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2016年4月21日 (木)

無記名投票による取締役会の決議と取締役の監視義務

某大手流通グループの会長さんが同HDの職を辞するそうです(すいません、立場上、ガバナンス論については語れませんので、かなりマニアックなところだけ話題として取り上げます)。執行部の提出した「グループの中核事業会社の社長人事案」をHDの取締役会で審議したところ、15名の取締役は賛成7、反対6、棄権(白票)2に分かれ、結局のところ賛成が過半数に満たないために決議は成立しなかったと報じられています。

 

私は会長さんの記者会見を日経ストリームで視聴しておりましたが、この取締役会での投票結果にほとんどの記者の方がキョトンとされ、ざわつく中でみなさんが首をかしげておられました。記者の方々は


「執行部が出した案への賛成が多いのだから人事案は可決されたのでは?」

と思われたようです。一般的な感覚からすれば、記者さん方の感覚のほうが常識的かもしれません。「白票」ということは棄権したのだから、13名中7名の賛成は多数派です。

 

ただ、会社法369条1項は、


取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行う

と定めています。 つまり出席している取締役の過半数の賛成が成立要件なので、棄権(白票)の方が2名いらっしゃるとしても出席者は15名です。その過半数の賛成が得られなかったということになり(賛成の方が反対の方より多くても)決議は成立しなかったことになります。

 

取締役会の議決を無記名投票で行う・・・というのは異例の事態ですが、出席取締役の方々がカリスマ会長さんの威光の前でも反対の意思を表明するためには必要だったのかもしれませんね(ただ実際には誰が白票を投じるかは投票前からわかっていたのではないか、とも思いますが)。取締役会における運営方法は基本的に定款自治に属するものであり、無記名投票も、とくに不公正な手続きといった(司法が介入するような)問題ではないと思います。ただ、棄権(白票)の存在が決議の成立に大きな影響を与えるような場合、なにかモヤモヤするものが残るのも事実ですね。

 

前にも当ブログで書きましたが、取締役会議長からみると、取締役会の議案について棄権というのをどのように取り扱うかはひとつの問題です。私が取締役会議長であれば、極力「棄権」という事実行為は回避したいと考えます。たとえば棄権(議決権行使の放棄という事実行為)は取締役としての善管注意義務違反のおそれがあるため(取締役の監視義務違反-もちろん会社法には「棄権」という概念はありません)、棄権したいと申し出た取締役について「あなたは賛成でも、反対でもどちらか多いほうの意見に与するという趣旨か、決議が成立した場合にはその決議に賛成という趣旨か、それとも賛成も反対も意思表示しない、つまりは法的には反対という理解でよいか」と釈明を求めることになります。また、今回の大手流通グループの件のように決議不成立なら良いのですが、決議が成立した場合には、このように釈明を求めておかないと、後日、意に反して「決議に賛成したものと推定され」る可能性もあります(会社法396条5項参照)。それでも、どうしても決議に加わりたくない、という取締役さんがいらっしゃれば「●●取締役は・・・といった理由により議決に加わらなかった」と取り扱うことになります。

 

そのように考えると、この無記名投票における「白票」は、タテマエ上は誰が白票を投じたのかわからないシステムなので、議長が白票を投じた取締役に釈明を求めることは困難です。ひょっとしたら「私は賛成意見が多いのであればそちらに従う、という意思で白票を投じた」といった趣旨で議決権行使をされたのかもしれません(そうであれば人事案は可決された可能性もありますね)。

 

ところで今回の件について一連の報道を眺めてみますと、ガバナンス改革を推進したい側からは「社外取締役制度が機能した事例」として取り上げられ、あまり改革に積極的でない側からは「やはり社外取締役制度は機能しなかった事例」として取り上げられています。私見は控えますが、人事案審議の1週間ほど前から、(任意機関としての)指名・報酬委員会を取り巻く情勢が逐一外部に漏れていていたことはよても気になりました。こういった場面において社内の事情は(どちらかのリークによって?)事前に漏れる・・・とうことは、今後の同種案件の教訓になりそうです。

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コメント

クックパッドと違って会長が是が非でも自分の方針をごり押ししたいという訳ではないということですかね

投稿: 流星 | 2016年4月13日 (水) 08時26分

どうなんでしょうか、名誉会長の前でごり押しはできない・・・といったことかもしれません(いや、単なる推測ですが)

投稿: toshi | 2016年4月13日 (水) 18時58分

白紙投票の件、的確に解説いただきまして、とても勉強になります。私は結論的には、白紙投票は取締役の責任放棄だと考えています。業務執行の結果責任まで負わなければならない社内取締役と、決議責任だけを負う社外取締役、監査等委員は、同じく決議に参加すると言っても、意思決定の重圧は違います。しかし、取締役である以上、常に不確定要素や捉え方に二面性がある様々な経営課題に対して、逃げることはできません。決めなければならないのです。今回の事件に関しても、色んな見方ができます。変化対応の重要性を知る事業経営経験者は鈴木敏文様の判断にも一理あると考えるでしょう。また結果責任を負っているのに、さらに説明しにくい判断根拠の説明を外部から執拗に求められる経営者の過酷さを感じた方も多いと思います。鈴木様が子息を後継者にしようとしたかは断定できませんが、社内のカリスマ性からすれば、李下に冠を正さずと誰でも気楽に批判できます。ご本人が晩節を汚す前に伊藤雅俊オーナーや社内取締役は何もできなかったのでしょうか。その意味で白紙投票は時期を失した責任放棄です。他方、社外取締役の伊藤邦雄様の活躍ぶりを見て、社外役員は錦の御旗を掲げて何と攻めやすい立場にあるのか、だからこそ自制心、バランス感覚が必要だと再認識された方も多いのではないでしょうか。伊藤様は過去に7社まで社外取締役を兼任されて批判を浴びた方ですし、コーポレートガバナンスのベースになった伊藤レポートの主導者でもあります。今回の事件で社外に交渉経過をリークしたり、鈴木様への最高顧問の称号さえ認めない言動は、公益を超えて少々個人的感情や自己顕示欲に流された行き過ぎの面もあるのではないかと懸念します。社外取締役にそのような臨界点まで走らせてしまうのは、社内取締役の不作為、責任放棄と言えます。白紙投票で少しでも鈴木様への忠誠を示したつもりでしょうが、結果的にはハーバートビジネススクールの教材にもなった偉大な功労者をあそこまで貶めた加担者と言えるかも知れません。

投稿: 森本親治 | 2016年4月24日 (日) 09時59分

森本さん、私の立場上、どうしても本文で言えない点をズバリ指摘していただきましてありがとうございます。本件はいろんな意見があるとは思いますが、私の個人的な考え方も森本さんにかなり近いものがあります。社内と社外とでは情報の格段の差がありますので、本件は実際に取締役会、指名報酬委員会に参加された方、これまで長年セブンの経営に参画してきた方でなければわからないことがたくさんあると思います。たまたま時代が「コーポレートガバナンス改革」といった時代だからこそ、いくつかの視点で記事になっていますが、私は絶対に取締役会で語られた真意は外部には伝わらないと思います。
ただ、白票を投じるというのは、取締役としての監視義務の履行放棄(会社法上の義務です)、またガバナンス・コードの趣旨からすれば社外への説明責任の放棄(こちらはソフトロー)といったことが問題視されてしかるべきかと。もうひとつ、重要子会社のトップの方が、自身の人事案で取締役として反対票を投じていますが、これも果たして「利害関係人による投票」にあたらないのか?(もちろん判例があることは承知していますが)といった問題もあります。このあたりの問題点の指摘が、私としてブログで書いて許されるギリギリかと思います。

投稿: toshi | 2016年4月24日 (日) 11時30分

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