東芝事件・有価証券報告書提出で始まるセカンドステージ
8月31日は東芝さんの15年3月期の有価証券報告書が公表される日ですね。概要・見込みについては既に8月18日に公表されていますが、P/Lに関連する会計処理の問題がB/Sにどのような影響を及ぼしているのか(また監査法人がこれを許容したのか)という点は注目したいところです。第三者委員会報告書の公表、これを受けてのガバナンス・内部統制の再構築のための新体制発表が第1ステージとするならば、今後は東芝を取り巻くステークホルダーがどのように動くのか、いよいよ有価証券報告書の提出後は第2ステージが開幕しますね。
※追記 本日夜、東芝さんの有価証券報告書提出期限の延長が承認されたそうで、9月7日期限とのことだそうです。
ところで第2ステージを読み解く上で、とても参考になると思うのが岩波書店さんの月刊世界9月号に掲載されている「東芝『不適切会計』事件の真相」というテーマでの細野祐二先生と郷原信郎先生の二つの論稿です。第三者委員会への批判や監査法人への批判という点は、私もすでに当ブログで私見を述べており、やや両先生方とは意見を異にしますが、やはり会計専門家、法律家の立場から、この会計事件を鋭く分析されていて共感できるところが多く、とても勉強になります。細野先生は同じく工事進行基準が問題となったIHI事件との比較において、東芝の場合には米国会計基準に基づく決算報告提出会社である点にスコープしています。WEC(ウェスティングハウス社)の「のれん」の減損テストや繰延税金資産の計上不能に関する論点のほかに「その他包括利益」を構成する株主持分変動(退職給付債務計算における数理差異等の調整額)にも焦点をあてて、「財務制限条項」抵触問題にツッコミを入れておられるところは興味深い。また郷原先生はオリンパス事件との比較において、東芝事件では会計事実ではなく会計処理上の評価に関する不正であることや金融取引ではなく日常的な取引に関する不正であることにスコープして、とりわけ監査法人の責任問題に論及されています。ココは私も別の機関誌で書かせていただいていますが、監査法人さんの問題を論じる上で重要なポイントかと思われます。
私的に第2ステージで注目したいのは(前から申し上げているところで繰り返しになりますが)監査法人さんと監査委員会との間でどんなやりとりがあったのか、という点です。どなたかがコメント欄でおっしゃっておられたとおり、これくらい大きな会社になると会計処理の方法やその結果など、経理担当者と監査法人で作りこんでいくのが実際の作業であり、その具体的な中身や適正性などは経営者にも監査役(監査委員会)にもわからないのかもしれません。しかし第三者委員会報告書を読むと、いくつかの場面で経理担当者と監査法人との証言が食い違っていたり、また経理担当者が監査法人対策をされていたことを示すメールも紹介されています。つまり会計基準の適用場面において両者が対立する場面もあったことが窺われます。
そのような場合、すでに2005年あたりからは、監査役(監査委員会)と監査法人との連携や協調によって解決を図ることが日本公認会計士協会や日本監査役協会の「共同報告」で示されていたはずであり、監査法人側が会計処理上で問題を抱えている場合には定期または臨時の監査役協議会において課題を共有するのが通常だと思われます。たとえば工事原価見積金額の確定による引当金の算定など、たしかに会計事実を隠ぺいしているものではなく、会計処理上の評価の問題ではありますが、評価のためにはその根拠事実が必要であり、根拠事実が不足しているのであれば監査役(監査委員会)に協力を要請するのではないでしょうか。会社は機関投資家ではありませんので、いくら「将来見積もり」が会計処理に影響するとしても、それは過去の実績からしか根拠事実として示すことはできないのです(これは企業会計の役割からみて当然です)。事業計画の評価など監査役(監査委員会)の業務ではありませんが、会計監査人が意見を形成するための根拠事実となる「過去の事実」を報告することは、監査役(監査委員会)にもできるはずです。
2005年ころまでの監査実務では「しょせん監査役(監査委員会)など、会計をわからない素人ばかりなのだから相談してもムダ」といった監査法人の意見が通ったのかもしれません。しかし2005年の会社法改正、2007年の金商法改正、同公認会計士法改正に伴い、会計監査人の監査役(監査委員会)への報告義務が強化され、法規範的にはもはや上記理由は通らなくなってきたのではないかと。会計監査上の課題はむしろ共有するのが当然の時代になったのですから、東芝のケースにおいても、会計処理上のどの課題は共有され、どの課題は監査委員会に伝えられていなかったのか、ぜひとも明確にしていただきたいところです。ここが明らかになると、会計監査人には責任があるが監査委員会には責任がない、逆に監査委員会には責任があるが会計監査人には責任がない、といった法的責任のトレードオフの関係も明らかになるのではないかと考えるところです。
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コメント
山口先生 気になって東芝のHPをチェックしていますがまだ公表されていないようです。
今から、35年前にサラリーマンになり、最初に酒の席で先輩から言われた事は所詮人事部は、他人事を扱う部署だからと言われたのを覚えています。役員の片棒を担いで企業人として恥ずかしい事をしたのなら、労働契約で働くということ・・・「信義誠実に働く」とはどういうことなのか、社長特命で業務を遂行してきたであろう経営企画や人事部の担当者やそれぞれの部長にその意義を示してもらいたいものと思います。本日の日経ビジネスオンラインには、東芝現役社員が録音していた「無間地獄」がリリースされています。このリリースの最後に、「東芝では通常の方法では達成不可能な目標を強制することが半ば常態化していました。あなたが所属する組織でも似たようなことが起きていないでしょうか。まだ明らかになっていない問題について、日経ビジネスは広く情報を求めています。」、とありました。まだまだ、他の上場企業でも同じような経営者が何百人もいるのではないでしょうか?根絶やしするのには、悪の主導者や片棒を担ぐ者が、割に合わないと思わせる事が一番ではないでしょうか?私は、悪事は役員一人では出来ないものと思っております。委任行為でそのポストに座る者、そして労働契約でその悪事の片棒を担ぐ者がいる。そろそろ、片棒を担ぐ者に厳罰化を求めないと前に進まないのではないでしょうか?そんな社員と一緒に働かなければならないと、苦しいと感じる信義誠実に働く社員が貶められる現実は解消しなくてはならないのではないでしょうか?
投稿: サンダース | 2015年8月31日 (月) 17時11分
サンダースさん、コメントありがとうございます。東芝さんの有価証券報告書提出期限は再延長され、9月7日が期限とされたようです。まだまだ審議すべき問題が残されているのではないでしょうかね?
投稿: toshi | 2015年8月31日 (月) 19時27分
山口先生へ なんかとてもいやな胸騒ぎがします。今、リリースされた時事深層を斜め読みしたのですが、本当に日本は大丈夫なのかと?普通の方が、この記事を読んでどのような感想を抱くのでしょうか?私は、以前より会社の監査役(特に不正・不祥事を起こした産業群・・・損保・生保・メガバンク・食品業界等)と消費者擁護家とのタウン・ミーティングで、先生のおっしゃる「安心」「安全」とISO26000とCSRを語り、将来の企業像のヴィジョンと日々の業務のチェックを社内の機関である(社内を歩き回り社内のネタを嗅ぎ回ることのできる)監査役と消費者との「繋がりで確認」するのが理想なんだろうな?近い将来、そういう社会が来るのではと淡い期待を持っていました?(上記は、私の個人的な意見です。)
投稿: サンダース | 2015年11月20日 (金) 01時29分