が注目されています(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。

信任投票に参加するのは、取締役を兼務していない執行役、子会社社長など上級管理職約120人で、「経営トップとしての対応、法令順守の姿勢に問題がないか」などについて、社長の評価を無記名で投票するそうです。否定的な回答が多数(おおむね20%以上)の場合、追加調査を行い、投票の結果は社外取締役で構成する「指名委員会」だけが把握し、社長再任の是非を判断する際の参考にする、とのこと。

人気投票で社長が決まる、というものではなく、最高裁判事の国民審査のような「信任」のための制度、ということなのでしょうね。ただ最高裁判事の国民審査の結果は国民に開示されますが、この社長信任投票の結果は社員等には一切開示されませんので、どの程度の不信任投票が行われたかは(対内的にも、また対外的にも)全くわからない制度です。

社長と副社長の距離は、副社長と平社員の距離よりも遠い・・・とよく言われるとおり、経営トップとしての対応やコンプライアンス経営への姿勢について、120人の幹部クラスの社員の方々が、なぜ把握できるのか、よく理解できないところです。そもそも巨大な企業組織にはいくつかの派閥があるのが当然ですから、5人に1人くらいの幹部社員が社長に否定的な見解を示すくらいでなければ競争する企業としては成り立たないのではないでしょうか?5人に1人も否定的な意見が出ない投票のほうがむしろ(競争力を失ってしまった)異常な組織だといえそうな気がします。

そして、私がこの社長信任制度で一番問題だと感じるのは、この制度は社外取締役の責任を軽減することにつながりそうな点です。指名委員会等設置会社の指名委員会は社長の再任や新たな選任においてもっとも実効性を発揮しなければならない機関です。したがって社外取締役にとっては最も責任が重くのしかかる場面であり、またステークホルダーから「攻めのガバナンス」の役割について最も期待がかかる局面です。しかしながら、その重要な局面において、指名委員会の客観性担保のためとはいえ、社長信任投票が行われるとなりますと、指名委員会の責任はかなり軽減されてしまいます。「幹部社員の投票結果も参考にした」ということが言えれば、どんなに社外取締役にとっては肩の荷が下りるでしょうか。

指名委員会が役割を果たすこと、意思決定の透明化を図ることは、対外的な説明責任を果たすことで示すべきあり、指名委員会の意思決定の過程を束縛することではありません。いや、その過程を束縛することは、かえって社外取締役の責任を軽減させてしまい、経営執行部から出された「社長案」を(指名委員会が)そのまま鵜呑みにしてしまうことにつながることが危惧されます。このあたりが機関投資家からどのように評価されるのでしょうか。

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コメント

伊丹先生は2000年に出された『日本型コーポレートガバナンスー従業員主権企業の論理と改革』という著書で、従業員主権をもとにコーポレート・ガバナンスのあり方を論じて、経営者監査委員会とコア従業員信任投票を提起されています。15年前の著書であり、当時と現在とでは、日本企業の経営機構も大きく変わっていますが、伊丹先生の長年の理想の実現ということだと思います。なお、機関投資家の議決権担当者とコンタクトを取っている立場からコメントさせていただくと、そもそも機関投資家は社外取締役の独立性を重視する観点から、指名委員会の構成メンバーの経歴などは重視していますが、あくまで外形的なチェックであり、少なくとも社長の選任プロセスが恣意的であるとの判断の下に、社内取締役の選任に反対行使を行うことはないと思います。


投稿: IRコンサルタント | 2015年8月25日 (火) 12時56分

ご意見ありがとうございます。私も前のエントリーで書かせていただいたとおり伊丹先生のファンのひとりであり、「日本型・・」は拝読しております。この点をご紹介しなかったのは、本書が従業員主権をガバナンスの根本に据えておられ、信任投票もその一環とされている点が、今回の東芝のガバナンス改革と整合するかどうか自信がもてなかったところです。「日本型・・・」にも経営者監査委員会(今風にいうと指名委員会ですね)の参考としての投票制度と主張されていますので、形としては今回の東芝の件も同様のものですが、「従業員主権」というところが、このたびのガバナンス改革の中で少し変容しているのかなという感を持ちました。

投稿: toshi | 2015年8月25日 (火) 16時47分

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