日本ガイシ米国子会社・反トラスト法違反事件にみるカーブアウトの脅威
環境規制強化の中、業績好調の日本ガイシさんは、同社米国子会社によるシャーマン法1条違反事件について、米国司法省(DOJ)との間で司法取引を成立させたことを発表しました(会社のリリースはこちらです)。本件については、DOJも先週HPで公表しています。同社は、すでに4月28日の時点で15年3月期に「競争法関連特損93億円」を計上することを明らかにしていましたので、詳しい方は「まもなく海外不正事件で司法取引合意か?」と予想されていたかもしれません(しかし日本の公取委が立入調査をした場合にはその時点でリリースされるのに、DOJの立入調査段階ではなんらのリリースもされないのですね。別途おそろしいインサイダー取引リスクが生じますね)。
ところで本事件では、日本ガイシさんの前社長を含む3名の方が企業本体の司法取引では免責されなかった(カーブアウト)と、日経が報じています(「関係者の証言によると」だそうです)。昨年1月、東証2部の自動車部品会社の経営トップが米国で禁固刑に処せられた例はありましたが、東証1部上場会社の経営トップがカーブアウトされ、刑事起訴されることはあまり例がないと思います。会社リリースによると、米国子会社にDOJから文書提出命令が届いたのは2011年10月とのことですが、日経が報じるところでは2010年から12年にかけて国内外において司法妨害行為(メールの削除、文書の廃棄等)が行われていたとのことで、時期がややずれています。つまり米国子会社にFBIやDOJの関係者がやってきた当初から、海外不正事件において「一番やってはいけないこと」をやってしまった可能性があります。
自動車部品メーカーは、常に自動車メーカーからの値引き要請、受注割合調整通告にさらされていますので、「こっちだってメーカーへの対抗手段をもっていてしかるべきだ」といった、いわゆるカルテル正当化理由があります(もちろん法的に正当というわけではありません)。したがって頭では「ヤバいこと」とわかっていても、またどんなにコンプライアンス研修を受けたとしても、上から「工夫しろ!」「チャレンジ!」と指示が飛んでくる中で、私は「どこの会社でもカルテルはやってしまう」と考えています。これから長年にわたって雨嵐のようにやってくる海外の民事訴訟や当局による制裁金訴訟を考えますと、どうしても「起こさないためにどうするか」に関心が向きがちですが、むしろグレーゾーン行為の疑惑が生じた時に、どうやって国内本部がこれを察知してアムネスティ・プラスにつなげるか(一番に不正を申告すると刑事処分を免れる制度)、ということが最重要課題であり、そのための内部統制システムを企業グループにおいて構築する必要があると思います。
「起こさないためにどうするか」よりも「起きた時にどうするか」を優先すべきと考える理由は、日本ガイシさんのように司法取引における「カーブアウト」がDOJの捜査主流となりつつあるからです。これまた米国子会社にFBIやDOJの担当官がやってくると、どうしても日本の本社では証拠を隠したり、廃棄したくなるものです。これは自分が刑事処分を受けたくないとか、自社の関与を隠したいといったことだけでなく、「他社に迷惑をかけたくない、御世話になっている会社を巻き込みたくない」といった日本企業的な理由もあるのでやっかいです。司法妨害行為は米国では極めて重く処罰されるようなので、今回のように経営トップの関与が疑われると、たとえ企業は司法取引が成立したとしても、経営トップは別だとして、免責合意の対象からはずされてしまいます。日本ガイシさんの司法取引の合意内容は明らかではありませんが、最近は「おたくの前社長が全面的に不正を認めて、おれたちの捜査に協力するように説得しろ、それなら罰金を減らしてやる、もし前社長を説得できないようなら、もうひとり幹部役員級のカーブアウトを増やしてもいいぞ」といった戦術がとられる傾向にあります。日本人には罰金を高くすることよりも、人質をとることのほうが捜査上で有効だと理解しているのでしょうね。
もちろん米国の捜査権は日本には及ばないので、起訴されても米国の裁判所に行かないという手もあります。今でも10名以上の日本人が頑張って無罪を争っているようですが、禁固刑が確定した場合に、「日本にいれば安心」というわけにもいかない時代になってきました。身柄引き渡し条約について、日米間で合意がなされており、いつ東京高裁が米国の引き渡し要求に応じるか予断を許さないからです(まぁ、これからは一切海外には出ない、身柄引き渡しは時期尚早という希望的観測に賭ける・・・というのもアリかもしれませんが)。
大きな組織のマネジメントを任されている方が、このような刑事訴追の対象となること自体、企業にとっては重大な問題です。また日本ガイシさんのように、国際カルテル事件は何年間も公表を控えざるをえず、(その結果として)インサイダーリスクを抱えるために、社長以下ごく少数の精鋭部隊による対応が要求されます。つまり、有能な社員を後ろ向きの作業に長く関わらせてしまうことも、企業にとっての重大な損失です。したがって「起きた時にどうするか」、つまり反トラスト法違反行為の後の「二次不祥事防止」といったことを優先すべきなのです。ちなみにカーブアウトの現状については私と龍義人氏とベーカー&マッケンジーの井上朗弁護士共著による「国際カルテルが会社を滅ぼす」でも説明をしています。なお、龍義人氏は、このたびさらに「国際カルテルが・・・」をブラッシュアップした国際カルテルへの実務対応本を、西村あさひ事務所の著名な弁護士の方と共著にて出版されます。こちらでもDOJ対応の実務が詳しく紹介されているようですので、ご期待いただければと。
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コメント
太平洋戦争の際、日本軍は兵隊に「捕虜にならずに死ね」と教え込んでましたが、いざ捕虜になった際の対応を一切教えてなかったため、米軍に一旦心理的に説得されてしまったらどんなことでも全部洗いざらい白状させられてしまった…
…てな逸話を想起させられますな(笑)。
全くもって、今もって日本人って……であります。
投稿: 機野 | 2015年9月 7日 (月) 09時56分