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2016年3月30日 (水)

委員の胆力に敬意を表します-OFS第三者委員会報告書

(3月30日午後 追記あり)

すでにご承知の方も多いとは思いますが、3月29日、王将フードサービスさん(OFS社、東証1部)は、反社会的勢力との癒着の有無を主たる調査委嘱としていた「コーポレートガバナンスの評価・検証のための第三者委員会」による報告書を公表しました(東証の適時開示リリースはこちらです)。報告書を読み、委員にも、委員補佐にも、加えてOFS社役員にも(?)、CFE(公認不正検査士)仲間がたくさん登場することを初めて知りました。

会社側は「委員会調査により、反社会的勢力との関係が否定されたことでホッとしています」とのことですが、報告書をお読みになれば重大なポイントはそこだけではないことはすぐにおわかりいただけるかと。委員会の名前のとおり、まさにOFS社のコーポレートガバナンスの脆弱性が浮き彫りとなる「新事実」が報告書で明らかにされています(たとえば朝日新聞ニュースはこちら)。

この第三者委員会は、会社側からは主として「当社が反社会的勢力と関係があるか否か」という点についての調査を諮問されました。そして調査結果としては「関係があるとは認められない」との結論に至っています。しかしながら、当社のコーポレートガバナンスの評価・検証に必要と思われる過去の事実については広く調査範囲に含める、として、これまでOFS社が開示してこなかった「不適切な取引」の存在を公表しています。その結果として「OFSが東証に報告していた内容と事実は異なる」ということも認定しています。

おそらくOFS社としては、このように諮問の対象とはしていなかった重要な事実が調査の対象となり、しかも現時点でも(ガバナンスに影響を及ぼす事実として)大いに問題あり、と公表されることは予想されなかったのではないでしょうか。このたび第三者委員会が認定した事実と(これまで報じられてきた)ほかの関連事実を組み合わせますと、うーーーん。。。一昨日のお話の続きではありませんが、これがまさに会社経営者のためではなく、ステークホルダーのために調査を行う第三者委員会の姿ではないかと思います。

以上は私の感想も含んでおりますが、なによりもこの報告書を詳細にお読みになった方であればおわかりのとおり、この報告書が公表した内容は、今後社会的に大きな影響力を有するものになるかもしれませんね(30日未明に報じられた こちらの毎日新聞ニュースでは、早くも新事実に基づく新たな展開の記事が掲載されています。委員の方々も、どこまで報告書に書くべきか、かなり悩まれたのではないかと)。第三者委員会としての調査の限界に迫った委員及び委員補佐の皆様の胆力に敬意を表すると同時に、私自身も不正調査のプロとして、この報告書を作成した委員の方々の姿勢を見習っていきたいと真摯に思う次第です。

(追記)30日、王将フードサービスさんの株式取引は通常売買が成立せず、昨年来最安値となってしまったそうです。うーーーん、ここまでの影響力を予想しておりませんでした。第三者委員会の役割をあらためて痛感するものです。

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2016年3月28日 (月)

企業の有事における「第三者委員会報告書」と「法律意見書」の境界線とは?

別にどの事例を想定して・・・とは申し上げませんが、最近の企業不祥事に関するマスコミ報道や企業側のリリースを読んでおりまして、「これは第三者委員会報告書だろうか?それとも企業側が依頼をした弁護士による(役員責任回避のための)法律意見書だろうか?」と悩むケースがあります。とりわけ著名な法律家の方が委員長として調査に関与して、その法的意見が述べられますと、司法機関による判断を得ぬままに、事実認定や法的評価が正しいものとして一人歩きしているように思える事例も散見されます。

組織の役員の法的責任が問われかねない場面において、「これは法的に問題がありそうだが、かろうじて民事・刑事を問われるほどではない(もしくは責任があるとは断定できない)として、組織としては猛省を促すが、個人的責任は不問に付す・・・といった趣旨が示されている報告書も気になります。一見、企業に厳しい姿勢で社外委員が臨んでいるようにみえて、実は個人の法的責任追及を回避するための巧妙な理屈が活用されているように思われます。まさに安宅の関における弁慶の勧進帳です。

もちろん企業不祥事発覚時における第三者委員会というものは法律上の制度ではありません。したがって「第三者委員会報告書」というものが、「こうでなければならない」といったルールもないわけですが、せめてマスコミが報じる事実認定やステークホルダーが責任認定の根拠として活用できるような有益な報告書かどうかは、区別する必要があるのではないでしょうか。すくなくともステークホルダーへの説明責任を果たすための報告書として作成されたのか、それとも不祥事を発生させた企業の役員の責任回避のため(つまり企業のリスク管理のため)に会社側にとってのみ有用な報告書として作成されたものなのか、明確にしなけば、国民に誤解を生じさせるおそれがあります。

たとえば(当ブログでも何度かご紹介している)第三者委員会報告書を任意に格付けする組織があります。これまでは第三者委員会報告書の出来栄えを絶対評価によって格付けをされていますが、ステークホルダーのための委員会報告書なのか、企業役員のための法律意見書にすぎないのか、そのあたりについて有識者による意見を述べる、ということも必要ではないかと。公式な機関がそのような評価を開示するとなると問題かもしれませんが、複数の有識者による意見ということであれば、マスコミや投資家が、評価対象とされた委員会による認定事実や法的評価について、どの程度信用できるか、といった判断を下すメルクマールにはなり得ると考えます。

私個人の意見としては、企業のリスク管理の一環として、企業側が法律専門家の意見を求めることは何ら問題があるとは思えませんし、役員個人の利益保護のために法律意見書を開示することも当然許容されるものと考えます。しかし、日本取引所から不祥事対応のプリンシプルが公表され、企業の自浄作用の発揮場面として、社会的に第三者委員会報告書の有用性が広く認知されるに至った現在、第三者委員会の独立性や公正性への信頼を逆手に取ってステークホルダーに誤解を生じさせるリスクも高まりつつあるように感じます。これは明らかに消費者や投資家、ひいては国民全体にとって望ましいものではないと思います。社外役員主導型の第三者委員会も形成されるようになり、第三者委員会制度の在り方を考えるにあたり、これは重要な課題だと認識しています。

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2016年3月24日 (木)

消費者庁・公益通報者保護法の改正審議はいよいよワーキングチームへ

3月23日の日経朝刊(社会面)でも大きく取り上げられましたが、消費者庁の公益通報者保護制度の実効性検討委員会は、22日に第1次報告書最終案をとりまとめました(TBSニュースでは、私は一番手前に映っています。まだ消費者庁HPでは最終案がアップされていないようです)。報告書では他省庁が所管する事業に関わる不正等事実について、消費者庁に通報窓口を設置することや調査権も付与すること、自ら関与した不正について通報した場合に減免を受けられるような、いわゆる社内リニエンシー制度を策定すること等を提言することが盛り込まれました(企業コンプライアンスとの関連で詳しく報じているのは こちらの朝日新聞ニュースです)。

また、今回の検討委員会における最大の課題(最大の目標?)である「公益通報者保護法の改正」については、改正の必要性は提言されましたが、さらなる検討が必要とのことで、舞台は有識者検討会から法改正検討チームに移ることになりました。詳細はまた消費者庁でリリースされた後に述べますが、会社法や刑法、労働法に詳しい学者の方々も委員に名を連ねる方向で検討されているようです(通報者に不利益取扱いを行った企業に対して行政措置を発動することだけでなく、刑事罰を課すということも検討課題となっています)。

これは私の個人的な意見ですが、10年ぶりの公益通報者保護法改正が実現するための課題としては、①法改正が必要であることを裏付ける立法事実が存在すること(これは多くの企業不祥事が内部通報や内部告発によって発覚している事実や、現実に通報者が不利益な取扱を受けている事実から明らかではないかと思います)、②既存の法制度(民法、民事訴訟法、要件事実論、刑法、会社法、労働法等)と改正法案との整合性をしっかり見極めることです(消費者庁がどんなに頑張っても、内閣府や国会審議で却下されては「苦労も水の泡」です)。しかし、法改正に向けて最も重要なことは、国益通報者保護法の改正が、単に通報者の地位保全や企業のコンプライアンス経営に資するだけでなく、消費者の生命、身体、財産の安全確保にとって不可欠なものであることが広く理解されることだと思います。国民からの支援がなければ、最後の高いハードルはなかなか越えることはできないのではないか・・・と(別に弱気で申し上げているわけではないですが)感じています。

とりあえず検討委員会は予定されていた全10回の会合を終えましたが、今後の審議状況等に動きがありましたらご報告させていただきます。消費者庁アドバイザー、同検討委員会委員として、約2年間法改正に向けた作業に携わってきましたが、既存の法律を改正することがいかに難しいかということを痛切に感じております。4月1日には改正景表法が施行され、課徴金制度がいよいよ動き出します。そこでは企業の内部統制システムの整備が強く要請されることになりますが(たとえ課徴金事案を生じさせても、企業が相応の内部統制を構築していれば免責される等)、このたびの公益通報者保護法の改正審議においても、企業の自助努力がリスク回避に結び付くような方向でまとまるよう尽力したいと思います(ワーキングチームの一員として・・・たぶん)。

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2016年3月22日 (火)

東芝会計不正事件の展開は(日米両国で)いよいよ本格化?

東芝の米国子会社がDOJ及びSECから情報提供を求められているとのことで、内容はこのたびの一連の会計不正事件について、第三者委員会が調査した件に関するものだそうです(長崎新聞ニュースはこちらです)。発覚したのは、海外子会社社員2名によるブルームバーグへの情報提供によるもの。ちなみに、リリースされた後、東芝さんの株価にはほとんど影響がなかったようですね。

昨年7月21日の拙ブログ「東芝不適切会計事件-第三者委員会報告書(要約版)への雑感」でも書きましたが、今後証券取引所法違反やFCPA違反(真正帳簿作成義務、内部統制構築義務違反)で刑事訴追や行政罰(民事制裁金)が課されるとなると、その影響はけっこう大きいものではないでしょうか。たしかに集団証券訴訟への対応だけであればそれほどでもないと思いますが、司法取引の合意が明確になるまでは刑事処分や行政処分の内容が開示されないと思いますので、ウェスチングハウス社を中心に、まだまだ事件の実態解明はこれから本格化するのかもしれません。とりわけ「監査法人に圧力をかけて不実記載に及んだ」ということになると、エンロン事件を経験している米国ではキビシイ対応が待ち構えています。

さて、昨年の上記ブログでも触れましたが、私的にもっとも興味があるのは第三者委員会が収集した証拠についてはDOJやSECに「捜査協力」として提出する必要があるのかどうか、という点です。現在は米国子会社に対する捜査協力を求めているにすぎないようですが、親会社にも協力要請があった場合、これを拒否できるかどうか。これまで「第三者委員会といいながら実は第三者委員会ではない」と批判されていましたが、東芝さんにとってはこれが吉と出るか凶と出るか、とても関心があります。

日本の証券取引等監視委員会の特別調査課も、東芝さんの元経営者の方を任意聴取したと報じられていますので、日米の捜査協力が本格化することも予想されます。さらに、本件記事がまさにそうであるように、海外子会社では今後ますます関連事件に関する内部告発が増えるものと予想します。私は以前、日経ビジネスさんの取材に対して「関係者が刑事処分を受ける事態にまで発展することはないのでは」と回答しましたが、ちょっと甘かったかもしれません(ひとつだけ言い訳をさせてもらえるならば、日経ビジネスさんや今月号の文芸春秋さんが掲載しているように、次から次へと証拠価値の高い内部告発が出てくるとは思ってもいなかったのです-たいへん失礼いたしました)。

現在係属しているノバルティスファーマ日本法人元社員の刑事裁判でも明らかなように、近時の企業不正事件の進展には傾向がみられます。自浄能力を発揮できず、組織の構造的欠陥がそのまま放置されていると看做された場合には、最終手段としての刑事処分が発動されることになりますが、東芝さんの場合はどうなるのか、今後の展開を見守りたいと思います。

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2016年3月17日 (木)

エナリス社の議決権拘束契約に関する取締役の説明責任

特設注意市場銘柄からの解除を目指して内部管理体制を一生懸命整備しておられるエナリスさんが、少し珍しいリリースを出しています(前代表取締役社長等の議決権行使(委任)に関するお知らせ-3月9日付)。

第三者委員会の提言を受けて、会社側は大株主である元経営者の株式持分を低減させる方策を検討していたところ、最終的には「元経営者の持分低減が実現されない間は大株主である元経営者の議決権行使については会社側に一任をする」といった合意が、昨年8月に会社と元経営者との間で交わされました。しかしながら年末までにこの持分低減が実現しなかったので、3月の定時株主総会を前にして、元経営者側から(会社側が指定する)第三者に議決権行使に関する委任状が届いた(元経営者側の株式持分比率は49.1%)とのこと。

ところで、このエナリスさんが出したリリースの意味は、来るべき3月の定時株主総会に出席する少数株主(一般株主)の方々にも普通に理解されるものなのでしょうか?ちなみに3月10日付けの同社定時株主総会招集通知には、どこにもこの議決権拘束契約については触れられていないようです。株主間ではなく、会社と特定株主との間において継続的に議決権行使を拘束する合意というものは一般的に効力を有するものなのか?これって現経営陣や(逆に)大株主のやりたい放題になってしまうのではないか?といった疑問は出てこないのでしょうか。

ちなみに会社法310条1項、2項を紹介いたしますと、

(議決権の代理行使)第310条
1 株主は、代理人によってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該株主又は代理人は、代理権を証明する書面を株式会社に提出しなければならない。
   前項の代理権の授与は、株主総会ごとにしなければならない。
3 (以下略)

と規定されています。

形式的には会社が指定する第三者に元経営者らは(合意に基づき)このたびの会社側上程議案(社外取締役1名増員の件)について、委任状を提出していますので「株主総会ごとに」といったルールに合致しているように思えます。しかし、大株主が委任状を提出した根拠としては、「大株主側の事情次第では、この先ずっと(撤回できない状況のままで)会社側の指定する第三者に委任状を出し続ける法的な義務がある」ということに依拠しているので、そもそも代理権の授与は株主総会ごとにしたことにならず会社法違反の状態ではないか、といった素朴な疑問も生じます。

下級審ですが会社法310条2項の制度趣旨を重視した判例もあるようなので、このあたりを参考にして「経営者による支配権濫用のおそれはなく、310条2項違反にはあたらない」ということを少数株主の方々に説明をする必要があるのではないか、とも思うのですが、いかがなものでしょうか。エナリスさんの現状に鑑みるとコンプライアンス上の問題点は払しょくしておく必要があるように感じました。

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2016年3月14日 (月)

監査等委員会設置会社への移行に反対する機関投資家登場(その2)

先日、米系運用大手のRMBキャピタルさんが株式会社オプトホールディングス社の監査等委員会設置会社への移行について反対を表明し、委任状争奪戦も視野に入れている、といった日経記事を こちらのエントリーでご紹介しましたが、その後、本件についてRMB社からのリリース(時事ドットコム・ビジネスワイヤ)とオプトHD社からのリリースが出されまして、ずいぶんと盛り上がってきました。RMBキャピタルさんが委任状争奪戦をあきらめ、他の株主への反対意見同調呼びかけを行うに至った過程についても上記リリースにおいて説明されています。

先日のエントリーに対するコメント欄には流星さんをはじめ、有益なご意見も述べられておりますが、ある上場会社が機関形態を変更することへの賛否については、仕組みについて議論するのか、個々の企業における運用について議論するのか、分けて検討したほうがよさそうですね。RMB社の反対呼びかけのリリースの内容から判断しますと、同社は決して監査等委員会設置会社という仕組みを選択したことのみをもって反対しているわけではなく、その機関形態をオプト社において運用することに強く反対されているように思えます。

仕組みという面からいえば、監査等委員会設置会社の取締役監査等委員には、経営者の指名・報酬に関する意見決定への関与も職責に含まれますので、経営者への監督は(制度としては)十分に期待されるはずなのですが、同社の社外取締役の人数や「横滑り人事」といったことからすれば、経営者の監督は全く期待できないことのようです。また、常勤の取締役監査等委員が選任されない場合には、これまでよりも監査機能が減退することも考えられますので、そのあたりの懸念もあるのかもしれません。

ちなみにRMB社側からの提案として、これまで通りの監査役会設置会社のままで、ガバナンス・コードを意識した任意の指名・報酬委員会を設置したほうが適切、といった考え方が示されています(結局のところ、新たに社外取締役候補者を見つけてこなければ任意の指名・報酬委員会はなかなか設置できないと思いますが・・・)。

オプト社では、前年においても敵対的買収防衛策の廃止を巡り、賛否が拮抗した経緯もあったようで、今回もかなり会社側に微妙な議決権行使結果となることが予想されます。今後、RMBさんのご主張のように「コーポレートガバナンスは、経営者を管理するために機能しなければならない」ということを強調するのであれば、指名委員会や報酬委員会の設置を検討する企業も増えるはずです。ただ、そうなりますと(先日のクックパッド社の監査委員のご意見のように)会社法違反となるような経営判断がなされるリスクも無視できません。いずれにしても、監査等委員会設置会社へ移行した企業、移行を表明した企業においては、今後の参考になる一連のリリース内容かと思われます。

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2016年3月13日 (日)

会計不正-監査法人規制の先に垣間見える事後規制について

Img_0471先日、こちらのエントリー(粉飾決算の不正)にて浜田康先生の新刊をご紹介しましたが、その浜田先生のご著書の中で、「衝撃的ともいえる感銘を受けた」とされる本の序文が引用されていました。その本(左写真の古書)をなんとかアマゾンで取り寄せまして、週末、(まだ3分の1程度ですが)一生懸命に読んでおります。いや、もう読み始めたら止まらないほどワクワクする一冊でして、3年前に出版した「法の世界からみた会計監査」を執筆する前に、なぜこの本の存在を知らなかったのか・・・と思うと後悔と反省しきりです(同じ同文館出版なので、編集者の方が教えてくれてもよかったと思うのですが・・・笑)。

本書は、執筆当時の河井検事が数多くの疑獄事件を手がける中で「異常な興味と関心をもって研究を続けた」成果とご自身で紹介されています。まさに法と会計の狭間に横たわる会計粉飾事件の解決に責任を持つ立場の方だからこそ本書を書きあげられたものと推察します。4年ほど前に、こちらのエントリー(公正なる会計慣行と古田最高裁判事の補足意見)でも申し上げましたが、長銀事件最高裁判決をテーマとしたシンポにおいて、「なぜ公認会計士や会計学者の方々は、検察官出身の古田最高裁判事の補足意見を絶賛するのか」といった疑問も、検察官ご出身の河井先生の本著を読んでナットクした次第です。やはり「粉飾摘発の歴史」を知ることは重要です。

会計上の粉飾と法律上の責任(三訂版) 河井信太郎著 同文館出版 1975年 3,800円)

500頁を超える力作です。本の内容を詳細にご紹介するようりも、上記浜田先生も引用されておられる序文(初版のはしがき)をご紹介したほうがよいと思います。

一般に簿記や会計を専攻したものは、法律に暗く、逆に法律を専攻したものにとっては、簿記、会計の素養は薄いにもかかわらず、企業会計における個々の会計処理は殆どすべて法律上の効果を生ずる問題である。まことに会計の実務は簿記、会計と民、商、刑事法や証取法、税法等の交錯する谷間に発生する問題の解決にある感が深い。本書は、この点の問題点を捉えて、解明を試みたもので、会計の実務に携わる人にとっては転ばぬ先の一本の杖として、同学の士に対しては問題点提起の意味において、多少とも参考となれば、私の望外の喜びである。思うに、資本主義経済の健全育成はその病根を発見して、これを解明することにあると確信する。この病根の基盤をなすものは会計上の粉飾であり、これを解明するものは、法律上の責任の追及である

私の手元に届いたのは三訂版でして、河井先生が広島高裁検事長に就任されていたころのものですが、初版は昭和39年(1964年)に出版されていますので、河井先生が東京地検特捜部の部長だったころに執筆されたものです(特捜部長という立場でこのような大作をよくお書きになれたものだと驚きます)。

もちろん50年前と現在とでは会計や監査を取り巻く環境が違いますし、また関連法令も変わっております。しかし大きな粉飾事件が発生して、監査法人は何をしているんだ!監査役はどうしたんだ!もっと規制を厳しくしろ!といった社会的批判が渦巻く中で、期待ギャップに悩みながら市場の健全性確保、債権者保護のために関係者が尽力されているのは全く現在と変わらないことがわかります。

ただ本書は一貫して「監査役など、社長の息のかかった人間が選任されているので何の役にも立たない。会計監査人による監査でも限界がある。そもそも経営者に迎合する監査法人は商売繁盛となり、良心的な監査を行う法人は閑古鳥が鳴くであろう。だからこそ最後は法律の出番なのだ」といった持論が展開されていますので、そのあたりは会計実務に携わる方々には少し異論のあるところかもしれません。

間もなく公表される金融審議会ディスクロージャー・ワーキンググループの報告書や、すでに公表されている会計監査のあり方に関する懇談会取りまとめ報告書、経産省「企業と投資家の対話促進委員会報告書」等で論点とされている事項の理解にも有益な一冊です。

また河井先生が提言されている①弁護士法23条による照会制度に匹敵する日本公認会計士協会による照会制度や②会社法上では行政罰として規定されている株式会社の計算書類等の記帳義務違反の刑事罰化といったことも、未だ実現はされていませんが、今後の法改正の課題になるのではないでしょうか。いや、おそらく東芝事件を契機とする会計監査制度に対する新たな規制手法の実効性が認められない場合には、今度こそ事後規制としての会計監査に対する司法の積極的介入が真剣に検討されるようになるものと確信しています(IFRS全盛の時代となればなるほど、会計基準の解釈に経営者自身による見積り、価値評価が重視されればされるほど、最終的には司法権による会計制度への介入が真剣に検討されるはずです)。

本書では1964年当時に河井先生が執筆されたもう一冊「経理不正と法律上の責任」についてもしばしば言及されておられるので、そちらも取り寄せました。また読み終えましたらご紹介したいと思います。

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2016年3月11日 (金)

内部通報制度の運用はむずかしい・・・その2(内部通報者の実名伝達)

消費者庁公益通報者保護制度の実効性検討委員会の状況が、朝日新聞「法と経済のジャーナル」(有償版)で詳細にレポートされています。もしお時間があればぜひお読みいただければ幸いです。

(ここから本題ですが)児童福祉法違反容疑で児童養護施設の施設長が逮捕された事件において、男性職員が市児童相談所の対応が遅れたことを訴えるため、2015年3月、公益通報外部窓口にメールで通報したところ、当該職員は昨年12月、内部記録を持ち出したとして停職3日の懲戒処分を受けたそうです。当該職員の方は、市の人事委員会に「公益通報のためだ」として処分取消しを求める不服申し立てを行ったそうですが、その過程において、内部告発を受け付ける京都市の公益通報外部窓口の弁護士によって、通報した男性職員の氏名が、市側に伝えられていたことが判明した、とのこと(詳細に報じている京都新聞ニュースはこちらです)。

この事件で想起されるのが、ちょうど8年前の2008年3月11日に当ブログで紹介した大阪トヨタ事件ですね。大阪トヨタの社員4名が中古車架空販売によって大阪府警に逮捕された事件がありましたが、当該事件について内部通報した社員の名前を、通報窓口を担当していた弁護士が(通報者の承諾なく、氏名を)会社側に漏えいしたとして、窓口担当弁護士に懲戒処分が下された事例です。ちなみに当時のブログでは第二東京弁護士会綱紀委員会による処分を取り上げたのですが、この後、同綱紀委員会の意見を受けた懲戒委員会は、内部告発者の実名を会社側に伝えたのは(たとえ通報者の承諾があったとしても)秘密保持義務に反し、弁護士の品位を失う非行にあたるとして戒告の懲戒処分を下しています。

その理由については(綱紀委員会の認定とは異なり、会社側へ実名を伝えることの同意はあったものの)、実名を伝えることによってどれほどの不利益があるのか、そのリスクを通報者に説明せずに同意だけをもらってしまったので、「社員による自発的な同意は認められない」とされたものと記憶しています。つまり同意を得ていたとしても、実名開示による通報者の不利益に関する説明をしていなければ弁護士としての秘密保持義務に違反し、弁護士の品位を害する、というのが懲戒委員会の出した理由です。内部通報者や内部告発者が不利益取り扱いを受ける現状は、最近の裁判例などをみても顕著であり、消費者庁における公益通報者保護制度の実効性検討会のとりまとめにおいても「通報者への不利益取扱いへの罰則強化」が盛り込まれる可能性が高まっています。このような近時の風潮からすれば、通報窓口担当者の守秘義務の履行は、内部通報制度の信頼性を維持するために極めて重要であることがわかります。

ところでこのたびの京都市の事例では(上記京都新聞ニュースによると)

職員によると、弁護士は伝達を認め、職員の通報メールに「私が通報者だと推認される覚悟はある。市コンプライアンス推進室から私に直接問い合わせていただく方が効率的かとも考えている」と記載していたことを理由に挙げたという。

とあります。たしかに、このような内容のメールが外部窓口担当弁護士のもとに届いたのであれば(それまでの通報者と弁護士とのやりとりもありますので)、「実名を伝えるのが妥当」と当該弁護士が判断したのもやむをえないようにも思えます。しかしながら、(京都新聞ニュースでコメントをされている)消費者庁公益通報者保護制度実効性検討委員会の副座長もされている升田純先生(中央大法科大学院教授)が指摘されている内容(内部告発者の実名を伝えることが、不利益な取り扱いのきっかけになることもある。告発者が明確に了承していない限り、匿名のままにして保護すべきで、あいまいな回答や判断を基に伝えることは許されない)、および先の懲戒委員会における懲戒理由を前提とすれば、外部窓口担当弁護士としては実名開示による不利益取り扱いを受けるリスクを十分に説明したうえで、また、京都市が実際に調査を開始する意向があることを確認したうえで実名を伝達する、といった、より慎重な配慮が求められたのかもしれません。

この京都市の事件を詳細に読むと、当該男性職員は市議に「内部告発」をしたのですが、誰が「内部告発」をしたのか、京都市が調べたところ、以前に「内部通報」をした当該男性が浮上したため告発者が判明した、ということのようです。したがって弁護士による実名伝達行為がなければ懲戒処分もなされなかった可能性があると考えますと、本当に内部通報制度の運用は難しいなあと改めて感じます(本件には、市役所が保管する重要書類を第三者に渡した行為の違法性・・・という論点もありますが、たいへん長くなりましたので、それはまた別途考察したいと思います)。

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2016年3月 9日 (水)

監査等委員会設置会社への移行に反対する機関投資家登場

(3月9日午前11時30分更新)

消費者庁の公益通報者保護制度の実効性検討委員会も、いよいよ報告書案の審議入りとなりまして、大詰めを迎えています(本日の委員会を報じるTBSニュースでは、私も手前に映っています)。ただ、法制化についてはまだまだ検討しなければならないことが多いので、舞台はワーキングチームに移る予定です。

さて本題ですが、3月5日の日経ニュースで知ったのですが、米系運用会社(RMBキャピタルさん)がオプトホールディングスさんの定款変更議案に対して反対の意向を示しており、他の株主にも同調を訴え、委任状争奪戦も視野に入れていると報じられています。問題の定款変更議案は「監査役会設置会社から監査等委員会設置会社への移行」に関する議案(特別決議が必要)で、反対の理由は

「社外取締役が少数株主の目線で役員の選任・解任や報酬に関与する仕組みを欠いている点を懸念」「企業統治の要諦は株主利益を毀損するような社長をきちんと解任できる仕組みにある、オプトの経営体制は株主保護の取り組みが不十分」

とのこと(あくまでも上記日経の記事からの抜粋、ということでのご紹介)。

「仕組み」という点から考えますと、監査役会設置会社よりも監査等委員会設置会社のほうが役員の選任・解任、報酬に(社外取締役が)関与する仕組みだと思われますし、これまで議決権を持たなかった社外監査役の方々が、議決権を有する取締役監査等委員に就任するわけですから、むしろ「社長をきちんと解任できる仕組み」と言えそうです。また、オプトさんは機関形態の移行のお知らせと合わせて敵対的買収防衛策の廃止についても開示しているのですから、ガバナンス・コードへの対応としても積極的だと評価できるようにも思えます。ではなぜ運用会社は委任状争奪戦を視野に入れてまで反対されるのでしょうか。

この話題のときは毎度申し上げるところですが、私はすべての監査等委員会設置会社への移行に反対しているわけではなく、迅速な経営判断と監査の重要性をいずれも重視する戦略をとる企業であればすぐにでも監査等委員会設置会社に移行すべきであり、ただ、「適当な社外取締役候補者がみつからない」とか「複数の社外取締役選任というコードへのアリバイ工作のため(制度対応のため)」といった後ろ向きの姿勢で監査等委員会設置会社へ移行することは企業価値を低減させてしまう、という考え方です。「形から実質へ」と議論が移っているガバナンス改革においては、このような考え方も次第に多数派となりつつあるのではないかと。

米系運用会社としては、「あるべき仕組」として指名委員会等設置会社を念頭に置き、指名委員会、報酬委員会の存在しない監査等委員会設置会社への移行について反対をされているのかもしれません。コーポレートガバナンス・コードにコンプライする企業であれば、監査役会設置会社であっても任意で指名委員会、報酬委員会を設置するであろう、そしてそこに独立した社外取締役が複数関与するであろう、そういった仕組も検討することなく監査等委員会設置会社に移行するということは企業価値を低減させる、という理屈ではないかと思われます。これまで上場会社の選択できる機関形態は二つしかなかったのですが、これが三つになりましたので、機関投資家としても「なぜその機関形態を選択したのか」といったことに関心が高まり、その分会社側の説明責任も重いものになります。

また、仮に「仕組み」自体には問題ないとしても「運用」について問題視している可能性があります。米系運用会社としては、監査等委員会設置会社へ移行すること自体に反対しているのではなく、たとえば①これまでの3名の監査役さんが全員、取締役監査等委員に「横滑り」していること、②監査等委員を構成する社外取締役さん以外には独立社外取締役さんを新たに選任していないこと、③補欠監査等委員も選任せず、必要最低限の人数の監査等委員のみ候補者として掲げているということは、そもそも社長とケンカをしてでも異論を唱える予定のない人たちばかりが監査等委員に選任されていると思われること、といったこと(制度の運用面)が原因で反対をされているのかもしれません。

いずれにしても、仕組みよりも運用に光が当たるガバナンス改革となれば、会社の施策については積極的に株主と対話を行うことで相互の理解を深めていく必要があります。オプトさんも、機関投資家と個別に「監査等委員会設置会社に移行する理由」「取締役監査等委員が、会社法399条の2、3項3号に基づいて個別取締役の指名や報酬決定に関与する仕組み」を説明することで、ある程度の理解を得られるようになるのではないでしょうか(少し甘いですかね??ちなみに、この運用会社さんは、日本株の運用実績を高めているようなので、他の監査等委員会設置会社移行表明企業に対する意見についても知りたいところです)。

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2016年3月 7日 (月)

コーポレートガバナンス・コードとクックパッド社監査報告書の「両成敗でいいじゃない」

すでにいろいろなネットメディアで話題になっておりますクックパッド社(2193)の監査報告書ですが、ひさびさの「モノ言う監査役の乱」シリーズ(正確には同社は指名委員会等設置会社なので監査委員の乱、ということですが)にふさわしい内容です。(当該監査報告書が掲載されているクックパッド社第12回定時株主総会招集通知はこちら)。

ご承知のとおり、昨年末から今年2月初めにかけて、同社経営陣による支配権争いが表面化したわけですが、紛争勃発から手打ちまでの舞台裏を、同社社外取締役監査委員が(後発事象としてではありますが)が明らかにして、一連のゴタゴタに関する法的評価を下しておられます(監査役の有事対応を考えるにあたっても非常に参考になります)。ちなみに指名委員会等設置会社の監査委員会は組織的監査を行いますので、監査委員ひとりひとりが独任制の機関ではございません。ただ、監査委員会としての報告の中で、おひとりの監査委員(たいへん有名な法律家の方)が「補足意見」を述べおられ、その「補足意見」がなかなかに読みごたえがあります。私が同じ監査委員の立場であればどのような対応をしただろうかと、真剣に悩む事例です。

コーポレートガバナンス・コード原則4-4、同4-5は、上場会社の監査役等に対してボードの監督機能の一翼を担うべきことを要請しており、これにコンプライする上場会社の監査役等は、積極的・能動的に権限を行使し、また経営判断の妥当性についても能動的に意見を表明することが求められます。この監査委員の補足意見のように、たとえ違法とは言えないまでも、取締役の職務執行の妥当性に問題あり、と考える監査役等は積極的に意見表明を行うことが投資家の議決権行使にとっては有益と考えられます(だからこそ、このたびのコード4-4、4-5にコンプライすることを表明しながら、社外取締役と社外監査役に報酬の差を設けている上場会社に対しては、私はその報酬の差が存在する理由を明確に株主総会で説明していただきたいと考えるところです)。

クックパッド社は、指名委員会等設置会社の機関形態を選択していますので、指名委員会、報酬委員会は必要的機関(設置が強制される機関)です。取締役候補者の人選にあたっては、社外取締役が過半数を占める指名委員会において実質的な決定がなされる必要があるわけです。私は同社の内部事情は存じ上げませんので、このような監査報告がなされた背景には社内力学が働いている可能性も否定できません。しかし、この監査報告書(補足意見)で述べられている経営権争いの「和解」として、総会上程議案とされた取締役候補者が決定された経緯が真実であるならば、同社の指名委員会の権限は経営陣によって完全に無視されたこととなり、会社法違反の疑いも浮上するのではないでしょうか。監査委員のおひとりが、43%の株式を保有する創業者取締役の対応に厳しい法的意見を述べつつも、最終的には現経営陣も含めた「両成敗」の形で双方に警告を発しているのは、やはりコーポレートガバナンス・コードを実施する上場会社が、取締役会の実効性を全く無視した形でこのような紛争を解決したことを問題視したからだと推察いたします。

もちろん社外取締役が中心となる指名委員会及び有事対応として構成された特別委員会の判断が大株主の意向に沿わない場合には、最終的には取締役交代ということで判断が覆されることは予想されます。したがって指名委員会においても、大株主の意向が企業価値向上や少数株主保護の見地から妥当ではないと思いつつも、紛争の長期化を回避して企業価値の毀損を防ぐために「グッと飲みこむ」こともやむをえないところがあります。しかし少数株主保護の見地から妥当ではないと考えるのであれば、ガバナンス・コード原則4-3(取締役会による支配株主等関連当事者との利益相反の管理)、同4-7(社外取締役による支配株主と取締役との利益相反に関する監視・監督)に従った行動が各取締役に求められるはずです。これらの原則にコンプライしている以上、はたして各取締役がコードに沿った行動をとっていたと評価できるのか、一般株主に判断してもらうためにも、監査委員はこのような一連の事実経過を情報として株主に提供をすべきであり、後は一般株主との対話や議決権行使に委ねるべきものと考えられます。

ところで、この監査報告(補足意見)を読みますと、当該監査委員は、今回退任を予定してキビシイ意見を述べておられるものの現経営陣、創業者取締役いずれに対しても、株主代表訴訟等にならないように・・・との愛情を感じるのは私だけでしょうか。ここまでゴタゴタの内幕を明らかにしたのはこういった支配権争いが表面化した場合には、法的責任ではなく経営責任によって解決されるべき、との監査委員の判断があったのかもしれません。コード補充原則1-2では、上場会社は株主総会において株主が適切な判断を行うことに資すると考えられる情報については、必要に応じ適格に提供すべき、と規定されています。取締役(取締役会)がこのような情報を提供していないと判断した監査役等としては、コード原則4-4における受託者責任を尽くすためにも監査報告を積極的に活用しなければならないと考えます。有事に直面した監査担当役員の身の処し方として、クックパッド社の実例は実務上参考になるものと思いました。

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2016年3月 4日 (金)

「第三者委員会制度」に対する期待ギャップを考える

弁護士等の有志による「第三者委員会報告書格付け委員会」は、2月下旬、東洋ゴム工業免震積層ゴムの認定不適合に関する(社外調査チームによる)「調査報告書」(公表版)の格付け結果を公表しました。これに対して、同報告書を作成した社外調査チームの代表者の方から、3月1日付けで反論書が同委員会に届き、その内容も公表されています(委員会に反論書が届くのは初めてですね)。ちなみに同委員会の委員による個別意見は、この調査報告書に対しては評価が分かれていますが、「不合格(F)」評価を下した委員が4名もいらっしゃるという点が特徴です。

私自身は昨年、この格付け委員会活動の一環である「優れた第三者委員会の表彰制度」の事務局を務めておりますので、上記調査報告書への個人的評価をここで行うことは(今後の表彰制度のあり方からみても)適切ではありませんので控えます。ただ、委員の方々の個別評価、また報告書作成責任者の方の反論を読み、企業不祥事が発生した際の第三者委員会報告書の役割について、あらためて考える点は以下のとおりです。

昨年出版された「会社法罰則の検証」(山田泰弘・伊東研祐編 日本評論社)の拙論稿でも詳細に書かせていただきましたが、ステークホルダーに多大な損害を生ぜしめるような企業不祥事への刑事罰適用は、企業の自浄能力の欠如が明確になった場合に初めて発動されるべきであり、少なくともソフトローによって自律的行動が期待できるかぎりにおいては抑止的でなければならないと考えています。これは最近取引所から公表された「上場会社の企業不祥事対応のプリンシプル」も、同様の趣旨で描かれているものと理解しています。

このたびの東洋ゴム工業さんの免震ゴム偽装事件については、その後に発覚した防振ゴム偽装事件とは関係なく、一部取引先団体の告発によって刑事捜査が開始されるようです(たとえば読売新聞ニュースはこちら。先日、告発が受理されたことが報じられています)。地検特捜部は同社の自浄作用の発揮が期待できないことから、もはや組織としての再発防止やガバナンス体制の構築は、国家権力による強制力を行使しなければ解明できないものと判断したのではないでしょうか。仮に調査チーム(第三者委員会型ではなく、あえて調査チーム型と言いますが)の選定過程や人選が公正であり、ごく普通の(つまり専門家ではない)読み手の方々の素朴な疑問に真正面から応えるような原因究明がなされているのであれば、企業側が企業風土改革に自主的に乗り出すインセンティブになりうるはずです。

日弁連作成の第三者委員会ガイドライン(これもソフトローと言えます)に準拠する第三者委員会の設置だけが推奨されるべきとは申しませんが、やはり「どうすれば社会から不祥事への適切な対応を企業が行ったと評価されるのか」という「外から目線」での危機対応には配慮が求められるものと考えます。どのような調査チームで臨むにせよ、「調査報告書」に求められる社会からの期待は公共財的な役割です。一方、これだけ第三者委員会の活動が増えてくると、不祥事を起こした企業側が「調査報告書」に求めるのは企業の信用回復、いや企業ではなく企業経営者の危機管理への期待です。最近ますます社会からの期待と企業からの期待とのギャップが大きくなっていることは深刻な問題です。

たとえば会計不正事件に目を向けると、公共財的な意味を持たない「調査報告書」に何度も監査法人がNOを突き付ける場面が出始めています。粉飾や違法配当の根本原因を見極められない第三者委員会報告書が続出すれば、おそらく「会計基準への適合違反」を司法が積極的に追及する風潮を助長し、会計制度、監査制度に著しい副作用をもたらすことにもなりかねません。「調査チーム」であれ「第三者委員会」であれ、法的枠組みの存在しない中で、いかにして企業と社会との共存を図るのか、不祥事発生の背景事情にまで踏み込まなければ企業が社会からの信頼を失ってしまうことになりかねません(企業活動が不正の発生リスクを抱えつつも、社会にとって有用と認められて活動を許されていることの当然の帰結だと思います)。

このような意見を持つ私にとって、上記格付け委員会のマスコミ代表委員の方の下記意見に、真摯に耳を傾けたいと思います。

むき出しの強欲や功利主義の害を緩和するため、市場経済は様々な自律的な歯止めを設けてきた。お上による規制とは別に、企業が自律的に不祥事の社会的責任を果たす手立てとしての第三者委員会もその一つで、客観性と透明性を捨てて、調査効率だけを求めると、企業にとっては逆効果となりかねない。

もし私が第三者委員会の委員長候補になったとすれば、この委員の方のフレーズを、十分経営者の方にナットクしていただいた上で就任する必要があると痛感するところです。最近のコーポレートガバナンス改革の中でも感じるところですが、結局「企業はなんのために存在するのか」(ガバナンスは目的ではなく手段である)という深遠なテーマと通じるところがあるのかもしれません。

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2016年3月 1日 (火)

粉飾決算-問われる監査と内部統制

Funshokukessann001東芝会計不正事件に関する第三者委員会報告書によると、PC部門の赤字見込みの報告を受けて、当時のCEOが「こんな数字は恥ずかしくてとても外に出せない」と言い、これを聞いた現場が粉飾に走ったそうです(同報告書222頁)。いっぽう日立社は1985年から2010年までの間、合計6回の赤字決算を公表し、なかでも1998年には大幅な損失を計上して改革への機運が高まったそうです。東芝さんも日立さんも、同じ監査法人が担当していたわけですが、会計監査人として、東芝さんの監査を継続する上でこのような両社の業績の違いをどのように受けとめておられたのか、とても興味深いところです。

さて、当ブログにお越しの方々にとっては、まさに「ど真ん中ストライク」の一冊をご紹介します。過去「不正を許さない監査」「会計不正」(いずれも日本経済新聞出版社)など、当ブログで何度も引用させていただいた浜田康氏の新刊です。一般の方々に「法と会計の狭間の問題」を知っていただきたい、とりわけ序章でも触れられているとおり、法律専門家があまりにも会計を知らない、少し会計のことを勉強していただきたい、との思いから、最近の粉飾決算事例をもとに監査の在り方、企業の内部統制の意義について極めてわかりやすく書き下ろされたものです。

「粉飾決算-問われる監査と内部統制」(浜田康著 日本経済新聞出版社 2,400円税別)

まず驚くのは468頁に及ぶ力作であるにもかかわらず、このお値段。本書には読者の理解を進めるために多くの図表が掲載されていますが、そのほとんどが著者オリジナルということからしても、この価格は驚異的です。著者の浜田氏は、中央青山監査法人、あずさ監査法人で代表社員を務められた後、現在は青学大学院会計プレフェッション研究会で教授を務めておられます。468頁のどこを読んでも、浜田氏の粉飾決算に関するオリジナルな見解(第一次的情報)にあぶれています。長銀事件最高裁判決に対する(元金融機関の監査人としての)「公正なる会計慣行」の捉え方への疑問、三洋電機損害賠償事件判決に対して「経営判断原則」を適用することに関する疑問(これは拙著「不正リスク・有事対応」でも疑問を呈しているところですが)などもたいへん興味深いのですが、おそらく読者の関心が一番向けられるのが東芝会計不正事件に対する監査の在り方(140頁に及ぶ)ではないでしょうか。ひょっとすると、本書を一番熟読されるのはS有限責任監査法人の関係者の方々かもしれません。

東芝事件について、企業側に焦点を当てた書籍はすでに発売されていると思いますが、会計監査人として「どのように監査をすべきだったのか」という点に光を当てて書かれた本は初めてだと思います。具体的には工事進行基準の適用、PC部品取引(有償支給取引)に対する監査をとりあげておられます。先日、東芝の会計監査人に行政処分が下されたわけですが、本来ならばこのような監査をすべきだったのに、それができなかった、つまり監査上の重大な不備があったと具体的に解説をされているところが本書の醍醐味です。できることなら、本書で浜田氏が指摘している「監査上の不備」とされている諸点について、当該監査法人さんからの公式な反論を聞いてみたいところです。本書が468頁に及ぶ大部となったのは、長銀事件、三洋電機事件、東芝事件いずれにおいても、会計素人である読み手に「実はこのような問題があるのです」と理解させるための浜田氏の熱意によるものであることが(読み進めているうちに)わかります。

これからの会計処理は、ますます経営者の見積もり、将来予測、公正価値評価に依拠せざるをえません(それが会計制度に与えられた社会的使命である相対的真実主義の帰結だと思います)。しかし、粉飾決算は犯罪であり、最終的には司法による会計制度への介入は避けられないのです。だからこそ粉飾決算を防止するためには経営者の倫理観、企業の自浄作用に(まずは)委ねられるべきです(司法制度が会計制度に介入することの副作用の大きさが、本書では長銀事件最高裁判決の再検討、三洋電機事件判決の残された課題へのアプローチで示されています)。つまり会計制度の適切な運用のために、経営者には特権が付与されているのであるからこそ、その特権は誠実に行使されなければならない(誠実性に疑問が生じた場合には自浄作用を発揮しなければならない)、ということがよく理解できます。そして監査制度においても、監査法人は自らの失敗を認め、どこに原因があったのか、徹底した自浄作用をもって調査を行い、その結果を社会インフラとして公表していくべき時代が到来しつつあるのではないかと感じます。必読の一冊であります。

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