まるで司法試験のような?「司法試験情報漏えい事件」
本日はビジネス法務系のエントリーございませんので、マニアックなネタにご興味のない方はスキップしてください。<m(__)m>行政法は専門分野でもございませんし、以前「田中真紀子大臣の大学設立認可問題」へのコメントで大炎上になった経験もありますので(笑)、「ホンマかいな?」程度にお読みいただけれ幸いです。
司法試験に合格された皆様、おめでとうございます<m(__)m>。我々の時代と違い、「合格したらこの世の春!」などと浮かれてよい時代ではなくなりましたが、ぜひともご自身が高く志した法曹の道へ向かって、これからも精進されることを祈念しております。
さて、本日(9月7日)は司法試験合格発表の日でしたが、その直前といいますか当日に前代未聞の不祥事が発覚したようです。憲法の司法試験委員主査を務める法科大学院教授が、教え子のロースクール生に試験問題を漏えいしていた疑いがある(国家公務員法違反)として、法務省が当該教授を刑事告発、東京地検特捜部も同教授自宅の捜索・押収に踏み切ったそうです。報道されているところでは同教授も教え子も不正受験の事実を認めているとのこと。
「こんな突出した素晴らしい答案など書けるのは不自然」といった委員の指摘によって発覚したようですが、私が驚いたのは法務省の刑事告発と合格発表とのタイミングです。まさに合格発表寸前の刑事告発劇ですね。司法試験法10条★によると、不正受験が発覚した場合には、司法試験委員会は(当該受験者に対して)受験することを禁止するか、または合格を取消すことができる、とあります。この教え子だった受験生の採点を回避した、と報じられているので、法務省はクロスプレーで「受験の禁止処分」として扱い、「合格を取消す」ということを回避したのではないでしょうか。
★(司法試験法第10条)司法試験委員会は、不正の手段によつて司法試験若しくは予備試験を受け、若しくは受けようとした者又はこの法律若しくはこの法律に基づく法務省令に違反した者に対しては、その試験を受けることを禁止し、合格の決定を取り消し、又は情状により五年以内の期間を定めて司法試験若しくは予備試験を受けることができないものとすることができる。
もちろん、この「教え子」とされる受験生が不合格であれば急ぐ必要もないかもしれませんが(※1)、ひょっとするとそんなに「素晴らしい答案」だったので合格ラインに達していたのかもしれません。公表されている論文試験の平均点が50点未満、最高点の方の平均も70点前後なので、100点に近い点数を憲法で取っていたとすると、それだけで合格ラインに近いはずです。そして合格取消は、いったん行った行政行為(合格通知※2)を取消すことになりますから、行政法上の「利益を付与する行政行為の撤回」に該当します(※3)。ちなみに行政法の先生方の通説的見解に従えば、裁判で争われる場合に提起される取消訴訟については「撤回に関する制限法理」によって、かなり受験生側に有利な実体法、手続法上の取扱いがなされる可能性があります。
※1・・・司法試験法10条によると、当該受験生が不合格だった場合でも、司法試験委員会は(情状によって)将来5年間にわたって司法試験の受験資格を喪失させることができます。ただ、この「教え子」の受験生がもし全体として合格ラインに達していなかったとすると、ここまで大きな問題になっていたかどうか、やや疑問も感じるところですが・・・
※2・・・本日4時の合格発表は、法務省のHPで公表されましたので、通説判例によれば行政行為は成立しており、また効力発生要件も満たしています。司法試験法施行規則6条に基づく官報公告よりも前に行政処分は成立し効力は発生したものと解されます。
※3・・・そもそも不正によって合格通知が発せられた場合、瑕疵ある行政行為ならば職権取消であり、不当であっても瑕疵とまではいえないなら撤回にあたります。ここも問題ですが、とりあえず「撤回」と考えました。ちなみに職権取消と判断しても、取消権制限法理があり、受験生側に有利に働きます。
いっぽう受験をさせない(受験禁止)という処分については、(司法試験法が委任する法務省令に基づき)たとえば疑惑解明のための司法試験委員会の指示に従わなかったというだけで受験禁止処分もありうるわけですから(※4)、行政側に広い裁量権が付与されます(※5)。この場合には、もし受験禁止処分に不服がある受験生側で、法務省の不作為の違法を立証しなければ敗訴してしまう可能性が高いと思われます。利益付与型の行政行為の撤回によって、裁判所の公開の場において、なぜ不正だと判断したのか、そのプロセスを示さなければならない事態に陥ることを食い止めるには、司法試験の発表前に、なんとか刑事告発までは済ませなければならない、というのが法務省の考えだったのではないでしょうか。
※4・・・司法試験法施行規則第5条1項
※5・・・職業選択の自由を(法のプロとしてふさわしい者を選抜するといった)高度の公益目的によって制限(一般的禁止)しているので、受験機会の付与(禁止の解除)についても相当広い裁量権が認められるのではないでしょうか。
司法試験委員会の委員の皆様は、おそらく司法試験の公法系考査委員の方々と一緒に知恵をしぼって、この司法試験公法系のような問題に取り組んでおられたのではないかと推察いたします。なんせ公法系試験委員の主査の方を敵に回して(?)これに対抗する手法を検討するのはたいへんかと。往々にして、このような受験生は情報漏えいをしていなくても合格ラインに達していたりするんですよね(^^;しかし「教え子」受験生のお名前が公表されないので、M法科大学院の20代女性受験生の方々が、たいへん気の毒な状況にいらっしゃるのではないかと。。。
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コメント
この教え子の不正なんでしょうか?
教授という立場にある人間が、教え子に無理やり問題や解答を教えただけで、これを受験生の不正とするのでは、この教え子が気の毒だと思います。
教え子の側から、積極的に働きかけたというわけでもなさそうです。まさか試験問題そのものを教えてもらったとは思ってなかったはずです。
試験会場で気付いても、そこで一体どうしろというんでしょうか?
自分の側には大した落ち度も無いのに、正直に問題漏洩を申告して一年棒に振るのは、普通に考えて、受験生としては耐えられないのではないでしょうか?
投稿: 名無しさん | 2015年9月10日 (木) 14時48分
この「教え子」とされる受験生のことはまだ事実関係が不明なのでなんとも言えないですね。ただ、私は不正調査を行う立場として、どのような順番で不正を追及していったのかは興味があります。きちんと証拠固めをしてヒアリングの順番を決めたのではないかと想像します(あくまでも想像ですが)
投稿: toshi | 2015年9月10日 (木) 19時42分
ご無沙汰しております。
あるサイトから抜粋した事件の流れとしては、
1.青柳幸一氏が明治大学法学部卒業の女子学生に試験問題を漏洩。
2.その女子学生は2~3名の親友に拡散し、その後、更にLINE等を通じて何人かに拡散される。
3.お盆明けに女子学生がUSBをPC室に置き忘れる。
4.たまたま通りかかった学生がこれを占有離脱物横領。
5.中身にワードファイルが有り、作成氏名は青柳幸一氏。作成年月日・更新日は2015年4月となっていた。
6.司法試験問題を参照するとほとんど一致していたのみならず、解説も付されていた。
7.おかしいと判断した占有離脱物横領犯人が出身学部の日本大学法学部教授に相談。
8.某東京高検派遣検事に相談。
9.当該検事が動き、法務省が調査を開始。
10.対象者の論文試験結果を参照。
11.統計上著しくおかしなデータ。
12.さらに、択一に落ちた者の論文も調査。
13.明治大学法科大学院の教授が作成に関わった憲法の試験で教え子の受験生の正答率が極めて高かった。
とのこと。
この流れが本当であるとすれば勿論、そもそも司法試験の論文で100点なんて取れる時点で、学生自身も故意無く巻き込まれたわけではなく、問題の内容を確信的に認識していたと強く推定されますし、かつて法曹を目指して夢破れた人間としては、絶対に許せないとも感じます。
ただ、気になるのは女子学生への社会的制裁の苛烈さですね。
この手のニュースが出ると「悪いことをした人間なのだから罰を受けて当然」と言わんばかりに、実名から写真まで個人情報を遠慮なく晒し、その後の一生に響くような汚名を着せたり、場合によっては当事者が思い詰めて自殺するまで追い詰めることが頻発しています。
インターネットの発達により情報が双方向的になったせいで、『悪人』に対する『義憤』はお茶の間や井戸端に留まらず、時間や距離を超えて遠慮も容赦もなく拡大するようになったことの結果でしょう。
しかし、法科大学院から借金地獄の修習期間を経て就職すら安定しない実務家へ至るまでの道は、精神的な負担も極めて大きく、もし自分が特に不安の大きい受験生時代に目の前にこのようなエサをぶら下げられたら、食いつかなかったとは断言できません。
試験のプレッシャーという動機、教授からの漏洩という機会、後々社会に貢献することで返すという正当性、見事にトライアングルが揃ってしまった状況ですね。
トライアングルが揃ったからといって不正を許す理由にはなりませんが、そんな状況で誘惑に抗えず手を染めてしまった者に対し、ある意味刑事裁判よりも重い制裁を、社会がよってたかって私刑として加えている現状・・・ものすごく嫌な気持ちになります。
投稿: 無銘 | 2015年10月 6日 (火) 14時08分