金融庁も検察も国民を敵に回すべきではない(東芝元経営者立件騒動)
東芝不正会計は違法・・・、金融庁が公式見解を発表しようとしましたが、検察との意見相違が報じられるなかで、同庁は急きょ、発表を中止したそうです(経緯を詳細に報じる産経新聞ニュースはこちらです)。すでにご承知のとおり、東芝会計不正事件について、元経営トップの3名の訴追を要望する金融庁と、証拠上立件は困難として訴追を見送る検察庁との対立が話題になっています。東芝事件の元経営トップの立件について、検察と証券取引等監視委員会(特別調査課)との間で温度差があることは、実はかなり前から(風の噂で?)私は聞き及んでおりました。
先日のエントリー「企業不正に立ちはだかる司法の壁と行政当局の対応」でも述べましたが、昨日(7月19日)の朝日「法と経済のジャーナル」(有償版)の詳しい記事を読むと、やはり長銀事件最高裁判決(無罪判決)の射程範囲をどう考えるか、という点が金融庁と検察との対立の一因のようです。今回の東芝事件における経営トップの訴追において、果たして長銀事件最高裁判決が先例となりうるかどうかは、たとえば中央ロー・ジャーナル最新号(第12巻4号)の金築誠志先生(何度も当ブログで述べましたが、私が最も尊敬する元最高裁判事の方です)によるご論稿「判例について」を読むと参考になるのではないでしょうか(もちろん、これは法律専門家向けのお話ですが、金築論文は裁判実務的にたいへん有益な論稿でして必読ではないかと)。
ところで「なぜ金融庁は公式見解の発表をとりやめたのか?」という点ですが、検察庁からクレームがあったということよりも、(告発があった場合に)検察審査会の職務の独立性(検察審査会法3条)を侵害するおそれがあったからではないかと勝手に推測しています。社会的に話題となった事件において、司法改革の一環として導入された検察審査会の起訴議決が活用されるケースが増えています。もし、後日検察審査会が開催されるような事態となり、行政当局が「これは違法である」と公式に意見表明をしてしまいますと、検察審査会もこの意見に影響を受けてしまうことになりそうです。しかし、これは(国民の素直な処罰感情を訴追に反映させるという)審査会の機能を不全に至らしめ、国民の利益を侵害するおそれがあります。
そしてもうひとつ考えられる理由は、平成30年6月までに施行される「日本版司法取引」への対応です。今回の東芝会計不正事件は、経済犯罪に対する平成28年改正刑事訴訟法上の司法取引(刑事訴訟法350条の2以下)の典型的な活用場面です。東芝事件では、「公正なる会計慣行の逸脱」という論点だけでなく、不正会計の実行者とその指示者が別であり、故意の立件に困難が伴うことが予想されます。粉飾の共犯者(トップから指示を受けた者)に捜査・公判への協力と引き換えに訴追免除する約束をとりつけて経営トップの認識を裏付ける供述を引き出すというものですね。
なお、金融庁職員(特別調査官)は強制捜査の権限は有していても、「司法警察員」ではないので司法取引を行う権限はありません。あくまでも金融庁から告発を受けた検察の権限です。したがって、今後同様の事案を立件するにあたり、金融庁は検察による司法取引の権限をどうしても活用したいところです。したがって金融庁と検察は、これからさらに信頼関係を密に保持することが必要です。場末の弁護士の勝手な邪推にすぎませんので、「話半分」くらいにお聴きいただければ結構ですが、こういった理由がホンネの部分だったりするのではないかと。
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