ロート製薬社の企業統治と執行役員制度の廃止
今朝(5月16日)の日経産業新聞に、ロート製薬さんが5月末をもって執行役員制度を廃止する、といった見出し記事が掲載されていました(ロート製薬さんといえばこの4月から社員の副業を容認したことが話題になりましたね)。HPにも「役員の異動と執行役員制度廃止に関するお知らせ」としてリリースされています。執行役員制度を廃止する理由としては、
①取締役の責任と権限を明確にするため、②経営の効率化、意思決定の迅速化を図るため、③執行役員という枠にこだわらず、全管理職が責任をもって機動的な業務執行を進めるため
とあります。大企業を中心に、執行役員制度は広く活用されていますので、ロート製薬さんの決断は今後話題になりそうです。サイバーエージェントの藤田社長さんも、2月の日経ブログにおいて、
「今に始まった話ではないが、日本の会社における執行役員という肩書きの使われ方は、実態として曖昧なものになってきていると感じる。執行役員が重要な業務執行の決定をしている場合もある。当社でも執行役員制度を廃止すべきかどうか、取締役会で真剣に議論をしたが、結局それなりのメリットがあると考えて残すことに決めた」
と語っておられました。
近時のコーポレートガバナンス改革の中で、いまホットな話題は取締役会の実効性評価ということになりますが、モニタリングモデルを標榜して「執行と監督の分離」を実質的にも検討しておられる企業が少しずつ増えています(金融機関を中心に指名委員会等設置会社に移行する企業も出てきました)。上記日経ブログで藤田さんがおっしゃるとおり、執行役員制度というのは、基本的には従業員ですが、社内的には役員待遇であり、すべての業務を網羅しているわけでもない、きわめて「あいまいな」役職です。会社法上にも執行役員なる概念は存在しません。
とくに業務執行取締役が存在する場合に(社内取締役の多くはそうですが)、その業務執行役員が重要な意思決定を執行役員に丸投げしているケースも多いはずです。機動性や柔軟性を重視すれば、執行役員はとても便利な役割を担ってくれますし、また取締役の地位に社外の人たちが増えてくると、社内の人事政策として、取締役に就任できなかった方々の昇格の道を確保できることにもなります(このあたりが大いに普及した要因ではないでしょうか)。
ただ、取締役改革の一環として「モニタリングモデル」の導入を考えますと、業務執行取締役に対して権限委譲が進むとになり、ますます柔軟性が増すことはあったとしても、その監督は極めて難しいことになります。また、権限の所在が不明となり、責任者の特定が困難となることも考えられます。このような不安を払しょくするために、ロート製薬さんは10年以上続いた執行役員制度を廃止することに決めたのではないでしょうか。一方で、たとえば後継者育成計画の中で、比較的若くて将来性豊かな社員を執行役員に抜擢して、ほかの若手と競わせてマネジメント能力を高めさせるためには必要な役職ではないか、との意見もあります。
これまで、日本企業の人事政策にマッチしたものとして「執行役員制度」や「従業員兼務取締役」といった地位が多くの企業で活用されています。しかしそのような制度が執行と監督の分離や権限委譲による経営の迅速性、効率性強化の方向性と合致しているのかどうか、外からはよくわからないものです。取締役会改革を本気で進めるのであれば、なぜこのような制度を残す必要があるのか、また標榜しているモニタリングモデルの機関形態と、その制度が矛盾しないのか、ロート製薬さんの決断をみておりますと、外から質問を受けた場合には、合理的に説明ができるように準備をしておく必要があるように思います。
さらに取締役会改革に注目が集まる中で、執行役員制度を活用するのであれば、会社法上の内部統制(効率的な職務執行体制を確保するための基本方針)の事業報告における開示として、①当社が執行役員制度を採用していること、②執行役員への業務執行権限委譲と取締役会の監督との関連性、そして③それらの運用状況を記載する必要があると考えます(場合によっては総会での質問にも回答する必要があるかもしれません)。
| 固定リンク
コメント
最近は監査役会設置会社でも執行役員を社長にする会社も出てきてるようですが
会社法で役員扱いの執行役が監査役会設置会社や監査等委員会設置会社に認められてないので
(吹き飯的な取締役会性善説や社長独裁崇拝の傾向がある英米信者が植民地主義的な乗りで自己監査理論や大陸型の監査役制度を消滅させたい雰囲気もありますが)
法律上役員でなく従業員である執行役員を設置せざるをえないという状況になっている気もします
監査役会設置会社や監査等委員会設置会社においても社外取締役が取締役会の過半数で取締役会議長と代表執行役の分離をすれば執行役が設置できるように法改正すればいい気もしますね
執行役員についての質問は株主質問のネタとして使えそうです
投稿: 流星 | 2016年5月17日 (火) 12時31分
執行役員は、たしかに不明確、あいまいな制度になっていますね。というのは、取締役会の議論が現場の利害代表の調整の場にならないように、取締役は現場代表より大きな職掌を持つようにして、工場長とか現場代表を執行役員にするといった企業もある中で、「取締役にすると取締役の数が増え過ぎちゃうので、執行役員という肩書を与えて、モティベーションを保ちつつ・・・」みたいな肩書インフレとして執行役員制度を利用する企業もあるからだと思います。流星さんの書かれたように「当社の執行役員制度は、上記のどちらなんだ」と質問するのは興味深いかもしれませんね。ま、回答聞いても、個々の執行役員の能力を知らない限りは、回答の妥当性はわかりませんが、従業員株主にはばれますので、周囲に立っている従業員の顔色を見るのが興味深いかも。
投稿: ひろ | 2016年5月19日 (木) 09時02分
取締役会にかけられる時間の関係によっては付議する議案の個数が多いと取締役会にかけられる時間の関係によっては付議議案の個数が多いと取締役会で他に委任せずに決定すべき案件すらもまともに議論せずに決定してしまうことになったり
(社外役員の出席率75~80%未満が社外役員の選任反対票増加に影響する昨今だとなおさら)
コスト削減による利益確保を株主から求める中での取締役の人数は増やしづらかったりそういう中での取締役削減の際の人材資産の繋ぎ止めという場合にも執行役員が必要だったりしそうです
会社法にない執行役員という役職に権限委任が可能なら執行役員という役職をわざわざ作らずに部長職を執行役員と同じ扱いとする場合や
部長職と執行役員を統合した結果の執行役員の廃止というのもでてきそうです。
(業務執行権限委譲がされてる説明は必要そうですが)
投稿: 流星 | 2016年5月20日 (金) 01時45分
指名委員会等設置会社においては監査委員も含まれる取締役会が執行役を決定する訳ですが指名委員会等設置会社のほとんどで執行役兼務取締役が存在しており、実質的には監査等委員会設置会社において監査等委員が含まれる取締役会で業務執行取締役の権限委譲決定するのと変わりなく見えます
執行役員が従業員であるゆえに労災対象になるけど役員がそういう訳でもないというも指名委員会等設置会社があんまり普及しなかったり執行役や執行役員の併設の要因という気もします
非常勤で事業について門外漢の社外が多く業務執行取締役が参加しない取締役会が足元の現場実態と解離した経営判断を下す恐れがあることなど業務執行と監督の分離も行き過ぎれば問題になりそうです
投稿: 流星 | 2016年5月20日 (金) 04時45分
流星さん、ひろさん、コメントありがとうございます。
執行役員制度は日本企業の人事政策のなかで、潤滑油的に活用されている意義はよくわかります。しかし、ガバナンス・コードへの対応が求められる中で、どのように会社法やコードの趣旨と執行役員制度との関係を説明するのか、かなりむずかしい問題を含むものです。
また、そもそもモニタリングモデルを標ぼうするのであれば、取締役会を3か月に1回程度開催して、そのかわり業務執行役員による経営会議を充実させる、という発想も出てくるのかな・・と。まあ、現実にはないと思いますが。
投稿: toshi | 2016年5月22日 (日) 23時07分
執行役員に社長、副社長の肩書を与えることで表見代表取締役の適用の問題が生じますが、執行役員に社長の役位を与える会社はそれを前向きに考える会社なのかそこを分かっている会社なのかというのも興味深いです
執行役員の有無については役員四季報で知ることができるようですね
投稿: 流星 | 2016年6月 1日 (水) 12時37分
本日、執行役員制度に関する意見も含め、金融庁からパブコメの回答が出ていましたね。考えさせられました。
投稿: ほけん | 2016年6月 3日 (金) 19時14分
ほけんさん、ご教示ありがとうございます。貴重なご意見として承ります。
投稿: toshi | 2016年6月 3日 (金) 20時15分