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2015年10月29日 (木)

横浜マンション傾斜問題-旭化成建材社は「やぶへびコンプライアンス」?

2012年6月、ミキティこと藤本美貴さんがイメージキャラクターを務めていた美貴亭の食中毒事件を題材に、当ブログで「やぶへびコンプライアンスの脅威」について論じました(「やぶへびコンプライアンス」の定義についてはそちらのブログエントリーをご参照ください。当時、ご異論を含め、たいへん多くのアクセス数をいただきました)。

いま大きな問題となっております横浜マンション傾斜事件ですが、2次下請けの旭化成建材さんの管理責任者が関わった建造物の調査が続いており、あたかも特定された建造物の安全性が確認されれば、横浜のマンション居住者の補償問題を残し、少なくとも国民の安全性に関わる事件は解決するような様相を呈しています。特に国交省の旭化成建材さんへの厳しい対処は、旭化成建材さんが適正な調査を行えば事態は収束するようなイメージを与えています。

しかし10月22日の役員記者会見などを拝見しますと、データ偽装と基礎工事の欠陥との因果関係があいまいであり(偽装されたデータの中で、8本分は支持層に杭は届いていたとのこと)、基礎工事の欠陥を隠ぺいするためにデータを偽装していた、ということではないようです。ということは、現場の安全性確認が不十分であったことは否めないとしても、データ偽装が行われた建物を調査することによって支持層に届いていない基礎工事の不存在はなんら証明されるものでもありませんし、マンション傾斜と旭化成建材の不正との因果関係自体も不明のままだと思われます。

さらに本日報道されたところによると、この横浜のマンションの管理責任者とは別の責任者が担当した北海道(釧路)の物件でも旭化成建材社員によるデータ偽装が認められたそうで、基礎工事の欠陥とデータ偽装との関連性はさらに薄まり、国交省が目指す事態の収拾はさらに遠のいたのではないでしょうか。

2日ほど前、日経新聞さんが1次下請業者である日立ハイテクノロジーズさんの情報開示の消極性を批判しておられましたが、そもそも2次下請け会社の不正と「マンション傾斜問題」との関連性が不明である以上、「事実関係の調査中」を理由に開示を控える日立ハイテクさんの広報姿勢も(ひとつの考え方として)十分に合理性があるのではないでしょうか。事実関係も不明のまま積極的に情報開示をして、後日訂正を繰り返すほうが企業の信用を低下させることも考えられます。

ただ、そうはいっても、旭化成建材さんの調査に注目が集まる中で「安心思想」による対応が求められることは当然であり、国交省からも法令違反を根拠に調査要請がある以上は、これに誠心誠意対応せざるをえないのが現実です。仮に旭化成建材さんの管理責任者によるデータ偽装が存在しなかったとすれば、本件は安全管理ミスという「過失」は指摘されるかもしれませんが、少なくとも支持層に到達していなかった杭を現場に持ち込んだ施工主さんの工事にこそ注目が集まったように思います。

私はこのようなコンプライアンスリスクのことを、10年ほど前から「やぶへびコンプライアンス」と呼んでいますが、今回の旭化成建材さんの件も、その典型例ではないかと。当該不正はどこの会社でも日常的に起こりうるものであり、当該不正が直ちに大きな問題を招来するわけではないのですが、他の事件や事故が生じることで、その因果関係を問われることなく、当該不正のほうに世間の注目が集まり、ひいては企業の社会的信用が毀損されるという例です。マンション傾斜の原因分析とは別のところで、旭化成建材さんのずさんな業務がクローズアップされていくことになります。

ほんの少しの努力によって不正を早期に発見し、是正できる機会はあるのですが、そこから招来されるリスクの発生可能性が低いために対応が後回しになります。しかし企業において、このリスクが顕在化した場合には、当該企業のコンプライアンス経営の軽視と社会的に評価されるため、私は「やぶへびコンプライアンス」も徹底的に防止すべき二次不祥事だと解説しています。まさに「やぶへびコンプライアンス」は、コンプライアンスが「法令遵守」ではなく「社会の要請への適切な対応」と訳される時代だからこそ生まれた概念です。本件では、この二次不祥事は、旭化成建材さんだけでなく、日立ハイテクノロジーズさんや三井住友建設さんとの複合的な欠陥によって招いたものかもしれませんので、むしろ不正リスク管理の視点から光をあてるべきなのは、そのような構造的な問題ではないかと考えています。

10月15日のエントリーにおいて、まじめな企業の典型的な不正の動機としては「誠実な企業≒不正をしてでも納期を守る」と書きましたが、そのあたりが建設業界における構造的な問題の要因ではないかと思えてなりません。

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2015年10月26日 (月)

注目すべき東芝・責任調査委員会の役員等責任判定報告

今年9月12日の毎日新聞朝刊に、大手企業123社経営トップに聞いた企業統治に関するアンケートの結果が掲載されていました。そこでは回答企業の約半数(46%)の経営トップが「東芝事件は他山の石としたい」と回答され、「東芝事件は東芝固有の特殊事情によるもの」(12%)といった回答を大きく上回るものでした。東芝事件の第三者委員会は東芝トップの意図的な関与を認めていましたが、上記毎日新聞のアンケート結果からみると、ややシンパシーを感じておられる経営者の方も多かったのではないでしょうか。

さて、東芝事件の旧経営陣(現経営陣の一部も含む?)の法的責任の判定を目的とした責任調査委員会の報告書が近々出る模様で、東芝の現経営陣はこの報告書の内容を尊重したうえで、同社が旧経営陣に対して損害賠償請求訴訟を提起する方針であることが報じられています(たとえば読売新聞ニュースはこちらです)。以前当ブログでもご紹介したとおり、株主から東芝社に対して提訴請求が届いておりますので、この請求に対する会社側の対応は11月上旬までには決定しなければなりません。

会社側が誰に対して責任を追及し、誰に対しては訴訟を提起しない、と判断した理由はどこにあるのか、また責任を追及するとしても、当該役員の違法行為と因果関係が認められる損害は何なのか、また損害額をどうしてそのように考えたのか、ということを、東芝社としてはぜひとも対外的に説明していただきたいところです。また、監査法人や監査委員に対する損害賠償請求については今後どうする方針なのか、その点についても説明がなされる必要があると思います(株主弁護団は損害金は10億円、と主張しておられますが、これがそのまま援用されることはないと思います)。

徹底した責任追及は、社会的にみれば東芝社の自浄能力を示すものとして歓迎されるかもしれませんが、一方において「他山の石」(明日は我が身)とみる他の上場企業からすると、責任や損害に関する認定根拠次第では経営トップの行動に萎縮的効果を及ぼす可能性もあります。また、そもそも課徴金等は役員の行動に起因するとしても、これは会社に課されるものであるので役員への責任追及の対象となる損害には該当しないといった有力な意見もあります。賠償請求で勝訴したとしても、弁護士費用のほうが高くついて、回収も十分になされないことが明らかでも提訴すべきか、株主代表訴訟を継続させることと、会社による賠償請求訴訟を継続させることと、いずれのほうが会社の社会的信用を毀損するか、という判断要素もあるかもしれません。いずれにしても、他社経営者も注目するところであり、会社側の提訴判断とともに、この責任調査委員会報告書についても全文の開示がなされることを強く希望いたします。

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2015年10月23日 (金)

社外取締役からみた取締役会評価における重要なポイントとは?

10月20日の日経ニュースにおいて、社外取締役の貢献度は高いと評価している上場企業が半数以上に及び、とりわけ独立社外取締役が3名以上選任されている企業では「貢献度が高い」と評価している企業の割合が8割にも及んでいるということが報じられています(エゴンゼンダーさんの調査結果をもとにした記事だそうです)。日本コーポレートガバナンス・ネットワークの関係者という立場からすれば、素直にこの結果には喜びたいところです。ただ、そもそもコーポレートガバナンス・コードにおける取締役会評価の指針に「コンプライ」している上場企業が圧倒的に多いわけですから、そのような企業は「社外取締役は事業に貢献している」と回答したい(回答すべき?)はずです。したがって、この回答結果をもって、本当に社外取締役が企業価値向上に貢献しているか(貢献していると思われているか)どうかは、実際のところよくわからない、というのが私のホンネです。

ところで金融庁では「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」というのが開催されているそうで、10月20日に開催された第2回会議の資料を拝見いたしました。取締役会をめぐる論点、とりわけ社外取締役の活用をめぐる取締役会評価などが議論されたようです。アジェンダを拝見しますと「形ではなく実質のあるガバナンスとはどういったものか」「仏作って魂入れず等と言われるが、では魂とは何か」といったことを、真剣に考えようとされている雰囲気が伝わってきます(私のように社外取締役でありかつ取締役会議長を務める企業は17社ほど、全体の0.5%だそうです)。

私はこの有識者会議で議論されるような高尚なことは言えませんが、取締役会議長を務める独立社外取締役の一人として、私なりの取締役会評価のポイントを申し上げますと、取締役会を支える事務局の存在を一番に上げたいところです。なんといっても独立社外取締役の「わがまま」を支える事務局の存在は大きい。「インサイダー情報の巣窟」ともいえる取締役会に参加をして、付議案件や報告案件の整理を行い、直前変更の荒業にも耐え、社外取締役への事前説明もこなす人材がいるからこそ社外取締役の貢献が可能になると考えます。時には「経営会議」と「取締役会」の隙間にある情報なども社外取締役に教えてくれます(これはけっこう貴重です)。あまり光は当たりませんが、何社か社外取締役を経験された方なら、優秀な事務局のありがたさを身に染みて感じておられるのではないでしょうか。

そしてもうひとつのポイントは、コーポレートガバナンスに精通した(熱心な?)取締役さんの存在です。最近は社外取締役が(任意の)指名委員会や報酬委員会の委員を務めたり、または社内取締役の業績評価を行う機会が増えましたが、そのような社外取締役の監督機能の実効性を高めるためには、様々な情報を入手する必要があります。もちろんすべての執行部門に精通した社長から情報を入手できれば良いのですが、社長にそんなヒマはなかなかありません。したがって、多くの執行部門にまたがって情報を入手でき、社外取締役制度などにも理解のある取締役さんがいるのか、いないのか、これは社外取締役が監督機能を果たせるかどうかの分水嶺になります。次の体制において誰を執行役員に上げるのか、この判断をひとつ間違えると組織のバランスを失いますし、数字以外の定性的な業績評価も多くの議論が必要です。会社から見て「社外取締役が貢献している」と判断されるためには、このような活動が求められるのであり、だからこそ能動的・積極的な情報収集に応えてくれそうな社内取締役さんの存在が不可欠だと思うところです。

最後になりますが、自戒をこめて「社外取締役の熱意」が必要かと。この「熱意」というのは、企業価値向上に貢献したい、ということですが、「空気を読む場面」と「空気を読まずにあえて行動する場面」をどう使い分けるか、そのバランスへの配慮こそ熱意の現れだと認識しています。そういった意味では、独立社外取締役が3名以上存在する(私が社外取締役を務める会社はいずれも3名です)、ということはとてもありがたいですね。

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2015年10月20日 (火)

企業不祥事は内部統制では防げないというけれど(それでも構築には意義がある)

東芝さんの事件、東洋ゴム工業さんの事件、そして横浜のマンション工事データ偽装事件など、大きな企業不祥事が発覚するたびに「内部統制が機能しなかった」「内部統制では不祥事は防げない」と有識者の方々がおっしゃいます。どの企業でも「経営管理」のための内部統制はある程度機能しているはずですが、不正リスク管理という視点では、たしかに不正の未然防止や早期発見のための内部統制、という意味からすると、このような不祥事発覚事例からみて「内部統制は機能しなかった」と指摘されてもやむをえないのかもしれません。しかし、だからといって「では企業は不正リスク管理のために内部統制を整備してもムダ、費用だおれ」というものでもないのです。

たとえば本日(10月19日)の日経朝刊「法務インサイド」ではオリンパス社の中国における贈賄事件への対応が紹介されていました(当ブログのこちらのエントリーでも以前に紹介している件ですね)。オリンパス社の中国におけるFCPA疑惑等、米国当局に積極的に自主申告をすることによって摘発リスクは減少するわけで、「内部統制をきちんと整備し、これを運用していた」という事実がペナルティの回避もしくは最小化につながることになります。「一次不祥事」は残念ながら防止できないとしても、マスコミが喜ぶ(?)「二次不祥事」(不祥事を隠す、放置する、証拠を隠滅する)を未然に防止することに役立つはずです。

また、産経新聞のこちらの記事でも報じられていましたが、公正取引委員会による課徴金処分の裁量化が検討されているようですが、来年春に施行予定の平成26年の二度目の景表法改正などとともに、今後は裁量性の課徴金制度が導入される機運が高まっています。行政調査への協力の度合い等によって行政処分が軽減されるのであり、これも結果的には未然防止にはつながらなくても、内部統制を適切に整備・運用していたことが企業の不正リスクの低減につながります。住友電工さんのカルテルに関する株主代表訴訟などをみても、役員が不正リスク最小化のための努力を怠った場合の責任追及は、今後厳しくなることが予想されます。

また、これは危機対応の専門家でなければ体感できないことではありますが、現実に「内部統制が機能した」ことが不正の未然防止や早期発見に役立った事例はたくさんあります(拙著「不正リスク管理・危機対応」でも既に書いたことですが・・・)。ただ、そのような会社は「こうやってうまくいったから不祥事を防げた、早期に発見した」といった事例を公表しないのがあたりまえなので、成功例が表に出ないだけだと思われます。ちなみに20日午前1時半の日経ニュース記事では(横浜のマンション事件との関係で)建設工事会社の役員の話として、データ偽装は他でも行われており、またかなり多くの関係者が知るところだと述べておられます。一次下請会社がデータ偽装に気づいた場合には、くい打ちのやり直しを依頼してきたこともあるようです。

もちろん整備するだけでなく、適切に運用していなければ意味がないことは言うまでもありません。当ブログではもう何度も同じようなことを書いていますが、不正リスク対応という目的から企業が内部統制システムを構築する意義は、未然防止、早期発見のほかに、危機管理という意味でも十分な意義があることを忘れてはいけないと考えます。

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2015年10月17日 (土)

企業価値向上を邪魔しない監査等委員会設置会社の条件-後編

最新号の旬刊商事法務(10月1日、15日合併号)の座談会記事(2015年株主総会にみえる運営実務の変化と今後の課題-上)の中で、監査等委員会設置会社へ移行した会社の総会実務について議論がなされていまして、たいへん興味深く読ませていただきました。その座談会において、総会運営の現状に詳しいM信託銀行の証券代行グループ長の方が、

「(移行前)まで監査役だった方のうち、監査等委員会設置会社への移行をきっかけにお辞めになったのは弁護士がかなり多い」

「経営評価のような重い職責は担いきれないということで、お辞めになった方は、監査役と監査等委員の違いに対する十分な認識のもとに降りられていらっしゃるという状況があります」

と発言されていらっしゃいます(20頁)。

私も、昨年出版しました「ビジネス法務の部屋からみた会社法改正のグレーゾーン」の中で、取締役会における審議が、もはや満場一致の時代ではなくなったということへの経営者の覚悟がなければ(監査等委員には)就任できない、と書きました(同書143頁)。この機関形態に潜む法的なリスクを考えるのであれば、ビジネス法務に精通した法律家が「監査役ならやるけれども監査等委員であればやらない」と考えるのは至極当然かと(法的リスクという言葉が過激だとすると、その法的リスクを回避するための「膨大な時間的負担の増大化」と役員報酬とのバランスといってもいいかと思います)。ましてやそれまで常勤監査役だった方が取締役常勤監査等委員に就任されず、非常勤の監査等委員や監査等委員会事務局長などに納まっている監査等委員会設置会社が多数出現している状況からするならば、とても怖くて監査等委員に就任できない方も出てくることは自然の流れかと思います。

ただ、私は監査等委員会設置会社について、決してネガティブキャンペーンを張っているわけではなく、この機関形態の性質をよく理解したうえでの移行は企業価値向上に資するものだと考えています。それは「長所を伸ばす」ための移行です。元々監査役会設置会社のもとで監査や経理、法務の重要性を理解されている社長さんもいらっしゃいます(監査や法務、経理、総務等の社員の方々の仕事ぶりをみていたり、そられの方々が責任者となっている社内行事への社長さんの参加状況などをみていると、なんとなくわかります)。そのような会社であれば、「重要業務執行の取締役への委任」に関する定款変更と相伴って、経営のスピードを上げ、経営の透明性を高める機関形態としては抜群のガバナンス機能を発揮できるのではないでしょうか。

しかし前編でご紹介したような統計資料を前提とすると、やはり後向きの対外的理由(社内改革をする気はないが、ガバナンス改革と言われて社外取締役を増やさないといけないので)、後向きの対内的理由(できるだけ監査費用を少なくすむように)をもって監査等委員会設置会社に移行した会社が多いように思われます。このような会社では、監査機能が低下して不正リスクが顕在化する、これまで(移行企業において)長所だったアドバイザリー型の取締役会の機能が低下する、ということにもなりかねないと思います。監査等委員会設置会社に移行した企業の8割から9割が「重要な業務執行の取締役への委任」に関する定款変更をしていますので、かりに今後そのような実務運用がなされた場合には、さらに企業価値を低下させてしまう懸念は大きくなるものと思います。

ただ、どのような事情によって監査等委員会設置会社に移行したにせよ、上場会社としては、一般株主のために(移行したことを)前向きに考えなければなりません。企業価値の向上いや、せめて企業価値向上を邪魔しない監査等委員会設置会社のガバナンスとしては、ひたすら取締役監査等委員の方々の頑張りにかかっていると考えます。そこで私が「せめて企業価値向上を邪魔しない監査等委員会設置会社の条件」(ご提案)としては、

①理屈の上ではやや問題があるとしても、任意の「指名委員会」「報酬委員会」を設置して、そこに取締役監査等委員が就任して「いやでも」社外役員が社内取締役の人事・報酬の決定過程に関与する

②内部監査部門と協働の上、企業グループにおける情報共有体制を整備して(具体的にどのような情報を共有するか、どの情報に優先順位があるか、そのような見直しをどの程度の頻度で行うかを実質的に社外役員を中心に検討して)、取締役会の開催頻度、付議(上程)案件、報告案件の柔軟化を図る

③定時株主総会の招集通知には、各取締役監査等委員がどのように報酬・人事に関与したのか、その概要を示すとともに、かならず選定された取締役監査等委員による報酬・人事に関する意見陳述の概要を記載する

④経理部門や財務部門、そして会計監査人と会計処理方針の是非について対等に議論できるような公認会計士の社外取締役監査等委員を必ず選任する、

というものであり、このような体制作りを監査等委員側から積極的に行うべきです。

④以外の提案については、いずれも費用を伴うものではなく、ただひたすら監査等委員会の環境整備を図るというものです。また③の提案については、そもそも「株主総会が取締役の人事・報酬に意見を表明できる機会を付与するための監査等委員による意見陳述」という建てつけからみて(会社法立案担当者による「一問一答-平成26年改正会社法」初版42頁参照)、この程度のことは施行規則等でルール化してもいいくらい当然のことかと考えています。決して企業価値向上に結び付くというものではありませんが、こういった内容は取締役監査等委員側から積極的に提案しなければ実現しないと思います。

取締役会に責任を負う指名委員会等設置会社の監査委員会とは異なり、監査等委員会は(身分保障が厚い分)取締役会との距離は遠いのです。ひとつ間違えると取締役会で手を挙げる立場にいながら重要な情報が入ってこなくなるリスクは高いのです。国策(ガバナンス改革)に協力することは良いことだとは思いますが、せめて経営トップの作為・不作為による暴走(リスクをとらないという経営トップを後押しするという意味も含めて)を社外取締役がチェックできる態勢だけは整えておかねばならないと考える次第です。

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2015年10月15日 (木)

企業不祥事への対応は「安全思想」か「安心思想」か(改めて考える)

先週、たいへんお世話になっている東洋ゴム工業さんの社外監査役の方が「一身上の都合」により同社監査役を辞任されました。今年6月の総会で新たに就任された方なので、かなり驚きましたが、本日(10月14日)のニュースに触れて(私なりに)納得した次第です。免震ゴム偽装事件で揺れる同社の子会社において、今度は防振ゴム偽装が発覚したそうで、しかも(免震ゴム偽装事件の再発防止策の一環である)特別監査において「とくに問題なしと確認された」との報告がなされた直後に内部通報があり、不正が発覚したとのこと(コンプライアンス研修の直後に内部通報があったそうです)。企業の自浄能力は「件外調査」に基づく安心感によって評価されるものと思いますが、その件外調査すら全く機能しなかったのであり、今後のことを考えますと、おそらく私が監査役でも、職務を続けるにはリスクが大きすぎると考えるはずです。

このような東洋ゴム工業さんの不祥事が報じられた同日、三井不動産レジデンシャルさんが販売し、三井住友建設さんが施工主、旭化成さん(子会社)が下請のマンションについて、こちらもマンション基礎工事の欠陥が報じられ、なんと国交省に提出されたデータは偽装されていたことが判明した、と報じられています。旭化成さんは調査委員会を設置し、施行主の三井住友建設さんは居住者に対して安全確保のための最大限の対応を確約されているそうです。建て替えも視野に入れているとのことで、これらの対応は居住者の方々にとっては安全を目に見える形にする「安心思想」に基づく対応といえます。

しかし本事件は基礎工事の欠陥との因果関係に関心が寄せられる「データ偽装」が判明しているのですから、この「実際に傾いているマンション」だけの問題で済むものなのでしょうか?たとえ取引先事業者が行ったデータ偽装だとしても、全国の2006年以降に建てられたマンションについても、データ偽装のもとで建設されたマンションに、基礎工事の欠陥が認められる可能性は十分にあるのではないでしょうか。関係会社においては、消費者の安心を確保するためには、少なくとも「件外調査」によって、他のマンションについてはデータ偽装は存在しない、したがって基礎工事の欠陥はない、ということを合理的な理由を持って説明する必要があるのではないでしょうか?

本日の住民説明会において、三井不動産、三井住友建設両社の取締役の方が「起こりえないことが起こってしまって申し訳ない」と述べたそうですが(日経ニュースより)、なぜ「起こりえない」と考えておられるのか、そこが一番知りたいところです。私の感覚からしますと、両社ともまじめで誠実で優秀な社員の方が多いので、このようなデータ偽装事件は当然に「おこりうる」ものであり、「起きたときにどうするのか」といった視点を前提として不正リスク管理をされているものと理解しています。不祥事に直面して「おこりえない不祥事が起こった」と考えているかぎり、安心思想に基づく「件外調査」の発想は生まれません。これでは監督官庁を含め、すべてのステークホルダーから見放されてしまうことになります。

東洋ゴムさんも三井住友建設さんも旭化成さんも、おそらく「誠実な社員」「まじめな社員」が多いはずです。したがって「納期を守る=会社の信用を守る」ということを第一に考えます。この「納期を守る」ことに問題が生じた場合(つまり関係社員が有事に至った場合)、「わからなければ偽装をしてでも納期を守る=会社の信用を守る、自分の地位を守る」という考え方に依存する可能性があります。このての不祥事は、誠実な社員が多い企業ほど、その不正リスクが高いはずです。コンプライアンスは「安全性が確保されれば足りる」との発想でよいのか、それとも「安全性が形としてわかる必要がある」との発想が求められるのか、それは各社において社会の常識はどこにあるのか、という点を模索しながら考えるべき問題です。

もうひとつ、昨日報じられたところですが、日本郵便さんの簡易郵便局元局長が10年間にわたり8億9000万円ものお金を顧客180名からだまし取っていたことが報じられ、日本郵便信越支社のHPでも事件内容が公表されました。4月の不祥事発覚以降「件外調査」を重ねて、このような大規模な詐欺事件の全容を把握した点においては、日本郵便さんの自浄能力が発揮されたものと思われます。

さて問題は、この被害者の方々への日本郵便さんの対応です。同社は顧問弁護士の方々に被害者対応を委任しており、詐欺被害者らに対して証拠が少ない点や、取引の異常性(過失相殺の根拠)から、被害額の50%程度をもって被害補償を進めていると報じられています(たとえば産経新聞ニュースはこちら、少し前のニュースはこちらです)。私も対応を委任された弁護士の立場であれば「法令遵守」「遵法経営」の名のもとに、同様の解決策を模索すると思います。

しかし日本郵便さんの経営判断としては別の対応もありうるのではないでしょうか。たしかに過去の裁判例や取引の異常性(異常な高金利)、受託郵便局での事故、立証方法が乏しいといったことを根拠として、顧客との司法的解決を前提とすれば「半額程度の返済による解決」を目指すのが、コンプライアンス経営の在り方かもしれません。しかし郵便局の窓口で500万円を預けた顧客に、局員の不正(ミスではなく、明らかな詐欺行為です)があったにもかかわらず「半分しか弁償しない」という対応はそもそも社会的に許容されるでしょうか。証拠が残っていない、帳簿がないから、という理由も、それは日本郵便側が10年も不正を見抜けなかったという組織的な問題に起因するのであり、そのような組織的な問題のツケを被害者側に半分しか返さない理由にしてしまうことは社会的に許容される理由になるのでしょうか?また、郵便局という全国24000のインフラを活用することで競争上のアドバンテージを持つ郵政グループとして、説明義務違反が問題となる事例と同じように「取引の異常性」を根拠に「おじいちゃん、おばあちゃんの過失」(顧客の自己責任)を主張することが社会的に許容されるのでしょうか?

この点、被害者対応をすべて弁護士に委嘱する経営判断について疑問を感じますし、別の経営判断に従ったとしても、取締役らの善管注意義務違反に問われることはないと考えます。上場を目前に控えた日本郵政グループが、お客様の大切な資産を預かる立場として、できるだけ返済金を減らすことが大切だという発想を今後も続けるのか、上場会社にふさわしいコンプライアンス対応ができる企業として、うべかりし利益を獲得する機会を大切にする発想(安心思想)に転換するべきなのか、一般国民の目線から、そのコンプライアンス経営の在り方を知りたいところです。残酷な言い方かもしれませんが、組織の有事において、守るべきステークホルダーの利益には優先順位をつけなければならないのであり、その順位をつけるのは経営トップの仕事だと考えます。

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2015年10月14日 (水)

お勧めの新刊書(ガバナンス・コンプライアンス関連2冊)のご紹介

4785723408ひさしぶりの新刊書のご案内でございます。本日はお勧めの2冊をご紹介いたします。まずは2年ぶりに改訂いたしました「社外取締役ガイドラインの解説(第2版)」(商事法務)をご紹介いたします。みなさまご承知のとおり、平成26年改正会社法、コーポレートガバナンス・コードの策定に伴いまして、日弁連「社外取締役ガイドライン」が今年改訂されました。今回も、改訂されたガイドラインについて、社外取締役に就任された方、また今後就任を希望している方向けにわかりやすく解説をいたしました(私もふたつの章について執筆しております)。近時のガバナンス改革対応、とりわけ(この表現も最近はやや疑問が呈されておりますが)「攻めのガバナンス」に役立つ社外取締役の姿を想定した解説なので、旧版とはかなり内容も修正されております。「肝心のガイドラインが添付されていないではないか」とお叱りを受けていましたので、第2版では参考資料として改訂ガイドラインも添付しております。

改訂の中心は、やはりなんといっても「第3 社外取締役の具体的活動の指針」でして、通読して勉強していただく、ということでも、また具体的な事象が発生した際に、ガイドラインとして参考にしていただく、という使い方でも結構かと思います。監査等委員会設置会社における取締役監査等委員の方々に向けた具体的活動指針、ガバナンス・コードへの対応指針なども参考になるものと思います。このたびのガバナンス・コード補充原則4-14①でも、社外取締役はその知見を深めるための研さんに努めるべき、とされています。まさに本書を熟読いただき、コードにコンプライしていただければ幸いでございます。どうかよろしくお願いいたします。<m(__)m>

10051246_5611f29c6367dさて、もう一冊は帯書きのとおり(ちょっと恥ずかしいのですが)、私のお勧めの一冊でございます。私の前著「国際カルテルが会社を滅ぼす」の共著者である龍義人氏と、危機管理対応で著名な西村あさひ法律事務所の平尾覚弁護士との共著「競争法グローバルコンプライアンス」(レクシスネクシス)です。米国、EUだけでなく、中国、オーストラリア、ロシア、韓国等、日本の国際カルテルリスクはますます顕在化しています。反社会的勢力リスクと同様、海外カルテルリスクは、経営者が実感しにくいものであり、顕在化して初めて「少しは対策をしておけばよかった」と反省する不祥事の代表格です。先日は東証1部上場会社の元経営者の方が禁固刑を言い渡された について司法取引を行った例もご紹介しました。

本書は、前著「国際カルテルが」の発展版としてレクシスネクシスのメールマガジンで龍氏が連載していた記事を一冊にまとめたものですが、そこにカルテル事件の最前線を知る平尾弁護士が(かなり詳細に)解説を加えておられます。法律家向けの学術書ではなく、一般の企業法務担当者や経営者向けに書かれたものでして、いま日本企業が直面している国際カルテルの概要を短時間で効率的に知るには最良の一冊です。また、単に「知る」だけでなく、平時にこそ備えるべき国際カルテル防止体制を「構築する」ためのツールとしての意義も十分に認められるものと確信いたします。ぜひとも「即戦力」として参考にしていただければ幸いです。

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2015年10月12日 (月)

企業価値向上を邪魔しない監査等委員会設置会社の条件-前編

いつも有益な情報をいただいている迷える会計士さんから、9月の定時株主総会を終えた上場会社のうち、今年度監査等委員会設置会社に移行した会社の取締役会構成に関する調査結果をご教示いただきました(いつもありがとうございます<m(__)m>)。以下に情報を列記いたしますと、

9月総会までに監査等委員会設置会社に移行した会社のうち、ガバナンス情報を更新していない会社を除く190社の分析結果

1 監査等委員会設置会社の社外取締役数

社外取締役2人 94社 
社外取締役3人 64社
社外取締役4人 23社
社外取締役5人 9社

2 常勤取締役監査委員の数

常勤取締役監査等委員3人 1社
常勤取締役監査等委員2人 14社
常勤取締役監査等委員1人 150社
常勤取締役監査等委員0 25社

3 監査等委員会委員長の内訳

監査等委員会委員長が社内 121社
監査等委員会委員長が社外 65社
監査等委員会委員長なし 4社

4 その他の情報

平均社外取締役数 2.72人
平均取締役数 9.55人
平均社外取締役比率 28.5%
社外取締役比率が三分の一以上の会社 60社
社外取締役比率が二分の一以上の会社 9社
監査等委員である社外取締役以外に社外取締役を選任している会社 30社

とのこと。監査等委員会設置会社の現状を示した拙ブログのエントリーでは、今年5月17日の時点で「監査等委員会設置会社に移行を表明した上場会社のうち、それまで社外取締役がゼロだった企業は66%」であることをお伝えしましたが、現状では190社中、160社において監査等委員以外の社外取締役さんがいらっしゃらない(実に84%!)ということなので、この傾向は監査等委員会設置会社へ移行する上場会社の増加に伴って、ますます顕著な傾向となっていることがわかります。

ちなみに、私が6月総会の上場会社の総会招集通知等から調査したところでは、監査等委員会設置会社への移行に関する定款変更決議を可決した会社のうち、約9割において会社法399条の13、第5項、第6項に基づく重要な業務執行の(全部または一部の)取締役への委任を可能とする定款変更も行っていることが判明しています。つまり監査等委員会設置会社のほとんどにおいては(対外的に)指名委員会等設置会社と同様、指名委員会や報酬委員会に準じる役割を社外取締役さんに強く求めるガバナンス体制を標榜している一方で、社外取締役は監査等委員以外には置いていない、というのが現状のようです。

来年6月の定時株主総会で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行を検討している上場会社もかなりの数に上り、私自身、移行を検討されている企業からの相談などを受けることも増えています。また、(私がこっちのほうが相談件数が多いのですが)すでに移行した企業の運営上の課題なども少しずつ明らかになっています。そこで、迷える会計士さんからご教示いただいた情報をもとに、私なりの「企業価値向上を邪魔しない監査等委員会設置会社の前提条件」について検討してみたいと思います(以下、後編につづく)。

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2015年10月 7日 (水)

企業の反社疑惑は公正な調査と徹底した開示が必要である

プロ野球球団の投手が野球とばくに関わっていたとして、同球団はNPB(日本プロ野球機構)に申告した上で、調査委員会による社内調査を開始したことが(朝日、毎日等)新聞のスポーツ欄で詳しく報じられています。同球団の全ての選手への調査も開始されたとのことですが、内部通報によって判明したのではなく、賭博に関わっていた選手に対する「借金取り立て」によって判明した、ということですから(他の選手もやっているのでは?との風評を打ち消すためにも)やむをえないところだと考えます。「ジャイアンツはCSを辞退すべきである」といった意見が出てくるのも(私はその必要はないと考えていますが)、自浄能力の欠如で招いた反社疑惑が「組織ぐるみ」を想起されるからだと思われます。

プロ野球の世界だけでなく、上場会社等においても反社疑惑についてはもっとも自浄能力の発揮が求められる不祥事であり、「見つかってしまった」というのは組織にとっては致命的です。会計不正事件や性能偽装事件ならまだ覚悟できても、「反社会的勢力との接触」は、誰がみても、その組織の社会的信用を失う不祥事として一番隠したい事情ですよね(ちなみに上場会社であれば直ちに上場廃止基準に抵触します)。あの富士通さんの経営陣でさえ、堂々と隠してしまって東証さんから厳重注意を受けたのは記憶に新しいところかと。したがって「見つかってしまった」という自浄能力の欠如事案では、「知っていながら隠していた」「他にも存在する」といった社会的評価を受けてしまいます。

以前、当ブログでも紹介いたしましたが、反社疑惑への対応としてベストプラクティスだったのは大阪ガスさんの3年前の野球とばく事件への危機対応です。社内から「野球部員が賭博をしている」との通報があり、これを受けた本社は2週間の社内調査で36名の社員の不正を特定、速やかに社内処分を行い、社会に公表しました。さらに公正な調査を行ったことを示すために、調査書類をすべて大阪府警に提出しています(後に、残念ながら数名の社員は書類送検)。この1年ほど前、大阪ガスさんは重要子会社の幹部社員が多額の資金流用事件を起こしましたが、この件については(社員個人の不正であり組織としては関与していないとして)公表していません(当時の産経新聞が取り上げただけです)。これほど反社疑惑事件の危機対応は厳格なものが要求される、ということです。

この「反社疑惑」への危機対応でもっともむずかしいのが公表の要否です。皆さんが上場会社の経営者だったら、「反社会的勢力との関与」というのを、どの時点で公表されますでしょうか?社内調査で確実に関与の事実が認められた時点でしょうか、それとも「関与の疑惑」が証拠によって認められた時点でしょうか。関与の事実は認められても「反社」というところに疑問が残る場合はどうでしょうか。それとも「墓場まで持っていく」覚悟で、バレないことに賭けますか?おそらく諸事情(心のバイアスも含めて)によって関与の事実が認められた時点までは公表しないのではないでしょうか。いや、公表しない自分を正当化させる理由をいくつも考えて、自分の決断は正しいと思い込みたいはずです(たぶん私も同じ衝動にかられると思います)。自身の主観的判断からすれば、おそらく永遠に「関与が認められた」との判断には至らないと思います。

しかし世間は「関与が認められた」場合だけでなく、ある法人が「関与の噂がある」というだけで、その法人はブラック企業だと断定して信用は毀損されます。合理的な根拠によって関与の疑惑が認められた時点で公表しない法人が、その後何らかのきっかけで疑惑企業であることが明るみになった場合、もはや「ブラックであることを隠している」とほぼ断定され、疑惑の時点で自主公表しなかったことが企業の損害として認定されるおそれがあります。何度か過去に同様の危機対応に関与しましたが、私の失敗体験からみても、冷静なリスク判断により、調査や開示に伴う人権保障手続きを含めたデュープロセスのもとで、すみやかな公表を怠らないことが適切かと思います。適切な公表だけが「黒い交際は社員個人の問題」と社会的に認知されるための切り札であり、「組織のすべてが真っ黒」と評価されないための唯一の手段です。

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2015年10月 5日 (月)

東芝事件は不正リスク対応基準改訂の契機となるか?

9月末に、東芝さんの臨時株主総会が終了しましたので、東芝さんの会計不正事件も経営陣の法的責任問題、監査法人さんの監査の適正性に関する問題等、次のステージに入ります。10月3日の毎日新聞朝刊では、「不正会計問題、問われる責任 監査法人の指針策定を」と題するCPAAOB(公認会計士・監査審査会)千代田邦夫会長のインタビュー記事が掲載されていました。監査法人さんへの調査はまだ始まったばかりとのことで、コメントは何も述べておられないのですが、今後は監査法人さんの行動原則を定めたコード(指針)を策定することもひとつの方策だと述べておられます。

英国コードを模範とした監査法人向けの指針の策定は、当ブログでも書きましたが、今年1月の日経ヴェリタスにおける前CPAAOB事務局長のインタビュー記事でも「すでに検討している」とされていたので、このたびの東芝不正事件を契機に・・・というわけでもないように思われます。ひょっとすると上記千代田会長のコメントは、東芝事件を契機に検討のスピードが高まっている、といった趣旨なのかもしれません。ただ、この監査法人向けの指針というものは平成27事務年度の金融行政方針でも重点項目とされている「監査法人の品質向上」を目標(公益の番人たる監査法人の役割向上)としたものではないでしょうか。CPAAOBや日本公認会計士協会による監査法人検査や審査に資するものとして策定されるのではないかと。

むしろ今回の東芝事件を受けて検討すべきは2年前に施行された「監査における不正リスク対応基準」の見直しだと考えます。たしか同基準は会計監査に「より厳しいレベル」を求めたものではなく、従前からまじめな会計士さんが履行していた不正対応の監査の内容を明らかにしたものにすぎない、と(とりわけ監査法人サイドから)確認されてきました。したがって今回の東芝さんの件に関する基準適用においても、(基準施行後である前々期以降と限定することなく)すべての決算訂正時期について、この不正リスク監査基準によって監査の適正性を判断すべきだと思います。

これは野次馬の私見にすぎませんが、①とくに職業的懐疑心を発揮すべき「重要な虚偽表示の存在を示唆する状況」というのは、今回の東芝さんの件については認められるのか、認められるとするとどのような点を指すのか、②その状況が特定できた場合に、その虚偽表示(もしくはその虚偽表示の重要性)を打ち消すために監査人が収集した証拠は「心証形成に必要なほど相当程度収集した」と言えるのか、③証拠の収集や重要性判断において、監査委員会とは十分な連携を図ったのか、④たとえ未修正でも虚偽表示を認識した時点で現場の監査責任者と監査法人の審査部門とのコミュニケーションは十分だったのか、⑤有事監査を前提とした追加報酬に関する交渉はどのくらい行ったのか、といった点にはたいへん興味があります。

また、SELL-BUY取引が事業上の合理性に乏しく、実質的に循環取引に該当するのであれば、たとえば日立さんやシャープさんの同種取引の慣行との比較、取引相手方企業の監査担当者との意見交換等、もし不正リスク対応基準が改訂され、監査人間の意見交換が(守秘義務の解除特例として)容易になった場合には同種不正事件を防止できたのかどうか、といった点にも関心が向きます。「抜き打ち検査」というものがさらに基準で明確にされた場合にどうなるか…という点も同様です。

いずれにしても、このたびのCPAAOBの担当監査法人さんへの調査の結果、「やっぱり監査法人による監査の限界事例だ」として「おとがめなし」となれば、(社会的に見れば「監査の失敗」事例となるわけですから)なんらかの(監査における)不正発見機能を向上させるための施策が講じられることは間違いないと思います。それが監査法人向けコードの策定なのか、不正リスク対応基準の改訂なのかはわかりませんが、東芝事件の次のステージにおいて、監督官庁が監査法人に対してどのような施策を打ち出すのか、それは担当監査法人への調査結果と行政的措置が明確になってからの問題だと推測いたします。

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2015年10月 1日 (木)

VW(フォルクスワーゲン)では内部通報制度は機能しない

VW(フォルクスワーゲン)社の排ガス規制偽装問題が連日世界的に報じられていますが、日本の自動車会社におけるカタログ燃費問題はあまり論じられていないようです。実走行燃費とカタログ燃費に格段の差があることは承知していますが、それは試験時における条件が大きく異なるため、ということなら当然です。しかし、カタログ燃費を測定する際にだけ特別にプログラミングされた装置を用いるのが「最高の結果を出すために当然」(国内自動車メーカー担当者)というのであれば(日刊自動車新聞2015年9月28日朝刊一面記事より)、それはVWの問題と同様、消費者をだましていることにはならないのでしょうか?(かなりグレーゾーンのような気もします)

さて、本日(9月30日)の日経ニュースにおいて、排ガス偽装事件の社内調査結果の追加記事が出ています。「2011年には、社内からVW(フォルクスワーゲン)技術者幹部に対して排ガス規制無効化ソフトの違法性が指摘されていたが、同幹部はとりあわなかった」とのこと。つまり不正事実について、内部通報が経営幹部に届いたのが4年前ということで、今回の不正については組織ぐるみの可能性がありそうです。ただし、東洋ゴム工業さんの免震ゴム偽装事件と同じく、ヘルプラインへの通報ではなく、レポートラインへの通報ではないかと推測されますので、その指摘がどこまで「確証に基づく不正通報」だったかわわかりません。したがって、幹部が対応しない、ということについては、組織ぐるみであることを裏付ける事実といえるかどうかも(これだけでは)疑問です。

それでは「VWにはヘルプライン(内部通報制度)があったのか」という点ですが、ドイツやフランスは、そもそも公益通報者保護に関する基本法がなく、2013年改訂のドイツ・コーポレートガバナンス・コードをみても「内部通報制度」を整備することも要請されていません。ドイツにおいては、内部告発の取扱は非常にセンシティブなものであり、ナチス時代とそれに続く旧東ドイツのシュタージによる通報(密告)の苦い経験があることから、内部告発を保護する、という制度に対しては消極的と言われています(詳しくは、消費者庁の2009年海外調査報告をご覧ください)。したがって、VW社には正規のヘルプラインは存在しなかったのではないかと思われます。

たとえVW社にヘルプラインの制度が存在していたとしても、ドイツの裁判所は「ドイツ企業における内部解決優先原則」を堅持しているため、内部告発を行った労働者保護は期待できません。ちなみにフランスの場合は「苦い経験」ということよりも、徹底した個人情報、プライバシー権保護の思想が強いので、他人の不正疑惑といえども、そのような情報を暴くことへの嫌悪感が先に立つものと思われます。このあたりは米国や韓国のような内部告発を奨励する制度とはまったく異なるものといえます。また、内部解決優先主義とはいえども、内部通報制度に不備がある場合に内部告発を保護する(つまり内部通報制度を整備するインセンティブが認められる)日本の公益通報制度とも隔絶した感があります。

ドイツ企業においては、第三者への通報など初めから保護の対象とならないわけで、たとえ社内への通報がなされたとしても、これを取り上げるべきインセンティブが働きません(無視されるどころか、情報提供者が内部通報したことによって不利益を受ける可能性があります)。ということで、ドイツ企業においては、まったく内部通報制度は機能しないものと考えられますし、そもそも通報内容がどのようなものであったのか、会社側がどのように対応したのか、といった記録も残っていない可能性があります。今後は米国のSOX法等の影響を受けて内部通報制度を採用する企業も増えるのかもしれませんが、そもそも第三者への通報(内部告発)が保護されないかぎりは、不正早期発見のためのツールとして、内部通報制度は機能しないように思われます。

しかしこのたびのVW排ガス偽装事件のように、被害を受けるのは消費者であり、その生命、身体、財産の安全を考えるのであれば、情報保護の要請はあるにせよ、一定の場合には内部告発を保護するようなシステムが(全世界的に)必要ではないでしょうか。このたびのVWの不正事件を契機として、ドイツにおける「内部解決優先原則」が多少なりとも転換されることを希望します。

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