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2016年5月31日 (火)

刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(上)

日本公認会計士協会さんが、たいへん興味深い調査報告書を公表されたようですが(「不正な財務報告及び監査の過程における被監査会社との意見の相違に関する実態調査報告書」の公表について)、かなりの分量なので、また熟読したうえで感想を述べさせていただきたいと思います。

さて、昨日は監査役のフィデューシャリー・デューティーに関する話題でしたが、本日は弁護士のフィデューシャリー・デューティー、いや「場末のコンプライアンスさん」はこの言葉は深い議論がなされないおそれがあり大嫌いとおっしゃっていますので、もう少し一般的な「弁護士倫理」について考えてみたいと思います。

今朝(5月30日)の日経朝刊法務面で、「経済犯罪に司法取引、企業不正の摘発加速も」といった見出しの特集記事が掲載されていました。ご承知の方も多いと思いますが、今国会で刑事訴訟法の改正法案が成立して、日本でも組織犯罪の摘発を容易にするための司法取引制度(協議・合意手続、刑事免責制度等)が導入されました。被疑者、被告人が同種犯罪に関する他人の犯罪行為を明らかにすれば、自分自身の起訴を見送られたり、通常より軽い求刑を受けられる・・・といった制度です(ここでは便宜上、改正刑事訴訟法350条の2に定める合意制度だけを説明しています)。警察・検察は「取調の可視化」を受け容れることと引き換えに、司法取引という絶大な権力を手中にしたわけです。

司法取引制度は、暴力団犯罪や外国人犯罪等の組織犯罪だけに適用されるのではなく、金融商品取引法違反事件や独禁法違反事件にも適用されることになっており、今後の政令では不正競争防止法違反事件等にも適用が予定されているそうですから、「ビジネス法務」としても、当然に関心が向けられるところですね。現に、上記日経の記事でも、大手法律事務所の弁護士(元検事)の方が解説をされています。当該弁護士さんの予想では「(司法取引制度は)幹部を摘発したい捜査機関と、助かりたい一心の部下の利害が一致し、捜査力は格段に上がる」とされています。

ここで改正刑事訴訟法における司法取引制度を詳しく解説することはしませんが、私はこの司法取引に関与する弁護士は相当慎重に弁護士倫理に配慮する必要があるのではないか、と危惧しております。以下具体例ですが、ある特定の犯罪について被疑者、被告人となっているA氏にはBという刑事弁護人がついているとします。関連する犯罪について、A氏が上司であるC氏の犯罪事実を申告するために、この刑訴法350条の2に基づく合意制度を活用することを検討しています。合意制度による恩恵をA氏が受けるためには、その合意(司法取引)に弁護人であるBの同意が必要となります(刑訴法350条の3、1項)。したがって、Bとしては合意制度を活用して自己の不起訴もしくは刑の減軽を得たいA氏から相談を受けるでしょうし、場合によっては弁護人のBから合意手続きの活用を勧めることもあるかもしれません。

改正刑訴法によると、上司であるCを立件するにあたり、このAの供述証拠のほかに補強証拠は不要とされています。そうすると、Aの(Cを立件するための供述証拠に関する)信用性が十分に吟味されないまま検察がCの起訴に踏み切る可能性があり、Cの刑事事件には「助かりたい一心で、かなりいい加減な」Aの証言が証拠として採用されるおそれがあります。その結果、Cの弁護人であるDが熱心な弁護活動によってAの証言が虚偽である疑いを刑事裁判官に抱かせることも十分に考えられます。こういった例を念頭に置くと、CやDとの関係では検察官の合意離脱(刑訴法350条の10、1項3号)が考えられますが、そもそもA氏の弁護人であるBにはどのような倫理上の問題が発生するのでしょうか?(以下、たいへん長いので明日のエントリーにつづく)

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