サプライチェーン・コンプライアンスと役員の法的責任の交錯点
横浜の傾斜マンション問題、壱番屋カレー廃棄食品の横流し事件等、サプライチェーン・コンプライアンスに関連する課題が世間を賑わせています。本日(1月26日)の朝日新聞朝刊でも、エアバック事故の件につき、タカタ社とホンダ社が事故原因及び補償負担割合に関する協議を始めたことが報じられていました。双方が別々の機関に事後原因調査を依頼していることから、仮に原因について異なる結果が出た場合には、この協議は難航することも予想されます。
エアバック事故については、巨額の負担割合にタカタ社が耐えられないとして自動車メーカーが救済措置を講じるべきとの意見もあるようですが、(新聞記事にもあるとおり)安易な救済措置はホンダ社の役員にとって株主代表訴訟リスクを背負うことになりかねません。BtoCの企業にとって、重大事故が発生した場合には「安心思想」に基づくコンプライアンス対応が求められる時代です。ともかく社会からの要請に適切に対応する姿勢を示します。しかしそれが、法的な負担割合を超えるものとなりますと、免責されるべき理屈が求められます。
横浜の傾斜マンション問題のケースでは、販売元が「安心思想」に基づいて(本来ならば法的義務とは言えない可能性のある)全棟建替えに応じる予定です。もちろん販売元は施工主やその下請会社に対して応分の費用負担を求めることになるでしょう。しかし、マンション傾斜の原因が十分に判明しないまま費用負担に応じることは、施工会社や下請業者にとって法的にも躊躇せざるをえないのではないでしょうか(全棟建替えを基本として負担割合を決めること自体、下請業者等の株主に説明責任が尽くせるのかどうかは微妙です)。
コンプライアンスという言葉が「法令順守」から「社会の要請への適切な対応」と訳される時代になればなるほど、役員がコンプライアンス対応を全うすることと法的な善管注意義務を尽くすこととの距離が遠ざかる場面が生じるように感じます。いや、本来は遠ざかってはいけないわけですから、法律家は「企業のレピュテーションを守ることも経営判断要素になる」ことを善管注意義務との関係で検討する必要があると思います。
具体的な場面としては、株主から提訴請求を受けた監査役さんが、取締役の善管注意義務違反が認められるにもかかわらず、会社の利益に配慮して提訴を控えることの是非を論じる、といったことが想定されます。偽装メニュー事件において、レシートを持参してこなかった被害者にも補償する、といったような自社完結のケースであればまだ説明しやすいのですが、とりわけサプライチェーンコンプライアンスのように、他社の不祥事や重大事故を自社としてどう扱うべきか・・・といった問題への対応はなかなかむずかしいですね。
M&Aがさかんになりますと「企業の品質」という視点からは、個々の企業よりも企業集団(グループ企業)の信用が重んじられますが、これからはグループ企業を超えて、サプライチェーンとしての企業群自体の信用が消費者から重視される時代が到来するのかもしれません。サプライチェーンのグローバル化が進むと、専門家の手助けが必要となる場面もますます増えるはずです。ガバナンス・コードでは株式持ち合いが(資産の有効活用を毀損するものとして)問題視されていますが、紛争の未然防止や早期解決という点からみれば、ある程度の合理性もあるように思えます。
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コメント
横浜の傾斜マンション問題は、確認機関の違法行為と三井不動産の脱法行為が指摘されています。(細野透氏・SAFETY JAPAN 2016.1.26)
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/sj/15/150245/012500036/?P=1
投稿: 記憶障害 | 2016年1月27日 (水) 16時39分
ありがとうございます。講演等でもこの問題は触れざるをえないので、ミスリーディングしないためにも一度きちんと読ませていただきます。
投稿: toshi | 2016年1月28日 (木) 20時35分