粉飾決算-問われる監査と内部統制
東芝会計不正事件に関する第三者委員会報告書によると、PC部門の赤字見込みの報告を受けて、当時のCEOが「こんな数字は恥ずかしくてとても外に出せない」と言い、これを聞いた現場が粉飾に走ったそうです(同報告書222頁)。いっぽう日立社は1985年から2010年までの間、合計6回の赤字決算を公表し、なかでも1998年には大幅な損失を計上して改革への機運が高まったそうです。東芝さんも日立さんも、同じ監査法人が担当していたわけですが、会計監査人として、東芝さんの監査を継続する上でこのような両社の業績の違いをどのように受けとめておられたのか、とても興味深いところです。
さて、当ブログにお越しの方々にとっては、まさに「ど真ん中ストライク」の一冊をご紹介します。過去「不正を許さない監査」「会計不正」(いずれも日本経済新聞出版社)など、当ブログで何度も引用させていただいた浜田康氏の新刊です。一般の方々に「法と会計の狭間の問題」を知っていただきたい、とりわけ序章でも触れられているとおり、法律専門家があまりにも会計を知らない、少し会計のことを勉強していただきたい、との思いから、最近の粉飾決算事例をもとに監査の在り方、企業の内部統制の意義について極めてわかりやすく書き下ろされたものです。
「粉飾決算-問われる監査と内部統制」(浜田康著 日本経済新聞出版社 2,400円税別)
まず驚くのは468頁に及ぶ力作であるにもかかわらず、このお値段。本書には読者の理解を進めるために多くの図表が掲載されていますが、そのほとんどが著者オリジナルということからしても、この価格は驚異的です。著者の浜田氏は、中央青山監査法人、あずさ監査法人で代表社員を務められた後、現在は青学大学院会計プレフェッション研究会で教授を務めておられます。468頁のどこを読んでも、浜田氏の粉飾決算に関するオリジナルな見解(第一次的情報)にあぶれています。長銀事件最高裁判決に対する(元金融機関の監査人としての)「公正なる会計慣行」の捉え方への疑問、三洋電機損害賠償事件判決に対して「経営判断原則」を適用することに関する疑問(これは拙著「不正リスク・有事対応」でも疑問を呈しているところですが)などもたいへん興味深いのですが、おそらく読者の関心が一番向けられるのが東芝会計不正事件に対する監査の在り方(140頁に及ぶ)ではないでしょうか。ひょっとすると、本書を一番熟読されるのはS有限責任監査法人の関係者の方々かもしれません。
東芝事件について、企業側に焦点を当てた書籍はすでに発売されていると思いますが、会計監査人として「どのように監査をすべきだったのか」という点に光を当てて書かれた本は初めてだと思います。具体的には工事進行基準の適用、PC部品取引(有償支給取引)に対する監査をとりあげておられます。先日、東芝の会計監査人に行政処分が下されたわけですが、本来ならばこのような監査をすべきだったのに、それができなかった、つまり監査上の重大な不備があったと具体的に解説をされているところが本書の醍醐味です。できることなら、本書で浜田氏が指摘している「監査上の不備」とされている諸点について、当該監査法人さんからの公式な反論を聞いてみたいところです。本書が468頁に及ぶ大部となったのは、長銀事件、三洋電機事件、東芝事件いずれにおいても、会計素人である読み手に「実はこのような問題があるのです」と理解させるための浜田氏の熱意によるものであることが(読み進めているうちに)わかります。
これからの会計処理は、ますます経営者の見積もり、将来予測、公正価値評価に依拠せざるをえません(それが会計制度に与えられた社会的使命である相対的真実主義の帰結だと思います)。しかし、粉飾決算は犯罪であり、最終的には司法による会計制度への介入は避けられないのです。だからこそ粉飾決算を防止するためには経営者の倫理観、企業の自浄作用に(まずは)委ねられるべきです(司法制度が会計制度に介入することの副作用の大きさが、本書では長銀事件最高裁判決の再検討、三洋電機事件判決の残された課題へのアプローチで示されています)。つまり会計制度の適切な運用のために、経営者には特権が付与されているのであるからこそ、その特権は誠実に行使されなければならない(誠実性に疑問が生じた場合には自浄作用を発揮しなければならない)、ということがよく理解できます。そして監査制度においても、監査法人は自らの失敗を認め、どこに原因があったのか、徹底した自浄作用をもって調査を行い、その結果を社会インフラとして公表していくべき時代が到来しつつあるのではないかと感じます。必読の一冊であります。
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コメント
清野憲一『実践・財務捜査』。。。
投稿: unknown1 | 2016年3月 3日 (木) 07時28分
やっと第1章(長銀事件)を読み終わりました。
自身が30代半ば~40代半ばで不良債権処理の渦中にいましたので、会計に対する当時の自身の認識の浅さ(今も大したことはないですけど)に愕然としました。
できれば法律の側からのご意見もお伺いしたいところです。
125頁5行目に「津峡外為市場」という不思議な誤変換がありますが、もちろん重箱の隅です。
投稿: skydog | 2016年3月23日 (水) 18時30分
unknown1さん、ご教示ありがとうございます。存じ上げませんでしたが、本格的な刑事捜査教本のようなので早速注文をいたしました。またどれくらいかかるはわかりませんが(笑)、読み終えましたら雰囲気だけでもお伝えしたいと。。。
skydogさん、おひさしぶりです。おっしゃるとおり法律家の側からの意見も出していかねばと思っています。私自身の意見は大いにあるのですが(笑)ここで述べるには時間が必要です。
投稿: toshi | 2016年3月23日 (水) 22時57分
いつも勉強させていただいております。
最近、東芝の社内メールを載せた月刊誌の記事がありました。想定はされましたが、精神的にはショックでした。併せて、メールという手法を用いたことに、驚きました。
現職の弁護士として、一流企業の幹部ともあろうものが、メールなどという履歴が残るもので、粉飾関係のやりとりをすることに、どのような感想をお持ちになったでしょうか。電話ですべきでしょう。それとも電話は盗聴されるとでも。私としては、倫理的な問題は別として、メール使用という事実に、ある意味、リスク感覚が完全に甘いかもしれないと感じました。これで世界で戦えるのか。もちろん、単純に甘いとは言い切れない面もあります。あまり詳しく書けませんが。
さて、「会計監査人として、東芝さんの監査を継続する上でこのような両社の業績の違いをどのように受けとめておられたのか、とても興味深いところです。」の件ですが、当該会計監査人の監査意見審査の仕組みがどうなっていたか、それは外からはわかりませんが、
すくなくとも、担当会計士(担当パートナーや、補助者)は、両者を兼務することはなかったと思います。よって、同業他社の情報をどの程度共有する場が設けられていたか、守秘義務の関係からは微妙な問題です。
確実なところは、まったく、関与していない会社の公開情報と同じレベルの情報はたしかに入手し、比較はそれなりにしていただろうと思いますが、
それ以上は、どうなのか、分からないと思います。
繰り返しになりますが、同一事務所内で、同一業界のクライアント情報をどの程度、共有する仕組みがあるのか(例えば、ある種の新種の商取引の会計処理など、どう考えていくか、これは必要です。また、クライアントも、業界で集まり、情報交換しています。ひょっとすると、対・監査人対策を含め?)。せいぜい、意見審査の仕組みの中で、審査委員会などの段階では情報共有がある程度あるはずですから、そこが砦だと思います(東芝、日立、そういうクラスなら、本部の審査委員会に掛からないということはないと思います)。
なお、当該会計監査人においても、社内ローテーションで、両者を経験したものが稀にはいるかもしれません。現場のインチャージ未満の立場でなら、いたかもしれません。もしも居ましたら、インタビューしたいところでしょう。
投稿: 浜の子 | 2016年3月26日 (土) 16時27分