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2016年4月22日 (金)

厳格な監査の前提となる「オオカミ少年監査」を考える

(4月22日午前 追記あり)

竹野内豊さんと松雪泰子さんが共演する企業法務モノ弁護士ドラマが始まりました。どなたが法律監修をされていらっしゃるのかは存じ上げませんが、いやいやリアルです。東京駅近くに拠点を構える(?)大手法律事務所の先生方にぜひともご覧いただきたい!(タイムチャージの相場やアソシエイト弁護士の訴訟対応についてのご感想もお聞きしたい!)と感じたのは私だけでしょうか?(いや、別に嫌味でもなんでもございませんが・・・)

さて、7月から日本公認会計士協会の会長に就任される方のインタビュー記事によると、企業の会計監査を担当する会計士に不正事例の研修を義務付けられるそうですね(4月19日日経新聞朝刊より)。このたびの東芝事件による会計士の信用不安に対する対応のひとつですが、十分な監査時間の確保、監査報酬の引き上げ等に対する企業の理解を得る目的もあるのかもしれません(なお、次期会長さんの19日毎日新聞インタビュー記事のほうでは、とても共感できる提言をされており、また別のエントリーで話題にさせていただきたいと思います)。ちなみに4月1日の日経新聞では、監査法人が外部の目を採用して厳格監査に励む、との紹介記事もありました。

監査法人や監査役さん方が、会計不正に厳格な姿勢で取り組むことは素晴らしいと思いますが、いつも監査役さんや監査法人さんの危機対応を間近でみている立場からすれば、どうか「オオカミ少年」になることを怖がらないでください!と申し上げたい(これはもちろん自戒を込めて、そう強調したいところです)。会計不正など、会社側が本気で隠した場合には、平面図ではわかるはずもなく、時間軸を持った立体図で(たとえば3期分を比較して)ようやく不正の疑惑に気付くのが通常の経過ではないかと。しかも「疑惑」が「投資行動に影響を及ぼしうるほどの重要性のある会計不正」と確信できることは稀です。

したがって、監査役さんや監査法人さんが「これは不正ではないか?」と声を上げるにあたっては、10回中7回は「グレーだが不正は認定できなかった」との結論に至り、「あの監査役、あの監査法人はオオカミ少年だ!いいかげんなことばっかり言いやがって、何を考えているんだ」と会社側から批判され、情報を遮断される、契約を解消される、法人の信用を落とす、といったリスクも覚悟しなければならないと考えます。それが嫌であれば、疑惑を見つけても声を上げることもせず、勇気のない自分を「時間がない」といった理由で慰めながら不正を見逃してしまうリスクを甘受すべきです。そして内部告発や金融庁からの要請が先行するような、誰がみてもおかしな会計不正、今自分たちが「おかしい」と声をあげないと今度は自分たちが法的リスクを抱えてしまうと思われる会計不正だけに手を上げる・・・といった状況に甘んじることになり、今後も東芝事件はときどき繰り返されることになります。

結局のところ、私は監査法人さんや監査役さんが「オオカミ少年」と呼ばれることを覚悟しなければ、今以上の厳格な会計監査は困難だと思います。もちろんフォレンジック調査を導入し、個々の会計士のスキルを磨き、監査法人さんの品質を向上させることで、このオオカミ少年リスクを低減させることはできるでしょう。しかし最後は個々の監査人が不正の有無を判断するのですから、オオカミ少年リスクがなくなることはありません。それどころか、最近は監査法人が「不正疑惑」を指摘した場合には、(ご承知の方も多いと思いますが)法律事務所が会社側について「もしそちらの主張を通して当社が上場廃止になった場合、貴法人はどのように責任をとるつもりなのか」といった質問を繰り返し、また大手監査法人のコンサルタントチームが会社側をバックアップして会計処理の適正性を主張する、といった事態が増えることは間違いありません。そのような状況のなかで、監査法人さんは(追加報酬請求の拒絶や契約解消の意思表明におびえながらも)不正疑惑を解明する姿勢を示さなければならないのです。

それでも監査法人側が「不正と闘う」意思を明確に示しうるためには、「不正あり」と声を上げたにもかかわらず、不正の認定はできなかったということが上場企業の監査一般に「普通にありうる」といった土壌を形成する必要があります。監査基準委員会報告書240、同250あたりを活用して、会計監査を担当する監査法人の意見形成に関与できる法律家を増やす努力も必要かもしれません。もしくは、「それではあまりにも市場を混乱させてしまうことになり、弊害が大きい」といった意見が強いのであれば、そもそも不正の有無にかかわらず、会計不正を発生させる危険性の高い内部統制の不備をきちんと情報開示できるJ-SOXの運用を市場で形成する、といった方策も考えられます。3年ほど前に、J-SOXの効率性を上げるための法改正はなされましたが、未だに有効性を上げるための法改正はなされていません。本当に不正会計を許さない会計監査を目指すのであれば、監査法人さんや監査役さんが「おかしい」とか「取締役会(統制環境)に不備がある」といった声を上げやすい監査環境を早期に構築する必要があると思います。

(追記)

本文とは関係ありませんが、監査法人の国際監督機関IFIARの本部事務局が東京に設置されるとのこと、まことにおめでとうございます。やはり大手町のフィナンシャルタワーに設置されるのでしょうか?苦節5年?会計教育研修機構さん等、会計監査関係者の皆様方ががんばってきた甲斐があったのではないかと。

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コメント

「それでも監査法人側が「不正と闘う」意思を明確に示しうるためには、「不正あり」と声を上げたにもかかわらず、不正の認定はできなかったということが上場企業の監査一般に「普通にありうる」といった土壌を形成する必要があります。」という部分、本当にそうだと思います。上場企業が数千社ある以上、毎年、開示遅れが100社以上あって当然だと思います。監査意見の部分的な差控でもあろうものなら上場廃止みたいなルールで動いている限り、オオカミ少年にはなれないと思います。万一、問題があるとは言い切れないという結論になった場合、風評被害で訴えられるようなリスクも考えながらきちんとした監査なんてやってられないというのが現場の声だと思います。アメリカより2週間も早く監査報告書を出さなければいけない状態が、「グローバルな監査」と言えるのでしょうか?

投稿: ひろ | 2016年4月22日 (金) 08時54分

先生は正論がはけていいですね。そんなことしたら辞めろと言われるのは当然です。もっと現実を見据えた話をしてくださいね。

投稿: のぞみ | 2016年4月22日 (金) 10時31分

 「もしそちらの主張を通して当社が上場廃止になった場合、貴法人はどのように責任をとるつもりなのか」という台詞は、完全に責任転嫁ではないかと。例えば、引当金の過剰計上で民事再生等に至った会社でも会計士が責任をとった例は聞きませんが。
 疑わしい状況を作った企業の責任ではないでしょうか。

投稿: unknown1 | 2016年4月22日 (金) 11時15分

ひろさん、のぞみさん、unknown1さん(名前が記載されていなかったので、こちらで勝手に付しております)ご意見どうもありがとうございます。監査期間の長期化についてはいろいろと意見もあると思いますが、私もひろさんと同じように非定例監査を実行するためには、監査期間についての余裕がないと無理だと思っています。もしくは「会計参与」のような立場の方が決算早期化に向けて対応するような制度が必要かと。
また「疑わしい状況を作った企業の責任」というのも全く同意見です。同意見なのですが、これが企業責任である、というコンセンサスがもっと必要ではないかと。のぞみさんがおっしゃるように私の意見は現実感のない正論かもしれません。しかし「外からはこのように見える」といったことを誰かが言い出さないと、中小規模の企業における監査制度など、何も変わらないと思うのです。少しでも共感していただける方がいらっしゃれば、たとえ現実とかい離している場合でも私は言い続けていきたいと思います。

投稿: toshi | 2016年4月22日 (金) 11時28分

実務に詳しい人ほど、会計監査・財務諸表に対して悲観的な意見が多いように思われ、嘆かわしい限りです。もしそうであるならば、監査はいらない!となってしまいます。(そういう意見を各所で耳にします)今、やっと日本でも流れが大きく変わろうとしているところだと考えていますが、そういう認識はまだ広くないかもしれません。監査法人も内部から変わっていくことが求められています。それができていないところは、ネットワークファームのグローバルポリシーからも逸脱しているんですがどの監査法人なのでしょうか、ね。次は業務停止3か月では済まないレベルだと考えた方がよいのですが。でも変化はそこまで来ています。

投稿: 辰のお年ご | 2016年4月26日 (火) 02時20分

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