日本版司法取引が企業実務に及ぼす影響について
本日のNHKスペシャル「ロッキード事件の真相」は新証拠(スクープ)もあり、私ほどの年齢の者には興味深いものでした。当時の特捜部検事でいらっしゃった堀田さん、松田さん、宗像さん、松尾さんも登場され、また児玉誉士夫氏に近い方も実名で登場されました。どんなに情報化社会が進展したとしても、ホンモノの「国家機密」というものは闇の中であり、その国家機密の社会的影響力が薄れた頃に、またひっそりと社会に顔を出す・・・というものなのでしょうね。ロッキード事件といえば、コーチャン氏の嘱託尋問調書の証拠能力を最高裁は否定しましたが、今年の改正刑事訴訟法で新設された刑事免責制度が日本の刑事訴訟法に存在していれば事件はどんな展開になっていたでしょうか。
さて、平成28年改正刑事訴訟法の論点はいくつかありますが、企業実務に影響を及ぼす改正項目といえば、なんといっても日本版司法取引(証拠収集等への協力における合意及び協議制度)です(2018年6月までに施行が予定されています)。旬刊商事法務の最新号にも実務家の方の論文が公表されましたが、多くの法律雑誌も一斉に特集記事を組まれるようで、私のような者にも複数の出版社から座談会出席のオファーをいただきました。結局、最初にオファーをいただいたY社さんの特集記事の座談会に出席させていただくことになりまして、先週、佐伯先生、川出先生(東大の刑法、刑事訴訟法の教授)、木目田先生(西村あさひ法律事務所弁護士)との収録を終えました。実に楽しい収録で、1時間半の予定が2時間になってしまいました。
正直に申し上げて、私は改正刑訴法についてはそれほど精通している者ではございませんので、不祥事に対する企業対応(危機対応)や公益通報者保護法改正問題などを中心に発言したのですが、それでも改正刑事訴訟法に関する論点について佐伯先生(司会)から質問が飛んできましたので、とりあえず(?)準備しておいてよかった・・・と安堵いたしました。その準備にあたり、左にご紹介している新刊「日本版司法取引と企業対応」は、とても役に立ちました。おそらく企業実務担当者や経営者の方々にとって、日本版司法取引を理解するには最良の一冊ではないかと思い、ご紹介する次第です。
日本版司法取引と企業対応-平成28年改正刑訴法で何がどう変わるのか(平尾覚 著 清文社 2,500円税別)
元東京地検特捜部検事でいらっしゃる平尾弁護士(私の知人と共著で こちらの本を出版された先生ですね。そういえば先週、日経新聞でもご意見を述べておられましたね)によるもので、刑事訴訟法の改正項目(日本版司法取引部分)の解説にとどまらず、今後企業実務で想定される事態を具体例をもとに検討するというところが特筆すべき点です。改正刑訴法で導入された司法取引制度は(アメリカで多くみられるような)自己負罪型の司法取引ではなく、あくまでも他人の刑事事件に対する捜査協力型の司法取引制度です。そこで、企業自身も経済犯罪で処罰の対象となることを前提として(言葉は少し悪いですが)企業が社員を売る、社員が企業を売る、社員が仲間の社員を売る、といった事態が当然に予想されます。著者の方がかなり想像力を膨らませて企業実務の上で起こりそうな悩ましい場面を想定しておられるのはとても参考になります。海外不正事件に対する米国の司法取引との対比、独禁法上のリニエンシー制度との対比なども示されており、座談会でも話題になりましたが「活用次第では自己負罪型司法取引」としての運用も可能ではないか、といったことにも言及されています。
さて、平尾先生のご著書は元検察官の視点も交えて「すでに出来上がった法律への現実的対応」というところに焦点をあてた本ですが、そもそも日本版司法取引にはどのような法律上の問題点があるのか、というところも法律家の皆様には興味があるのではないでしょうか。また、私自身、弁護士倫理という観点からも「これはたいへんな制度だぞ」といったことを当ブログでも述べさせていただきました(こちらのエントリーを参考にしてください)。そこで、日本版司法取引に刑事弁護の視点から批判的な立場で書かれた本を理解することは、司法取引に関与する弁護人の立場からすると、大きな武器になるのではないかと思いまして、私は座談会出席にあたり、左の本も準備の参考にさせていただきました。
日本版「司法取引」を問う(白取祐司・今村核・泉澤章 編著 旬報社 1.500円税別)
いわゆる刑事訴訟法改正の「焼け太り」現象に警鐘を鳴らす一冊です。もともと刑事司法改革は(郵便不正事件のような)冤罪を防止するために、「取調べの可視化」に代表されるような刑訴法改正が目的だったはずです。ところが蓋を開けてみると、組織的犯罪を中心とした実態解明への要請から司法取引が導入され、検察は大きな武器を獲得してことになり、これが新たな冤罪の温床になるのでは、と危惧されるようになりました。このあたりは日弁連でもかなり議論されてきましたが、それほど強い反対が出なかったところ、刑事裁判実務に詳しい学者・弁護士の方々が本書を出版されました。一般の皆様にもわかりやすい平易な文書で書かれていますので、法律的知識がそれほどなくても読みやすい一冊です。被疑者・被告人はなぜ自白するのか・・・、という刑事捜査実務の現実を見据えますと、ホワイトカラーの方々が会社犯罪で身柄を拘束されると容易に検察官に迎合するおそれがあることがわかります。そのような現実のもとで、この司法取引制度を適切に運用するためには、検察官も刑事弁護人も、そして供述の信用性を見極める裁判官も、かなりプレッシャーのかかる状況で合意内容書面を取り扱う必要性が実感できます。
日本版司法取引の実効性次第では、政令によって広い範囲の犯罪に活用されるようになるかもしれませんし、さらに自己負罪型司法取引の導入も検討されるかもしれません。民法(債権法)改正に向けた企業実務対応も重要ですが、企業コンプライアンスの視点からは、この刑事訴訟法改正に向けた対応にも注意が必要です。我々法律実務家も、新たな職業倫理上の課題を突き付けられたものとして、企業に対して「弁護人選任のプロセス」を十分説明しておく必要があると考えます。
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