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2016年6月30日 (木)

出光興産VS創業家-創業家の反対表明は当然ではないのか?

(30日午後 追記あり)

出光興産の創業者一族の方々が、昭和シェル石油さんとの合併に反対表明をされたことが話題になっています。28日の出光さんの定時株主総会ではすべての議案が可決されましたが、創業家の資産管理会社の代表者が議案質問の際に、合併反対表明をされたそうです(マスコミでは「代理人弁護士」とありますが、代理人ではなく「弁護士資格を有する社長さん」ですね。そうでないと創業家側のストーリーが立たないです)。29日の毎日新聞夕刊では「会社側が創業家の株式保有比率を低下させるために第三者割当増資を検討」と報じたため、会社側が(慌てて?)「そんなことは一切検討しておりません!」と適時開示を出しています。

法律上の「主要目的ルール」に関する議論等はさておいて、私は創業家の株式比率を下げるために第三者増資を検討することは、いくら会社側の要望が強いとしてもタブー(禁じ手)だと思います(そんなことをすると全国のオーナー企業さんを敵に回すことになりかねません)。どうせやるなら(?)オモテ沙汰にならないように、巧く創業家を崩すことを検討すべきです。大塚家具さんやロッテさんではありませんが創業家一族だって一枚岩ではないかもしれません。また出光さんの株を保有する公益財団法人について、創業家の税務対策として活用しているのかどうか不明ですが、公益財団法人の評議員や理事と創業家との属人的な関係、同法人の資産である議決権行使に契約上の制限が課されていないかどうか、といったところも問題になるかもしれません(ちなみに出光興産さんの定款をみると、種類株式は発行されていないようですね)。

日経新聞の論調は、2010年2月のキリンとサントリーの統合撤回のときとまったく同じ状況で、業界におけるシナジー効果が失われることへの懸念が示されています。しかし、私の個人的な意見としては、あのキリン・サントリー統合撤回のときに、当ブログのエントリーで(恥ずかしい経験談と共に)述べたのと同じく、創業家側の対応には共感いたします。勝ち負けのハッキリしていない上場会社の国策的統合は失敗する確率は極めて高いと思いますし、成功するとしてもそれは才覚や能力ではなく「神風(運)」に依拠するものと考えます(対立する中東の国と親密な関係にある2社に神風は吹くのでしょうか)。

時代の要請によって変容はしていますが「大家族主義」を貫いてここまで経営をされてきた出光さんは、「ここぞ」というときに創業家が経営に口を出すのがむしろ当然のことではないでしょうか。私の経験上、経営者にモノが言えない従業員に代わってモノを言う(言わねばならない)のが創業家です。「創業家の乱」などと見出しが躍っていますが、これも株主主権主義ではなく、労働者主権主義を重視した普通のコーポレートガバナンスの在り方のひとつだと考えます。企業風土が変わればビジネスの種を伸ばす土壌(ガバナンス)の在り方も変わるのがむしろ当然だと思います。

労働組合を作らない(会社は従業員の生活を保証するものであり、解雇もせず、給与は労働の対価ではない、との)出光さんの企業風土が、他の会社の風土と合うかどうか、それを最も判断できるのは(100年以上、この会社を経営してきた)創業家一族ではないでしょうか。そもそも創業者(佐一氏)が「財産と経営を一致させてこそ、会社は社会の公器としての責任を全うできる。株式会社など、いかがわしいものである。税務上しかたなく株式会社形態を採用しているにすぎない」と公言しておられた企業なので、その精神的支柱はいまも創業家にあると思います。創業家の支配力が単純に持株数だけではわからないということは、先日の大手流通グループさんやセコムさんの件でも明らかではないでしょうか。

(30日午後 追記)臨時報告書によると、28日の出光興産定時株主総会において、社長に対する取締役選任議案の賛成率は53%だったそうです。創業家側の保有比率を34%とみても、多くの株主が合併に反対していることがうかがわれます。創業家の精神的支柱、100年企業の社風というバランスシートに乗らない「無形資産」の持ち分保有者の声は大きいなぁと感じます。

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2016年6月28日 (火)

監査役の覚悟-新刊書のご紹介

Kansayakukakugo_3月刊監査役の最新号(7月号)に掲載されている加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)のご論稿「監査役制度をなくしてしまってもよいのか-東芝の失敗から何を学ぶか」を拝読しました。加護野先生のご著書「経営の精神」「経営は誰のものか」を読み、大いに共感する者として、あらためて監査役制度こそ適切に運用されることが「費用対効果」の点からみてガバナンス上とても重要だと改めて認識いたしました。

さて、写真の新刊書を執筆者の方々よりご献本いただきました(どうもありがとうございます)。業界紙でもすでに紹介され、アマゾンでも売り切れ状態となっておりますので、私などがご紹介するまでもないとは思うのですが、拙ブログにお越しの皆様方にとりましては待望の一冊であります。

監査役の覚悟 (高桑幸一、加藤裕則編著 同文館出版 税込2,051円)

監査役制度に詳しい監査役、監査役OB、新聞記者、法律家等による具体的な事例を通しての監査役制度への提言や自らの体験談等が盛りだくさんに詰まっています(個々の執筆者名は本書末尾に記載されています)。監査役の皆様方にとっては有名な事例であるT社のF監査役(元)のインタビュー記事や特別寄稿も掲載されており、監査役にとっては「あたりまえ」の会社法上の権利行使が(企業価値毀損を防ぐために)いかに大切な武器であるかが理解できます。「覚悟」という言葉がタイトルに使われていますが、これは監査役に就任した者の覚悟を示すだけでなく、本書を執筆された方々の「覚悟」も含まれているのですね(ちなみに編著者の高桑さんは電力会社の現役の常勤監査役さんです)。

また、本書を読むと決して特別な度量の持主しか「覚悟」を持てないのではなく、ごく普通のサラリーマンの方が監査役に就任した場合でも、ごく普通に「俺だって覚悟をもって仕事ができるんだ」と感じさせてくれます。本業で、ある会社の監査役会を支援しましたが、その会社の常勤監査役さんは、社長に対決姿勢を示す(株主総会当日に、後発事象に関する違法性監査の報告をする)にあたり、F氏の監査役としての行動が支えになっているとおっしゃっていました。

現実の企業社会において、監査役はあいかわらず「閑散役」的な地位にある、という現状認識のもとで、監査役が社会から期待される役割を果たすためには何が必要なのか、F氏の具体的な事例を題材にしたストーリーから考えています(なお、具体的な事例については関係者の利益に配慮して本書では少し修正されています)。 オリンパス社の損害賠償請求訴訟の顛末を取材した加藤記者の報告、子会社監査役として、日本を代表する著名企業(親会社)に一定の監査ルールを策定させた監査役OBの報告等、これから監査役や監査等委員に就任される方にとって、ぜひともお読みいただきたい内容です。いや、監査役だけでなく、新任取締役、新任の社長さんにも、監査役というのはこのような職責を負うものである、ということを知っていただくために、お勧めしたい一冊です。

私も現在、(産業競争力強化法に基づく株式会社ではありますが)社外監査役を務めておりまして、私自身はそんなに意識していないものの、執行役員の方々からは「ずいぶんと厳しいことを指摘する監査役」と言われます。なにか問題が生じるたびに「あ、そんなことをすると山口監査役に怒られるぞ」といったフレーズが経営会議でも(半分笑い話として)飛び出すそうで、私も社外監査役という立場上「嫌われ役」でもいいかなぁと覚悟しております。でも会社をよくしたい、という気持ちは社内執行部の方々と同じですから、情報だけはきちんと取得できるように、執行部との信頼関係を維持すること(執行部の苦労にも配慮すること)には留意していきたいですね。スキルとか経験ということよりも、「覚悟」や「勇気」という意味において、私自身も本書を監査業務の参考にしたいと思います。

 

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2016年6月27日 (月)

株主総会の裏で見え隠れするガバナンス・コンプライアンス関連事件

追記:ココログの障害により、コメント付記、管理行為が困難な状況でした。ようやく復旧したようなので、一部エントリーを修正しております。

著名な企業の定時株主総会の話題や英国EU離脱の話題により、当ブログが好む(?)マニアックな話題があまりマスコミで報じられていないようです。当ブログでも何度かとりあげた大手光学機器メーカーさんの中国贈賄疑惑の件、FACTA最新号で新たな展開をみせています(ところで最近のFACTAには日経新聞や朝日新聞等の著名な経済記者だった方々が執筆を担当されているようで、かなりパワーアップしておられますね)。こういった話題は大手のマスコミが腰が引けてしまうのでしょうか、海外のマスコミや行政当局の動きが今後のカギになるような気がしています。

先週金曜日(6月24日)、大阪の東証2部上場会社の定時株主総会では、大株主の修正動議が可決されて、社長を含む5名の取締役が全員交代、株主提案の取締役の方々が新たに就任という事態が起きました(選任された役員の方々のご経歴をみると、いろいろ興味深いところです)。大株主さんの議決権保有比率からみて、ひっそりと総会当日を迎えたほうが修正動議が通りやすかったのかどうか、電子投票や書面行使によって、すでに会社側は大株主の修正動議が可決される見込みが(総会前日には)わかっていたのかどうか、監査役の皆様は、この社長解任劇を予想していたのかどうか、またこの結果に対してどのように身の処し方をされるのか等、さらに興味は尽きません。

また、大手メガバンクHDの株主総会では、株主提案が51対49で否決されるという事態も発生しましたね(定款の一部変更に関する議案なので特別多数が必要ですが)。剰余金配当に関する決定機関の変更に関する議案ですが、議決権行使助言会社や大手運用会社も株主提案に賛同したのではないかと思います。独立社外取締役の頭数が一定数存在することをもって、配当に関する株主からの修正意見提出の機会を奪ってよいものかどうか、もちろん会社法459条、460条の規定はありますが(社外取締役の人数だけで取締役の行為規範が変動する)といったことにはなっていないので、株主への説明方法として、今後はほかの会社でも問題になりうるところではないかと。また、ガバナンス・コード補充原則1-1①との関係でも、このメガバンクさんが今後どのような対応をとられるのか(会社提案へ相当数の反対票が投じられた場合だけでなく、株主提案に相当数の賛成票が投じられた場合にも原因分析等が必要となるか)注目されるところです。

そしてなんといっても、私的にもっとも関心のある話題はマザーズ上場からわずか3か月で決算発表を延期して、この金曜日に第三者委員会調査報告書を公表、業績下方修正をした某社の事例です。粉飾決算を絵に書いたような事例ですね。取引先から会計監査人に「タレコミ」(いわゆる情報提供)がなければ、おそらく会計監査人がうすうす疑惑を抱いていたとしても、早期発見には至らなかったのではないでしょうか。(報告書にあるように、経営者関与の事例ではないとしても)結果としては上場するために会計不正に手を染めたということですから、この上場会社に対してどのように対処されるおつもりなのでしょうか。私はかなり温厚な人間なので、過激なことは申し上げませんが、ただ、IPOがかなり華やかな時期を迎えているだけに、対応を間違えますと世間が黙っていないようにも思えます。

私自身、諸事情ございまして、あいまいな書き方に終始しておりますが、また個別の事例に動きがありましたら、もう少し掘り下げて検討してみたいと思います。本日は自身の備忘録も兼ねた程度の内容で失礼いたしました。

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2016年6月24日 (金)

コーポレート・ガバナンス・システム研究会の活動に期待します

すでに新聞等では報じられていましたが、本日(6月23日)、経産省HPにて「CSG研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)開催のお知らせ」がリリースされています。我が国の制度や実態を踏まえた取締役会の機能向上を図る場合の考え方や実務について検討を行うことが目的とのこと。政府が後押しする「稼ぐ力を取り戻す」ためのガバナンス改革の取り組みの一つですね。

検討項目としては①取締役会の役割・機能(いわゆるモニタリングモデルの在り方とか実践例の検討でしょうか、権限委譲と監督強化は喫緊の課題ですね)、②CEOの選定・後継者計画、インセンティブ付与(サクセッションプランや特定譲渡制限付株式報酬、パフォーマンス・シェアの導入等の現物株支給ですね。開示府令の改正も予定されているようです。)、社外取締役の役割、社外取締役の人材の質的、量的な向上(攻めのガバナンスにおける社外取締役の役割や任意の委員会における役割、業務執行性の回避といった問題は悩ましいところかと)、そして④監査等委員会設置会社の活用といったことだそうです。

私自身も社外取締役として取締役会議長を務めたり、ガバナンス委員会委員や報酬委員会の委員を務めたりする中で、サクセッションプランの実施や(近時の税務訴訟の判例等を参考にしながら)中長期業績に連動する報酬体系の構築に携わり、人に言えない恥ずかしい失敗や挫折も経験しておりますので(笑)、いずれも関心のある項目ばかりです。経産省の研究会ですから(当然といえば当然ですが)企業ニーズに応えられる取締役会の機能向上といったことが検討されるものと思いますし、金融庁のフォローアップ会議でのご議論とともに、コーポレートガバナンス・コードの実効性向上のために有用な成果が出されることを大いに期待しています。

ただ、取引先やグループ企業との信頼関係、従業員と役員との協働関係、社長と社内取締役との(業務執行上の)上下関係、監査担当者と役職員との人脈を活用した情報収集等は(日本の企業では)ものすごく強いもの感じます。一時的にROEを高める施策を検討しても、売上高利益率を向上させるような結果につながるかどうかは、各企業の従来からの暗黙知に依存するところが大きいですね。コードの趣旨をまじめに社内に浸透させようとすればするほど、「この会社の売上高営業利益率を高めるインセンティブは(ガバナンス・コードを実施しているところとは)別のところで生まれているのでは?」と感じます。

経営者性悪説と経営者性善説と、どっちのガバナンスを検討するかは個々の企業の歴史をよく理解してから・・・というのが正解だと思います。アメとムチによるガバナンスを意識せず、アダム・スミスの「道徳感情論」に出てくるような「共感」や「誠実性」に依拠するガバナンスのほうがパフォーマンスを発揮できる会社が多いようにも思えます(アメとムチはむしろ「守りのガバナンス」のために活用するとか・・・)。半澤直樹のように、抜群の能力を発揮しても「組織としてのパワー重視」の前では出世できずに飛ばされてしまうのが日本企業の「強味」ですから(企業の危機管理の仕事をしていても、これは痛感いたします)。

以前も書きましたが、(法律や取引所ルールの枠外になりますが)業務執行を積極的に主導する社外取締役さんのいらっしゃる会社は魅力的ですね。目標設定に向けての道筋が明確に共有できており、引き算の経営(目標に向かって何が足りないのか、その足りないことを社外と社内でどう分担するか)についてのコミュニケーションもしっかりととれているように感じます。私が「社外取締役に対して説明責任を尽くすことがモニタリングモデルの基本ですよ」といったことを偉そうに申し上げたところ、「業務執行もやらないような社外の人にどうして我々のやっていることが説明して理解できるの?そんな社外役員に説明して社外の人がわかるようなビジネスモデルなら、とっくの昔に儲けるチャンスは失っているに決まってるじゃない(笑)」と、社長さんに一蹴されたこともありました。

そういえば王将フードサービス社の社外取締役(弁護士)さんも、「このままではほんとにこの会社の企業価値向上には役に立たない」と考えた末、弁護士活動をすべて中止して同社の常務取締役に就任されるそうです(定時株主総会の選任決議を条件として)。「国策ガバナンス」が世間で議論されている間に、「ほんとに儲かるための当社独自のガバナンス」を一生懸命探求しておられる方々も結構たくさんいらっしゃるのですね、悔しいですが。。。

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2016年6月22日 (水)

総会直前の取締役選任議案の撤回-「私がコーポレートガバナンスです!」

ソフトバンクさんの副社長退任に関するニュースには多くの方が驚かれたのではないでしょうか(私もビックリしました)。あと1年で社長の座を譲る・・・と言われてA氏は昨年、副社長に就任されたそうです。しかし、社長さんがいきなり「あと10年はやる」と宣言されて、結局おふたりの話し合いの末、副社長さんが取締役を退任されるとのこと。以上は日経ニュースによるところですが、おふたりに「よっぽどのこと」があったとみるのが自然ではないでしょうか。22日が株主総会なので、まさに総会直前の取締役選任議案の撤回ということだそうです。

このニュースはコーポレートガバナンス・コードにおける①サクセッションプラン(後継者育成計画)の実施、②独立社外取締役による取締役選解任への監督等へのコンプライに頭を悩ませておられた上場会社の社長さん方には思うところがあるのではないかと。いずれのコードにもコンプライしているソフトバンク社の社長さんが、後継者問題を副社長とふたりきりで決めた、俺のやりたいようにやらせてくれ、ということで(少なくともオモテ向きには)決まってしまうわけですから。取締役会における取締役の解任・選任への関与・・・というのはどこにも出てくる気配はありませんし、著名な経営者の方々が同社の社外取締役さんですが、おそらく(お忙しいでしょうから)「監督していた」という事実もなさそうです。

ソフトバンクさんは、2010年から後継者育成アカデミーを実施して、いわばガバナンス・コード実施企業として優等生とされていました(たとえば こちらのレポート参照)。しかしカリスマ経営者の方が1年後の社長交代予定を翻意して「やり残したことがあるから、あと10年は社長をやるぞ!」と言われますと、選抜候補者の方々は今、どんな思いでしょうかね?もちろんソフトバンクさんとしては、育成計画には何ら変更はないものと思いますが、このニュースを耳にした社長さん達からは「おお、優等生のソフトバンクだって、社長の一存で続投が決まっているではないか!そっか!いちおう後継者育成計画を策定・実施していると投資家には説明しておいて、いざとなったらソフトバンクさんのようにやっちゃえばいいんだ」といった安ど感が漂うような気がします。

日経ビジネスの今週号にエステーの鈴木会長の「指名委員会等設置会社にして後継者育成したけど、やっぱりトップは創業家になってしまいました」といったお話が出てきますが、ホントにサクセッションプランのむずかしさを感じます。創業家が中心にしっかりと座っているからこそ役職員が派閥も作らずに事業にまい進できるということも言えそうです。結果を出さねば投資家からはナットクされず、また事業を継続しなければステイクホルダーの信頼は得られないのですから、「私がこの会社のコーポレートガバナンスです」も十分あるかな・・・と感じます。ただ、(エステーの鈴木会長さんがおっしゃるように)人間は成功体験にこだわりますので、独裁に慣れて人が変わってしまったら安全装置が働くように、きちんとした独立社外取締役を選任しておくほうが望ましいのでしょうね。

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2016年6月20日 (月)

注目される会社役員の提訴リスク(その2)-三菱自動車の一律賠償案

松本潤さんが刑事弁護士扮する「99.9 刑事専門弁護士」、最終回まですべて視ておりました。実務家として、もちろん「はぁ?」と感じるところはありますが、話の展開は素直におもしろく、刑事弁護に焦点を当てたドラマを丁寧に作っていただいたことに拍手を送ります。私は(もう30年以上前ですが)NHK連続ドラマ「事件」シリーズで、若山富三郎さん扮する刑事専門弁護士の事実解明に向けた姿に感銘を受けて司法試験受験を決意しました。今日の深山弁護士(松本潤さん)の最終弁論のシーンをみて、刑事弁護士になりたい、と思っていただける方が増えればいいなぁと、素直に思います(←全然ストーリーとは関係ありませんが、あの検察官をされていた俳優さんは女優の優香さんとの結婚を発表された方ですよね?)。ちなみにこれからの刑事弁護ドラマでは取調べの可視化や司法取引に関するシーンがどうしても必要になりそうですね。

さて、三菱自動車さんが、燃費データ偽装事件に関連して、顧客の方々に賠償金を支払うことを公表しました(三菱自動車さんの公表内容はこちらです)。。軽自動車を購入された方には一律10万円を、その他3つほどの車種を購入された方には一律3万円を支払うというものです。会長さんの会見では「わかりやすさと総合的に判断」したとのこと。いちおう、10万円の中身は①迷惑料、②車検時の税額、③燃費悪化に伴うガソリン差額分だそうで、これが合理的な説明と思われます。

しかし中古車としての販売価値の下落というものは損害に含まれないのでしょうか?また、10万円を受け取ることで示談が成立したとみるのか、それともこれは賠償金の「内金」として支払われるのでしょうか?「わかりやすさ」とはずいぶんほど遠いようにも思えます(そのあたりは個別の対応文書の中で説明されているのかもしれません)。また、ベネッセさんの個人情報漏えい事件などでも顧客への一律賠償の提案がありましたが、個人情報については被害が見えにくいのに対して、燃費偽装事件については顧客の被害が目に見えるものですから、他の顧客との一律賠償が逆に不公平感を生むことにはならないのか疑問です。

一昨日のHOYAさんの事件と同様、この三菱自動車さんの一律賠償案の提案も、敗訴リスクとは別に「提訴リスク」を念頭に置いた対策ではないかと思われます。いや、たとえ三菱自動車さんが真摯な気持ちからこのような一律賠償の処理を検討しているとしても、私としての最大の関心は、このような一律賠償案の提示によって、どれだけ裁判に進む顧客数を減らすことができるか、という点です(原告団に参加する顧客の数がどれだけ減るか・・・というのが正確なところかと)。

敗訴リスクといっても、三菱自動車さんにとってはそれほどたいしたことはないのかもしれません。しかし、具体的には正式な裁判を通じて被害損害額の増加ということは考えられるところです。また、被告の範囲が広がることも考えられます。たとえば全国の多くの顧客の方々が集まって大きな裁判が提訴されますと、そのような裁判に関するニュースが報じられる中で社員による有力な情報提供が原告代理人事務所に届く可能性もあります。そうしますと、開発部門による暴走と説明されている内容が、実は「組織ぐるみ」だったということになるかもしれません(もちろん、あくまでも推測です)。株主代表訴訟が提訴されるというきっかけにもなります。

そういったリスクを考えますと、たとえ国交省による正式な調査結果が出る前であったとしても、顧客による提訴リスクを低減させるために、すみやかに賠償金の金額を確定して顧客との信頼関係を維持しておきたいところです。ただ、こういった不正リスク管理の手法が、このような事件が発生してもなお、三菱自動車の顧客であり続けていただくための経営判断として妥当なものかどうかはわかりません。一律これだけ、といった対応が、事件の早期収束に資する対応であることは間違いないとしても、そのことで、三菱ファンをさらに失う結果になることが懸念されるところです。企業不祥事発生時に企業の損失を最小限度に抑える対策は、それが逆に多くの顧客の信頼を破壊する(顧客を失う)結果となり、企業の損失を最大化することにつながりかねません。リスク管理としての100点満点は、事業戦略としての100点満点とはトレードオフの関係に立つものと考えておく必要があります。

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2016年6月18日 (土)

注目される会社役員の提訴リスク(その1)-HOYAの第三者委員会報告書

東京都知事の件、東電事故の件等、最近は第三者調査や第三者委員会調査がずいぶんと世間の話題になっております。ところで、先月、一部マスコミで報じられていたHOYAさんの企業不祥事の件(会社法の財源規制に違反して自己株式の取得を行ってしまった件)について、6月17日、同社HP(IRニュース欄)にて、取締役及び執行役にはこの違反に関して法的責任を負わない(故意または過失はない)と結論付ける第三者委員会報告書が提出されました(ちなみに同社は指名委員会等設置会社です)。

同報告書でも委員の方が指摘していますが(同報告書29頁)、「攻めのガバナンス」にかたよりすぎていると、守りのガバナンスがおろそかになってしまうということで、ガバナンス改革に熱心な会社ほど、この報告書は一読の価値があると思います。ミス発見時の経緯からわかるように、関係者が分配可能額を比較的容易に算定できるにもかかわらず(しかも社内にプロの弁護士、会計士を多数抱えていたにもかかわらず)、なぜこのようなミスを発生させてしまったのか、他社も「他山の石」として参考になるところが多いと思います。自己株式取得公表のタイミング等、実務を知るうえにも参考になります。

さて、いろいろな論点が「てんこもり」の同報告書ですが、私が注目しているのは、このような第三者委員会報告書が会社役員の提訴リスクに及ぼす効果の有無ですね。法的責任なし、との結論で、株主や債権者は責任追及訴訟を断念するのかどうか、という点です。企業不祥事発覚時における第三者委員会報告書は、ステイクホルダーへの説明責任を尽くすことが目的ですから、もちろん裁判所の判断を拘束するようなものではありません。ただ、公正独立な立場の法律専門家や会計専門家によって構成された第三者委員会が、慎重な判断のもとで上記結論に至ったということが、債権者や株主による役員の責任追及訴訟を「思いとどまらせる効果」があるのかどうか、ガバナンス改革の時代だからこそ、とても関心があります。

上記委員会報告書の結論の是非は別として、会社法462条1項の取締役・執行役の責任はいったいどのような制度趣旨で認められているのか(会社法423条による任務懈怠責任との対比、立証責任、会社に損害が発生していることは必要か等)、規範的要件たる「信頼の原則」が適用される前提事実とはどのようなものか(取締役と業務執行者とで区別すべきか、区別は不要なのか)、報告書でも検証されている会計処理に関する内部統制システムの適正なレベルとは一体どれほどなのか(そのレベル感が善管注意義務違反や法462条責任の根拠となる役員の法的責任判断とどのように結び付くのか)、いろいろと考えるところはありそうですね。でもそのようなことは「敗訴リスク」として、大手の法律事務所の優秀な弁護士の方々にお任せすればよいのではないかと。。。

HOYAさんはご存じのとおり、モニタリングモデルによる取締役会制度を運用している第一人者です(社外取締役5名、社内取締役1名)。執行と監督を分離する、ということが今、取締役会改革で議論されています。迅速な経営のために、どんどん重要な業務執行の決定が執行者に委任されます。そのような時代の中で、「監督」ということが十分機能しなければ、このような執行側の不祥事によって社外取締役の方々が監督責任追及に関するリーガルリスクを背負うことは間違いありません。かと言って、ホンネで申し上げれば、社外取締役や監査役は性善説に基づいて社長を全面的に信頼しなければ監督の前提となる情報すら入手できないはずです。だからこそ、(とりわけ上場会社は)社外取締役を含めた会社役員全般において「敗訴リスク」だけでなく「提訴リスク」にも配慮しなければならない時代となりました。

会社法の枠の中で議論されていた時代と、国の経済政策の中で議論されている今日とでは、コーポレートガバナンスに関する国民の認知度には雲泥の差があります。法律家がいくら「したり顔」でガバナンスを語っていても(←自戒をこめて)、また、最終的には役員の敗訴リスクが低いとしても(これもセイクレスト事件の最高裁上告不受理であやしくなってきましたが)、社外役員を辞めた後でも5年ほど裁判に巻き込まれるリスクは社外役員につきまといます(その間、会社は本当に保険料を払い続けてくれる保障はあるのでしょうかね?(^^; )なお、これは「敗訴リスク」にも関連しますが、たとえば上場会社としては、経営経験者の社外取締役さんを守るためにも、法律家の社外取締役をひとり選定しておけば「信頼の原則」の適用上都合がいいのになぁ・・・とも思うところです。(以下「その2」に続く)

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2016年6月16日 (木)

JTB社情報漏えい事件からみた情報セキュリティとコーポレートガバナンス

さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズのエントリーでございます。少々長いですが情報漏えい問題に関する(上から目線ではない)私の思いを綴っておりますので、よろしくお付き合いください。

すでに報じられているとおり、JTBさんは6月14日、自社のサーバーが不正アクセスを受けてオンラインサービスから793万件の個人情報が流出したおそれがある、と公表しました。今年3月15日に取引先を偽装したメールがグループ会社に届き、20代の社員が添付ファイルを開けてしまいました。これが原因で端末がマルウェアに感染したそうで、25日になってようやく遮断措置を完了、その後、データファイルが作成されていたことが確認され、ファイルを復元したところ顧客情報が流出した可能性があることが判明しました。マルウェア感染から2月半後に公表に至ったという流れのようです(6月15日までの報道に基づく)。

私は情報セキュリティ全般については素人ですが、昨年の日本年金機構事件によく似た事件だと感じます。標的型メールを想定して、JTBグループ会社は月2回の割合で不正アクセス対策の予行演習をされていたそうですが、それでもやっぱりメール添付ファイルは開けられてしまうのですね。専門家の方々もおっしゃるように、不正アクセス対策が個人の注意力に依拠する以上、もはや感染を100%防止することは困難で、PCやサーバーはマルウェアに感染してしまうもの・・・といった前提で情報漏えいリスクを管理しなければならないのではないかと。

情報漏えい事件がこれだけ厳しく問われ、ベネッセ社のように社長交代に至るほどの業績悪化を招く事態が想定されますと、JTBさんのように「漏えいの可能性」という段階で公表する企業はまだコンプライアンス的にはマシなほうで、おそらくサーバー感染が確認された企業においても、まったく公表していないところが多いものと推測します(そもそも情報漏えいの可能性があったとしても、実際に漏えいの事実が確認されるまでは公表しない、という経営判断を下している会社は多いと思います)。

ここ2年で5件ほど情報漏えい事件の危機対応に関与させていただ経験上、業務の効率性と不正アクセス防止の有効性を両立させるためには、(私個人の意見ですが)当社グループは不正アクセスによって感染するのは仕方がない、そのうえで感染しても情報を漏えいさせないためにはどうするか、といった管理指針が必要だと考えます。そのために必要だと痛感するのが親会社におけるCISO(最高情報セキュリティ責任者)の選任です。取締役や執行役員の中から、CISOを選任して、どの専門業者に委託するのか、どれだけのセキュリティ予算を組むのか決定する権限、そしていざというときのセキュリティ権限(遮断権限)をCISOに委譲し、その最終責任を担っていただきます。

最近のコーポレートガバナンス改革において「モニタリングモデル」への移行が議論されていますが、リスク管理という視点において本当に情報セキュリティの重要性を認識している役員は、実際に痛い目に合った方以外には、ほとんどいらっしゃらないように思えます。みさなん「情報を漏えいされたことの被害者意識」が強いためか、「顧客に対する加害者意識」が不足しています。他の会社に対するサーバー攻撃の新たな「踏み台」として、さらなる被害を出しかねない「加害者意識」にも思いが至らないようです。したがって、有事になったら専門業者に任せておけばよい、といった風潮が危機に直面した企業でも根強く残っています。

しかし、情報セキュリティの専門会社にしてもそれぞれ得意分野があり、急場に稼働できる人的資源にも限りがありますので「このタイプの事件はこっちが受託者で、こっちが下請け」といった役割分担が求められます。おそらく日常から専門会社と信頼関係を形成しておかなければ、有事にこのような手配は困難です。そして実際に情報漏えい事件が発生すると、そもそも権限も持っていないのに「社内処分」として、社内の担当者が責任をとらされます。「そんなアホな」といった事態が見受けられます。情報セキュリティの重要性を取締役会で認識するのであれば、処分にふさわしいほどの権限をまずCISOに付与して、自由にセキュリティ対策をとれるような体制が必要です。

「むずかしいことは担当者にまかせる、予算が必要なときはみんなで決める」といった取締役会の雰囲気の会社では、おそらくJTBさんと同じ事件は間違いなく発生すると思います。公益通報の対象にもならない事件ですから内部告発の可能性は少ないはずですし、取締役の方々は顧客に被害が及ばないことに「賭けて」あえて公表しない、といった経営判断を下すことになってしまいます(情報漏えいの事実確認は、広く国民の協力を得なければ困難だと思うので、可能性が判明した時点で公表すべきであり、このような判断は取締役にバイアスがかかった最悪の事態だと申し上げたいですが、これが現実です)。法律専門家や調査分析を担当したセキュリティ業者が「公表すべき」と進言しても、これに応じる会社さんと応じない会社さんがいらっしゃいます。警察の捜査に協力することは重要だとしても、捜査に必要な範囲で情報開示を控えることと、顧客の利益保護のために必要な範囲で情報を開示することの違いは冷静に判断しなければ、取締役の善管注意義務違反になりかねません(情報漏えい事件が起きた時に、警察捜査がどのように行われるか、という点を大手法律事務所や監査法人のリスクマネジメント部隊の方々に指導いただくことも有益です)。

取締役会改革の中で「執行と監督の分離」ということが言われますが、経営判断の迅速性を高めるために「担当者に任せる」ということは、責任を負わせるにふさわしい権限を付与することです。情報セキュリティが重要な経営判断だとすると、企業には、ひとりの取締役、執行役員に、予算編成や業者選定そして、企業活動にとって重大なネット環境の制限という権限まで、すべて任せる覚悟はあるでしょうか。「こうすれば情報漏えいは防ぐことができた」「こうすれば感染せずに済んだ」といった後だしジャンケン的な議論がなされることが多いと思いますが、私はまさにCISOの選定(情報セキュリティは重大な経営判断事項であることの共有)、そして責任に見合う権限を委譲する取締役の覚悟が最も大切だと考えます。

最後に「執行と監督の分離」における「監督」ですが、情報セキュリティ部隊をまとめるCISOに必要なスキルはセキュリティ会社との信頼関係の維持とグループ会社における人材確保(縦割り部隊をマネジメントする力)だと思います。ともすれば業者の言いなりになってしまったり、利益相反を疑わせるような癒着が生じたり、グループ会社の協力体制の空洞化(情報セキュリティの重要性に関する認識が親会社とグループ会社で大きな温度差が生じてしまうこと)が問題視されます。これらの点だけは取締役会としてCISOを監督する必要がありますが、それ以外は彼の良心に委ねて職務の遂行に期待するほうが適切ではないでしょか。

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2016年6月15日 (水)

公益通報者保護法実効性検討会WGのご報告

公益通報者保護法の法改正に向けた消費者庁の検討会WG(ワーキンググループ)の会合も今回が3回目となります。いよいよ、「公益通報事実」を広げるべきかどうか、公益通報者が会社から不利益取扱いを受けた場合の罰則をどうするか(行政措置のほか、刑事罰を設けるべきか)といった検討事項に入ってまいりました。傍聴にお越しの方はおわかりのとおり、このWGの議論は「予定調和」的な雰囲気はないですね。予想外の意見が予想外の委員から飛び出すこともありますね(おまえだろ!と言わないでくださいね・・・)

国民の生命、身体、財産の安全を確保するための法律への違反に限るのか?国益を保護する法律違反は含めないのか(たとえば世間で話題の政治資金規正法など、はたして公益通報事実に入るのか、入らないのか?もし入らないのであれば、入るような法律に改正すべきなのか-でもすでに刑法は入っていますし・・・)、法律違反に刑事罰が入っているものに限定する理由はあるのか?「法律」だけでなく「条例」で刑事罰が規定されているものは含めるべきかどうか?、あまり公益通報の範囲を広げすぎると、今度は刑事罰の前提となる不利益処分者の予見可能性が乏しくなり、憲法違反(罪刑法定主義)になるのではないか?・・・いろいろな課題が浮上します。

当ブログでコメントをいただいている方々の意見と同じ意見や、ちょっと違う意見等、私なりに発言をさせていただきましたが、またご興味のある方は(近々公開されます)議事録をご参照ください。今日は宇賀座長(東大教授)と升田委員(副座長-中央大教授)とのご議論もありましたが、座長も個人的なご発言をされるようになって、盛り上がりますね。みんな意見は違いますが、公益通報者保護法が消費者の利益にどうしたらつながるか・・・、最終目的に向けた気持ちの強さは同じだと思います。それにしても毎回、傍聴希望者の方は多いですね。

法律内部における条文間での整合性、他の法律との整合性への配慮、裁判例との関係整理、労働法や会社法、訴訟法実務とのバランス考慮、外国法の運用に関する分析、適切な立法事実の検証等、作業を進めてみると「法改正が必要」といった漠然とした希望だけではとても法改正に結び付かないことを痛切に感じます。ひとつひとつ、丁寧にクリアする作業がどうしても必要でして、当ブログのように勝手な自説を言い放つだけでは問題は解決しませんね(^^:こんな私でもなんとか国民生活のお役に立ちたい!企業のコンプライアンス経営を支援したい!という気持ちで、8月下旬くらいまで続く作業に携わってまいりたい所存です(また皆様方のお知恵をお貸しください)。

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2016年6月10日 (金)

不正会計実態調査から見えてくる企業側の有事の実態

今日は夕方から事務所でゆっくり過ごせたので、楽しみにしておりました5月30日付け日本公認会計士協会「不正な財務報告及び監査の過程における被監査企業との意見の相違に関する実態調査報告書」をじっくり拝読いたしました。上場会社監査に携わっておられる責任者クラスの会計士の方々のアンケート結果の集計と仮説に関する実証分析が中心ですが、いやいや実に興味深い内容です。

なにが興味深いかといいますと、監査人が経営者から監査人交代のプレッシャーをかけられるのはどんな場合が多いか?といった質問に、最も多い回答が「不正の疑惑を最初に経営者から伝えられて知った場合」に集中している点です。最初、この回答をみて意外に思いました。経営者自身が不正の疑惑を最初に監査人に伝えるというのは、ある意味で誠意のあるまじめな経営者であるから、そもそも監査人にとっては「不正リスク対応監査基準」に則って仕事を進めやすいのではないか(つまりもっともプレッシャーをかけられずに済むのではないか)と思いました。現に、報告書を作成している協会事務局も「経営者から監査人に不正を示唆する状況を知らせる事象を、経営者が監査人に対し協力的である表れと捉えると、意外な傾向のように思われる」と付記しておられます。

しかし、(ここからは私の推測ですが)ほかの質問に対する回答集計等を参考にしてみますと、なるほど・・・と。つまり監査人が最初に経営者から不正の疑惑を伝えられる、ということは、(企業側からみれば)関係者の中で最後に監査人に伝えました、ということだと思われます。

「これ以上、監査人に黙っておくわけにはいかんだろう」

「隠してたら、そのうち誰かが内部告発しますよ、きっと」

「わかった、じゃ、俺(社長)から監査人に伝えるから、俺が穏便に済ませてほしいと頼んだら監査人も黙って処理してくれるだろう・・・、まあ『話のわかる監査法人』なんて一杯ありますよね、先生?なんて言ったら、『上と相談します!』ってな具合で今期くらいはなんとかしてくれるだろう・・・、いや、最後は俺があの監査法人のトップと話をしてもいいぞ。」

といった会話が目に浮かびます。

他のクロス集計の結果をみますと、「最初に経営者から疑惑を告げられた」という事例は、その後第三者委員会の設置を要望したり、取引先に反面調査をしたり、フォレンジック手続きにまい進する等、やはり「監査人交代プレッシャーをかけられる」にふさわしい(?)追加監査手続きがなされています。監査人がご自身で不正疑惑を見つけたり、内部通報がなされたり、監査役から連絡を受けた場合と比較しても、やはり厳しい状況での監査手続きが目立つのでありまして、社内でゴタゴタがあった末に監査人に交代プレッシャー目的で経営者が対処方を要請してきた、というのが実態ではないでしょうか。裏をかえせば、この監査人の実態調査は、不正会計で揺れる被監査企業側の実態調査でもあるわけで、ギリギリまで監査人には真実を隠しておいて、最後には必死になって監査人に「言うことを聴かないと監査人を交代させるぞ」と脅す(?)上場会社の姿が垣間見えるようです。

監査人が職業的懐疑心を発揮できるよう、監査業界全体で取り組むべき課題は?との回答に、一番多いのが監査の失敗事例や不正発見事例などの事例研修が挙げられています。もちろん監査人の研修としても重要ですが、私は監査を受ける側の上場会社も、社内で会計不正がみつかった場合、もしくは不正・誤謬との認識はなくても、監査人と意見の相違があった場合、どのように対応すべきか、その有事研修がとても効果があると思います。会計監査人との意見相違がどのような重大リスクを伴うものか、そのリスクがどのように顕在化するのか漠然としているために、かえって監査人との信頼関係を破たんさせてしまうような行動に出てしまうのではないでしょうか。

上場会社の会計不正といった有事の対応で大切なことは、会計不正や監査人との意見相違が明確になった時点において、どのような着地点を目指して問題を処理するか、を冷静に見極めることです。取引所には正直に相談をして「企業不祥事対応のプリンシプル」を念頭に置いた対応を心掛け、金融庁(財務局)には早めに報告をして報告書提出延期の前提となる金商法・開示ガイドラインを遵守した対応を心掛け、過年度決算修正を念頭においた会計専門家の助言を受け、そして監査人とのコミュニケーションを密に行うことが肝要であり、できるだけ不正対応事例などを参考にするのが得策かと思います。会社側の会計処理に自信があるのであれば、まさにルール自体を変えるために動くことも検討すべきです。また、監査役の方々の立ち位置もきちんと認識しておくことが必要ですね。

もちろん、このような状況が起きないことが大切なのですが、監査法人向けガバナンス・コードの実施等、東芝事件を背景に、当局の厳しさが増す監督状況からすると、監査法人の被監査企業に対する姿勢はますます厳しくなることは間違いありません(先日も監査法人側から「合意解除」ではなく「一方的な解除」がされた事案がありましたね)。どんなに誠実な上場会社さんでも、こういった有事対応を「模擬体験」しておくことは損にはならないと思います。

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2016年6月 8日 (水)

東京都知事の第三者委員調査についての雑感

政治に絡むエントリーは過去に苦い経験がございまして(たとえば田中文科相の大学認可拒否問題のときは行政法の理解不足を皆様からご指摘を受けてボロボロになりました)、あまり書かないようにしていますが、東京都知事の政治資金規正法違反疑惑に対して「第三者調査」というものが行われましたので、ひとこと。もちろん、私個人の意見であることを付記しておきます。

企業法務に詳しい方々のように、ふだんから企業不祥事発生時の第三者委員会等を知っている方からしますと、「あるべき第三者調査」のイメージも認識できると思いますが、企業法務の世界など、本当に狭い世界です。都知事の会見で初めて「第三者調査」というものを聞いた世間の多くの皆様は、第三者による調査といっても、どんなものかイメージが湧かないのが当然です。ほんの一握りのマニアックな世界で有名なオリンパス事件、東芝事件の第三者委員会といったものを知らない多くの方々が、今回の「第三者調査」をみて、「新聞で時々出てくる第三者調査というのはこういったものか」とイメージをもたれたのではないでしょうか。とくに法令に基づくものではありませんが、私の抱く第三者委員会調査と今回の東京都知事第三者調査との比較を図表にまとめてみました(まぁ、私のブログを閲覧される方々も、マニアックな方だけかもしれませんが・・・)

Toshijihikaku

いろいろ批判されていますが、第三者調査の費用は批判の対象とされている人(法人を含む)が出すことが前提です。したがって、第三者といいましても、どうしても利益相反状態は起きてしまうわけです。だからこそ、公正独立な立場で調査を行うということを、ほかのいろいろな点からステークホルダーに示す必要があります。表で示した項目はそのうちの一部だとお考えいただければ結構です。

フォレンジック(電子調査)があたりまえの時代なので、東京都知事と秘書とのメールでのやりとりなどを調べて、依頼事項以外にもフォーカスを広げないと第三者調査とは言えないでしょうし、とりわけステークホルダーは都民の皆様でしょうから、調査報告書の開示は必須ではないかと(私はある議員さんのブログから調査報告書の全文を閲覧しましたが、中間報告ということでもないようです)。ただ、こういった調査を「やりますよ」と都知事に説明した第三者委員候補者の方には「そこまでやるならもう結構です、依頼しません」と都知事側からお断りした可能性もありそうですね。ここは調査開始時点で委員の氏名開示がなかったので、かなり可能性は高いのではないかと思います。

第三者委員会による調査については、報告書が作成されるまでは依頼者(委嘱した者)にお見せすることは少ないのではないかと(ただし、金融庁や取引所などには中間報告的に見せることはあります)。なぜなら、予定された結論に対して依頼者から横やりが入ったり、(結論が依頼者にとって不都合だとわかった場合には)その時点で第三者委員会を解散させるような事態になってしまうからです。

最も違和感を覚えたのが記者会見です。都知事の横で第三者委員が座っているというのはどうみても都知事の代理人にしか見えないですね。記者の皆様からすれば取材が一回で済むという利点はあるかもしれませんが、ちょっと不自然ですね。法律家の意見をもらったとき、依頼者は「法的な問題がクリアできれば全てオッケー」と誤解して、コンプライアンス違反に気付かないケースがあります。政治資金規正法違反とはいえない、という結論はあくまでも法的意見であり、都民の方々がもっとも知りたい都知事としての品格・見識問題は残されたままと考えるべきです。

話は変わりますが(私は大阪府民なので単なる野次馬にすぎませんが)、都知事はなぜ公費を(間違って)自腹で払っちゃった領収書を出さないのでしょうか?公費もプライベートも「プール金」から出していて、プライベートも領収書をもらっている、という会見の内容を前提とするならば、自腹で払った領収書も会計責任者にお渡しになっていたのでは?仮にご自身で保管されていたとしても「ほら、本来なら公費なのに、まちがえて自腹で払っちゃった領収書もいっぱいありますよ!こんな感じで私も会計責任者もときどき処理を間違えていたのです。だから逆に自腹で払うべき分を公費と記載してしまったミスが生じてしまうこともあるんです。だって、公費になるかプライベートかはハッキリわからないものもあるんですから・・・」と説明すればよいのでは?・・・と素朴に思います。すべて公費である、という理由で押し通すほうが、「まちがっちゃった」と言って違法性(虚偽記載)を疑われるよりマシだという判断があるのでしょうか。しかし家族同伴旅行については「会議費」と記載されていたわけですから、どうみても「虚偽記載」の疑念は晴れませんよね。このあたりは興味があります。

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2016年6月 7日 (火)

監査等委員会設置会社への移行とISSの議決権行使助言ポリシーの改訂

あまり話題になっていませんが、昨年12月に監査等委員会設置会社に移行を表明していた三菱自動車さんは、今回の燃費偽装事件をうけて、5月に移行を中止しました。日産自動車さんとの資本業務提携の関係から・・・・ということらしいのですが、監査等委員会設置会社の長所を発揮できる前提となるガバナンス環境が整備されていないから、というのがホンネのところではないでしょうか。

ところで、すでにお読みの方もいらっしゃるかとは思いますが、本日(6月6日)発売の週刊東洋経済では、「移行ブームに隠れた企業の本音-急増中の監査等委員会設置会社は、不当ガバナンスの隠れみのになりかねない」と題する記事が掲載されておりまして(88頁以下)、私へのインタビュー記事もたくさん掲載されています(雑誌版のみ-本号はガバナンス改革特集で、なかなか読みごたえがありますね)。監査等委員会設置会社に移行することを提案するのは経営者ですが、最終的に移行を決定するのは株主です。だから、株主は監査等委員会設置会社のメリット、デメリットを十分認識し、企業価値を向上させるために監査等委員会を活用しなければなりません。

5月までに監査等委員会設置会社への移行を表明(すでに移行済も含む)した上場会社はすでに700社を超えているものと推測されますが、自社のガバナンス環境から、監査等委員会設置会社に移行することを表明している会社は約1割であり、その他の9割の移行会社は、あくまでも制度対応のため、ということではないかと。たとえばカプコンさんのように、監査等委員会設置会社に移行するのと同時に、内部監査部門をすべて監査等委員会の直轄に組織替えする、といった「本気モード」が説明されている会社であれば、私は移行について大賛成です。しかし、いわゆる「横滑り型」の移行表明会社については、監査の後退が懸念されるところです。

上記東洋経済の記事の中で、私がインタビューでグタグタ言っているところはスルーしていただいて結構なのですが、議決権行使助言会社ISSさんの日本代表の方の発言部分は要注意です。これまでISSさんは監査役会設置会社から監査等委員会設置会社への移行については賛成することをポリシーで述べていましたが、次の改訂(たぶん今年の11月ころ)で、賛成には何らかの条件を付ける方向で検討しているそうです。先日も監査等委員会設置会社への移行に反対をした機関投資家がいらっしゃいましたが、いよいよISSさんも、現実を直視して動き出すようです。

ガバナンスの短所を補完するタイプの移行は監査を後退させるおそれがあるので私は反対ですが、ガバナンスの長所を伸ばすための移行は大賛成です。指名委員会等設置会社への移行過程として(とりあえず)監査等委員会設置会社に移行する、といった理由での移行も賛成です。任意の指名報酬委員会の設置については、監査等委員会の形骸化を招くため、私は原則として反対です。そのあたりを考慮したうえで、ISSさんも賛成の条件が付加されるのではないでしょうか。いずれにしても、監査等委員会設置会社移行問題も、いよいよ「形式から実質」へと議論が進むことになりそうですね。

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2016年6月 6日 (月)

ガバナンス・コードへの対応-取締役会に多数決原理は妥当するのか?

日経新聞では先週、「揺れる企業統治-私の見方」ということで、攻めのガバナンスの実効性について有識者の方々のご意見が掲載されていました。経営者、学者、投資家の立場から、様々な要望もあり、たいへん勉強になりました。

ご意見を拝読していて、最近、監査役会設置会社における任意の指名委員会が、経営トップの人事を揺るがすような具体的な事件が報じられましたので、社外取締役が機能している、攻めのガバナンスの効果が出始めている・・・といった意見が多かったように思います。しかし、実際に社外取締役として実務を経験したり、他の会社の取締役会運営等に携わる者として、私はやや別の意見を持ちました。それは、以下の二つの点です。

ひとつは「社外取締役は人事問題をできるだけ表面化させてはならない」ということです。ドンパチが表面化したことで、社外取締役が機能しているかどうかを判断するというのはナンセンスで、そもそも社外取締役が機能している会社では、ドンパチが始まる前に経営権問題を解決しています。もちろん「社外取締役の役割」からすれば、透明性・公正性に問題がないとは言いませんが、「お家騒動」「経営権争い」は第三者からみればおもしろいネタなので企業価値の低下につながりかねません。したがって、権限委譲は極力密行性をもって行われるべきであり、たとえ社内で派閥争いがあったとしても、世間にこれをさらすことなく、円満に委譲がなされることに社外取締役が活用されるのが本筋です。社外取締役が活躍した事件が多いから「機能している」というものではなく、むしろ社外取締役が機能しているかどうか外からわからない中で、実際は機能している例が多いのです。

もうひとつは、どんなに社外取締役ががんばっても、そもそも取締役会に多数決原理が妥当していなければヤマは動かないという点です。このたびの大手流通グループさんの重要子会社人事問題についても、指名委員会の果たした役割や無記名投票制度の是非が議論されていますが、私は連日、指名委員会の様子が(どういうわけか?)マスコミで報じられたことが最も大きなポイントだったと考えています。ほかの社内取締役さんにとって、「ああ、今度の取締役会は多数決原理が妥当するのだ」という認識を、その報道で知ったことから、カリスマ経営者の目の前で(安心して)反対票を投じたり、白票を投じることが可能になったからです。

会社法の条文からすれば、取締役会に多数決原理が妥当することはあたりまえです。しかし、上場会社の取締役会では、ほとんどの会社が全会一致を原則としているはずです。ある上場会社で「議事録に反対意見を書く取締役会など考えられない」と(事務局に)言われたこともあります。仮に社外取締役が反対意見をとなえれば、審議案件はいったん撤回され、時間をかけて社外取締役を説得し、とりあえず社外取締役も妥協をして最終的には議案が承認可決される、という流れが多いはずです。ガバナンス・コードでは、(取締役会の議論を活発化させるために)できるだけ社外取締役には事前に議案内容を説明すべきであるという要望事項がありますが、これも実際には「取締役会でいきなり反対されないための社外取締役への根回し」として活用されているのが現実です。

おそらく賛否両論あると思いますが、本当にガバナンス改革を「形式から実質」へとステージを上げるのであれば、私は「取締役会は反対意見を議事録に書くのがあたりまえ。そのかわり反対した取締役も、決定した事項については善管注意義務を尽くしてその執行や監督を行う」ということを実践することが求められているものと考えています。社内取締役が自由な意見を言える雰囲気を取締役会に持ち込むためには、まず社外取締役が、そのような雰囲気作りに貢献すべきです。

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2016年6月 2日 (木)

スズキ不適切燃費測定事件とダスキン事件はどこが違うのか?

スズキ社の不適切燃費測定問題と、平成14年に違法添加物の混入した豚まんを販売して11名の役員に5億7000万円の損害賠償責任が(株主代表訴訟で)認められたダスキン事件はどこが違うのだろうか・・・と、5月31日の記者会見を新聞で読みながら考えていました。どちらも海外では認められているものの日本では違法とされている商品やルールを活用していた点で同じですし、どちらも消費者に被害が全く出ていない(身体の安全や財産の安全が脅かされたわけではない)という点でも同じです。社内で違法性の認識を抱いていた社員が存在することも同じです。

スズキ社が5月31日にリリースした「排出ガス・燃費試験に係る不適切な事案に係る調査指示に対する国土交通省への報告内容について」も読みましたが、不適切な燃費測定の原因は明らかに内部統制システム構築義務違反です(法規認証部の機能不全によるルールの運用義務違反、内部監査部門の不存在)。内部統制システムの整備義務に問題があれば経営トップの経営判断原則が妥当しますが、運用義務違反となりますと、(経営者の裁量権の範囲が狭くなりますので)かなり問題が大きいのではないかと。ダスキン事件もリスク管理義務違反が善管注意義務違反の根拠となっておりましたので、こちらも(同じとは申しませんが)かなり似た構図です。

さて「提訴リスク」はどうなのでしょうか。組織ぐるみで不正を隠していたのがダスキンの経営陣ですが、スズキ社はそのようには見受けられません。あくまでも効率経営を徹底した企業が、その反動で社内のごく一部において不正に走ってしまったというストーリーです。つまり、スズキ社の場合は(いまのところ)社員による不正ということで「一次不祥事」ですが、ダスキンのケースは明らかに「二次不祥事」が問題になっています。株主ほかステークホルダーに「こんな組織は許せない」といった気持ちにさせて「敗訴覚悟で訴訟を起こそう」という動機付けがそれほど強くはないように思えます。ただ、「たとえ燃費測定法が不適切だったとしても、実際の燃費には影響ないのだから、いままでどおり広告、販売は続けます」といった姿勢はどうなのでしょうか?「これだけのことをやっておきながら、燃費に問題がないから販売を続けるっておかしいのでは?」と考える方も多いでしょうし、現に5月の売上は10%以上の落ち込みという結果が出ています。裁判の勝敗にかかわらず、会社や役員が裁判を起こされるリスク・・・つまり「提訴リスク」を抱える要因が存在するようにも思えますが、皆様はどうお考えでしょうか。

ところで上記5月31日のスズキ社のリリースには、再発防止策が7つほど示されていますが、再発防止にあたり、私は重要な不備があると思います。というのは、5月18日の会見で、同社の会長さんが(不祥事を受けて)「善意でやったとなると、人情的には考えなくてはいけない」と発言されたものを、同31日の会見では撤回して「法に従い、適切に対処いたします」と言い直されました。私も18日の会見は(ホンネとしてはわかりますが)かなりマズイなぁと感じました。このような会長さんのホンネを社員が知ったとなると、いくら「どんなことでも話し合える雰囲気作りが大切だ」と会社が示しても「ああ、やっぱり会社のために不正をしても結果さえ出せば許される体質なのか・・・、不正をみつけても、これを通報して馬鹿をみるのは私なのだな・・・」と認識してしまいます。

社員の方々にとって、まず大切なのが自分の生活、そして次に大事なのが自分の所属する部署の平穏、そして3番目に大切なのが会社の利益です(これはまず間違いないところだと確信しています)。違法性を認識していたスズキ社の社員の方が「それほど重大な問題だという意識はなかった」と証言されているそうですが、それはまさに自分に課されたミッションをこなすことのほうが会社の利益を守ることよりも重要だからです。この現実から目をそむけることはできないのであり、どんなに立派な内部統制を構築しても、かならず不祥事は起きます。ただ、どんな企業も一次不祥事は防げないけれども、(組織を破たんに招くような)二次不祥事だけは防ぐ・・・、そういった気概を経営者は持って、具体的な方策を検討することが必要だと考える次第です。

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2016年6月 1日 (水)

刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(下)

さて、昨日の「上」の続きでございます。弁護士倫理の問題など、一般の方々には「どーでもよい話」かもしれませんが意外とアクセス数も多かったので、気を取り直して(?)お話を進めたいと思います。司法取引に関する弁護士倫理を考える設例は昨日のエントリーの最後のほうをお読みください。

依頼者の利益のために活動するのが刑事弁護人ですから、司法取引によって罪を免れたいと考える被疑者・被告人の合意方針については、弁護人Bは原則として反対しないことになりそうです。しかし、いくら依頼者の利益のためといっても、裁判所の真実発見に向けた手続きを積極的に妨害することは許されないことは自明です。すると、上記事例におけるB弁護人は、被告人C氏の刑事手続きにおいて有罪に導く重要な証拠の提出を「いい加減」なまま進めることに加担してもよいのでしょうか?

弁護人の同意は、あくまでもA氏が合意手続きを選択するためのメリットやデメリットを判断するため、ということであればよいのですが、それだけでなく、(弁護人の同意が合意成立の要件とされているのは)やはりAの供述の信用性担保の意味も含まれているのではないかと思います(注・・・ここは争いがあるかもしれません。そもそも他人の犯罪とはいえ、供述の信用性を担保するといったことが刑事弁護人の職責とは言い難いようにも思えます)。

しかし、Aの供述の信用性担保といっても、B弁護人にはCの犯罪事実の真偽を確かめる能力も権力もありません。したがって、Aの供述の信用性はよくわからないままに他人の犯罪行為立件に協力するわけで、おそらく弁護人Bとしては、A氏に対して「(Cの犯罪に関する)あなたの供述は信用できない。このままだと刑訴法で新設された合意当事者の虚偽供述罪(刑訴法350条の15)であなたはもっと不利益な状況に置かれてしまう可能性がありますよ」と説得しなければならない場面も出てくるのではないでしょうか。Aがどんなに明白な真犯人と思われる場合でも、Aが自分の無罪を主張してくれとB弁護人に言えば、Bは無罪主張に徹しなければならないわけで、これは何ら問題ありません。問題は、Aの供述だけでは他人の犯罪行為がどうみても立証できないような場合に、弁護人としては、Aの主張を全面的に後押しすることが倫理として許されるのか?ということです。

しかし、司法取引などやめとけ!と説得をすれば被疑者・被告人との信頼関係が失われ「あなたは誰の味方ですか!?弁護人として失格ですよ」と言われて弁護人選任契約は解除されてしまうかもしれません。いや、契約解除で済めばまだマシで、刑事弁護人としての職務違反(誠実義務違反)としてA氏から懲戒請求を受けるリスクもあります。つまりA氏とC(もしくはD弁護人)の板挟みに合う事態になることが懸念されます。

さらに以下のような事例も懸念されます。そもそも、刑訴法改正を待たなくても、これまでも事実上は司法取引的なことは行われてきわけでして、今回の改正は、いわば公然と司法取引制度が活用されるようになった、といっても過言ではないと思います。そこで、上記のような問題以外にも、これまでも事実上行われてきたような「特定同種事件ではなく、あなたのほかの犯罪行為については見逃してやるから、合意手続きを活用しなさい」と検察から勧誘された場合、そのような法定外の司法取引を知って弁護人が同意した場合はどうなるのでしょうか?Cを弁護する弁護人だってCを弁護することに必死ですから、「このB弁護人のやり方は弁護士倫理違反であり、そもそも合意手続きは無効だ」と主張する事態も十分に考えられます。弁護士が法令を逸脱した合意手続きに加担するということが弁護士倫理上きわめて重大な課題になりそうです。

司法取引に絡む弁護士倫理の問題は、ほかにもたくさん考えられるわけでして(たとえば企業犯罪の場合には法人の弁護人に関する問題もありますね)、この制度に関与する弁護士にとっては高度な弁護士倫理に関する知見が必要ではないかと考えております。上記事例におけるB弁護人とD弁護人はガチで「おまえは見識のない弁護士だ」と批判しなければならない事態も想定されますし、たとえポーズであったとしても、Dが立件された裁判の進行中に「A氏の供述はなんら信用性に乏しい虚偽であります!その証拠に、私たちは虚偽供述罪で弁護士も告訴しました!懲戒請求も出しました!」と頑張る弁護士さんも登場するでしょう。共犯者の弁護を同期の仲よし弁護士に依頼する・・・ということも実際はありそうですが、それも弁護士倫理上問題が出てきそうなところです。

意外と知られていないことですが、弁護士倫理に関する日弁連、各単位弁護士会における判断は、委員会を構成する委員によって結論が変わるケースが多いのです(単位会と日弁連で結論が異なるケースもあります)。また、行き過ぎた刑事弁護活動を検察庁が「措置請求」として問題視するケースは稀ですが、このたびの司法取引では、(自分の弁護活動に熱心な)弁護士が別の弁護士の刑事弁護活動を問題視する場面が想定されますので、おそらく倫理問題が顕在化する可能性は高いと思われます。これまであまり真剣に考えてこなかったところかもしれませんが、この制度の運用の巧拙は、このような職業上の倫理問題も絡むのではないかと思われます。企業法務に関わる弁護士としても、今後は慎重に検討すべき課題かと。

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