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2016年6月30日 (木)

出光興産VS創業家-創業家の反対表明は当然ではないのか?

(30日午後 追記あり)

出光興産の創業者一族の方々が、昭和シェル石油さんとの合併に反対表明をされたことが話題になっています。28日の出光さんの定時株主総会ではすべての議案が可決されましたが、創業家の資産管理会社の代表者が議案質問の際に、合併反対表明をされたそうです(マスコミでは「代理人弁護士」とありますが、代理人ではなく「弁護士資格を有する社長さん」ですね。そうでないと創業家側のストーリーが立たないです)。29日の毎日新聞夕刊では「会社側が創業家の株式保有比率を低下させるために第三者割当増資を検討」と報じたため、会社側が(慌てて?)「そんなことは一切検討しておりません!」と適時開示を出しています。

法律上の「主要目的ルール」に関する議論等はさておいて、私は創業家の株式比率を下げるために第三者増資を検討することは、いくら会社側の要望が強いとしてもタブー(禁じ手)だと思います(そんなことをすると全国のオーナー企業さんを敵に回すことになりかねません)。どうせやるなら(?)オモテ沙汰にならないように、巧く創業家を崩すことを検討すべきです。大塚家具さんやロッテさんではありませんが創業家一族だって一枚岩ではないかもしれません。また出光さんの株を保有する公益財団法人について、創業家の税務対策として活用しているのかどうか不明ですが、公益財団法人の評議員や理事と創業家との属人的な関係、同法人の資産である議決権行使に契約上の制限が課されていないかどうか、といったところも問題になるかもしれません(ちなみに出光興産さんの定款をみると、種類株式は発行されていないようですね)。

日経新聞の論調は、2010年2月のキリンとサントリーの統合撤回のときとまったく同じ状況で、業界におけるシナジー効果が失われることへの懸念が示されています。しかし、私の個人的な意見としては、あのキリン・サントリー統合撤回のときに、当ブログのエントリーで(恥ずかしい経験談と共に)述べたのと同じく、創業家側の対応には共感いたします。勝ち負けのハッキリしていない上場会社の国策的統合は失敗する確率は極めて高いと思いますし、成功するとしてもそれは才覚や能力ではなく「神風(運)」に依拠するものと考えます(対立する中東の国と親密な関係にある2社に神風は吹くのでしょうか)。

時代の要請によって変容はしていますが「大家族主義」を貫いてここまで経営をされてきた出光さんは、「ここぞ」というときに創業家が経営に口を出すのがむしろ当然のことではないでしょうか。私の経験上、経営者にモノが言えない従業員に代わってモノを言う(言わねばならない)のが創業家です。「創業家の乱」などと見出しが躍っていますが、これも株主主権主義ではなく、労働者主権主義を重視した普通のコーポレートガバナンスの在り方のひとつだと考えます。企業風土が変わればビジネスの種を伸ばす土壌(ガバナンス)の在り方も変わるのがむしろ当然だと思います。

労働組合を作らない(会社は従業員の生活を保証するものであり、解雇もせず、給与は労働の対価ではない、との)出光さんの企業風土が、他の会社の風土と合うかどうか、それを最も判断できるのは(100年以上、この会社を経営してきた)創業家一族ではないでしょうか。そもそも創業者(佐一氏)が「財産と経営を一致させてこそ、会社は社会の公器としての責任を全うできる。株式会社など、いかがわしいものである。税務上しかたなく株式会社形態を採用しているにすぎない」と公言しておられた企業なので、その精神的支柱はいまも創業家にあると思います。創業家の支配力が単純に持株数だけではわからないということは、先日の大手流通グループさんやセコムさんの件でも明らかではないでしょうか。

(30日午後 追記)臨時報告書によると、28日の出光興産定時株主総会において、社長に対する取締役選任議案の賛成率は53%だったそうです。創業家側の保有比率を34%とみても、多くの株主が合併に反対していることがうかがわれます。創業家の精神的支柱、100年企業の社風というバランスシートに乗らない「無形資産」の持ち分保有者の声は大きいなぁと感じます。

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コメント

創業者の発想なり、従業員の考え方は、一つの考えとしては理解できます。
ですが、そのような考え方であれば、上場をするべきではなかったか、もしくは上場時にそれを有報のリスク記載として記載するべき事項ではないかと思います。
少なくとも株主の利益を第一にして考えるわけではない、ということは投資家に対して明確にしておくべきでしょう。

というか、個人的には上場によるメリットは享受したいが上場後もコントロールしたいという我儘にしか思えず、cherry picking的で、そのような考えなら上場するべきではない、とまで思います。

もちろん、創業家がどのような考え方であろうとも、株主として行動するのは、それこそ株主の権利ですから批判するような話ではありません。
私の指摘したいのは、もし創業家が上場後も事実上のコントロール権を維持することを企図したまま上場するのであれば、それは問題ではなかろうか、という問題提起です。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2016年7月 1日 (金) 11時59分

創業家の一族と企業が株主にいるところの有報の記載例はどうしたらいいでしょうか。
当社は大株主の創業家一族が実質的な経営権をもっており、創業家の意向により取締役会の決定事項が随時変更されるリスクがあります。とか

投稿: STUDENT | 2016年7月 2日 (土) 06時09分

私を含め多数の感じ方は、「何をいまさら」ではないでしょうか。
創業者一族の思いは、先生がおっしゃるとおり極めて自然です。
しかし、それだけに、経営統合発表時点は黙っていて今反対を持ち出すことに違和感を感じるのです。
経営統合発表時、第三者の多くが、「社風が違うのに、よく創業者一族が
何も言わないな」と思っていたのではないでしょうか。

投稿: S.N. | 2016年7月 5日 (火) 07時27分

そうそう、私も皆様と同じように、
「この件に関しては、ミョーに山口先生は創業家側の肩を持つなあ」
と、感じているところなのですよ(笑)。

出光の独特のカラーについては実感として感じてきた人間ですけど、

(社史とかを読んでも、太平洋戦争に積極的に協力したことに関して
 1ミリも反省してないところとか(土下座しろとは言わないけど
 普通の感覚だったら社員とその家族を死なせたことに関してぐらいは
 もっと後ろめたくは思うものです)、決して好きにはなれないけど、
 だからといって企業のあり様として決して否定も出来ない)

上場する際に、そういう歴史とは(過去は過去として未来に向けては)
決別したと思いましたから。
というか、株式を公開するということはそういうことです。
株式を公開することによって、ばーーーーーくだいな利益(含み益)を
創業家は得たわけです、その代償としてね。

いいとこどりは あきまへん。


投稿: 機野 | 2016年7月 5日 (火) 11時16分

経済産業省のガソリン価格維持の悪足掻き

(最近、ダムの許容力を越える大雨による災害が懸念される中国の更なる経済後退で無駄になる可能性大)
に会社の内情を鑑みない拡大志向の両経営陣がのかったかのようにも見えますが
(シェル側に労働組合潰しがあるかは不明瞭)

サウジアラビアと資源帝国主義者ロシア(事実上イランはロシアの属国)の対立が影響してるにしても無理がある気はします

投稿: 流星 | 2016年7月 5日 (火) 13時03分

出光に関しては立憲君主たる株主としては内閣たる取締役会に口は出さねど株主総会で権利を行使すべき所では行使するといった所でしょうかね

投稿: 流星 | 2016年7月 5日 (火) 13時11分

いつも楽しく拝読しております、ありがとうございます。
株主が自己の利益のために行動するのは当然(株主が取締役でもある場合は別論)ですが、ましてや今回の創業家の、会社・総株主のためとの主張は、完全に否定もできない状況かと思います。
また、「上場した以上は好きにはできない」のではなく、好きにしていいかどうかを決めるのが正に議決権であり、例えば、CG報告書や有報の「大株主の状況」から、大株主リスクを把握して、上場しておきながら創業家が少なからぬ議決権を保持する会社の株主にならない選択を行う情報は、おおよそ提供されている(むしろ、個人株主は、創業家の後につくことを選んだとも言える状況も多い)ようにも思います。
むしろ問題は、「大株主の状況」では把握できない影響関係や、今回、会社側が問題視しているように、非営利法人が、公的な優遇措置も受け(相続対策も行い)、外部からは中身もわからない不透明な状況でありながら、実質は創業家等の意向と同一視される状況ではないかと個人的には思います。このあたりは、昨今の「持合い批判」や「親会社等の定義」にも関係しているように思いますが。

投稿: unknown1 | 2016年7月13日 (水) 23時00分

皆様、ご意見ありがとうございます。私の意見はunknown1さんともっとも近いものです。開示されていない公益財団法人の内容については、ブログで詮索することもできないので、そこには触れておりません。ご指摘のとおり、公益財団法人の議決権を創業家のために活用するとなると、様々な優遇措置等にも影響してきますが、そこは事情を知らないとわからないですね。
あと、多くのマスコミでこの問題は取り上げられていますが、「創業家」といっても、その中身はいろいろです。経営にからむ(からんでいた)創業家もあれば、からまない創業家もあります。資産管理会社の役員になっている方もいれば無関心な方もいらっしゃいます。現経営陣は、いろいろと落としどころがあるわけですが、うまくいかないのは出光さんの場合は、かなり一枚岩に近い創業家なのかもしれません。

投稿: toshi | 2016年7月14日 (木) 01時04分

 いろいろな意見が出るなあと思いながら読ませていただきました。私は石油業界はわからないので、石油輸入&精製会社は合併で大きくなっていくべき(国策でもあるのですか?)なのか、必ずしもそうではないという意見も相応に意義があるのかの判断はできません。仮にどちらの意見も相応に理解できるものだとしたら(ということは、出光創業家の意見は自分たちが1/3の支配権を維持したいからだけではないならば、ですね)、国や業界の人からせっつかれて拙速に合併の判断を下した取締役会に大株主が反対し、場合によっては、「こいつら経営者として使えん」となって、任期満了時期に株主側推薦の候補者が出てくるのかもしれず、ガバナンスとしては、必ずしも悪くないと思います。
 大株主がいて、いざという時に取締役会に反対するかもということをリスク情報として有報に載せなくていいのか?という意見は、単なるサラリーマン根性とも言えませんか?会社は株主のものです。取締役会が間違っていたら、直さなきゃいけないです。で、株主と経営陣の距離が遠い場合(大株主がいない場合など)、経営陣の誤りを正せるよう、あるいは誤った判断をさせないように社外役員や監査役や、そして委員会制度などがあり、コーポレートガバナンスコードがあり・・・なのであり、取締役会が正しいことを前提にコメントがついている雰囲気も感じることには疑問を感じます。
 ま、結局は、石油業界は合併すべきなのかどうか、あるいは創業家株主側に私心ありやなきや、に関わっているわけですが。

投稿: ひろ | 2016年7月16日 (土) 08時45分

某顧問弁護士さんが創業家をたきつけているのか
(たきつけてはいるんでしょうな)、
更にそのバックに誰か思想的な背景を持った勢力でもいるのか
(創業家の縁がある某作家の顔もチラつきますが、あのひとはそういう
陰謀を仕掛けさせても性分として黙っていられないでしょうな)、
ひょっとしてその更に後ろに資源メジャーの戦略が働いているのか、
まあこっちは陰謀論の域は出ませんが…

おおよそ創業家がやっていいことから逸脱した行為に出てきてますが(合法的なのは当たり前ですが、合法ならば何をしてもいいわけではないのは言うまでもありません)、それでも支持されてきた方は尚も支持されるのでしょうか。

そもそも上場すべきではありませんでしたね。

投稿: 機野 | 2016年8月 4日 (木) 11時23分

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