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2015年12月25日 (金)

2016年、光があたる企業法務の話題とは?

25日が仕事納め・・・という方もいらっしゃるようなので、年末恒例のエントリーでございます。昨年の年末(12月29日)のエントリーにて、「2015年は『市場の番人・公益の番人』に光があたる年になる」と予想しておりましたが、最後になって大きな監査法人さんの行政処分が日経新聞の一面で報じられるに至り、見事的中(?)となりました。「第三者委員会の在り方」などにも関心が寄せられましたが、まだまだこの「市場の番人論」は来年以降も注目されるものと思います。

さて、来年(新たに)光があたる企業法務の話題をひとつ挙げるとすれば「社外役員の支援体制」ですね。 「攻めのガバナンス」「企業不祥事とガバナンスは関係ない」「不祥事にガバナンスは機能しない」「なんといっても社外役員候補者は現役経営者・経営者OBが最適」といった意見がかなり強くなってきました。意見が正しいのかどうかは論じませんが、コーポレートガバナンスに関する上記のような意見が強くなってきますと、「攻め」も「守り」もなにか問題が生じたときには「社外取締役の期待ギャップ」が問われることになるわけです。おそらくこれから社外役員、とくに社外取締役に就任される方々の役割には、投資家や消費者からの要求レベルが相当に上がるだろうな・・・と感じています。ガバナンス・コードにも「上場会社は(費用をかけてでも)取締役・監査役の支援体制を整備すべき(原則4-13)」「その役割を全うするためトレーニングを積むべき(原則4-14)」といったことも要請されています。

「官製ガバナンス論」がさらに加速する中で、制度対応として「形だけは統治機構を整えた」上場企業さんが実際には多いように思います(私などは、「自社の企業価値を高めるためには社外取締役など邪魔だ!」と堂々と公表する会社が増えることを期待しているのですが・・・)。攻めの議論においても、また守りの議論においても、社外取締役さんに向けられた期待は非常に高いようですが、次期社長を決める手続きや個々の社内取締役さんの報酬を決める手続き、中長期企業価値向上を図るためのインセンティブ報酬体系の策定手続きなどにどれだけの社外取締役さんが本気で関わるのかは未知数です。しかし、今後は「当然に関与している」と世間的には認識されるのではないでしょうか。この「期待ギャップ」を埋めるためにも、社外役員の方々への(自己研さんの支援を含む)支援体制は喫緊の課題です。

たとえば監査等委員会設置会社においては監査等委員による(監査等委員以外の取締役の)人事・報酬への関与が法律上要求されているにもかかわらず、指名委員会や報酬委員会を任意で設置している会社は極端に少ないですね(移行もしくは移行を表明した上場会社300社中15社くらいでしょうか)。冗談抜きで、監査等委員会における社外取締役を支援する体制をどのように作るのか、機関投資家に説明できるようにしておかないとマズイのではないかと思います。また、今年高裁判決の出たサントリーホールディングス損害賠償請求事件のように、通報を受け付けた社員が「パワハラに加担した」として被告になってしまう時代ともなりますと、「社外役員が内部通報の窓口になることも検討すべき」とガバナンス・コードで要望される中で、社外取締役の訴訟リスクも高まることになろうかと思います。これをガバナンスの問題とみるかどうかは識者次第ですが、リスク管理の面でも支援体制は不可欠かと。

今朝(12月24日)の日経新聞の社説では「監査法人はなれ合い排し虚偽を見抜け」としてCFE(公認不正検査士)の存在も紹介されていました。私にはありがたい話ですが、これも社外役員の支援体制として話題になりつつあります。ただしCFEの一人として、また資格団体であるACFEの理事として申し上げると、監査法人さんや不正検査の専門家だけががんばっても(ビジネスモデルを熟知していない以上)不正を見抜くのは困難です。実際、今回行政処分を受けた監査法人さんには、とても優秀な会計不正の調査専門組織があります。また東芝さんの(旧)経営監査部にも優秀な不正検査の資格をお持ちの方がいらっしゃるそうです。しかし残念ながら不正を見抜けたとは言えません。

日本企業がスピード経営と効率経営を最優先せざるをえない以上、経理や監査部門はITシステムの中で統合され、優秀な社員がコモディティ化しています。以前のように「ミスター経理」と呼ばれるような、自社の経理の全体像を熟知している社員が激減しているように感じます。つまり優秀な経理社員が経理システムのパーツしか担当していないのです。したがって我々が経理社員の方々にヒアリングをしても経理処理の全体像は把握できず会計不正の端緒は容易には探れません。また、監査法人や社内の監査部門が「疑惑」を知ったとしても、四半期決算実務が優先されるなかで、「疑惑」を深堀りする時間的余裕もないのが現実です。

本当に「虚偽を見抜け」と監査法人に期待されるのであれば、会社側も「見抜ける」ように協働する体制を整備する必要があるわけで、これは中期経営計画や年度計画において数字目標だけでなく、その数字目標を達成するための具体的な道筋を取締役会で議論することが最低限求められると考えます。そうです、昨年拙著でも述べているように「攻めのガバナンス」の実効性を上げることがそのまま不正防止にも役立つことになるはずです(そのことによって、法律に詳しくない社外取締役の方々でも、会計不正の「違和感」をようやく抱けるようになると思います)。社外役員の支援体制が整備され、このような「違和感」が伝えられることにより、公認不正検査士の役割が機能することになります。会計不正を見抜くというスゴ技は、監査側と会社側の協働作業があって初めて発揮できる、ということを忘れてはならないと思います。

さて、本年のエントリーはこれが最後となります。今年も多くの皆様に拙ブログをお読みいただき、ありがとうございました。今年は日本年金機構の情報漏えい事件、某会計不正事件等、いくつかの重大事件の危機対応に関与できて、とても充実していました(まだ現在進行形の事件もありますが)。そのためにブログの更新回数はかなり減りましたが、来年もできる範囲で更新したいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。では皆様、良い年末年始をお過ごしください<m(__)m>。

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2015年12月21日 (月)

監査法人が課徴金処分を下された場合の監査役会による再任拒否

halcome2005さんがコメントで述べておられるとおり、平成26年改正会社法との関係で、監査役さん方にとって悩ましい課題に直面することになりましたね。もうすでにネット上では話題になっていますが、東芝さんの監査を担当しておられる新日本有限責任監査法人さんに、今回の会計不正事件との関係で金融庁による行政処分が発出される可能性が高まってきたそうです。ちなみにその「可能性」はCPAAOBによる12月15日付け勧告書に盛り込まれた監査法人の運営上の不備事由から推察されます。

担当公認会計士ではなく、「監査法人に不当証明があった、品質管理に問題があった、審査業務を怠っていた」として法人自体に処分が下されるとなりますと、現在新日本監査法人さんと監査契約を結んでいる会社は(監査法人との)監査契約を解消する必要があるのではないか?、不再任としなければ改正会社法で会計監査人の選任・解任権限を持つことになった監査役(会)としては善管注意義務違反に問われるのではないか?といった懸念が生じてきます。

まだ発出されたわけではないので(具体的な処分次第では)杞憂に終わることもありえますが、マスコミが報じるところによると業務改善命令の他に、課徴金、新規契約締結禁止命令等の行政処分が当該監査法人さんに発出されるとのこと(一応、これらの処分はワンセットで発出されることが想定されているようですね)。そこで、私なりには一応監査役もしくは監査役会としての対応について争点を整理したうえで、監査役会としての有事対処の方策を検討してみました(これはまさに監査役さん方にとっては「有事対応」のひとつです)。そこで、来年2月1日の大阪を皮切りにラストの東京まで、来年も日本監査役協会の「監査役の有事対応を考える」ための全国講演をさせていただきますので、そのときに(拙案を示しながら)詳細な対処方法を監査役の皆様方と一生懸命に考えてみたいと思います。もちろん、個別の案件に関する具体的な考え方を述べることはできませんので、今回の事件を契機に架空の事案を想定しての監査役の対応を検討する、というものです。

なお、行政処分のひとつとして「新規契約締結の禁止処分」も予想されていますが、会計監査人の再任はこの「新規契約締結」にはあたらないとの当局の考え方が示されています(過去における公認会計士・監査法人に対する懲戒処分等の考え方について」パブコメ回答参照)。また、金融庁設置法21条に基づく「監査法人の責任の在り方」と題する金融庁建議によれば、監査法人の社員の監査見逃し(不当証明)は監査法人自体の監査見逃し(不当証明)として取り扱われるべき、と理解されていますので、このあたりはすでに整理されているものと扱ってよいのではないかと。

最終的には会社法340条の解釈(とりわけ同条の制度趣旨の理解、同法1項2号の文言)、事業報告に記載された「選任・解任・不再任に関する監査役会としての方針」の解釈(どこの会社も抽象的な文言ですよね)、そしてコーポレートガバナンス・コード補充原則3-2①、3-2②あたりをどう活用するかが重要かもしれませんね。いずれにしても、ほとんどの上場会社がコンプライしているガバナンス・コード原則3が関係する以上は「ひな形」「マニュアル」に頼るわけにはいかないと思います。

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2015年12月19日 (土)

JR北海道・ノバルティス-刑事罰は企業の構造的欠陥に光をあてるか

(平日にはなかなかブログを更新する時間がとれませんので、週末アップとなりましたが・・・・・)今年5月に出版されました「会社法罰則の検証」(山田泰弘・伊東研祐編 日本評論社 2015 5,200円+税)の第4編第2章の執筆を担当させていただき、「コンプライアンス時代の刑事罰適用の道」と題するテーマでノバルティスファーマ社のデータ改ざん事件、そしてJR北海道のデータ改ざん事件を取り上げました。ちょうど今週、偶然にもこの二つの事件に動きがありました。

ひとつは薬事法違反(虚偽誇大広告)の公訴事実で社員および法人が起訴されたノバルティスファーマ社の事件です。東京地裁において第1回公判が行われ、個人法人とも無罪を主張されているそうです(たとえば中日新聞ニュースはこちら)。第三者委員会報告でも「本件では薬事法違反に問うのはむずかしいのではないか」とされていますが、上記の私の論文(259頁以下)では「立件できるかどうかは慎重な判断を要することになるが」、これまで前例のない薬事法違反という刑事罰適用を、本件で積極的に検討することを評価しています。

また、もうひとつはJR北海道のデータ改ざん事件です。上記の論文で、私は(JR北海道のデータ偽装については)組織のどこに問題があったのか、事実を解明するためには刑事処分を活用する以外に方法はない、とこれも積極的に評価しました(同259頁~260頁)。新聞等が報じるところによると、虚偽報告を行った者、法人としてのJR北海道のほかに、「虚偽報告を黙認した幹部」も書類送検の対象とされているそうです(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。こちらも鉄道事業法を刑事立件に適用するのは(起訴されるとすれば)初めてのことだそうです。おそらく鉄道事業法55条1項、同70条15号、とりわけ法人処罰については運輸安全委員会設置法18条2項、同32条、同33条が根拠規定だと思われます。

企業不祥事において、近時は「自浄能力」を発揮させるために第三者委員会が設置されるケースが多いのですが、その調査能力には限界があり、とりわけ国民の生命身体の安全を確保するため、もしくは国策として、当該業界の信用を確保するためには組織の構造的欠陥を解明することが強く求められる場合もあると考えます。たとえばノバルティスの事件では、組織としての構造的な欠陥が明らかにならなければ、日本の製薬業界の世界的信用が回復されないわけで、そのためにも国が動く必要があると思われます。また、重大な脱線事故の再発につながるおそれのある組織的な問題については、国民の安全を守るために事後規制によって厳格な処分が必要と思われますので、「虚偽報告を行った社員」でけでなく、「虚偽報告がなされることを見て見ぬふりをした社員」に対しても刑事処分が検討される、ということになります。

もちろんJR北海道の場合は「書類送検」の段階なので、立件の可否は今後の課題となりますが、企業不祥事が発生した場合、その時点における(企業に向けられた)社会の目を勘案しながら「できるかぎりの自浄能力の発揮」に努める必要があり、これを怠ると事後規制の厳罰が待っているものと認識しておくべきです。企業の構造的欠陥に対して薬事法違反、鉄道事業法違反といった、これまで適用してこなかった法律で、しかも両罰規定を用いて対応するのが規制緩和が進む時代の事後規制の在り方(国家による企業不祥事への対応)だと肝に銘じておく必要があります。

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2015年12月15日 (火)

非業務執行役員の姿が見えないセーラー万年筆の社長解任劇

筆記具メーカーでおなじみのセーラー万年筆さん(東証2部)で社長解任劇(正確には「社長の解任および代表取締役の解職」です)が発生したそうで、毎日新聞ニュースによると、すでに解任された社長さんが東京地裁に地位確認を求める仮処分命令の申立てを行ったそうです。毎年、上場会社では社長解任劇は起きているのですが、「一身上の都合で辞任」といったリリースがほとんどのケースなので、紛争が表面化するのはひさしぶりです(日々東証の適時開示をていねいに読むと、「むむ!なんぞある!?」と疑問に感じる代取の異動開示が散見されます)。

12月14日にセーラー万年筆さんのHPで公表された「社長を解任した経過説明」を読むと、文章の前半と後半で「説明したいこと」の趣旨が異なります。これはリリース前日に前社長さんが「こんなのは不当な決議だ!法的請求も辞さない」と取材で述べたことへの対応だと思われます。

文章の前半では、「代表取締役を解職したことには正当な理由があります」という点が、会社側として説明したい内容になります。とくに理由がなくても「社長としての識見、人格、素養が欠ける」ということを理由に決議してしまえば解任(解職)の効力には影響はありません。しかし正当な理由がないと、会社は解任した相手方から民法上の委任契約の一方的解除、もしくは会社法339条2項の類推適用を根拠に(退任までに得られる報酬相当額の)損害賠償を要求されてしまいます。したがって「こんな経緯があってやむをえず我々取締役は社長を解任しました」と解任理由を述べることで解任された側からの賠償請求の根拠を否定しています。「俺が社長になってから業績は上がった」と反論する社長さんの気持ちもわからないではないのですが、それは解任の有効性を否定する根拠にはなりえません。

いっぽう重要なのは後半部分です。こちらは解任手続きをとった取締役会が定例の取締役会であったこと(→おそらく3日前までには招集手続きはなされていたので、正当な理由もなく開始30分前に社長が延期を宣言しても、それは正当な延期手続きではなく「病気等によって社長が出席できない場合」に該当するとの主張)、定足数を満たしていること(→社長は自身の解任議案については「特別利害関係人」に該当するので、とくに定足数が問題となることはないという主張)、法律専門家の意見(→適法であるとの意見をすでにもらっているという主張)などにより、解任手続きの有効性こそ説明したい内容になります。前社長さんは、仮の地位を定める仮処分の申し立てをされたそうですから、こちらの説明内容のほうが会社側にとっては重要かと思われます。

私のような野次馬弁護士が「どっちの言い分が正しい」などと意見を述べることは、背景事実もわかっていないのでやめておきます。ただ、ひとつ残念なのは、こういった有事にこそ立ち上がるべき非業務執行役員(監査役及び社外取締役)の活動が見えてこないことです。私はこういった事態にこそ監査役さんの意見表明があってもいいのではないかと思います。たとえば会社側リリースの中に、当日の定例取締役会に出席した3名の監査役全てが「この解任手続きには問題ない」と意見を表明しています、社外取締役が中立な立場で議長を務めました、といったリリースこそ、有事に求められる非業務執行役員としての正しい姿を反映したものではないでしょうか。

日経新聞ニュースでは、当日の定例取締役会に社外取締役さんは欠席されたと報じられています。ひょっとすると前社長さんの親しい方だったのでしょうか・・・。本当にご病気であったということならばやむをえませんが、こういったときこそ社外取締役さんが中立公正な立場でふるまわなければ、またまた世間から「何の役にも立たない社外取締役制度」と言われかねません。毅然とした社外役員の姿勢こそ、企業における有事対応として求められるところです。

しかしこの解任手続きを受けた方の「情熱社長」の記事を読むと、自身が入れ替えた取締役の方々から解任された、ということのようです。「成功の反対は失敗ではなく、なにもしないことだ」と述べておられますが、「なにもしないこと」を解任理由に掲げられてしまったのですね。うーーーん。。。

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2015年12月14日 (月)

日産・ルノー連合vs仏政府-相互保有株式の議決権行使をめぐる攻防

平成26年改正会社法が国会で成立した際、衆参両議院において概ね以下のような附帯決議がなされています(会社法附則25条参考)。

政府は、この法律の施行後二年を経過した場合において、社外取締役の選任状況その他の社会経済情勢の変化等を勘案し、企業統治に係る制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるものとする。

社外取締役の義務化を含め、コーポレートガバナンスに関わる会社法関連法規について「所要の措置を講ずる」べきかどうか、企業統治に係る制度の在り方を検討する会議がいよいよ来年早々から開始されるようですね。最近の会社法改正では、法制審議会における審議開始前の「研究会」での意見がとても重要な役割を担っているので、研究会の検討課題については注目しておきたいところです。(ということで?)本日は会社法関連の話題を一つ。

日産自動車がフランス政府との間で経営不介入の合意を得たということが大きく報じられています。ルノーと日産の経営統合を強く望んていたフランス政府を相手に、日産自動車さんが経営の独立性をギリギリのところで守ったということは、日本人としては素直に喜ばしいことです。ルノー側の投資家の方々は失望したのかもしれませんが、日産の従業員の方々、海外の機関投資家の方々はホッとされたのではないでしょうか。

相互保有株式に関する議決権制限規定(会社法308条)が日産の最後の切り札として威力を発揮したことは間違いないと思います。日産はルノー株式をすでに15%保有していますので、日本の会社法によると更に10%程度買い増せば(もちろん市場を混乱させるリスクはありますが)ルノーが日産に対して保有する43%の株式の議決権は行使できなくなります。会社法施行規則67条によって、たとえフランスの法律で既に保有している株式の議決権が制限されていても、相互保有の算定株式数に加算できることになっています。

この会社法308条は会社の自己保有株式の議決権制限と同様、現経営陣が株主総会における議決権行使に影響を及ぼすことにより(相手方とのなれ合いによる議決権行使のおそれがあります)、他の株主による公正な議決権行使が妨げられることを防止するために設けられた規定です。相手方(株主)に対して一定の支配力を有している場合には、その相手方の保有株式の議決権行使を禁じるというもの。そうであれば、相手方が意に沿わないような議決権行使が予想される場合(つまり現経営陣の影響力が相手方に及ばない場合)にも、この会社法308条がそのまま適用されるのかどうか、やや疑問を感じるところもあります。しかし、308条、施行規則67条1項には何らの例外規定もないので、おそらく条文のとおり議決権行使が禁止されることになるのでしょうね。

さて、こういった経営不介入の合意によって日産は「経営の独立性を守る」という実益を得たことになりますが、一方のフランス政府は合意によってどのような実益を得たのでしょうか。新聞報道からはよくわかりません。ルノーを逆転するほどに向上した日産の資産価値を一方的に取り込もうとしただけ、というものでもないように思います。

もしかすると日産が本気であと10%の株式を取得することによってルノーの43%の日産株式の議決権行使が制限されることを阻止しただけでなく、日産が本気で新株の発行(募集株式の発行等)に動くことも警戒したのではないでしょうか。増資によってルノーの日産に対する保有株式割合が40%以下になりますと、日産のルノーに対する保有株式の議決権が復活します。つまり日産の経営に(40%の議決権によって)介入することができず、逆にルノーの経営に対して日産が(大株主として)介入できることになります。そうなると、今後日産の株主によってフランス政府が懸念する国内の労働政策などに影響を及ぼすことも可能となります。

10年前、米国のペプシコ社が(フランスの)ダノン社の買収に乗り出しているとの噂が流れた際、フランス政府はダノンが買収されると、フランスの農業政策がアメリカ企業によって「筒抜けになってしまう」として、徹底した拒絶反応を示しました。今回の日産の場合にも、日産が本気でルノーとの関係を変動させた場合に、逆にフランスの労働政策に影響を及ぼされるという点について拒絶反応を示したのではないかと。フランスとしては、自国の政策への不当な干渉を日産の株主から守ったというのが「実益」ということになるのかもしれません(ルノーの戦略的決定についてのみフランスは保有株式の2倍の議決権行使を行うことを日産が容認した、とあるのも、そのような趣旨かと。あくまでも私の推測なので、間違っていましたら後で訂正いたします・・・)。ともかく、このようなグローバルな企業紛争において日本の会社法の規定が「切り札」になったということで、私的にはたいへん関心の高い法務ネタになりました。

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2015年12月11日 (金)

課徴金納付命令?-監査法人への制裁的行政処分の重み

コメントを頂戴しているとおり、消費者庁の公益通報者保護制度の実効性検討委員会もいよいよ佳境に入っておりまして、昨日はNHK特集のクルーもたくさん取材に来られたようです(すいません、私は役員会と重なってしまい欠席してしまいました・・・)。内部通報や内部告発がこれだけ話題になり、「公益通報目的」による内部資料の第三者提供の適法性も議論される中で、公益通報者保護法の改正についてマスコミも大きく取り上げていただけることは歓迎するところです。

(ここから本題ですが)12月10日の朝日新聞朝刊だけが報じていますが、東芝の監査を担当している新日本有限責任監査法人さんに対して、金融庁は課徴金納付命令(公認会計士法34条の21の2、第1項)を発出することを検討しているそうです(正確には公認会計士・監査審査会が、金融庁に課徴金勧告を行う、とうことかと)。東芝さんの監査において、故意に不正監査をやったということではなく、監査において注意を怠ったとの理由のようです。もし新日本さんに対して課徴金納付命令が出されますと、日本で初めての監査法人に対する課徴金処分となります。

(いったいどなたが記者さんにリークされたのかはわかりませんが)上記朝日の記事は、処分内容についてかなり詳細に報じているもので、業務改善命令と併せて課徴金処分が下される可能性があり、さらに6カ月程度の新規契約締結を禁止する処分が下されることも考えられるとのこと。この記事内容は、現行の公認会計士法の運用実務面からみてもかなりリアルだと思います(いくら制裁的課徴金制度が取り入れられているからといっても、現契約の解消と課徴金処分の併課となると、あまりにも(処分による)監査法人の経済的負担が大きすぎるので、併課するのであれば、あくまでも新規契約の締結停止に絞ることになると思います)。

業務改善命令だけで済むのであれば、オリンパス事件のときと同様、「組織監査の仕組みが不全」との理由で処分が出され、監査法人側としても「より一層の品質管理の向上に努めてまいります」で済むのかもしれません(同法34条の21、第2項第3号参照)。しかし課徴金処分は行政処分に関する根拠条文が異なりますので、監査法人の社員による不適切監査があったと認定される場合にのみ発出されることになります。裁量的課徴金処分ではありますが、よほど軽微でないかぎり、当局は課徴金納付命令を発出しなければならないので、発出されるとすれば「本事件における監査法人のミスは看過できないもの」と当局が判断したことになります。もちろん監査法人側としては、課徴金勧告に不服があれば審判手続きによって争うこともできます(公認会計士法の規定による課徴金に関する内閣府令第2条以下)。

金融庁から「会計士の監査ミスがあった」と判断されますと、新日本監査法人さんとしても、株主代表訴訟や金商法に基づく損害賠償請求訴訟を提起されるリスクが高まります(もちろん、行政処分の前提となる監査ミスの認定が、そのまま民事訴訟における注意義務違反になるわけではありませんが、提訴されるリスクは高まることは間違いないでしょう)。また、今年11月に策定された日本監査役協会「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」によりますと、金融庁による検査で指摘を受けた事項については、監査役等のその後の対応に影響するだけでなく、「評価にも反映されるべきである」とされているので、現在監査契約を締結している対象企業との関係においても「指摘事項」に関する十分な説明が必要になるものと予想されます。

単純に大手監査法人に課徴金処分が下されるかどうか、ということだけでなく、もし下されるのであれば、当局はどのような点を「公認会計士の監査上のミス」と判断するのか、という点にも注目が集まることになります(「不正リスク対応基準」に準拠したものになるのでしょうか?「2013年3月期における監査に問題あり」ということだと基準適用前、ということですかね)。

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2015年12月 8日 (火)

東芝会計不正事件-残念だった監査委員会の会見

本日(12月7日)、東証ホールにおいて開催された「IPO経営者フォーラム」で講演をさせていただきました。2015年度、2016年度中に上場を目指しておられる企業経営者の方々向けに開催されるものでして、私とサイバーエージェントさんの藤田社長が「IPOの光と影」について語るというものです。たくさんのCEO、CFOの方々が(師走のお忙しい時期にもかかわらず)お見えになり、たいへん盛況でした。なお、東証さんは同じ内容のフォーラムを大阪(北浜)でも開催されるそうですが、上場を目前に控えた会社さんのためのフォーラムなので、一般の方の聴講は予定されていないようです。

当然私が「影」の部分をお話するわけですが、「光」といいましても、上場会社の社長15年選手の藤田さんのお話をお聴きしていると、サイバー社は決してこれまで順風満帆だったわけではなかったのですね。業績が好調のときには何をやっていても「やっぱり社長はスゴイ!」と持ち上げられ、業績が悪い時には同じことをやっていても「だから藤田社長はダメなんだ」とボコボコに批判をされてきたそうです。会社のステージが上がると、上がったステージにはそれなりの(海千山千の?)方たちが登場して、藤田さんのところにいろんな話が持ち込まれる。こういったところで浮かれることもなく、「(経営者は)言動がブレないことが大切。すぐには信用されないが、結果が少しずつでも伴って来れば、言動がブレないということが信用につながる」のだそうです。なるほど・・・、ちなみに私の言動は(当ブログの足跡をたどるかぎり)かなりブレてるかもしれません(^^;

さて、本日、SESCさんは東芝さんの有価証券報告書虚偽記載事件について、73億7000万円の課徴金処分を発出するよう金融庁に勧告を行ったと報じられています(SESCのリリースはこちら)。これを受けて東芝さんは社長さんや監査委員会委員の方々による会見を行ったとのこと。なぜ課徴金が73億円なのか、その計算の根拠等、よくわからないところもありますが、いずれにしても監査委員会はすでに会社が提訴している5名の元社長、財務責任者の方々に対する請求金額(3億円)を増額する予定であることを明らかにされました。

少し前の会見で、社長さんが「近々、監査委員会も会見に応じる予定である」と述べておられたので、実は勝手に期待をしておりました。責任判定委員会が元社長さんや財務責任者の方々5名に善管注意義務違反が認められる、との判断を下しましたが、では一体、この判定委員会の結果をもとに、被告とすべき対象者の範囲をどのような議論で特定されたのか、監査委員会としての独自の政策的判断はあったのか、これは監査役さんの善管注意義務にもかかわるものなので、ぜひともお聴きしたい、といった気持からでした。

しかしこれは私の空回りだったようです。日経ニュースのインタビュー内容からすると、請求金額の変更に関連するものばかりで、請求対象者の範囲に関連する話題はなかったようです。最近のニュースなどで、「東芝事件は刑事立件されない、なぜならば不正行為が組織のいたるところで行われており、故意を基礎付ける指揮命令系統が明らかにできないからだ」といった関係者証言も報じられていました。元社長さん方は、不正会計を容認していたとしても、具体的な不正会計の処理方針を自ら考えていたとは思えません。財務責任者の方々を含め、みなさん「社長月例」等によって発破をかけていたとしても、また「意図的な容認があった」としても、それは不作為による粉飾容認であり、元社長の意を受けて具体的にストーリーを描いておられた方の責任は不問に付されるということになると思います。また会計不正に一切関与していない人事担当の代表取締役さんの不正見逃し責任が認められた判決が出ている(ニイウスコー損害賠償請求事件判決 東京地裁平成26年10月21日)中で、他の取締役、執行役の不正見逃し責任は一切追及しないと判断したのはどのような理由なのか、どうしても知りたいところでした。

「責任判定委員会の結論に全面的に依拠した」というのであれば、それもまた監査委員会の判断かもしれませんが、まさか「請求額の増額をします」というだけで記者会見に監査委員会の面々が登場されるとは思っておりませんでしたので(増額の可能性があることはすでに責任判定委員会報告書でも書かれていました)、私個人としてはややガッカリいたしました。やっぱり提訴請求をされた原告の方々からの理由請求がないと理由は開示されないということなのでしょうね。うーーーん、残念。。。

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2015年12月 7日 (月)

誠実な技術者の「誇り」が「驕り」に変わるときとは?-血液製剤偽造事件

すでに報じられているように、血液製剤の分野で国内シェアのおよそ3割を占める熊本市の製薬会社「化血研」さん(化学及血清療法研究所)が、国の承認を受けずに「ヘパリン」という血液を固まりにくくする成分を添加するなど、12種類の血液製剤について、国が認めた内容とは異なる方法で製造していたことが判明しました。しかも第三者委員会報告書によると、不正は40年間も続いていたそうです。ところで、化血研さんのHPはずっと閲覧不可の状態になっています。

「心が痛む」として社員から厚労省に対して内部告発があったことが不正発覚の端緒だそうで(朝日新聞ニュースはこちらです)、厚労省もいろいろと内部告発の放置問題で揺れておりましたので(?)、今回は「抜き打ち調査」などによって、かなり積極的に真剣に対応されたのかもしれません。驚くのは、「もうそろそろ内部告発があるかもしれない」ということで、化血研さんの内部では告発がなされたことを想定した対策をとっていた、とのこと(毎日新聞ニュースはこちらです)。東洋ゴムさんの免震ゴム偽装のときもそうでしたが、最近は内部告発リスクへの対策をとる企業も出てきました(もちろん、決して許されるものではありませんが・・・)。

さて、内部告発ネタとしても本件は参考になりますが、私がもっとも気になったのが、どうして厚労省のルールを無視して血液製剤を作り続けてきたのか、といった不正の動機の部分です。12月2日のNHK午後7時のニュースでは

(化血研の)第三者委員会は、「問題の根幹は『自分たちは専門家だ』とか『製造方法を改善しているのだから当局を少々ごまかしても大きな問題ではない』という、研究者のおごりだ」と厳しく指摘している

と報じられています。もうすでに過去のエントリーでも紹介していますが、私が過去に性能偽装事件の危機対応に関与した案件でも、技術者の方々の同じような言い訳を聞きました。A社は当局の外郭団体(安全技術協会)に「チャンピョン品」と隠語で呼ばれる「テストを一発で通すためだけに作られて製品」を持ち込んで試験をクリアしていたというものですが、A社技術担当社員には社長から厳しいミッション(販売時期を遅らせないように、かならずテストは一発で通せ)が課せられていたため、工場ぐるみで偽装を行っていました。A社で長年性能偽装が続いていた理由としては、「我々はトップメーカーであり、お客様のために、最終出荷時の安全基準は世界一である。たとえレベルの低い当局の性能テストを偽装したとしても、最終出荷のテストをクリアすれば何ら問題はない」というものでした。またA社と監督官庁との長年の「持ちつもたれつ」の関係からか、安全協会の検査ルールについては、安全協会側にも落ち度があり、A社としては「お互いさま」といった感覚もあったようです。

たしかに頭の冷えている平時の感覚であれば「そんなのは技術者の驕りであり、不正を正当化できる理由にはならない」と誰でもわかります。しかし、経営者からのミッションや同業他社とのし烈な販売競争、行政との長年の(悪い意味での)信頼関係の醸成といったことが重なりますと、技術者の有事感覚としては、化血研のような発想になっても不思議ではないかもしれません。たしかに国から承認を受けている方法とは異なる方法で血液製剤を製造していたとしても、それは「国の承認しているものよりも、さらに安全性を高めるための改善の結果であり、また製造効率を高めて少しでも多くの患者さんに喜んでもらえるのであれば、偽装などたいした問題ではない」と考えることも(有事の感覚としては)十分ありえるように思います。

誠実な企業であればあるほど、技術者の方々は自社技術に誇りを持つのが当然でありますが、その誇りが、社内・社外の経営環境の中でいつしか「驕り」に変わっていくというのが真実ではないかと。しかも客観的にみても、化血研さんのワクチンがどうしても必要なので、「客観的にみて、この程度のことで我々の仕事はなくなるわけではない、とりあえず医療の場を混乱させたことは謝罪するが、再発防止に取り組んでまいります、といえば済む問題だ」といった認識が社内でも社外でも通用するのではないでしょうか。40年間も不正を続けていたのはけしからん!と批判するのは正道ですが、しかしただ批判しただけでは不正の芽を摘むことはできないと考えます。さて、この業界におけるコンプライアンス問題の捉え方を理解するには、化血研さんに対する今後の厚労省さんの対応が非常に興味深いところです。

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2015年12月 3日 (木)

不適切会計処理事件が違法配当事件に発展した事例-CHD

日本郵政さんが国内最大級の自社株買い(7300億?)をされるそうですが、特定の例外を除き、自社株買いは剰余金の範囲内で行うことが原則です。しかし剰余金の範囲を超過してしまい、ピンチに立たされている上場会社さんもあるようです。不適切な会計処理が行われていたとして、今年10月に第三者委員会報告書をリリースしているコネクトホールディングスさんが、それだけでは不祥事は終わらなかったことを公表されています(平成27年8月期の自己株式の取得に関するお知らせ)。適時開示のタイトルを読んだだけでは通りすがりそうなリリースですが、金商法会計の不正が会社法会計の不正を誘発してしまったという、かなりキビシイ事案です

過年度の決算訂正によって子会社の売上高が減少、その結果として子会社株式の評価損が出たために、同社の剰余金も減少。訂正前の剰余金を基準として自己株式の取得を行っていたので、結果として約5000万円も剰余金を超過して配当してしまっていたそうです。

いやいや、関係者の方々はたいへんですね。同社リリースによると、自己株式の取得金額が剰余金合計額を超えている部分の補てん方法は今後検討されるとのことで、この違法配当になってしまったことに関する取締役の過失の有無、程度、責任については監査役会にて検討するとのこと。監査役さんにとっても有事ですが、1月5日に定時株主総会が開催され、そこで監査役の方々が交代されるそうなので、新しい監査役(会)において検討されるということでしょうか。

ちなみに会社と会計監査人との間で、剰余金減少の根拠となった会計処理方法についてかなりバトルがあったようですが、最終的には会社側が会計監査人の主張を全面的に受け入れたそうです(時期的に意見を出してもらうためには会計監査人の主張を認めるしかなかったのかもしれません)。ここでも(?)監査法人のドラマがあったようですね(なお、この会計監査人は来月の総会をもって退任されるそうです)。

おそらく、本件のケースだと、自己株式の取得に関する取締役会決議に賛成をしていた非業務執行取締役さん(取締役会に議案を提案している場合は別として)はセーフだとは思いますが、概ね違法配当事案では決議に賛成をした取締役さんも法的責任を負う可能性が高いので、やはり会計不正事件は「不祥事の芽」の段階から摘んでおく必要がありますね。コネクトHDさんが、今後どのように対処されるのか、注目しておきたいと思います。

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