黒田電気・従業員声明文偽造事件にみる危機対応の重要性
11月27日、適時開示としては公表されていませんが、黒田電気さん(東証1部)のHP上に従業員声明文問題に関する社外調査委員会報告書(公表版)がリリースされました。大株主であるC&Iホールディングスさんが取締役の選任を求めていたことで、今年8月21日に黒田電気さんは臨時株主総会を開催し、最終的には同総会において株主提案が否決されました。この総会の直前に、黒田電気の従業員組織と従業員一同を名義人にした「株主提案に強く反対する意思を表明」との声明文が公表されたわけですが、同臨時総会直後、大株主側は黒田電気さんの幹部(執行役)が声明文を捏造(ねつぞう)したと主張していました。
同社では、この大株主側からの主張への対応を検討したうえで、監査委員会の下で社外調査委員会の設置を決定。11月27日に公表された調査報告書では、声明文の作成に関与したのは黒田電気の幹部など一部の関係者に限られていたと指摘していますが、実際に従業員の意思を確認する手続きはとられず、声明文の内容やその公表が事前に従業員に知らされていなかったことが明らかにされています。同報告書を拝読し、私なりの素朴な疑問が湧いておりますが、それをここで書くことはエチケット違反になるので、以下はあくまでも開示内容から容易にわかる事実だけに焦点を絞っての感想にとどめておきます。
経営支配権を巡って委任状争奪戦が繰り広げられる中で、労働組合や従業員団体名義によって「会社側意見に賛同する」といった声明文が出されることは多いのですが、社外の第三者委員会によって、「声明文は偽造であり、私文書偽造、同偽造私文書行使罪も成立しうる」と断定されたことは会社側にとっても厳しい意見が出されたものと評価されます。また、同社は証券取引所対しても虚偽報告を行ったと(第三者委員会によって)断定されていますので、今後の会社側の対応にも注目されるところですが、このような肉食系の社内紛争に関わることが多い私にとりましても、自戒と共に、たいへん教訓となることを多く含んでおり勉強になります。また、上場企業の法務部門や監査部門に携わる方々にも「もし、あなたが報告書に登場する法務担当者、監査部門だったらどのように対応されていたか」を考えながら、ご一読されることをお勧めいたします。
黒田電気さんの今年の株主総会における委任状争奪戦といえば(先週のエントリーの続きになってしまいそうですが)、同社大株主として登場する元Mファンドの代表者(および長女の方)が注目されるところです。しかし、上記の調査報告書を読みまして、そのあたりの世間的な話題はあまり気になりませんでした。むしろ同社執行役(黒田電気さんは指名委員会等設置会社です)の方が、会社の有事において、なぜ労働者団体名義の声明文を、団体のトップの方に無断で作成してしまったのか、その証拠がなぜ容易に大株主側にわたってしまったのか、そのあたりの事実経過がもっとも(企業の危機管理の視点から)教訓となるところです(詳しくは、ぜひ皆様方でご確認いただければと)。いろいろな社内力学が絡んだ結果であることがわかりますが、私的には大株主と創業家との利害の一致(株主間のコミュニケーションの円滑化)、デジタルフォレンジックを含め、社内謀議が録音や解析によって証拠化されるおそろしさ、といったことを再認識いたしました。
そのほかにも、議決権行使助言会社の影響力の大きさ(ご承知のとおり、黒田電気さんの委任状争奪戦ではISSとグラスルイスでは意見が分かれましたね)、有事における法務部門の助言の重要性(フォレンジックによって法務部門の意見等が明らかになっています)、社外取締役が内部通報を受領した場合の具体的な対処方法の検討(コーポレートガバナンス・コードにおいて原則2-5についてコンプライしている上場会社は要検討課題)など、検討すべき論点はいろいろと出てきます。
とりわけ黒田電気さんの有事対応について、(声明文を偽造したとされる執行役の方から)相談を受ける法律専門家が登場し、そのアドバイス内容が同社社長や同社監査委員会の行動にも影響を及ぼすことになるのですが、同社第三者委員会報告書は、この法律専門家の意見内容を一蹴しています(私も第三者委員会の判断と全く同意見です)。ただ、私はこの法律専門家の方に同情するわけではありませんが、このように会社が有事の場面において、法律家にアドバイスを求める経営幹部の方々は、必ずといってよいほど、自身の有利な事情しか話してくれない、ということは留意しておく必要があります。この第三者委員会が認定しているように、すべての事実経過を認識していれば、また違った法律意見を出せるのですが、おそらく当該法律専門家の方も、会社に都合のよい事実だけを聞いて、調査報告書に記載されているような法律意見を出された(自分たちに都合の良い法律意見を引き出させた)可能性は否定できないと思います。
会社の有事対応に関わる弁護士として、いつも心がけることは、相談を受けている方はご自身に都合のよい事実だけを話そうとされる、という点です。依頼者との信頼関係を維持するためには、できるだけ親身になって経営幹部のお話をお聴きすることは大切ですが、それでも、不利益事情の存在も念頭において意見を述べる必要があります。また、どのような意見を述べたとしても、我々弁護士の意見が一人歩きしてしまって、「○○弁護士からお墨付きをもらったのだから我々は正しい」といった思考停止に陥らせてしまうおそれがあるということも認識しておく必要があります。私自身も過去の事件における対応から反省すべき点が多々ありますし、また今後のためにも自戒すべき点です。
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