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2016年6月10日 (金)

不正会計実態調査から見えてくる企業側の有事の実態

今日は夕方から事務所でゆっくり過ごせたので、楽しみにしておりました5月30日付け日本公認会計士協会「不正な財務報告及び監査の過程における被監査企業との意見の相違に関する実態調査報告書」をじっくり拝読いたしました。上場会社監査に携わっておられる責任者クラスの会計士の方々のアンケート結果の集計と仮説に関する実証分析が中心ですが、いやいや実に興味深い内容です。

なにが興味深いかといいますと、監査人が経営者から監査人交代のプレッシャーをかけられるのはどんな場合が多いか?といった質問に、最も多い回答が「不正の疑惑を最初に経営者から伝えられて知った場合」に集中している点です。最初、この回答をみて意外に思いました。経営者自身が不正の疑惑を最初に監査人に伝えるというのは、ある意味で誠意のあるまじめな経営者であるから、そもそも監査人にとっては「不正リスク対応監査基準」に則って仕事を進めやすいのではないか(つまりもっともプレッシャーをかけられずに済むのではないか)と思いました。現に、報告書を作成している協会事務局も「経営者から監査人に不正を示唆する状況を知らせる事象を、経営者が監査人に対し協力的である表れと捉えると、意外な傾向のように思われる」と付記しておられます。

しかし、(ここからは私の推測ですが)ほかの質問に対する回答集計等を参考にしてみますと、なるほど・・・と。つまり監査人が最初に経営者から不正の疑惑を伝えられる、ということは、(企業側からみれば)関係者の中で最後に監査人に伝えました、ということだと思われます。

「これ以上、監査人に黙っておくわけにはいかんだろう」

「隠してたら、そのうち誰かが内部告発しますよ、きっと」

「わかった、じゃ、俺(社長)から監査人に伝えるから、俺が穏便に済ませてほしいと頼んだら監査人も黙って処理してくれるだろう・・・、まあ『話のわかる監査法人』なんて一杯ありますよね、先生?なんて言ったら、『上と相談します!』ってな具合で今期くらいはなんとかしてくれるだろう・・・、いや、最後は俺があの監査法人のトップと話をしてもいいぞ。」

といった会話が目に浮かびます。

他のクロス集計の結果をみますと、「最初に経営者から疑惑を告げられた」という事例は、その後第三者委員会の設置を要望したり、取引先に反面調査をしたり、フォレンジック手続きにまい進する等、やはり「監査人交代プレッシャーをかけられる」にふさわしい(?)追加監査手続きがなされています。監査人がご自身で不正疑惑を見つけたり、内部通報がなされたり、監査役から連絡を受けた場合と比較しても、やはり厳しい状況での監査手続きが目立つのでありまして、社内でゴタゴタがあった末に監査人に交代プレッシャー目的で経営者が対処方を要請してきた、というのが実態ではないでしょうか。裏をかえせば、この監査人の実態調査は、不正会計で揺れる被監査企業側の実態調査でもあるわけで、ギリギリまで監査人には真実を隠しておいて、最後には必死になって監査人に「言うことを聴かないと監査人を交代させるぞ」と脅す(?)上場会社の姿が垣間見えるようです。

監査人が職業的懐疑心を発揮できるよう、監査業界全体で取り組むべき課題は?との回答に、一番多いのが監査の失敗事例や不正発見事例などの事例研修が挙げられています。もちろん監査人の研修としても重要ですが、私は監査を受ける側の上場会社も、社内で会計不正がみつかった場合、もしくは不正・誤謬との認識はなくても、監査人と意見の相違があった場合、どのように対応すべきか、その有事研修がとても効果があると思います。会計監査人との意見相違がどのような重大リスクを伴うものか、そのリスクがどのように顕在化するのか漠然としているために、かえって監査人との信頼関係を破たんさせてしまうような行動に出てしまうのではないでしょうか。

上場会社の会計不正といった有事の対応で大切なことは、会計不正や監査人との意見相違が明確になった時点において、どのような着地点を目指して問題を処理するか、を冷静に見極めることです。取引所には正直に相談をして「企業不祥事対応のプリンシプル」を念頭に置いた対応を心掛け、金融庁(財務局)には早めに報告をして報告書提出延期の前提となる金商法・開示ガイドラインを遵守した対応を心掛け、過年度決算修正を念頭においた会計専門家の助言を受け、そして監査人とのコミュニケーションを密に行うことが肝要であり、できるだけ不正対応事例などを参考にするのが得策かと思います。会社側の会計処理に自信があるのであれば、まさにルール自体を変えるために動くことも検討すべきです。また、監査役の方々の立ち位置もきちんと認識しておくことが必要ですね。

もちろん、このような状況が起きないことが大切なのですが、監査法人向けガバナンス・コードの実施等、東芝事件を背景に、当局の厳しさが増す監督状況からすると、監査法人の被監査企業に対する姿勢はますます厳しくなることは間違いありません(先日も監査法人側から「合意解除」ではなく「一方的な解除」がされた事案がありましたね)。どんなに誠実な上場会社さんでも、こういった有事対応を「模擬体験」しておくことは損にはならないと思います。

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コメント

一番最後の「模擬体験」は非常に重要なことだと思います。「避難訓練」と言ってもいいかもしれません。
ただ、この避難訓練に企業がどれだけ危機感を抱いて、お金を掛けられるかはまだまだハードルが高いのが現状です。
トップを説得して予算を・・・などとキレイゴトは色々いえますが、やはり現場の人間がどれだけ本気になって危機管理に臨むかがポイントになってきます。
社内で動かなければ専門家や外部の法律家などの有識者を使って外の風を入れるということも大切かと思います。

投稿: 和田 | 2016年6月10日 (金) 09時02分

内部抗争や利益供与の末の内部告発と逆に(経営者の関与はともかく)離反者が出ないほど組織の結束が強い状態故に経営者が最初の不正疑惑報告者になるということはありそうですね

一方で子会社の不適切会計を第三者の通報を受けた会計監査人から知った札証の某企業はその後も会計監査人は変更してはないですね
持株会社移行等の体制移行やIFRS対応に会計部門や内部監査の知識伴わないことのミスによる不適切会計という場合なんかは研修なんかは有効そうではあります。

「金を生まない部門」への出費はやりたがらない企業でも交通費や会費などの費用が下がれば参加も増えそうな気もします

投稿: 流星 | 2016年6月12日 (日) 20時34分

模擬訓練は良いアイデアかもしれません。上記のコメントに賛成いたします。
しかし、「模擬訓練をしました。大過なく滞りなく進めることができることを確認しました」、という事では困ります。模擬訓練の中で、経営者さまが不愉快なお顔をなさったら大変、というノリの会社では、お芝居になってしまうでしょう。誰も、王様は裸だとは言いませんから。言った人間は、ただでは済まない、かもしれません。この種の問題は、誰が猫の首に鈴を付けるかという、お決まりの問題に帰着すると思います。会社というのは、権力が重なりあった組織ですし、皆々生活が掛かっています。仕事しなくても恒産あり、というような人達では出来上がっていません。会社人間にとって、その会社に属していることが自分の存在証明になっています。家族から見ても、うちのパパは、どこどこ会社の課長さん、どこどこ会社の部長さんというのが、社宅(広義の社宅)という世間での居場所確認のヨスガになっていますし。
言霊信仰の国のタブーを少しずつ破っていく、そういう意味で、不祥事の頻発は、良い傾向なのだと感じております。

 監査人のローテーション制ですが、ある程度大きい会社では必要かもしれないと思うようになりました。会社が「契約切りますよ」という脅しを掛ける、そういう余地を減らしうるかと思います。
また、監査人側も、どのみち、再来年は契約はいったん打ち切りと思えば、監査契約がなくなることへプレッシャーは相当に下がり、積極的な態度も取りうるかと思います。いうまでもありませんが、監査担当者は自分が持っている監査契約(エンゲージメント)で、事務所内の評価なり、事務所内の勢力バランスが変わってくるのです。これは、営利企業と同じです。霞を喰っている聖人君子ではありません。監査人にだけ、聖人君子たれと要求しても、身分保障もなにもないでは困ります。裁判官には身分保障されています。どうして、会計士には身分保障もなく、ただただ倫理倫理と要求されてしまうのでしょう。
また、監査人側で、おかしな事象の匂いに気が付けば、仮に、翌年に監査契約の終了が迫っておれば、後任監査人へ引き継がなければならないわけです。引き継ぎ手続きにおいて、「そこはおかしいのではないか、お宅の事務所の意見審査ではどう整理していたのだ」など揉めて、紛糾するわけにはいきません。これは良い意味のプレッシャーになる可能性があります。
銀行融資では、自行の不良先を、他行に肩代わりしてもらえば、シメシメという話であり、表面的には、迂闊にも出し抜かれたかに見せて、貸金を他行に振る。そうすれば、融資マンとては金星です。株主の利益にも資する。ところが、監査法人の場合、そういう生き方は許されないようにみえます。

 悲観的な言い方にて恐縮なのですが、監査法人にとって、決して春の訪れることのない冬、冬が居座り続けているのだと思います。

投稿: 浜の子 | 2016年6月14日 (火) 00時46分

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