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2015年11月30日 (月)

黒田電気・従業員声明文偽造事件にみる危機対応の重要性

11月27日、適時開示としては公表されていませんが、黒田電気さん(東証1部)のHP上に従業員声明文問題に関する社外調査委員会報告書(公表版)がリリースされました。大株主であるC&Iホールディングスさんが取締役の選任を求めていたことで、今年8月21日に黒田電気さんは臨時株主総会を開催し、最終的には同総会において株主提案が否決されました。この総会の直前に、黒田電気の従業員組織と従業員一同を名義人にした「株主提案に強く反対する意思を表明」との声明文が公表されたわけですが、同臨時総会直後、大株主側は黒田電気さんの幹部(執行役)が声明文を捏造(ねつぞう)したと主張していました。

同社では、この大株主側からの主張への対応を検討したうえで、監査委員会の下で社外調査委員会の設置を決定。11月27日に公表された調査報告書では、声明文の作成に関与したのは黒田電気の幹部など一部の関係者に限られていたと指摘していますが、実際に従業員の意思を確認する手続きはとられず、声明文の内容やその公表が事前に従業員に知らされていなかったことが明らかにされています。同報告書を拝読し、私なりの素朴な疑問が湧いておりますが、それをここで書くことはエチケット違反になるので、以下はあくまでも開示内容から容易にわかる事実だけに焦点を絞っての感想にとどめておきます。

経営支配権を巡って委任状争奪戦が繰り広げられる中で、労働組合や従業員団体名義によって「会社側意見に賛同する」といった声明文が出されることは多いのですが、社外の第三者委員会によって、「声明文は偽造であり、私文書偽造、同偽造私文書行使罪も成立しうる」と断定されたことは会社側にとっても厳しい意見が出されたものと評価されます。また、同社は証券取引所対しても虚偽報告を行ったと(第三者委員会によって)断定されていますので、今後の会社側の対応にも注目されるところですが、このような肉食系の社内紛争に関わることが多い私にとりましても、自戒と共に、たいへん教訓となることを多く含んでおり勉強になります。また、上場企業の法務部門や監査部門に携わる方々にも「もし、あなたが報告書に登場する法務担当者、監査部門だったらどのように対応されていたか」を考えながら、ご一読されることをお勧めいたします。

黒田電気さんの今年の株主総会における委任状争奪戦といえば(先週のエントリーの続きになってしまいそうですが)、同社大株主として登場する元Mファンドの代表者(および長女の方)が注目されるところです。しかし、上記の調査報告書を読みまして、そのあたりの世間的な話題はあまり気になりませんでした。むしろ同社執行役(黒田電気さんは指名委員会等設置会社です)の方が、会社の有事において、なぜ労働者団体名義の声明文を、団体のトップの方に無断で作成してしまったのか、その証拠がなぜ容易に大株主側にわたってしまったのか、そのあたりの事実経過がもっとも(企業の危機管理の視点から)教訓となるところです(詳しくは、ぜひ皆様方でご確認いただければと)。いろいろな社内力学が絡んだ結果であることがわかりますが、私的には大株主と創業家との利害の一致(株主間のコミュニケーションの円滑化)、デジタルフォレンジックを含め、社内謀議が録音や解析によって証拠化されるおそろしさ、といったことを再認識いたしました。

そのほかにも、議決権行使助言会社の影響力の大きさ(ご承知のとおり、黒田電気さんの委任状争奪戦ではISSとグラスルイスでは意見が分かれましたね)、有事における法務部門の助言の重要性(フォレンジックによって法務部門の意見等が明らかになっています)、社外取締役が内部通報を受領した場合の具体的な対処方法の検討(コーポレートガバナンス・コードにおいて原則2-5についてコンプライしている上場会社は要検討課題)など、検討すべき論点はいろいろと出てきます。

とりわけ黒田電気さんの有事対応について、(声明文を偽造したとされる執行役の方から)相談を受ける法律専門家が登場し、そのアドバイス内容が同社社長や同社監査委員会の行動にも影響を及ぼすことになるのですが、同社第三者委員会報告書は、この法律専門家の意見内容を一蹴しています(私も第三者委員会の判断と全く同意見です)。ただ、私はこの法律専門家の方に同情するわけではありませんが、このように会社が有事の場面において、法律家にアドバイスを求める経営幹部の方々は、必ずといってよいほど、自身の有利な事情しか話してくれない、ということは留意しておく必要があります。この第三者委員会が認定しているように、すべての事実経過を認識していれば、また違った法律意見を出せるのですが、おそらく当該法律専門家の方も、会社に都合のよい事実だけを聞いて、調査報告書に記載されているような法律意見を出された(自分たちに都合の良い法律意見を引き出させた)可能性は否定できないと思います。

会社の有事対応に関わる弁護士として、いつも心がけることは、相談を受けている方はご自身に都合のよい事実だけを話そうとされる、という点です。依頼者との信頼関係を維持するためには、できるだけ親身になって経営幹部のお話をお聴きすることは大切ですが、それでも、不利益事情の存在も念頭において意見を述べる必要があります。また、どのような意見を述べたとしても、我々弁護士の意見が一人歩きしてしまって、「○○弁護士からお墨付きをもらったのだから我々は正しい」といった思考停止に陥らせてしまうおそれがあるということも認識しておく必要があります。私自身も過去の事件における対応から反省すべき点が多々ありますし、また今後のためにも自戒すべき点です。

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2015年11月27日 (金)

Mファンド元代表による相場操縦事件とスチュワードシップ・コード

旧村上ファンドの元代表の方による相場操縦強制調査事件が報じられています。相場操縦の中でも、もっとも頻繁に行われているとされる金商法159条2項1号の変動操作に関する調査対象事件です。また金融庁の平成27事務年度の重点政策項目である「市場の健全性確保」を実現するためには、相場操縦事件の摘発は喫緊の課題であるわけですが、不公正取引規制は正に刑事法と行政手続法、そして金融商品取引法の知見が求められる領域なので、おそらくマスコミの方々がこの話題をフォローすることは至難の業ではないかと(ある程度の支配力をもった人が株式の売買を行えば相場が変動するのは当たり前なので、どこまでが「適法な取引」で、どこからが「違法な取引」なのか、その線引きは「取引誘因目的」という主観的要件の有無にかかっていて非常に難しいわけです)。

とりわけ調査当局の報じるところをそのままマスコミが「垂れ流し」てしまいますと、機関投資家をはじめとした「モノ言う株主」の姿勢を委縮させてしまい、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードを基本とした「株主との対話」に悪影響を及ぼすことになる可能性もありそうです。いくらスチュワードシップ・コードの存在(中長期の企業価値向上を目指した対話)を強調したとしても、株主にとって短期的売買が悪いわけではなく、上場会社の事業戦略、成長戦略に積極的に意見を述べることも必要かと思われます。不公正取引規制のポイントは一般投資家が市場に寄り付かなくなるような「トンデモ取引」を排除しようとするものなので、金融庁や検察庁としては「これはアカンやろ」と投資家が思えるようなメルクマールを明確に打ち出して立件する必要があるのではないでしょうか。

11月26日夜の日テレニュースでは「M元代表が、取引時間が終わる直前に大量の株を安く売って株価を引き下げる、『終値関与』と呼ばれる手口などで相場操縦をしていたとみられることがわかった。M元代表は株価を下げた後、時間外取引などで買い戻し、値上がり後に売り抜けていたとみられている。」と報じていました。このあたりは、(リーディングケースである平成6年の協同飼料事件最高裁決定の前に出されたものになりますが)証券取引審議会不公正取引特別部会中間報告書「相場操縦的行為禁止規定等の在り方の検討について」(商事法務1275号35頁以下)等で、相場を変動させるべき取引に該当するか否かは、一日のうち、もっとも重要な時間帯である終値付近での関与状況も判断要素になりうるとされているので、当局の持つ解釈指針に従って、その他の判断要素も総合考慮したうえで「取引誘因目的」という主観的要件を立証していくものと思われます。一般投資家を取引に誘因するためには特殊な手口を複雑に活用することになるでしょうから、そういった一連の手口が経済的に合理性のあるものとして説明がつくのかどうかが焦点になるのでしょうね。

私個人としては紅白初出場のレベッカと同じくらい(?)、経済刑法ネタは大好きなのですが、当ブログで一番アクセス数が少ない傾向にあるのがインサイダー規制や不公正取引規制に関するエントリーです。金商法ネタで唯一アクセスが集中するのは有価証券報告書の虚偽記載事件ネタだけですね。ちょっと寂しいですが、本日のエントリーも、RSSリーダーでタイトルだけをチェックしてスルーされている方が多いと思います(>_<)。しかし(エントリーとは全く関係ありませんが)NOKKOを紅白で視ることができるというのは50代のオッサンには涙モノです。

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2015年11月24日 (火)

JR東日本社の「1口500円」野球賭博事件の違法性を考える

野球賭博問題といえば読売ジャイアンツの事件が記憶に新しいところですが、11月初めに100名以上の社員が賭博に関与していたとして、JR東日本福島支店が野球賭博の事実を公表しました。高校野球の優勝校を当てるもので一口500円、毎回15万円程度を集金し、当てた社員に配当する、というものだそうです(11月6日の福島民報のニュースはこちらです)。ニュース記事からすると、内部通報をもとに社内調査が行われたようです。

「一口500円なんて、遊びの範囲ではないの?」「それくらい、どこでもやってるじゃん」「そんなの摘発するくらいなら、もっと大きな不祥事の摘発をしろよ!」といった声が聞こえてくるようです。もちろん刑法の賭博罪に該当する行為ですから犯罪行為に間違いないわけですが、国鉄時代から行われていたようですし、余興の範囲内として、それほど批判の対象にならないのかもしれません。

たしかに個々の社員の犯罪行為の違法性は高いとは言えないでしょう。しかし、これを許す組織の違法性については調査をしてみなければわかりません。たとえ掛け金が500円だとしても、これが反社会的勢力との癒着を疑わせるような行為であったり、八百長など組織の社会的信用毀損につながる行為であったとすれば問題であり、これは実際のところ社内調査をやってみないとわからないのです。私が過去に経験した野球賭博事件の調査では、①胴元が存在するか、②ハンデがついているか、③背後に他の不正行為の存在を疑わせるか、といった点の判断がポイントでした。福島民報さんの上記ニュースでは、JR東日本さんがこれらのポイントをうまく説明しているように読めます。

①と②は、賭博の常習性や専門性が高まる可能性があり、いずれも反社会的勢力との癒着につながりかねないという点です。現に2011年には、キッコーマン食品さんの野球賭博事件において、胴元(賭場開帳?)とされた方が逮捕されたこともあります。③については読売ジャイアンツや大相撲事件でもおわかりのとおり、八百長が背後に隠れている可能性があり、慎重な調査が要求されます。今回のJR東日本さんでも、野球は全国大会等に出場するほどの名門なので、八百長問題への発展について調査を行う必要があったものと思われます。

そして最後は2013年の大阪ガスさんの野球賭博事件の際と同じように、社内調査の結果はきちんと所轄の警察署に報告をする必要があります(JR東日本さんも所轄の警察署へ報告されるそうです)。身内に甘い処分を行ったのではないとの姿勢をみせ、反社会勢力との癒着を疑わせる行為について、組織として徹底して排除していることを示さなければなりません(現実には数名の社員が書類送検される可能性はあります)。内部通報や内部告発の機運が高まり、また国際的にも賭博行為への規制が厳しくなる中で、「社内レクリエーション的な賭け事」への社内調査の要請が、今後高まるものと思います。

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2015年11月20日 (金)

東芝会計不正事件-「社長月例」よりコワい「内部告発」

マスコミが本気になって内部告発を慫慂するとこんな感じになるのでしょうか?またまた日経ビジネスのデジタル会員の特典ではございますが、11月23日号の先行記事を読ませていただきました。先週11月16日号のスクープ記事にも驚きましたが、いやいや23日号のスクープはもっとスゴイ・・・(^^;東芝社の現社外取締役の方々も驚愕の上にご立腹の様子がうかがわれます。

なぜ11月13日に東芝さんが(過去における)ウェスチングハウス社単体の減損を開示したのか、という理由は先週号でおおよそ見当がついていましたが、当ブログの先週のエントリーで疑問として書かせていただいた「東芝さんの特別調査委員会報告書がいまだに公表されていない」理由が今週号でようやくわかりました(もちろん内部資料の内容が正しいとするならば、ですが)。デジタルフォレンジックの威力もさることながら、第三者委員会ではなく、特別調査委員会の時点において、弁護士委員と会計士委員(合計4名)において、いったいどのような葛藤があったのか、とても気になるところです。

私は従前から「東芝さんの第三者委員会は日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会ではない」と当ブログでも述べていましたので、それほど事態が深刻だとは思っておりませんが、またこの記事を契機に第三者委員会制度への風当たりが強まることになるのは誠に残念です。「第三者委員会制度に対する期待ギャップ」のようなものがあるならば、誰かがそれを埋める努力をしなければならないかと。課徴金処分も間近となり、さらに12月には監査法人さんの処分も明らかになるようですが、東芝さんの会計不正問題はこれからが本当の正念場になりそうです。

しかし、これだけの内部資料はいったい誰が日経さんに渡したのでしょうかね?もちろん取材源は秘密なので詮索しても無駄ですが、社長月例よりもコワい内部告発です。フォルクスワーゲン社は11月末を期限として社員に内部告発(内部通報)を呼びかけ、またあのオリンパス事件をスクープした山口氏の最近の記事にもあるように、内部告発者保護の機運も高まっています。日経スクープによる今回の東芝事件の経過もまた、公益通報者保護法改正に一石を投じるものになるのかもしれません。

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2015年11月18日 (水)

適時開示義務違反は東芝だけの問題ではない

会計不正事件に揺れる東芝さんが、原子力事業子会社の米国ウェスチングハウス社の過年度決算の減損損失について内訳を明らかにした、と報じられています。東芝さんも、東証さんからの「適時開示義務違反」を指摘されたことで開示に至ったことをHPで明らかにしています。

子会社等における「発生事実」については、有価証券上場規程403条および同上場規程施行規則402条(軽微基準)において、上場会社による適示開示が求められています。とりわけ子会社が保有する重要資産の減損損失については「災害に起因する損害又は業務遂行の過程で生じた損害」(規定403条2号a)に該当し、連結純資産額の100分の3に相当する額以上の損害と認められる場合には「軽微基準」が適用されませんので、開示すべき損害にあたります(同規則402条1号)。東芝さんは、この上場ルールに抵触するものと東証さんから指摘を受けて、しぶしぶ(?)内訳を開示したものと思われます。

東芝さんの理屈としては、「ついうっかり開示義務違反をしてしまった」というものではなく、一応の理由がありそうです。この適時開示義務が発生する減損損失は、ウェスチングハウス社のグループ全体もしくは原子力事業部門全体からみて(つまりグルーピングの上で)判断すべきであり、そこで損失は出ていない。したがってウェスチングハウス単体の公正価値判定による減損を開示しなくても投資家に重大な影響を及ぼすものではない、つまり適時開示に関する上場ルールには抵触しない、といった判断があったようです。これはこれで東芝さんの理屈としては、(文言解釈はさておき)ルールの趣旨からすれば合理性がありそうです。

しかし東芝さんの理屈は、原子力施設の販売は不振であったとしても、既存施設の保守管理によって儲けが出ているのだから順調ではないか、というものですが、売るべき「ハコ」が売れない中で、保守管理で儲けを出したとしても先細りの懸念は払しょくできないのではないでしょうか。投資家が関心を寄せるのは、ウェスチングハウスの将来的な企業価値であり、そこで求められる情報は、どの単体事業が順調で、どの事業が不振かという内訳です(そうでなければ投資家が将来予測を立てることが困難です)。そう考えますと、やはり上場規程の文言に忠実に、適時開示すべきは単体事業を中心に軽微基準の該当性を認識することが当然のようにも思えます。

こういったことは何も東芝さんに限られるものではなく、そもそも適時開示という制度は経営者と会社との利益相反問題の一つだと言えそうです。どうしても経営者は自分たちにとって都合のよいルール解釈をしてしまいます。昨年出版しました「不正リスク管理、危機対応-経営戦略に活かすリスクマネジメント」(有斐閣)でも述べた通り、会計処理が絡む適時開示の判断については経営判断類似の原則が適用されるものではなく、できるだけ保守的な対応が求められるのではないかと。東芝さんとしては、とくに悪気があってやったわけではないのかもしれませんが、それでも明確な法令違反行為があったこと、徹底して「開示に消極的」だったことが、今後の裁判等において不利益な事情のひとつとして根拠つけられることは十分にありうるものと考えます。

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2015年11月16日 (月)

横浜マンション傾斜事件-社長発言にみる闘うコンプライアンスの姿勢

もはやこの問題を「横浜マンション傾斜問題」と呼ぶべきかどうか迷っているのですが、マンション基礎工事に関するデータ偽装事件が大きな社会問題へと発展しています。13日には旭化成建材さんによる国交省への報告内容も出ましたが、時を同じくして杭打ち工事大手のジャパン・パイルさんのデータ偽装問題も報じられ、11月15日の日経新聞では同社の社長インタビュー記事も掲載されています。同社の発見されたデータ偽装18件については、すべて現場監理者が違う社員ということのようで、組織的な偽装の可能性が高いように思われます。

私は当ブログで何度も申し上げている通り、企業不祥事への対応は「安全思想」ではなく「安心思想」に基づくものでなければステークホルダーの納得は得られないと思うのですが、ジャパン・パイル社の社長さんのご発言は気持ち良いほどに率直で、業界を代表する意見だと思いました。つまり、たしかにデータ偽装が行われたことは現場の監理責任を痛感するが、データ偽装とマンションの安全性は別であり、現場の監理責任者はきっちり安全性を確認している、だからマンションの安全性には問題ない、杭の支持層未達問題とも関係はない(そもそも支持層未達とマンション傾斜との関係も不明であり、東日本大震災の影響ではないか)というもの。

コンプライアンスを「法令順守」と捉えるならば、たとえば建設業法26条の3で定める主任技術者、監理技術者の職務誠実義務については、現場の監理技術者が自らの熟練によって安全を確認していれば誠実に職務を行ったと言えるのではないか、いやそうではなく、紙ベースでの安全確認証憑をきちんと残すことがなければ誠実な職務執行を行ったとは言えないのではないか、といった論点に集約されるのではないでしょうか。したがって請負契約によって定められた安全配慮基準に反することがあったとしても、それは(元請けには誠実ではないかもしれないが)国民に対しては、誠実な職務違反とまでは言えない、もしこれを問題とするならば国交省が法令を変えるべきでしょう・・・ということでコンプライアンス違反ではない、といった「闘うコンプライアンス」の姿勢もありうるところかと。

しかしコンプライアンスを「社会の要請に対する適切な対応」と捉えるのであれば、たとえ建設業法違反が明確に認められるわけではないとしても、またそれが業界の慣行だったとしても、業界内の常識と業界の外の常識とのズレ、つまり「期待ギャップ」が認められる場合には、そのズレを埋める努力は企業側にも必要だと思います。たとえば業界内の方々は、たとえデータ偽装が安全性とは関係がないかもしれないけれども、国民へ「安心」を提供するためにはどうしても「安全性を最優先に考える企業風土」が組織にあることを形で示す必要があります。おそらく、今回の件で、消費者を含めた業界外のステークホルダーの方々も、この期待ギャップを埋めるための努力として「安心を手に入れるためには、販売元から下請けまで、系列等のサプライチェーンでつながっているかどうかが大切、大臣認定の杭打ち法等が採用されていたとしても、このサプライチェーンのバランスが崩れてしまうと問題が生じる」ということを学習しましたので、その情報収集を怠らないことになると思いますし、サプライチェーンの在り方を今後の購買の目安にするはずです。

私は上記のジャパン・パイルの社長さんのご発言を読んで、コンプライアンスはきれいごとでは何の役にも立たないことを再認識したような気持ちになりました。どんなマンション建設にも「採算が合う」「同業他社との競争に勝つ」ことが大前提なわけですから(現場の作業を生身の人間に委ねる以上)不正は必ず起きるはずであり、不正が起きない工事は存在しないということです。ただ、不正が起きた時に、販売責任者から下請けまで、これにどう向き合うのか、逃げる(隠す)ことなく、長い目でどのように誠実に対処するのか、そこが長く生き残る企業(親会社、もしくは企業グループ)の品質であり、マスコミ報道やIT化の中で賢くなっていく消費者の選別の対象になるものと考えています。

13日の日刊工業新聞朝刊に「トヨタ2050年計画」が報じられていましたが、(サプライチェーン企業に厳しい?)トヨタ自動車は、サプライチェーン全体で40年後も「自動車作りで飯を食っていけるように」ESG(環境、社会、ガバナンス)向上に知恵を絞るとのこと(具体的には自動車を作る人も、乗る人もCO2を一切排出しないことを目指すそうです)。企業が消費者から選別を受けるためには、企業グループ、サプライチェーンでコンプライアンスに配慮しなければならない時代だと思います。このたびの事件は、消費者がそこに目を向けて商品やサービスを選別することが重要であることを認識させたものといえます。

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2015年11月13日 (金)

東芝会計不正事件-鬼よりコワい「内部告発」?

日経ビジネスのデジタル会員なので、ひとあしお先に「スクープ 東芝・米原発赤字も隠ぺい」の全文を読ませていただきました。いや、ひさしぶりにドキドキしました。私のコメントが掲載されている8月31日号から日経ビジネスさんは東芝社員の方々に向けて「求む!内部告発」キャンペーンを張ってきたわけですが、ここに結実したわけですね。

そもそも東芝さんの特別調査委員会報告書は(第三者委員会報告書の話題に隠れて)公表されずじまいとなり、内容は明らかにされていません。ただ、金融商品取引法26条に基づく報告命令の内容には、このウェスチングハウス社の経営不振が東芝のBSに及ぼす影響も(工事進行基準の不適切な適用問題等とともに)含まれていたのではないでしょうか。当局は、以前から本丸としてウェスチングハウスの経営状況に関する会計処理に焦点を当てていたのではないかと(あくまでも推測ですが)。

しかし(内部資料に書かれている内容が真実であることが前提ですが)、東芝さんも新日本監査法人さんも、これほどまでに「有事」だったとは存じ上げませんでした。臨時株主総会で新しく社外取締役に選任された方々は、就任の際、この内実をどこまでご存じだったのでしょうか?今朝の日経新聞で国廣正弁護士がコメントされていましたように、本当に「不祥事はバレる時代になった」と思います。内部資料を伴う内部告発の力はすさまじいなあと。

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2015年11月10日 (火)

東芝役員責任判定委員会報告書-鬼より怖い「社長月例」?

昨日のエントリーでご紹介したとおり、東芝さんは元CEO、元CFO5名を相手に損害賠償を求める訴訟を提起しましたが、その根拠とされる「役員責任調査委員会報告書」がリリースされました(関係者が特定される部分はマスキング処理されています)。委員3名、弁護士、会計士、フォレンジック担当者等委員補助者総勢20名ほどの委員会が、極めて短時間で事実調査、意見形成を行ったもので、たいへん興味深い内容です(単に第三者委員会報告書で認定された事実をなぞる、ということではなく、一生懸命新たな事実認定のための調査を行っておられるようです)。私の意見が新聞等でもコメントとして掲載されているようですが、一応誤解のないように以下、私見を述べます。

責任調査の対象者は98名ということですが、「関与者」は十数名に絞られ、結局のところ、法令違反が認められた者(善管注意義務違反が認められた者)は合計5名ということで、現社長を含め、提訴された5名の方以外には善管注意義務違反は認められないとの結論に至っています。昨日のエントリーで予想していたような「善管注意義務違反が疑われる者」という認定も全くされていません(すいません、予想がはずれました・・・)。つまりシロとクロがはっきりと判断された、ということのようです。

法的判定において留意すべき点は、東芝さんは委員会設置会社(現在の指名委員会等設置会社)の機関形態ということです。委員会設置会社において不適切な会計処理が行われた場合、取締役と執行役と分けて「善管注意義務」の中身を整理することが役員の責任判定の前提となります。

実際に不適切な会計処理を実行していたのは(法律上は)各カンパニーの社長さん(執行役)ですが、この各カンパニーの社長さん達には公正なる会計慣行に基づいて会計処理を行うべき義務(善管注意義務)が認められます。ただ、いずれのカンパニーの社長さんにも「一定の注意義務を尽くしたと認められる」として、この義務違反は否定されています。会計処理が不適切であることは認識していたのですが、「社長月例」で本部の社長さん方から厳しくチャレンジの指令が出ていたことから、到底逆らえなかった、自ら本部の指示に従わないという選択肢はなかったということのようです(一応抵抗してみたものの、聞き入れられなかった、という事実認定もあります)。

この判断が裁判所で通る理屈かどうかはわかりません。大企業の社長さん方は、東芝の社長さん方に(「これくらい発破をかけることは社長として当然では?」といった)かなりシンパシーを感じておられる中で(9月12日毎日新聞朝刊アンケート結果参照)、「チャレンジ」の号令の下で、不適切な会計処理を具体的に実行した各カンパニーの社長さん方の責任が免除されるかどうかは微妙だと思います。執行役といえども、法令を遵守した業務執行を行う必要があることは当然であり、鬼より怖い歴代社長さん方の前で「適法行為の期待可能性がなかった」とまでは言えないのではないでしょうか。ここは今後も問題が残るような気がします。

もうひとつ、現社長を含め、多くの取締役が調査対象者とされたわけですが、取締役会議事録等をみるかぎり、提訴された5名以外の取締役さんが「取締役会において」不適切な会計処理が行われていることを認識する可能性に乏しかったとされ、取締役としての監視・監督義務違反は認められないとされています(多くの取締役さんは、自身が会計処理の担当者ではないので、適切な会計処理を行うべき善管注意義務についてはとくに問題にはなりません)。また、歴代のCFO経験者以外の取締役さんには、そのような認識可能性がないので、内部統制構築義務違反も認められないとされています。

たしかに東芝本部の取締役会における付議事項、報告事項はルール化されており、議事録を丁寧に調査したうえで「議題には上がっていなかった」とされたようです。しかし、議事録だけは他の取締役の方々の「会計不正に対する認識可能性」の有無を断定することは困難であり、こちらも(フォレンジック調査の範囲はわかりませんが)短時間での調査には限界があったものと思います。実際、第三者委員会報告書によると、会社側と監査法人側において、会計処理方針に食い違いが生じていたのですから、少なくとも監査委員である取締役の方々は問題意識を共有していたのではないかとの疑念も残ります。今後は裁判等で十分な審議を尽くすことで、他の取締役の方々の「不適切な会計処理」に関する認識可能性が判断されることになると思います。

つまりこの責任調査委員会報告書は、現取締役の方々の積極的な意味で(旧役員)5名に対する提訴義務を明らかにしたものであり、それ以外の取締役の方々の法的責任を積極的に否定したものとまではいえないように考えます(それはこの責任調査委員会の時間的制約による限界かと)。もちろんこれは私の個人的な意見でありますが、要するに東芝さんの会計不正事件は、誰も逆らうことができない偉大な経営者の主導によって行われたものであり、その指示も、社外役員が存在する取締役会のような場ではなく、「社長月例会」のようなクローズドな場所で下されていたということが本報告書の底流にありそうです。

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2015年11月 8日 (日)

東芝会計不正事件-不提訴理由通知書の内容は如何に?

土曜日深夜まで仕事が続いていましたので、ようやく日曜日になって東芝会計不正事件の責任追及の訴え提起に関する会社側リリースを拝見いたしました。ちなみに同社責任判定委員会報告書(公表版)は9日(月曜日)にリリースされるそうです。東芝さんは元社長、元CFO等5名を提訴されたそうですが、請求額は内金請求として3億、今後10億超まで請求の拡張を予定しているとのこと。会計処理に直接携わらなかった、他の取締役さん方の監視義務や内部統制構築義務に違反したことを理由とする提訴はなかったようです。

新聞等では、「なぜ東芝は会見で(現社長を被告としない理由等)詳細な説明をしないのか」と批判をされていますが、これは提訴請求をした株主もしくは被告とされた元社長さん方からの請求がなければ明らかにできませんし、しかも明らかにするのは監査委員会(一部理由については取締役会)なので、やむをえないと思います。9日には責任判定委員会報告書が出るそうですが、この内容を読んでも、善管注意義務違反(もしくはその疑い)が認められた役員(元役員含む)について会社側がからなずしも訴訟を提起しなければならないわけではないので、会社側の判断はここでも明確にはわからないと思います。

とくに、今年7月24日付けで経産省「コーポレートガバナンスの在り方に関する研究会」から公表された「コーポレートガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」の「別紙3 法的論点に関する解釈指針」12頁以下では、「取締役の責任追及に関する提訴の判断」について、社外取締役を含めた監査委員会が、会社経営の見地から提訴すべきかどうか、その裁量権を広く認める解釈を妥当と判断しているので、「現社長は善管注意義務違反の疑いが強いとしても、企業のレピュテーションを確保するために、企業価値向上のために、東芝の建て直しのために経営に専心してもらう必要があるので裁判を起こさない(是非は株主代表訴訟に委ねる)」といった判断も十分考えられるのではないでしょうか。このような不提訴理由の判断基準が適切かどうか、私見はここでは述べませんが、日本の株主代表訴訟の制度は、欧米とはかなり異なっていまして、少数株主による(経営者の)法令順守に対する事後規制(欧米では自浄能力発揮の仕組み)という意味合いが強いので、そういった制度の趣旨と不提訴理由通知の判断基準の運用がかみ合っているのかどうか、という点は検討しておくべきではないかと。

いずれにしましても、東芝さんの会計不正事件に対する「自浄能力」を評価するためには、この不提訴理由通知書の中身をみなければわからないわけですが、これはリリースされませんので、なんとか知りたいところですね(7日付け会社リリースで引用されているのは法律家のみで構成された責任判定委員会の判断理由であり、経営をゆだねられた役員によって構成された監査委員会の判断理由ではありません)。

ところで、会社側から訴えられた5名の方には株主代表訴訟を提起することはできませんが、提訴請求をされた株主の方々は、請求を拡張するために会社法849条1項による共同訴訟参加(民訴法52条)をされるのだろうか?(株主代表訴訟とは異なり、裁判所に納付する印紙代はかなり高額?)、拡張された請求額が認められたり、高額な和解案を検討する場合、会社側の意思決定はどうするのだろうか?(だからこそ内金請求?)そもそも原告株主側の代理人弁護士の方は、もし勝訴した場合に果たして弁護士報酬はもらえるのだろうか?D&O保険はどこまで効くのだろうか?等、法律家としての興味は別のところに湧いてきますが、そのあたりはまた別の機会にしておきたいと思います。

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2015年11月 6日 (金)

会計監査人と上場会社との関係-新たなる時代の幕開け

詳細なコメントは控えますが(笑)、公認会計士・監査法人と上場企業との在り方を考えるにあたり、この事案は新たな時代の幕開けを予感させます。不適切な会計処理事件に関する第三者委員会の在り方についても「しかり」です。

https://www.release.tdnet.info/inbs/140120151106439491.pdf

これまでも春日電機さん、セラーテムさんの例がありましたが、正式に適時開示されたものは日本初です。このような気骨のある公認会計士(監査法人)の存在にもっと光が当たればいいですね。たとえば会計監査人監査に十分な時間があてられるような会社法改正を行うなど、法の世界もこのような監査法人の姿勢をバックアップすべきです。省庁の壁を乗り越えて証券市場の健全性を真剣に検討すべきではないでしょうか。

幕開けは終わりましたが、第2幕の展開を期待しております。

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2015年11月 3日 (火)

モノ言う監査役さんを支援する重要判例-昭和HD監査費用請求事件高裁判決

本日発刊の判例時報2015年11月1日号(2268号)に、監査役さん(監査委員会、監査等委員会の取締役さんも含む)にとって重要な判例が紹介されています。当エントリーでも2009年にご紹介した昭和ホールディングス(旧昭和ゴム)さんの支配権争いに関連する事件ですね。株主から提訴請求を受けた監査役(社外監査役)さんが、自ら会社を代表して経営陣の善管注意義務違反を主張して損害賠償請求訴訟を提起した事例に関連する裁判です。

6年前のエントリーでも述べているとおり、支配権争いの内実は複雑なので、ここでも触れませんが、要は監査役さんが(会社を代表して)社長さんを訴えた訴訟は二つあり、ひとつは勝訴、ひとつは敗訴したというものです。今回判例時報で紹介されている判例は、この二つの裁判ではありません。この訴訟提起に要した監査費用(625万円)について、監査役さんは立て替えていたそうで、その費用を会社側に会社法388条に基づいて償還請求しました。すると会社側は「原告は、監査役の職務として取締役を訴えたものではなく、(大株主と組んで?)会社の経営を混乱に陥れる目的で提訴したのだから払う必要はない」と抗弁。結論としては、横浜地裁の一審、東京高裁の控訴審とも監査役さんの費用償還請求が認められ、判例時報ではこの控訴審判決が紹介されています(なお、原審地裁判決も全文掲載されています)。

監査役によって支出された費用が監査のために必要なものだったか否かが争われた事案についての判例は、これまで公表されたものが見当たらないようで、判例時報の論評でも「本判決は貴重な先例として参考となる」と解説されています。

会社側は「監査役の提訴は監査権限の濫用であり、会社法388条の『監査役の職務執行に必要でない』費用に該当する」と主張しました。しかし裁判所は、監査役による費用償還を定める法388条には、株主代表訴訟の提訴とは異なり(法847条1項ただし書き)目的要件が定められていないこと、監査役にとって取締役への提訴は重要な善管注意義務履行の一環であることから、およそ「いやがらせ目的」といったことが明らかなほどの権利濫用が認められないかぎり(つまり会社側が不当目的による提訴と立証できないかぎり)、監査役の職務執行に必要でない費用とは認められない、と判示しています。判決理由には掲げられていませんが、監査役が取締役の違法行為差止請求権を行使するにあたり、仮処分命令を申し立てる場合には担保は不要とする会社法385条2項の趣旨なども参考になるのかもしれません。

ご参考までに

(費用等の請求)
第388条 監査役がその職務の執行について監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)に対して次に掲げる請求をしたときは、当該監査役設置会社は、当該請求に係る費用又は債務が当該監査役の職務の執行に必要でないことを証明した場合を除き、これを拒むことができない。
1 費用の前払の請求
2 支出した費用及び支出の日以後におけるその利息の償還の請求
3 負担した債務の債権者に対する弁済(当該債務が弁済期にない場合にあっては、相当の担保の提供)の請求

今年施行された改正会社法施行規則100条3項6号でも、取締役会が決議すべき内部統制システムの基本方針の一つとして「監査役の職務の執行について生ずる費用の前払い又は償還の手続きその他の当該職務の執行について生ずる費用又は債務の処理に係る方針に関する事項」が規定されました。監査費用の償還に関する会社法388条の趣旨を明確にして、監査役が職務執行に消極的にならないための規定です。(平成24年の判決ということでやや古めですが)今回公表された判決は、この施行規則の趣旨をさらに明確にするものであり、監査役さんとしては、たとえ取締役を訴えて敗訴の可能性があるとしても、訴訟を提起することに合理性があるのであれば、積極的に訴えることが求められている(会社の利益につながる)、ということかと。

いや、むしろ取締役の善管注意義務違反が疑われる事態において、監査役さんが何もしないということについて、監査役さん自身の善管注意義務違反が認められやすくなるのかもしれません。株主から(監査役に対して)提訴請求がなされた場合などは要注意ですね。ただ、この監査費用の償還に関する裁判は、あくまでも「訴訟費用」の償還が争われたものであり、弁護士費用は含まれていないということです(ちなみに、弁護士報酬は6000万円を超えていたのですね・・・(^^; こちらも諸事情あってのことかとは思いますが、実際に報酬がいくら支払われたのかはわかりません・・・)。もし弁護士報酬が「監査費用」の一部として償還請求された場合には、おそらく「相当な額」を裁判所が認定をして、会社側に支払いを命じることになろうかと思われます(ダスキン株主代表訴訟の判決確定を受けて、原告株主代理人に対する会社の報酬支払金額が争われた例が参考になりそうですね)。

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2015年11月 2日 (月)

横浜マンション傾斜問題にみる危機対応としての「件外調査」の重要性

今年は本当に企業不祥事が発覚する事例が多いようです。アイベックスさん、三省堂さんの偽装、虚偽報告事件などは、おそらく他の企業不祥事の報道がなければ(いずれも)大きく報じられるところと思いますが、なんとなく「救われた」感が漂っていますね。

さて、先週のエントリーから数日経過しました横浜マンション傾斜事件ですが、ここ数日に報じられているところによれば、旭化成建材さん固有の不祥事というよりも、もはや「データ偽装など、いまごろ騒いでどうするの?そんなのマンション監理の世界では慣行ではないか、納期を守るために他にどうすればいいの?」といった世評も聞こえるようになりました。ただ、ほんの数日前までは、監理データ偽装は特定企業の特定社員による「あってはならない不祥事」であり、その特定社員の関与物件だけを精査すればとりあえず「安心思想」による危機管理としては適切なものと考えられていました。

しかし、その後の自治体による必死の調査によって同社の他の管理責任者によるデータ偽装が発覚し、もはや組織の問題、さらには業界の体質の問題まで原因究明をしなければ国民の安心を得られないことになりました。ここまでくると、もはや「あってはならない不祥事」という言葉もむなしく聞こえてきます。結局、特定社員の不正の範囲を調査するだけでなく、「件外調査」つまり同じ組織における他の社員の類似行為の「不存在」まで調査しなければ国民の安心は得られないということが強く印象付けられました。企業不祥事が発覚した場合の危機対応として、企業の自浄能力を発揮したと認められるためには、自らこの「件外調査」に乗り出すことが重要課題になります。

10月26日に公表されたコネクトホールディングスさん(東証2部)の不適切会計処理事件に係る第三者委員会報告書などを拝読しても、企業の危機対応として、この「件外調査」が非常に重要であることがわかります。同報告書によると、コネクト社の重要子会社の会計処理に架空循環取引の疑惑が生じ、会計監査人から「このままでは監査意見は出せない」と言われて第三者委員会が設置されたのですが、当初会社側から調査を委嘱された2つの案件の調査は、その調査過程において8案件ほどまで対象が拡大されています(実際にも、この拡大された疑惑案件について、収益認識時期のズレや売上計上方法の問題点が数多く指摘されています。なお、このコネクト社の第三者委員会報告書では、時間の制約からこの範囲に調査を絞ったが、会社としてはさらに件外調査の必要があると締めくくられています)。

もちろん、独立公正な専門家が委員として関与するわけですから、スコープした調査対象事実の真実性を明らかにすることは第三者委員会の役割です。しかしそれだけでなく、なぜ調査範囲を拡大していったのか、その合理的な説明はコネクト社の報告書にも記載されていますが、社外調査だけでなく社内調査においても、やはりこのように件外調査を常に意識した調査でなければ報告書としての意義は乏しく、消費者や投資家の安心は得られない時代になったと考えます。とりわけ会計不正に関する件外調査については、このように不正の範囲を合理的に限定できる説明がなければ会計監査人の意見は書けないのが現状ではないでしょうか。

ところで「件外調査」の合理性を示すものとして、私は「有事における内部通報制度」も有用かと思います。東芝さんの会計不正事件は度重なる内部通報、内部告発によって事件規模が拡大されていきましたが、逆にみると「これだけ世間で叩かれて、事件が公表されているにも関わらず、内部告発も内部通報もされない、という状況は、そもそも不正・不祥事の範囲が限定的であることを示す」ことになるからです。建築基準法も建設業法も「直罰規定」がありますので、内部通報や内部告発は公益通報者保護法上の公益通報に該当する可能性は高いと思います。

ただ、実際に旭化成建材さんの事件のように下請関係において、下請会社の社員が発注者に対して内部通報を行うということは、現在の公益通報者保護法では下請会社と通報労働者との関係だけしか保護の対象とはなりません。しかしこれでは発注企業に内部通報をすれば発注企業が下請企業に不利益な対応をとる可能性もあるので実際には発注企業に下請事業社の社員が内部通報を行うことは期待できません(現行法上で企業間取引が保護されるのは労働者派遣業における派遣元企業と派遣先企業の契約のみです)。

いま公益通報者保護法の改正が検討されていますが、労働者が公益通報を行ったことで保護されるのは労働者の地位だけでなく、請負契約のような企業間取引についても保護されるように改正されるべきだと思います。住宅建設のように多数の事業者が関与する中で、監視システムを徹底するといった性悪説を採用することは難しいかもしれません。これまで通り性善説を前提としながらも、より消費者の利益を守るためには、こういった内部通報制度や内部告発を促進する制度が有効ではないかと考える次第です。

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