横浜マンション傾斜問題-旭化成建材社は「やぶへびコンプライアンス」?
2012年6月、ミキティこと藤本美貴さんがイメージキャラクターを務めていた美貴亭の食中毒事件を題材に、当ブログで「やぶへびコンプライアンスの脅威」について論じました(「やぶへびコンプライアンス」の定義についてはそちらのブログエントリーをご参照ください。当時、ご異論を含め、たいへん多くのアクセス数をいただきました)。
いま大きな問題となっております横浜マンション傾斜事件ですが、2次下請けの旭化成建材さんの管理責任者が関わった建造物の調査が続いており、あたかも特定された建造物の安全性が確認されれば、横浜のマンション居住者の補償問題を残し、少なくとも国民の安全性に関わる事件は解決するような様相を呈しています。特に国交省の旭化成建材さんへの厳しい対処は、旭化成建材さんが適正な調査を行えば事態は収束するようなイメージを与えています。
しかし10月22日の役員記者会見などを拝見しますと、データ偽装と基礎工事の欠陥との因果関係があいまいであり(偽装されたデータの中で、8本分は支持層に杭は届いていたとのこと)、基礎工事の欠陥を隠ぺいするためにデータを偽装していた、ということではないようです。ということは、現場の安全性確認が不十分であったことは否めないとしても、データ偽装が行われた建物を調査することによって支持層に届いていない基礎工事の不存在はなんら証明されるものでもありませんし、マンション傾斜と旭化成建材の不正との因果関係自体も不明のままだと思われます。
さらに本日報道されたところによると、この横浜のマンションの管理責任者とは別の責任者が担当した北海道(釧路)の物件でも旭化成建材社員によるデータ偽装が認められたそうで、基礎工事の欠陥とデータ偽装との関連性はさらに薄まり、国交省が目指す事態の収拾はさらに遠のいたのではないでしょうか。
2日ほど前、日経新聞さんが1次下請業者である日立ハイテクノロジーズさんの情報開示の消極性を批判しておられましたが、そもそも2次下請け会社の不正と「マンション傾斜問題」との関連性が不明である以上、「事実関係の調査中」を理由に開示を控える日立ハイテクさんの広報姿勢も(ひとつの考え方として)十分に合理性があるのではないでしょうか。事実関係も不明のまま積極的に情報開示をして、後日訂正を繰り返すほうが企業の信用を低下させることも考えられます。
ただ、そうはいっても、旭化成建材さんの調査に注目が集まる中で「安心思想」による対応が求められることは当然であり、国交省からも法令違反を根拠に調査要請がある以上は、これに誠心誠意対応せざるをえないのが現実です。仮に旭化成建材さんの管理責任者によるデータ偽装が存在しなかったとすれば、本件は安全管理ミスという「過失」は指摘されるかもしれませんが、少なくとも支持層に到達していなかった杭を現場に持ち込んだ施工主さんの工事にこそ注目が集まったように思います。
私はこのようなコンプライアンスリスクのことを、10年ほど前から「やぶへびコンプライアンス」と呼んでいますが、今回の旭化成建材さんの件も、その典型例ではないかと。当該不正はどこの会社でも日常的に起こりうるものであり、当該不正が直ちに大きな問題を招来するわけではないのですが、他の事件や事故が生じることで、その因果関係を問われることなく、当該不正のほうに世間の注目が集まり、ひいては企業の社会的信用が毀損されるという例です。マンション傾斜の原因分析とは別のところで、旭化成建材さんのずさんな業務がクローズアップされていくことになります。
ほんの少しの努力によって不正を早期に発見し、是正できる機会はあるのですが、そこから招来されるリスクの発生可能性が低いために対応が後回しになります。しかし企業において、このリスクが顕在化した場合には、当該企業のコンプライアンス経営の軽視と社会的に評価されるため、私は「やぶへびコンプライアンス」も徹底的に防止すべき二次不祥事だと解説しています。まさに「やぶへびコンプライアンス」は、コンプライアンスが「法令遵守」ではなく「社会の要請への適切な対応」と訳される時代だからこそ生まれた概念です。本件では、この二次不祥事は、旭化成建材さんだけでなく、日立ハイテクノロジーズさんや三井住友建設さんとの複合的な欠陥によって招いたものかもしれませんので、むしろ不正リスク管理の視点から光をあてるべきなのは、そのような構造的な問題ではないかと考えています。
10月15日のエントリーにおいて、まじめな企業の典型的な不正の動機としては「誠実な企業≒不正をしてでも納期を守る」と書きましたが、そのあたりが建設業界における構造的な問題の要因ではないかと思えてなりません。
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