コーポレート・コア・コンピテンシーで考える企業成長戦略と企業の期待価値向上
世界陸上の銅メダリストでいらっしゃる為末大さんの著書が大好きで、対談集まですべて拝読しているのですが、為末さんの「走りながら考える」(ダイヤモンド社 2012年)の中で、ご自身が400メートル障害を選択した理由が詳細に語られています。中学生までは100メートルで負けたことがなかったそうですが、次第に後輩にも抜かれるようになって限界を感じ、自分が世界で闘える、自分の強みを発揮できる場を模索した結果として400メートル障害にたどりついたそうです。
私はこの為末さんの考え方に共感を抱くものですが、企業経営においても、弱者が強者に勝つのが戦略であり、そのためには企業として一点に集中し、そして他社(強者)と差別化することが重要、いや不可欠だと認識しています。本書の著者でいらっしゃる三鍋伊佐雄氏は、私が社外取締役を務める大東建託株式会社の前社長ですが、私が取締役に就任する前に退任され、ボードでご一緒したことは全くございません。ただ、同氏の前著「弱者が勝つ戦略」を拝読して以来感銘を受け、同社とは全く関係のない場所で多くの経営における考え方、ビジネスの発想について有益な示唆をいただいております。その三鍋氏の新著が、先日発売されました。最近のコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードに従えば企業価値が向上するのだろうか、KPIとしてROEを信奉していれば持続的成長は図られるのだろうか・・・と疑問を抱いていらっしゃる経営幹部の皆様にはぜひお勧めしたい一冊です。
コーポレート・コア・コンピタンシーで考える「企業成長戦略」と「企業の期待価値向上」(三鍋伊佐雄、竹内朗 著 PHP研究所 1,600円税別)
近時のガバナンス改革の中で「企業価値」が語られることが多いのですが、本書は上場会社、非上場会社すべてを対象として「企業価値」(=すべてのステークホルダーからみた期待価値)の向上を語っています。たしかにガバナンス・コードが示す指針は上場会社向けであり、では日本における圧倒的多数である非上場会社にとって企業価値を向上させるためにはどうすべきか?ということには何ら応えられていません。著者は、ガバナンス・コードが示すものは「企業価値向上」ではなく「(株主からみた)投資価値の向上」であり、それは企業価値の一要素にすぎないと捉えています。私も以前当ブログで「業務執行社外取締役待望論」を書かせていただきましたが、三鍋氏も(会社法では「社外取締役」とは認められない)社外取締役の有用性を高く評価しておられます。
本書は机上のお勉強の本ではなく、ビジネスに直結する実践的かつ現実的な回答を用意しています。取締役会評価の手法等にも言及されており、ガバナンス・コードを実施する取締役会の実効性評価手法としても参考になります。なんといっても、企業の持つ「固有の強み」に焦点をあてており、筆者はこれをCCC(コーポレート・コア・コンピテンシー)と指摘します。古くから言われている「コア・コンピテンシー」や「コーポレート・アイデンティティー」のような単なる「企業の存在意義」といわれるものをもう一歩進めて(表紙にも掲載されていますが)「CCCとは、わが社がわが社であり続けられる企業存立の理由」と定義付けています。本書では、この企業存立の理由をきちんと見出すための道すじも解説されています。
「なぜ我が社のいまがあるのか」「何が評価をいただいているのか(いただいてきたのか)」ということを明確に言葉として整理することこと「今日以降の企業経営を、たとえ社長が代々承継していったとしても、顧客や地域住民と共感し続け合って存続」していくことを確かなものにすると主張されています。これがまさに「CCC」の真髄とされ、三鍋氏の前著にも通じるところがあり、この点にとても共感するところです。もともと企業に存在する強み(財産)に再度照準を当て、この財産を再度有効活用することで「自社が勝てる領域、勝てる方法」を見出すことはマネジメントとして重要なものと考えます。コーポレートガバナンスの構築がいろいろと議論されていますが、著者は「長所を伸ばすためには必要だが、業績の悪い会社が弱点を補強する目的でガバナンス改革を行っても逆効果だ」と断言しています。監査等委員会設置会社への移行会社が310社を超える今、この三鍋氏の意見は私も全く同感です。
さらに、本書に厚みを持たせているのが企業法務で有名な竹内朗弁護士の共著部分です。これまで会社法や金商法の世界で語られてきたガバナンス論、いわゆる「守りのガバナンス」の視点から「三鍋ガバナンス、三鍋内部統制システムの世界」に光をあてています。なるほど、竹内先生のコメントやコラムがあるからこそ、まさに本書が本書であり続けられる存在理由が明確になっているのですね。著書は原則として「非上場会社」の方々に向けて書かれたそうですが、上場会社の経営に携わっておられる方々にも、たいへん有益な一冊だと自信をもってお勧めいたします。
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