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2016年3月11日 (金)

内部通報制度の運用はむずかしい・・・その2(内部通報者の実名伝達)

消費者庁公益通報者保護制度の実効性検討委員会の状況が、朝日新聞「法と経済のジャーナル」(有償版)で詳細にレポートされています。もしお時間があればぜひお読みいただければ幸いです。

(ここから本題ですが)児童福祉法違反容疑で児童養護施設の施設長が逮捕された事件において、男性職員が市児童相談所の対応が遅れたことを訴えるため、2015年3月、公益通報外部窓口にメールで通報したところ、当該職員は昨年12月、内部記録を持ち出したとして停職3日の懲戒処分を受けたそうです。当該職員の方は、市の人事委員会に「公益通報のためだ」として処分取消しを求める不服申し立てを行ったそうですが、その過程において、内部告発を受け付ける京都市の公益通報外部窓口の弁護士によって、通報した男性職員の氏名が、市側に伝えられていたことが判明した、とのこと(詳細に報じている京都新聞ニュースはこちらです)。

この事件で想起されるのが、ちょうど8年前の2008年3月11日に当ブログで紹介した大阪トヨタ事件ですね。大阪トヨタの社員4名が中古車架空販売によって大阪府警に逮捕された事件がありましたが、当該事件について内部通報した社員の名前を、通報窓口を担当していた弁護士が(通報者の承諾なく、氏名を)会社側に漏えいしたとして、窓口担当弁護士に懲戒処分が下された事例です。ちなみに当時のブログでは第二東京弁護士会綱紀委員会による処分を取り上げたのですが、この後、同綱紀委員会の意見を受けた懲戒委員会は、内部告発者の実名を会社側に伝えたのは(たとえ通報者の承諾があったとしても)秘密保持義務に反し、弁護士の品位を失う非行にあたるとして戒告の懲戒処分を下しています。

その理由については(綱紀委員会の認定とは異なり、会社側へ実名を伝えることの同意はあったものの)、実名を伝えることによってどれほどの不利益があるのか、そのリスクを通報者に説明せずに同意だけをもらってしまったので、「社員による自発的な同意は認められない」とされたものと記憶しています。つまり同意を得ていたとしても、実名開示による通報者の不利益に関する説明をしていなければ弁護士としての秘密保持義務に違反し、弁護士の品位を害する、というのが懲戒委員会の出した理由です。内部通報者や内部告発者が不利益取り扱いを受ける現状は、最近の裁判例などをみても顕著であり、消費者庁における公益通報者保護制度の実効性検討会のとりまとめにおいても「通報者への不利益取扱いへの罰則強化」が盛り込まれる可能性が高まっています。このような近時の風潮からすれば、通報窓口担当者の守秘義務の履行は、内部通報制度の信頼性を維持するために極めて重要であることがわかります。

ところでこのたびの京都市の事例では(上記京都新聞ニュースによると)

職員によると、弁護士は伝達を認め、職員の通報メールに「私が通報者だと推認される覚悟はある。市コンプライアンス推進室から私に直接問い合わせていただく方が効率的かとも考えている」と記載していたことを理由に挙げたという。

とあります。たしかに、このような内容のメールが外部窓口担当弁護士のもとに届いたのであれば(それまでの通報者と弁護士とのやりとりもありますので)、「実名を伝えるのが妥当」と当該弁護士が判断したのもやむをえないようにも思えます。しかしながら、(京都新聞ニュースでコメントをされている)消費者庁公益通報者保護制度実効性検討委員会の副座長もされている升田純先生(中央大法科大学院教授)が指摘されている内容(内部告発者の実名を伝えることが、不利益な取り扱いのきっかけになることもある。告発者が明確に了承していない限り、匿名のままにして保護すべきで、あいまいな回答や判断を基に伝えることは許されない)、および先の懲戒委員会における懲戒理由を前提とすれば、外部窓口担当弁護士としては実名開示による不利益取り扱いを受けるリスクを十分に説明したうえで、また、京都市が実際に調査を開始する意向があることを確認したうえで実名を伝達する、といった、より慎重な配慮が求められたのかもしれません。

この京都市の事件を詳細に読むと、当該男性職員は市議に「内部告発」をしたのですが、誰が「内部告発」をしたのか、京都市が調べたところ、以前に「内部通報」をした当該男性が浮上したため告発者が判明した、ということのようです。したがって弁護士による実名伝達行為がなければ懲戒処分もなされなかった可能性があると考えますと、本当に内部通報制度の運用は難しいなあと改めて感じます(本件には、市役所が保管する重要書類を第三者に渡した行為の違法性・・・という論点もありますが、たいへん長くなりましたので、それはまた別途考察したいと思います)。

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