下請従業員による不正告発と東亜建設社の自浄能力評価
内部通報指針が今夏にも改正される、との特集記事が日経法務インサイド(5月9日朝刊)で報じられていましたが、指針(ガイドライン)だけでなく、法改正によらなければ大企業の不正は明らかにならないのではないか・・・と考えさせる事件がまた発生しています。すでにご承知のとおり、5月6日、東証一部のゼネコン東亜建設工業さんは、羽田空港C滑走路の地盤改良工事で、液状化を防ぐ薬液の注入量データを改ざんして、設計どおりに完成したと虚偽の報告を行ったことを発表しました。二代にわたる東京支店長の方々が、「新開発工法による耐震工事に失敗は許されない」との社内論理を最優先して現場に偽装を指示していたとのこと(おふたりの人事更迭に関しては同社HPにて公表されています)。
ところで日経新聞ニュース他によると、この工事偽装が発覚した原因は、先月(4月)、二次下請業者が一次下請業者を通じて東亜建設さんに通報したことだそうで、4月21日には社長、25日には経営会議に報告されたそうです。一次下請業者による東亜建設さんの建設業法違反事実の(下請け事業者への)通報は、いわゆる公益通報者保護法上の公益通報にあたるものとして、通報者は一次下請会社から不利益処分を受けないことになっています。しかし、東亜建設さんが(通報を契機に)一次下請会社との契約を解消することは一切同法の関与しないことになっていますので、実際には(契約解消を覚悟の上で)二次下請業者の従業員の方が内部告発や内部通報に出ることはかなり勇気のいることだと思います。
公益通報者保護法は、事業者と従業員(労働者)との労務契約上の関係保護が原則であり、事業者間の契約関係には踏み込めません。これは民法上の契約自由の原則に国家権力が立ち入ることは不当な民事介入に該当するからです。しかしながら、下請法のように特別な社会政策的立法が存在すれば合理的な範囲で制限することも可能です。東亜建設さんの件は、(組織の強みからか)本体の社員は一切不正を社外に漏洩することはなかったので、おそらく下請業者さんの通報がなければ、国交省も国民も、とんでもない不正工事の隠ぺいの事実を知ることはできなかったものと思います。そのような意味では、取引先事業者も(発注会社との関係において)公益通報者に含め、一定の場合には民間取引の効力制限に国家が関与すべき例外を認めるべきではないでしょうか。
なお、最近のゼネコンさんは、今朝の日経新聞でも取り上げられていた内部通報者保護規程(ヘルプライン)において、取引業者従業員の方にも通報を認めているケースが増えてきましたので(ホームページ等で紹介されている会社も多いようです)、ひょっとすると東亜建設さんのヘルプライン規程に則って下請業者さんが内部通報をされたのかもしれません。もし、そのような経緯で経営陣が関与する偽装工事やその隠ぺいの事実が発覚、公表に至ったのであれば、それはそれで(ヘルプラインが機能したことになり)東亜建設さんの自浄作用が発揮されたと評価できる可能性もあります。本日の東亜建設さんの株価は不正の範囲の広がりが懸念されて急落していますが、不正発覚の経緯が調査委員会等による事実解明で明らかになれば、同社の自浄能力の有無に関する評価も可能になろうかと思います。
上記東亜建設さんの事件だけでなく、東芝さんや三菱自動車さんの件等、大きな企業不祥事が発生(発覚)するたびに、識者の方から「最後はトップのコンプライアンス意識」「経営トップの率先垂範が大切」と指摘されますが、私、最近の不正調査の経験等から「ちょっと違うのではないか」と感じているところです。経営トップの遵法精神は必要条件ではあっても十分条件にはならないですね。上記のようなフレーズは、もはや流行のキャッチフレーズ化してしまい、組織に思考停止をもたらし、本当の原因究明や再発防止策の実効性を妨げているように思います。そのあたりはまたセミナー等で詳細にお話したいと考えているところです。
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コメント
山口先生 おはようございます。サラリーマンをずっと続けてきた私としては、「ちょっと違うのではないか」ではなく、(偉そうにと思われるかもしれませんが)ずっと前から違いすぎていると考えていました。人事部という組織や経営企画という組織のユニットにも、思考回路を変えさせないとダメだと思います。これらが、経営直轄だという考えから脱せられないと日本風土の中では、(少数以外の会社は)企業のクセを本能的に知り尽くしている隠蔽擁護をする武闘派社員(労働者側)にはかないません。持論の展開になってしまい、長くなってしまいますのでこのくらいにさせて頂きますが、とんでもないものを、引き渡される側も処分するにもやっかいであるはずのものを、業界での世界最高水準のようにして引き渡されてしまうことは、結局、国益に多大な損失を与えています。それは、入札企業でも同じ事がいえるのではないでしょうか?消費者という括りだけではなく、最近の事例では採用した企業先にも多くの迷惑がかかった事でしょうし、少なすぎる公務員にも負荷をかけてしまうことになります。日本は食品の偽装やらで不正退治に忙しすぎますよね。不正ゴールデン街道驀進中だと子供達に笑われそうな社会です。
投稿: サンダース | 2016年5月10日 (火) 07時01分
トップの意識がすばらしくとも、途中の段階で旧来の隠蔽体質、内部通報否定派がいると、トップの意識が浸透しないのではないでしょうか。会社一丸であり、サンダースさんのおっしゃる隠蔽擁護派を一掃しないと改善できないのではないでしょうか。それはとっても難しいことだとは思いますが。
まずは、隠蔽自信が不可能であることと、隠蔽により損害が拡大することを認識してもらうことが大切ではないでしょうか。
投稿: Kazu | 2016年5月10日 (火) 17時42分
サンダースさん、KAZUさん、コメントありがとうございます。
三菱自動車の11日の記者会見では「組織ぐるみ」ではないとの社長さんの回答がありました。では企業風土はどうだったのか。初めて会見に出てこられた会長さんも組織に問題があったと述べておられましたが、組織の問題にメスを入れる調査報告でないと再発防止には役に立たないなぁと私も考えております。
投稿: toshi | 2016年5月12日 (木) 00時53分
山口先生 本日のTBSで、小池知事、豊洲市場問題「内部告発で調査を継続」というニュースが流れました。武闘派の者達の意見が強く、声を潜めていたそんな社会にメスと入れる。素晴らしい試みですね。→ http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2881053.htm
投稿: サンダース | 2016年10月 1日 (土) 01時59分