VW(フォルクスワーゲン)では内部通報制度は機能しない
VW(フォルクスワーゲン)社の排ガス規制偽装問題が連日世界的に報じられていますが、日本の自動車会社におけるカタログ燃費問題はあまり論じられていないようです。実走行燃費とカタログ燃費に格段の差があることは承知していますが、それは試験時における条件が大きく異なるため、ということなら当然です。しかし、カタログ燃費を測定する際にだけ特別にプログラミングされた装置を用いるのが「最高の結果を出すために当然」(国内自動車メーカー担当者)というのであれば(日刊自動車新聞2015年9月28日朝刊一面記事より)、それはVWの問題と同様、消費者をだましていることにはならないのでしょうか?(かなりグレーゾーンのような気もします)
さて、本日(9月30日)の日経ニュースにおいて、排ガス偽装事件の社内調査結果の追加記事が出ています。「2011年には、社内からVW(フォルクスワーゲン)技術者幹部に対して排ガス規制無効化ソフトの違法性が指摘されていたが、同幹部はとりあわなかった」とのこと。つまり不正事実について、内部通報が経営幹部に届いたのが4年前ということで、今回の不正については組織ぐるみの可能性がありそうです。ただし、東洋ゴム工業さんの免震ゴム偽装事件と同じく、ヘルプラインへの通報ではなく、レポートラインへの通報ではないかと推測されますので、その指摘がどこまで「確証に基づく不正通報」だったかわわかりません。したがって、幹部が対応しない、ということについては、組織ぐるみであることを裏付ける事実といえるかどうかも(これだけでは)疑問です。
それでは「VWにはヘルプライン(内部通報制度)があったのか」という点ですが、ドイツやフランスは、そもそも公益通報者保護に関する基本法がなく、2013年改訂のドイツ・コーポレートガバナンス・コードをみても「内部通報制度」を整備することも要請されていません。ドイツにおいては、内部告発の取扱は非常にセンシティブなものであり、ナチス時代とそれに続く旧東ドイツのシュタージによる通報(密告)の苦い経験があることから、内部告発を保護する、という制度に対しては消極的と言われています(詳しくは、消費者庁の2009年海外調査報告をご覧ください)。したがって、VW社には正規のヘルプラインは存在しなかったのではないかと思われます。
たとえVW社にヘルプラインの制度が存在していたとしても、ドイツの裁判所は「ドイツ企業における内部解決優先原則」を堅持しているため、内部告発を行った労働者保護は期待できません。ちなみにフランスの場合は「苦い経験」ということよりも、徹底した個人情報、プライバシー権保護の思想が強いので、他人の不正疑惑といえども、そのような情報を暴くことへの嫌悪感が先に立つものと思われます。このあたりは米国や韓国のような内部告発を奨励する制度とはまったく異なるものといえます。また、内部解決優先主義とはいえども、内部通報制度に不備がある場合に内部告発を保護する(つまり内部通報制度を整備するインセンティブが認められる)日本の公益通報制度とも隔絶した感があります。
ドイツ企業においては、第三者への通報など初めから保護の対象とならないわけで、たとえ社内への通報がなされたとしても、これを取り上げるべきインセンティブが働きません(無視されるどころか、情報提供者が内部通報したことによって不利益を受ける可能性があります)。ということで、ドイツ企業においては、まったく内部通報制度は機能しないものと考えられますし、そもそも通報内容がどのようなものであったのか、会社側がどのように対応したのか、といった記録も残っていない可能性があります。今後は米国のSOX法等の影響を受けて内部通報制度を採用する企業も増えるのかもしれませんが、そもそも第三者への通報(内部告発)が保護されないかぎりは、不正早期発見のためのツールとして、内部通報制度は機能しないように思われます。
しかしこのたびのVW排ガス偽装事件のように、被害を受けるのは消費者であり、その生命、身体、財産の安全を考えるのであれば、情報保護の要請はあるにせよ、一定の場合には内部告発を保護するようなシステムが(全世界的に)必要ではないでしょうか。このたびのVWの不正事件を契機として、ドイツにおける「内部解決優先原則」が多少なりとも転換されることを希望します。
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コメント
自動車会社の人以外は誰もカタログ燃費など気にしていないと思います。ですのでVWの問題とは一緒には出来ないと思います。
投稿: VWオーナー | 2015年10月 1日 (木) 15時12分