ガバナンス・コードへの対応-取締役会に多数決原理は妥当するのか?
日経新聞では先週、「揺れる企業統治-私の見方」ということで、攻めのガバナンスの実効性について有識者の方々のご意見が掲載されていました。経営者、学者、投資家の立場から、様々な要望もあり、たいへん勉強になりました。
ご意見を拝読していて、最近、監査役会設置会社における任意の指名委員会が、経営トップの人事を揺るがすような具体的な事件が報じられましたので、社外取締役が機能している、攻めのガバナンスの効果が出始めている・・・といった意見が多かったように思います。しかし、実際に社外取締役として実務を経験したり、他の会社の取締役会運営等に携わる者として、私はやや別の意見を持ちました。それは、以下の二つの点です。
ひとつは「社外取締役は人事問題をできるだけ表面化させてはならない」ということです。ドンパチが表面化したことで、社外取締役が機能しているかどうかを判断するというのはナンセンスで、そもそも社外取締役が機能している会社では、ドンパチが始まる前に経営権問題を解決しています。もちろん「社外取締役の役割」からすれば、透明性・公正性に問題がないとは言いませんが、「お家騒動」「経営権争い」は第三者からみればおもしろいネタなので企業価値の低下につながりかねません。したがって、権限委譲は極力密行性をもって行われるべきであり、たとえ社内で派閥争いがあったとしても、世間にこれをさらすことなく、円満に委譲がなされることに社外取締役が活用されるのが本筋です。社外取締役が活躍した事件が多いから「機能している」というものではなく、むしろ社外取締役が機能しているかどうか外からわからない中で、実際は機能している例が多いのです。
もうひとつは、どんなに社外取締役ががんばっても、そもそも取締役会に多数決原理が妥当していなければヤマは動かないという点です。このたびの大手流通グループさんの重要子会社人事問題についても、指名委員会の果たした役割や無記名投票制度の是非が議論されていますが、私は連日、指名委員会の様子が(どういうわけか?)マスコミで報じられたことが最も大きなポイントだったと考えています。ほかの社内取締役さんにとって、「ああ、今度の取締役会は多数決原理が妥当するのだ」という認識を、その報道で知ったことから、カリスマ経営者の目の前で(安心して)反対票を投じたり、白票を投じることが可能になったからです。
会社法の条文からすれば、取締役会に多数決原理が妥当することはあたりまえです。しかし、上場会社の取締役会では、ほとんどの会社が全会一致を原則としているはずです。ある上場会社で「議事録に反対意見を書く取締役会など考えられない」と(事務局に)言われたこともあります。仮に社外取締役が反対意見をとなえれば、審議案件はいったん撤回され、時間をかけて社外取締役を説得し、とりあえず社外取締役も妥協をして最終的には議案が承認可決される、という流れが多いはずです。ガバナンス・コードでは、(取締役会の議論を活発化させるために)できるだけ社外取締役には事前に議案内容を説明すべきであるという要望事項がありますが、これも実際には「取締役会でいきなり反対されないための社外取締役への根回し」として活用されているのが現実です。
おそらく賛否両論あると思いますが、本当にガバナンス改革を「形式から実質」へとステージを上げるのであれば、私は「取締役会は反対意見を議事録に書くのがあたりまえ。そのかわり反対した取締役も、決定した事項については善管注意義務を尽くしてその執行や監督を行う」ということを実践することが求められているものと考えています。社内取締役が自由な意見を言える雰囲気を取締役会に持ち込むためには、まず社外取締役が、そのような雰囲気作りに貢献すべきです。
| 固定リンク
コメント
経営権のゴタゴタが起こる段階で社外が意思表示するのは最悪な状況で社外が最低限の仕事してるだけの話でそれを誉めるというのも変な話といえばそんな気もしますし
全員一致で反対意見の議事録記載を認めないというのも多数決(というよりは過半数同意)決定が前提の会議体の取締役会としては変な話という気はします
社外の調停による妥協や白票による過半数阻止や全員一致の場合でも社外などの異議を容認して修正された結果ならそれはそれで波風立たずとも社外が機能したことになるとは個人的には思います
投稿: 流星 | 2016年6月 7日 (火) 09時13分
会社法では緊急の場合以外の取締役会招集通知は1週間前(営業日でないので土日含む)となっている一方で定款で大半の会社では招集通知は3日前となっており、中には2日前や4日前、5日前という会社もありますが取締役会の活性化としては何日前がいいのかと思う所はあります
投稿: 流星 | 2016年6月 8日 (水) 00時38分
流星さん、ご意見ありがとうございます。これも現実と理想がかい離している場面でして、私自身は3日前までに説明してほしいとお願いするのですが、社外と社内でもめそうな案件ほど緊急に役員会に上程されたりしますね。下手すると3時間前とか(笑)。でもスピードを重視すると、それも止められないわけでして。むずかしい課題です。
投稿: toshi | 2016年6月 8日 (水) 01時35分
ガバナンス改革で、企業の透明性や説明責任の向上が議論されていますが、何でも間でも白日の下にさらして公表、開示すべきということではないと考えます。経営者は株主から経営を受託されているので、経営判断の原則ではありませんが、裁量権を有しながら厳しい結果責任を負っています。結果を出すために、迅速性も要求されますし、内容に応じて信頼しうる関係者にだけ情報共有を制限しなければならない場面もあります。第三者委員会ですら、その例外ではありません。だからこそ、委託された経営者の人柄や姿勢が決定的に重要であり、経営者の解任権にこだわる社外役員権限論が多いのもうなづけます。「取締役会で反対意見はありえない」というのは、業務執行チームの一体感、連帯責任意識から出たものと思いますが、決議に参加したり影響を与える責任はあっても結果責任を負わない社外役員に「賛成を強要」するまでの極端なレベルまでにはいくつもの段階があります。本質的に重要なのは、社外役員がどの段階でどの程度までリスク回避行動を取るべきかだと考えます。
投稿: 森本親治 | 2016年7月 3日 (日) 06時15分