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2016年7月27日 (水)

株主による情報収集と監査役の不提訴判断(理由通知制度)

来年の会社法改正を展望するうえで注目せざるをえないのが商事法務研究会で開催されている会社法研究会の審議状況です。7月21日の研究会では株主代表訴訟に関連する論点が審議されたようで、株主による資料収集の在り方も議論された模様です(すいません、まだ議事内容までは確認しておりませんので「模様です」という表現にしました)。たとえば企業不祥事の発覚によって株主に損害が発生した場合、一般株主は取締役の善管注意義務違反を根拠に株主代表訴訟を提起するケースが多いことはご承知のとおりかと(なお、最近はオリンパス事件、東芝事件のように会社自身が当時の役員に損害賠償請求訴訟を提起することもあります)。

株主代表訴訟を提起する場合、株主はまず監査役さんに対して「会社を代表して取締役らを提訴せよ」と請求するのですが、会社法では監査役さんが提訴しない、という判断を決定した場合には、(代表訴訟を準備する株主側からの要求に基づいて)その判断理由を通知することになっています(会社法847条4項、同386条1項1号、規則218条)。しかし、この「不提訴理由通知」の制度が、代表訴訟を提起する株主の情報収集に役立っているかといいますと、かなり疑問があるのではないか、との意見が出ています。

たとえば7月15日付け日経朝刊16面(企業面)では、免震ゴム偽装で揺れた東洋ゴム工業さんにおいて、一般株主が取締役ら19名を提訴するように会社側に請求した(今年5月)のですが、結論として同社監査役さんらは提訴しないとの判断に至り、その旨を株主に通知したことが報じられています。おそらく東洋ゴム工業さんの広報を通じての話だと推測しますが、判断理由は「半数以上の取締役は免震ゴム事業に関与していない」「免震ゴムに関与した取締役については、現在大阪府警による捜査対象とされているために、聞き取り調査ができない状況にある」とのことだそうです(なお、このブログを書いている段階で、株主宛ての不提訴理由通知書の全文は確認していないので、あくまでも報道レベルでの情報です)。

私個人の考え方としては、この「不提訴理由通知制度」というのは、監査役さんにとっては有事対応の一種だと思いまして、かなりリーガルリスクを伴う職務だと考えています(もちろん損害発生との因果関係等、責任認定にあたっては別個の法的判断も必要としますが)。したがって、本来は不提訴とした理由は、開示されることを前提に慎重な判断が求められるはずです。しかし、現実の運用をみておりますと、「どんな理由を出そうが提訴しない、という判断であれば株主代表訴訟は提起されるんだから、株主に有利になるような証拠の存在や事実認定を示す必要はないのでは。」といったかなり軽い認識を監査役の方々がお持ちのように見受けられます。

このたびの東洋ゴム工業さんの件でも、果たして「府警の捜査が続いているので責任判定の根拠となるヒアリングができなかった。そもそも多くの取締役は免震ゴム事業に関与していなかった」ということが不提訴の理由になるのかどうか、という点はなかなか微妙なところではないでしょうか。おそらく株主の方は(免震ゴム関連業務に)関与していない取締役さんが存在することを前提に、取締役の監視義務違反や内部統制構築(運用)義務違反を指摘しているはずです。また、たとえ府警の捜査が続いていたとしても、免震ゴム偽装の件は社外の特別調査チームによる報告書が公開されており、そういった資料に基づいて責任判定を行うこともあり得ますし、刑事事件の根拠とは異なる民事事件の根拠事実に限ってヒアリングを行うことも考えられます。正確には「不提訴理由通知書」の中身を確認しなければ申し上げられませんが、おそらく一般の株主の感覚としては「監査役としては職務を放棄したのではないか」との認識を抱いたのではないでしょうか。

このような不提訴理由通知が監査役としての任務懈怠に該当するのかどうかは別として、監査役が会社側の利益に立って、株主への実質的な情報提供を尽くさず、また一般の株主の側でも「監査役による提訴判断は何の役にも立たない」という意見が一般化している現状では、この監査役による不提訴理由判断(理由通知制度)は法改正の必要性が高いのではないでしょうか(そもそも平成18年会社法改正の際、この不提訴理由通知の制度趣旨が国会審議によって少し変わったという経緯もあるのですが、そのあたりは触れないことにします)。

ここ20年ほど、株主代表訴訟の提訴件数はほぼ横ばいであり、裁判所も担保供与を認めている事案がないので、それほど濫用事例は見当たらないように思います。したがって株主代表訴訟の原告適格を少数株主化したり(現在は一株株主でも可能)、訴訟委員会制度を活用するというところまでの法改正は必要ではないと思いますが、せめて監査役による不提訴理由通知の「判断理由」を(法または政令により)類型化して、株主が真に提訴の有無を判断できるような体制に整備すべきではないでしょうか。せっかく社外役員が増えているのですから、社外役員で構成される委員会が判断する、ということも考えられます(その上で、提訴理由が示されたにもかかわらず株主が提訴するのであれば、たとえば担保提供をある程度柔軟に裁判所が認めたり、訴訟の早期の段階で悪意認定を行う、といった運用を検討してみてはどうでしょうか)。

上場会社に社外取締役の数が急増している中で、あまり株主代表訴訟が認められやすくなることは政府の成長戦略と逆行することになりそうですが、そのあたりは監査役による不提訴判断理由をできるだけ柔軟に広げて、ある程度は監査役さん方もリーガルリスクを共有することを前提に運用すべきです。そのほうが「公益の番人としての監査役」にふさわしい職務が期待できるように思う次第です。

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コメント

> あまり株主代表訴訟が認められやすくなることは政府の成長戦略と逆行することになりそう

そうでしょうか。不適切ないし不適法な態様による事業遂行が横行する方が、長期的な観点からの成長に影響を及ぼすものと思います。
また、不適切ないし不適法な態様が、株主代表訴訟を通じて是正されるのであれば、経済における適切な競争環境を通じて、成長に資すると考えられませんでしょうか。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2016年7月28日 (木) 13時21分

ありがとうございます。私も理想を言えば場末のコンプライアンスさんと同じ意見ですし、そうあってほしいと思います。ただやはり社外取締役を増やすという目の前の政策を妨げる要因は除去したい、ということではないでしょうか。会社補償制度の導入や役員賠償責任保険制度の改革、訴訟委員会制度導入の検討なども同様の流れではないかと考えています。

投稿: toshi | 2016年7月29日 (金) 21時19分

 裁判所は、担保提供命令の発令について、蛇の目ミシン工業で一審が担保提供命令を発令し、抗告審で一部変更され、最高裁で損害賠償請求が認容された、という経過をたどっています(平成 7年 2月20日 東京高裁 平6(ラ)840号。最高裁は有名な平成18年 4月10日 最高裁第二小法廷 平15(受)1154号)。
 この事件の経過を知っている裁判官としては、担保提供命令の発令に躊躇してしまう、ということも想像できます(ある学者の先生からうかがいました)。
 確かに、裁判官のお気持ちはわかるのですが、不貞祖理由通知の意見書を見て、担保提供命令の発令を考えて欲しいなと思います。丁寧な証拠収集と事実認定がされた上での不提訴であれば、担保提供命令の発令に積極的であって欲しいと思います。

投稿: Kazu | 2016年8月 1日 (月) 12時13分

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