東証改正ルールによる特設注意市場銘柄指定の「アメとムチ」
本日(9月15日)、東芝さんは有価証券報告書等に虚偽記載を行ない、内部管理体制改善の必要性が高いとのことで、特設注意市場銘柄の指定を受けました(ちなみに上場契約違約金については東芝さんの場合、市場一部上場で時価総額5000億以上なので一律9,120万円となります)。これから1年の間に内部管理体制等の改善がなされないかぎり、(半年間の延長措置はあるとしても)上場廃止になる可能性があります。
ところで平成19年から施行されている「特設注意市場銘柄制度」ですが、注目されるようになったのは、やはり平成23年のオリンパス事件あたりからだと思います。当時、東証さんからお招きいただいたにもかかわらず、私は「日興コーディアルの上場維持、ライブドアの上場廃止の判断理由からみて、オリンパスへの東証さんの判断はおかしいのではないか」と東証ホールの講演で述べました。結局のところ同制度は、オリンパスほどの会社を上場廃止にすることができないので、特設注意市場銘柄と指定して、ほとぼりがさめた頃に解除しましょう、といった「国策的なややグレーゾーン的制度」といった印象を(私だけでなく、世間からも)持たれることとなりました。今回も、東芝さんが特設注意市場銘柄に指定されたことで、「ほれみろ、やっぱり上場廃止なんてできっこないでしょ。(組織ぐるみかつ本業の架空売上ということで)オリンパスよりも情状が悪いにもかかわらず、結局日本証券取引所っていうところは腰が引けてるってことなんだよ」といった冷めた意見も聞こえてきそうです。
しかし現在の特設注意市場銘柄制度は、平成25年8月の東証のルール改正によってガラリと内容が変わっています。つまりオリンパス事件のころとは制度の中身がかなり違うのです。そのあたりがあまりマスコミ等では報じられていないように思われます。今回の東芝事件との関係でいえば、東証さんによる特設注意市場銘柄指定は、いわば「東芝に対するアメとムチ」だと理解してもよさそうです。
「アメ」というのは、上場規則の改正によって上場廃止基準が明確化されたこと、いや「明確化」というのは教科書的な表現ですが、要するに東芝さんのような老舗上場会社にとっては「虚偽記載」による廃止基準に該当する要件が厳しくなったために粉飾決算等によって上場廃止にはなりにくくなった、ということです。たとえば東証さんが平成25年6月に公表した「改正ルールの制度要綱」では、虚偽記載による上場廃止の対象となるのは、上場前から債務超過であったことを隠ぺいするために虚偽記載を行った場合とか、売上高の大半が虚偽であった場合が例示されており、かなり特殊な事例でなければ「虚偽記載」による一発上場廃止の基準には該当しないと思われます。この制度改正によって、東芝さんは「なんでオリンパスよりも情状が悪いのに」といった批判を受けずに済むようになりました。これは明らかに東芝さんにとっては「アメ」です。
いっぽう、一昨年の上場規則の改正には「ムチ」もあります。いや、企業の内部統制に関心を持つ私にとりましては、今回、この特設注意市場銘柄制度の「ムチ」の部分にこそ注目しています。ルール改正前は、上場会社の虚偽記載が認められた場合、その虚偽記載が投資家に与える影響の大きさによって上場廃止とするかどうかが決められていました。その影響が重大でないと東証が判断した場合には、とりあえず特設注意市場銘柄指定をして、内部管理体制の改善の様子をみながら、改善が認められる場合には指定を解除するという仕組みでした。この仕組みですと、東証が「重大ではない」と判断したことが間違っていなかったことを追認するために最大3年の猶予を与える制度のように世間的には受け取られていました(現に、後日東証さんが指定銘柄を上場廃止にした会社はありませんでした)。
しかし現行制度では、市場の秩序維持に問題を生じさせる行為(たとえば虚偽記載)が認められる上場会社については、虚偽記載の大きさが上場廃止にあたるかどうかとは関係なく、とりあえず内部管理体制等に高い改善の必要性が認められる場合には(ペナルティとして)特設注意市場銘柄に指定する、という仕組みになりました。したがって、上場廃止とは関係のない「適時開示違反」や「企業行動規範違反」に及んだ上場会社に対しても特設注意市場銘柄指定が(ペナルティとして)行われることもあります。つまり、今回の東芝さんが特設注意市場銘柄に指定されたのは、「虚偽記載」をしたからではなく、そのような虚偽記載に及ぶほどの市場秩序侵害行為(内部管理体制の欠如)が認められたから(そのペナルティである)、ということになります(東証さんのリリースの根拠条文をご覧いただければわかると思います)。
したがって、いったん特設注意市場銘柄に指定された上場会社には、「虚偽記載」とは別の独立した上場廃止基準が待ち構えている、ということになります(ということで、現行ルールのもとでは「特設注意市場銘柄指定か、上場廃止か」といったオリンパス事件のころの「虚偽記載」を基準とした問題提起は理屈上ではおかしい、ということになります)。また東証さんとしても、「自分たちの上場廃止に関する判断が正しかった」ということを追認するための審査ではなく、内部管理体制等の改善が明らかに認められた、ということを金融庁監視のもとで明確に判断しなければならないわけで、これはたいへん厳しい審査になると予想されます(現に、新たな審査基準のもとで、京王ズHDさんは上場廃止となりました)。
近時においても、特設注意市場銘柄指定中のリソー教育さんについて、「銘柄指定継続」の判断が出ましたが、その判断理由を読めばおわかりのとおり、「内部管理体制等の改善」といいつつも、その実はリソー教育さんのコーポレートガバナンス改善(具体的には取締役会メンバーの見直し?社長の交代?)にまで審査が及んでおり、東証さんの審査の真剣度が伝わってきます。東芝さんのケースでは、わずか1年の間に内部監査や監査委員会制度、会計監査人との連携状況などを見直し、おそらくもう一度、第三者委員会を設置して、監査の実効性についての検証を受ける必要があると思います。そのような状況のなかで、ある程度の業績の建て直しも進める必要があるので、東芝さんの今後1年間はたいへん厳しい試練が待ち構えているのではないでしょうか。
オリンパスさんの内部管理体制確認書提出の際、いくつかのマスコミで取り上げられたように「確認書改ざん疑惑」が生じました。そのような疑惑もあったとなりますと、東芝さんのケースにおいても、「結論ありき」の甘い銘柄指定ではないものと考えています。
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