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2016年1月19日 (火)

旭化成建材・外部調査委員会報告書にみる「二人の現場責任者の対比」

横浜マンション傾斜問題については1月13日に国交省による関係会社等への処分が出ましたが、これに先立ち、1月8日に旭化成建材さんの親会社から外部調査委員会報告書(中間報告書)がリリースされています。私もようやくこの中間報告書を読み終えましたが、企業不祥事を考えさせる、なかなか興味深い内容です。当該マンションの基礎杭工事の現場責任者は2名であり、そのうちの1名の社員がデータ偽装に手を染めてしまったわけですが、もうひとりの方は全くデータ偽装には手を染めていなかったということが判明しています(両名とも調査委員会はヒアリングを行ったようです)。「なぜこのような違いが出てしまったのか」という点が克明に対比して描かれています。

この横浜のマンションの基礎杭工事は2005年12月から2006年2月ころまで行われ、杭工事の現場責任者は旭化成建材の社員(出向社員)2名が担当していました。この2名の現場責任者については、最初は旭化成建材さんから現場作業を請け負った工事業者から2名とも選任される予定だったのですが、そのうちのおひとりが体調不良となったため、いわゆる(現場責任者等を派遣する)人材派遣業者から現場責任者がおひとり選出されたようです。報告書ではA社員(派遣社員、データ偽装を行った者)とC社員に区別されているので、ここでもそのように表記いたします。

詳細は上記社外調査委員会報告書をお読みいただくとして簡単に説明しますと、C社員の場合、現場作業を担当している方々と同じ会社出身ということであり、電流計データや流量計データの取得において現場作業員らとのコミュニケーションがきちんと確保されていたそうです。また自分が体調不良で仕事を休むときも、代わりの現場責任者への引継ぎが行われ、代役の方の日報や作業完了書といった書類関係もきちんとそろっていました。また、C社員がそもそもデータの整理をこまめに行っていたそうで、偽装を疑わせるような事情は何らみられなかったとされています。

しかし派遣業者から出向してきたA社員は、過去に何度か旭化成建材さんの現場責任者を務め、現場作業を担当した業者の現場責任者も経験していたのですが、現場作業員との相性が悪く、コミュニケーションがとれなかったそうです。また病気欠勤の際にも、同じ会社の者が全くいなかったので引継ぎが十分に行われておらず、したがって代役の現場責任者(この方はC社員の欠勤のときにも代役)の方の日報や作業完了書といった書類がきちんと作成されていませんでした。A社員自身もデータの取得にも熱心でなかったため、きちんとデータを保存・整理もされないままに放置されていたとのこと。

現場責任者の仕事は繁忙を極めており、A社員もC社員も、クレーン車やトラックの誘導、関係者との打ち合わせ、清掃作業などをこなしながらの杭打ちデータ取得作業だったので、両者ともデータ取得だけに注力できる立場にはありませんでした。しかし、現場を離れる際に、C社員は気軽に他の作業員や旭化成建材の社員にデータ取得を依頼できたのですが、気心の知れた仲間がいないA社員はデータ取得を頼みにくい状況にあったため、最終的には他のデータを流用して報告書を提出したという経緯があります。もちろん手続きをきちんと残すことの重要性を認識していれば、いくらコミュニケーションがとれなくてもデータ取得の偽装など発生しないはずではありますが、このような現場におけるチームワークの崩れから重大な企業不祥事が発生するということは、思わずぞっとするような背景事情です。

一方において、本件が発覚した直後から「どこの現場でもデータ偽装などあたりまえに行われている」といった意見がマスコミ等で明らかにされていましたが、C社員のように「偽造など全く考えたことはない、自分の仕事が手一杯であれば、ほかの社員にきちんと代役を頼む」ということで、普通にコンプライアンス重視の姿勢で仕事に従事されている方の姿が報告書で浮かんできた(しかも、その姿勢は供述だけでなく、残っている書類からも明らかにされた)ことは、ややホッとするところです(いや、それがあたりまえだろう、といわれればそれまでですが・・・)。「データを後で偽装するといったことは、それほど悪いことではない」といった感覚が、すべての社員に蔓延していたわけではないということです。また現場責任者の代役(報告書ではE社員)の仕事ぶりが、A社員から依頼された場合とC社員から依頼された場合と異なっていることは、組織としてのコンプライアンス意識を考える場合にも参考になりそうです。

この社外調査委員会の中間報告書は、組織としての関与(現場責任者によってデータが偽装されていたことを組織として容認していたのかどうか)という点については触れられていません。10年も前の不祥事なので、もし現場統括者がデータ偽装の事実を容認していたとすれば、その事実を知っていた方は会社幹部になっている可能性があります。だからこそ、現場統括者あたりが、このデータ偽装の事実を知りながら放置していたかどうか、読む側からすると関心が向けられます。そのような点においてやや不満は残りますが、なぜ現場責任者二人のうち、ひとりだけがデータ偽装に手を染めたのか、職場環境を対比しながら浮きぼりにした内容は、一読の価値があります。

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コメント

報告書を読むと、土質や地中障害物の存在次第では、適切な電流計データが取れない場合があり、掘削が支持層に到達したか否かの判断はオペレータの感覚に頼ることがあるというような記述がみられます。このような場合、オペレータや現場責任者に対して会社や元請が無理な要求をしていなかったかがポイントだと思います。一応外部専門家へのヒアリングをされているようですが、まだ中間報告の段階ですので、施工や地盤の専門家も含めた方が良いのではないでしょうか。

投稿: STUDENT | 2016年1月20日 (水) 19時09分

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