刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(下)
さて、昨日の「上」の続きでございます。弁護士倫理の問題など、一般の方々には「どーでもよい話」かもしれませんが意外とアクセス数も多かったので、気を取り直して(?)お話を進めたいと思います。司法取引に関する弁護士倫理を考える設例は昨日のエントリーの最後のほうをお読みください。
依頼者の利益のために活動するのが刑事弁護人ですから、司法取引によって罪を免れたいと考える被疑者・被告人の合意方針については、弁護人Bは原則として反対しないことになりそうです。しかし、いくら依頼者の利益のためといっても、裁判所の真実発見に向けた手続きを積極的に妨害することは許されないことは自明です。すると、上記事例におけるB弁護人は、被告人C氏の刑事手続きにおいて有罪に導く重要な証拠の提出を「いい加減」なまま進めることに加担してもよいのでしょうか?
弁護人の同意は、あくまでもA氏が合意手続きを選択するためのメリットやデメリットを判断するため、ということであればよいのですが、それだけでなく、(弁護人の同意が合意成立の要件とされているのは)やはりAの供述の信用性担保の意味も含まれているのではないかと思います(注・・・ここは争いがあるかもしれません。そもそも他人の犯罪とはいえ、供述の信用性を担保するといったことが刑事弁護人の職責とは言い難いようにも思えます)。
しかし、Aの供述の信用性担保といっても、B弁護人にはCの犯罪事実の真偽を確かめる能力も権力もありません。したがって、Aの供述の信用性はよくわからないままに他人の犯罪行為立件に協力するわけで、おそらく弁護人Bとしては、A氏に対して「(Cの犯罪に関する)あなたの供述は信用できない。このままだと刑訴法で新設された合意当事者の虚偽供述罪(刑訴法350条の15)であなたはもっと不利益な状況に置かれてしまう可能性がありますよ」と説得しなければならない場面も出てくるのではないでしょうか。Aがどんなに明白な真犯人と思われる場合でも、Aが自分の無罪を主張してくれとB弁護人に言えば、Bは無罪主張に徹しなければならないわけで、これは何ら問題ありません。問題は、Aの供述だけでは他人の犯罪行為がどうみても立証できないような場合に、弁護人としては、Aの主張を全面的に後押しすることが倫理として許されるのか?ということです。
しかし、司法取引などやめとけ!と説得をすれば被疑者・被告人との信頼関係が失われ「あなたは誰の味方ですか!?弁護人として失格ですよ」と言われて弁護人選任契約は解除されてしまうかもしれません。いや、契約解除で済めばまだマシで、刑事弁護人としての職務違反(誠実義務違反)としてA氏から懲戒請求を受けるリスクもあります。つまりA氏とC(もしくはD弁護人)の板挟みに合う事態になることが懸念されます。
さらに以下のような事例も懸念されます。そもそも、刑訴法改正を待たなくても、これまでも事実上は司法取引的なことは行われてきわけでして、今回の改正は、いわば公然と司法取引制度が活用されるようになった、といっても過言ではないと思います。そこで、上記のような問題以外にも、これまでも事実上行われてきたような「特定同種事件ではなく、あなたのほかの犯罪行為については見逃してやるから、合意手続きを活用しなさい」と検察から勧誘された場合、そのような法定外の司法取引を知って弁護人が同意した場合はどうなるのでしょうか?Cを弁護する弁護人だってCを弁護することに必死ですから、「このB弁護人のやり方は弁護士倫理違反であり、そもそも合意手続きは無効だ」と主張する事態も十分に考えられます。弁護士が法令を逸脱した合意手続きに加担するということが弁護士倫理上きわめて重大な課題になりそうです。
司法取引に絡む弁護士倫理の問題は、ほかにもたくさん考えられるわけでして(たとえば企業犯罪の場合には法人の弁護人に関する問題もありますね)、この制度に関与する弁護士にとっては高度な弁護士倫理に関する知見が必要ではないかと考えております。上記事例におけるB弁護人とD弁護人はガチで「おまえは見識のない弁護士だ」と批判しなければならない事態も想定されますし、たとえポーズであったとしても、Dが立件された裁判の進行中に「A氏の供述はなんら信用性に乏しい虚偽であります!その証拠に、私たちは虚偽供述罪で弁護士も告訴しました!懲戒請求も出しました!」と頑張る弁護士さんも登場するでしょう。共犯者の弁護を同期の仲よし弁護士に依頼する・・・ということも実際はありそうですが、それも弁護士倫理上問題が出てきそうなところです。
意外と知られていないことですが、弁護士倫理に関する日弁連、各単位弁護士会における判断は、委員会を構成する委員によって結論が変わるケースが多いのです(単位会と日弁連で結論が異なるケースもあります)。また、行き過ぎた刑事弁護活動を検察庁が「措置請求」として問題視するケースは稀ですが、このたびの司法取引では、(自分の弁護活動に熱心な)弁護士が別の弁護士の刑事弁護活動を問題視する場面が想定されますので、おそらく倫理問題が顕在化する可能性は高いと思われます。これまであまり真剣に考えてこなかったところかもしれませんが、この制度の運用の巧拙は、このような職業上の倫理問題も絡むのではないかと思われます。企業法務に関わる弁護士としても、今後は慎重に検討すべき課題かと。
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コメント
刑事訴訟法と弁護士倫理、興味深く思いました。民事でも実はどうようかと思いました。
例えば、仔細に事情を聴いていくと、
明らかに不当な要求をしているAと、お人よしで争いごとの嫌いなBの争うである場合、Bが金なら言い値で払ってもいいから妥協したがっている状況で、「Aの要求を認めてしまいなさい、それがよい」と、Bに勧める弁護士がいないでしょうか。
やる気のない、依頼人に対し、正義を貫けというのも、ばからしいでしょうし、さっさと裁判を終わらせてしまう方が依頼人の本音の利益にかなっていることも多いと思います。
しかし、これだと、おかしな(正義に反する)、判例ができてしまいます。
刑事については、敏感に反応する人、激しく反応する人が多いようですが、民事については、お好きなようにと、鷹揚な方が多いような気がします。
本論の対象である刑訴法と離れる話で、大変失礼いたしました。ご容赦願います。
投稿: 浜の子 | 2016年6月 5日 (日) 00時54分