東芝MS争奪戦に勝利したキヤノン社の「灰色買収」を考える
東芝の優良子会社である東芝メディカルシステムズさんの株式取得を巡り、キヤノンさんと富士フイルムさんが争奪戦を繰り広げた事例は(私自身独占禁止法の法的論点から解説できるほどの知見はございませんが)、やはり経済法コンプライアンスの視点からはどうしても取り上げたい事例です。
ご承知のとおり、キヤノンさんが公正取引委員会に対する事前届出義務を潜脱するスキームを用いて東芝メディカルシステムズさんを買収したことが話題になっています(詳細経緯は東洋経済さんの記事が参考になります)。公正取引委員会が異例の発表で(SPCと種類株式を活用したキヤノンさんのスキームは)「ブラックではないがグレー。今後、このような手法を採用するのであれば事前に相談してもらわないと刑事告訴も検討する」と述べておられますので、まさに「灰色買収」といってもよいと思います。ちなみに「灰色」といわれているのは審査手続きに関する点でして、買収が実質的に競争を制限するほどのことではない、という実体に関する点ではございません。
しかし、富士フイルムさんが「なぜ今回は灰色で、次回からは黒なのか、公正取引委員会に説明を求めたい。このようなアンフェアなことがまかりとおるようでは経済法が形骸化してしまう」とコメントされているように、私も素直に疑問を感じます。今後同様のケースがあれば違法と認定するということは、なぜ今回は違法とは認定しなかったのでしょうか。6月30日付けの公取委リリースを読んでもよくわかりません。平成21年独禁法改正で、株式取得による買収について、それまでの事後報告制から事前届出制に移行しましたので、そんなにテキトーで良いというわけでもありません。
東洋経済さんの上記記事では、活用されたSPCとキヤノンさんとの親子関係が認定できなかったから、とのことですが、その理由は「今回は灰色だが次回からは違法」との結論とはつながりません。私的独占は不公正取引の温床になることから規制されるのだといわれていますが、被害者による民事救済で適法性が担保されない以上、公取委の審査手続きの公正性はかなり厳格に考えるべきではないかと。そういった意味では「灰色」なのは、むしろ公取委の判断ではないかとも思えます。
東芝さんもキヤノンさんも「東芝の債務超過を免れる目的でやった」と弁明されているようですが、これも検察への告発義務を負う公取委が判断する理由にはならないのではないでしょうか。可罰的違法性の有無を論じるのは検察庁だと思います。いずれにしましても、キヤノン側にも、富士フイルム側にも(おそらく)リーガルアドバイザーとして大手の法律事務所が支援されていると思いますので、公取委もいろいろとプレッシャーがかかる中での判断だったことが推測されます(富士フイルム側は、3月中旬から公取委に対して質問状を提出していたそうです)。
ウルトラC(?)で東芝の優良子会社さんを手に入れたキヤノンさんですが、さて、今回の争奪戦への勝利は諸手を挙げて喜んでおられるものでしょうか(もちろん、まだ海外での審査は終了しておりませんので、完全に勝利したとはいえませんが)?独占交渉権を取得した大きな要因だと思われますので、企業倫理という視点からは議論の余地がありそうです。公取や相手方から「グレー」といわれた取引で勝ち取ったことわけですが、これって多くのビジネスパーソンからみたら、「違法ではない以上、独占交渉権を握ったことは賞賛すべきであり、なんら批判されるいわれはない」とみる方もいらっしゃるでしょうし、また「こんなアンフェアな取引をやる会社だということが従業員に浸透したことは大きな問題だ」と考える方もいらっしゃると思います。
当ブログをお読みの皆様はいかがでしょうか。経済法にお詳しい方にいろいろとご教示いただけますと幸いです。EU離脱問題やダッカでの襲撃事件等、キビシイ話題の中に埋もれてしまいましたが、この事例はコンプライアンス経営の視点から、もっと議論されてもいいように思いました。
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コメント
私も東洋経済の記事を読んで、疑問には思っておりました。しかし、明確にダメという規定がなかったのであれば、「今後は駄目よ」という通達行政をするしかないかということで、その通達すらなかったところでやられちゃったら罰することはできないということかと。でないと、遡及立法に法律の原則に反すると思います。この手の話で思い出されるのが、ライブドアのファンドの連結の話。ファンドは連結したなら売上にはならなかったから粉飾だと結論付けられちゃったあとで、ファンドはかくかくしかじかなら連結せよという基準が明確になった。そんな状況なのに、ライブドアは粉飾したとされて(ま、ほかにもダメな取引はあったというのもありますが)上場廃止になった。これって、法治国家としてどうなのよ・・・という批判もあったわけで、仕方ない側面はあるのかなと思った次第。という意味では、行政側が想定していないような新しいスキームを捻り出した会社は、その努力ないし想像力の報酬としてokとしてあげて、2社目からは駄目よというのは1つのルールなのではないでしょうか。「柳の下のドジョウは許さない法理」とでも名付けましょうか(笑)。
投稿: ひろ | 2016年7月 5日 (火) 08時39分
新聞を読んだとき、私も、なぜ今回はグレーで次回からは黒なのか、強く疑問に感じました。世に言われる「政府ー東電ー東芝」の強い結びつきがなせる業なのかと勘ぐってみたりしています。
投稿: ふどう | 2016年7月 5日 (火) 10時15分
赤字とのれん負担の原発事業護持の為に万歳突撃玉砕気味におかしいことしてるイメージしかない
はっきり言ってたかが日本企業再編信者がどうこうしても、チャイナリスクによる世界的なインフレシナリオ頓挫はグローバル社会と歴史的な流れ的にどうにもならないイメージしかない(鎖国しても怪しい)
投稿: 流星 | 2016年7月 5日 (火) 13時23分