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2016年7月19日 (火)

モノ作りの誠実性を示した神鋼子会社JIS規格偽装事件

IOTに必須の半導体であろうと、日常生活を支える農作物であろうと、モノを作る商売には誠実性が必要だと思いますし、その姿勢は消費者にも理解されるものだと確信するところです。このところ、技術部門における性能偽装やデータ偽装に関する企業不祥事がしばしば報道されていますが、6月初めに発覚した神鋼子会社である神鋼鋼線ステンレスさんのJIS規格強度偽装事件も、同様の深刻な不祥事ではないかと考えます。ステンレス社では15年ほど前から歴代4人の工場長のもとで、JIS規格を下回る品質のバネが販売されていたそうで、同社はJIS取消しとなり、7月下旬をめどに親会社が第三者調査の結果を報告するそうです。

本件はあまり大きく報じられることもなく、親会社である神戸製鋼所さんの株主総会でも紛糾するような事案ではなかったようですが、不祥事を見抜いたご本人(新任工場長)が親会社副社長らとともに謝罪会見に出席するという異例の事態となり、私的にはとても関心がありました。とくに7月11日付けの日経ビジネス(WEB)のこちらの記事(不正の現場を誌上で再現、あなたは見抜けるか?)は、神鋼子会社さんで、なぜこのような不祥事が発生したのか、またどのように新しい工場長が見抜いたのか、詳しく解説されていて、リスクマネジメントの視点からとても参考になるのではないかと思います。

ただ、私の一番の関心は(関係者の方々にはたいへん失礼であることを承知の上で申し上げますが)、この新しい工場長さんは、どうしてこの規格偽装を親会社に報告する気になったのだろうか?という点です。「どうやって見抜いたのか」と言う点よりも、「どうして不正を申告する気になったのか」という点にとても興味が湧きます。従業員数も非常に少ない子会社の不正、しかも典型的なグループガバナンスの不全が問題視される事例ということで、公表すれば天下の神戸製鋼の信用にも傷がつくことは容易に予想がつきます。このような場面において、当の新工場長さんが不正の報告を行うにはとても勇気が必要だったのではないかと。

なんといっても歴代の4人の工場長さんに対するヒアリングの結果として、15年間も不正が続いていたことが判明しているのですから、新たに赴任した工場長さんとしては赴任先の社員との信頼関係を形成するためにも「過去の事例についてだけは見て見ぬふりをする」という選択肢はなかったのでしょうか(「ほんのわずかの強度不足」だったことが判明しています)。申告すればステンレス社はJISを取消され、商売に多大な影響が及ぶことは当然に予想されたところかと思います。それとも(これも失礼ながら穿った見方をすれば)「こんな不正事件を自分の責任にされたんじゃたまらん」ということで、自身の責任回避の目的から早々に不正報告に至ったのでしょうか(これは公務員組織などの不正報告の動機としては時々語られるところですが・・・)。

ここからは私の推測にすぎませんが、あの謝罪会見に(不正を見抜き、親会社に報告をした)新工場長さんが出席したということは、社内・社外に向けての神鋼さんのメッセージだったのではないでしょうか。売上でいえばグループ全体の1%にも満たないほどの規模の子会社不正であったとしても、モノ作り企業としては絶対に許せない不正であり、これを申告することは称賛に値する姿勢であるということを、とりわけグループ全体に示したのではないかと勝手に推測いたします。

たしかに神戸製鋼さんといえば、あの有名な総会屋事件に対する株主代表訴訟があり、また2008年にも関連子会社における不正事件があり、さらに本事件をきっかけとして、他の子会社でも規格外製品を原子力発言所で使用させてしまったという事件が発覚し、コンプライアンス意識の欠如を指摘されてもやむをえないところがあります。しかしモノ作りに対する誠実性を社内・社外に示すには、やはり間違ったことはきちんと調査をして公表するという姿勢が求められます。とりわけグループガバナンスにとって大切なことは徹底した監視よりも目的意識を現場でいかに共有するか、という点ではないでしょうか。そこでは不正防止よりも、不正発生時の適切な対応こそ、意識向上には不可欠です。親会社の技術担当者だった方が子会社に出向され、そこで親会社の意識を根付かせるためには、たとえこれまでの工場長だった方々が「見て見ぬふりをしていた」としても、このような毅然とした態度が最も効果的ではないかと。「これが当社グループとしての『普通』だ」と言える社員が増えることが、企業風土の健全化をもたらす要因になるものと考えます。

あまり社会的には話題になっていない事件ですが、7月下旬に報告される社外調査委員会による事実認定や原因分析、再発防止策の提言などを注目してみたいと思います。

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コメント

>この新しい工場長さんは、どうしてこの規格偽装を親会社に報告する気になったのだろうか?

工場の現場経験者の感想は

「気持が悪い」

が一番だと思います。
だから、問題の現場でも関わっているのが二名だけだった。
まあ「忌むべき事」であって、かつ利害に関係ないというのだから、会社(グループ)としては「なぜなんだ?」を徹底的に調べると思いますよ。

投稿: 山本洋三 | 2016年7月20日 (水) 00時06分

うちの工場でも特採(special acceptance)が問題になったことがあります。ある部門でお客さんの要求スペックを満たせず、仮採用みたいな形で、将来スペックを満たすことが前提で生産を開始し、客先に製品を納品していました。ところが将来の正式採用に至らず製品製造終了となるモデルが続出しました。それなので工場長がモニタリングしろという指示をだし、最終的に特栽モデルはほとんどなくなったことを覚えています。製品は正規品としてではなく、技術サンプル品として出荷。なので、その製造責任の所在はうちかお客さんかあいまいでした。お客さんは正規品、あるいは製造責任不明のサンプル品として見ていたのかな?この記事から自分のところでもチェックすべき点があったのだと考えさせられました。

投稿: 工場労働者 | 2016年7月20日 (水) 04時31分

皆様、どれも実務に密着した、たいへん参考になるお話であり、研修等でも取り上げてみたくなりました。7月末の社内調査の結果については、できれば公表してほしいですね。今後ともよろしくお願いします

投稿: toshi | 2016年7月21日 (木) 00時49分

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