横浜マンション傾斜問題にみる危機対応としての「件外調査」の重要性
今年は本当に企業不祥事が発覚する事例が多いようです。アイベックスさん、三省堂さんの偽装、虚偽報告事件などは、おそらく他の企業不祥事の報道がなければ(いずれも)大きく報じられるところと思いますが、なんとなく「救われた」感が漂っていますね。
さて、先週のエントリーから数日経過しました横浜マンション傾斜事件ですが、ここ数日に報じられているところによれば、旭化成建材さん固有の不祥事というよりも、もはや「データ偽装など、いまごろ騒いでどうするの?そんなのマンション監理の世界では慣行ではないか、納期を守るために他にどうすればいいの?」といった世評も聞こえるようになりました。ただ、ほんの数日前までは、監理データ偽装は特定企業の特定社員による「あってはならない不祥事」であり、その特定社員の関与物件だけを精査すればとりあえず「安心思想」による危機管理としては適切なものと考えられていました。
しかし、その後の自治体による必死の調査によって同社の他の管理責任者によるデータ偽装が発覚し、もはや組織の問題、さらには業界の体質の問題まで原因究明をしなければ国民の安心を得られないことになりました。ここまでくると、もはや「あってはならない不祥事」という言葉もむなしく聞こえてきます。結局、特定社員の不正の範囲を調査するだけでなく、「件外調査」つまり同じ組織における他の社員の類似行為の「不存在」まで調査しなければ国民の安心は得られないということが強く印象付けられました。企業不祥事が発覚した場合の危機対応として、企業の自浄能力を発揮したと認められるためには、自らこの「件外調査」に乗り出すことが重要課題になります。
10月26日に公表されたコネクトホールディングスさん(東証2部)の不適切会計処理事件に係る第三者委員会報告書などを拝読しても、企業の危機対応として、この「件外調査」が非常に重要であることがわかります。同報告書によると、コネクト社の重要子会社の会計処理に架空循環取引の疑惑が生じ、会計監査人から「このままでは監査意見は出せない」と言われて第三者委員会が設置されたのですが、当初会社側から調査を委嘱された2つの案件の調査は、その調査過程において8案件ほどまで対象が拡大されています(実際にも、この拡大された疑惑案件について、収益認識時期のズレや売上計上方法の問題点が数多く指摘されています。なお、このコネクト社の第三者委員会報告書では、時間の制約からこの範囲に調査を絞ったが、会社としてはさらに件外調査の必要があると締めくくられています)。
もちろん、独立公正な専門家が委員として関与するわけですから、スコープした調査対象事実の真実性を明らかにすることは第三者委員会の役割です。しかしそれだけでなく、なぜ調査範囲を拡大していったのか、その合理的な説明はコネクト社の報告書にも記載されていますが、社外調査だけでなく社内調査においても、やはりこのように件外調査を常に意識した調査でなければ報告書としての意義は乏しく、消費者や投資家の安心は得られない時代になったと考えます。とりわけ会計不正に関する件外調査については、このように不正の範囲を合理的に限定できる説明がなければ会計監査人の意見は書けないのが現状ではないでしょうか。
ところで「件外調査」の合理性を示すものとして、私は「有事における内部通報制度」も有用かと思います。東芝さんの会計不正事件は度重なる内部通報、内部告発によって事件規模が拡大されていきましたが、逆にみると「これだけ世間で叩かれて、事件が公表されているにも関わらず、内部告発も内部通報もされない、という状況は、そもそも不正・不祥事の範囲が限定的であることを示す」ことになるからです。建築基準法も建設業法も「直罰規定」がありますので、内部通報や内部告発は公益通報者保護法上の公益通報に該当する可能性は高いと思います。
ただ、実際に旭化成建材さんの事件のように下請関係において、下請会社の社員が発注者に対して内部通報を行うということは、現在の公益通報者保護法では下請会社と通報労働者との関係だけしか保護の対象とはなりません。しかしこれでは発注企業に内部通報をすれば発注企業が下請企業に不利益な対応をとる可能性もあるので実際には発注企業に下請事業社の社員が内部通報を行うことは期待できません(現行法上で企業間取引が保護されるのは労働者派遣業における派遣元企業と派遣先企業の契約のみです)。
いま公益通報者保護法の改正が検討されていますが、労働者が公益通報を行ったことで保護されるのは労働者の地位だけでなく、請負契約のような企業間取引についても保護されるように改正されるべきだと思います。住宅建設のように多数の事業者が関与する中で、監視システムを徹底するといった性悪説を採用することは難しいかもしれません。これまで通り性善説を前提としながらも、より消費者の利益を守るためには、こういった内部通報制度や内部告発を促進する制度が有効ではないかと考える次第です。
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