ガバナンス・コードへの対応-「とりあえずコンプライ」と「なんちゃってコンプライ」
昨日(8月22日)の日経夕刊2面に驚くべき調査記事が掲載されていました。主要企業の6割が企業統治指針73項目について「すべて順守」(オール・コンプライ)と宣言しているそうです。昨年12月は3割だったので、オール・コンプライ企業は倍増したことになります。コンプライを強く推奨するコードの本家英国よりも高い数字とのこと。一見すると、昨年6月に適用が開始されたガバナンス・コードが上場企業に浸透し、我が国でもガバナンス改革が進んできたものと言えそうです。
しかし「点検ガバナンス大改革」(R&I格付投資情報センター編 日本経済新聞出版社 2016年)の第1章(拙著)で述べたとおり、「横並び主義」の傾向が強い日本企業においては、2008年施行のJ-SOXと同様、オールコンプライは要注意です。たとえ大企業に限ったとしても、監査法人と社外取締役との十分な連携(補充原則3-2②)、後継者育成計画(サクセッションプラン)に対する取締役会の監督(補充原則4-1③)、監査役と社外取締役との定期的連携協議(補充原則4-4①)、独立社外取締役のみの会合(補充原則4-8①)、社外役員を中心メンバーとする任意の仕組みの活用(原則4-10)、内部監査部門と社外取締役との連携等、社外取締役が情報を入手するための工夫(補充原則4-13③)等は、(もちろん意識的に実施されている会社もありますが)、到底6割もの会社で実施されているようには思えません(私がコード対応を支援した7~8社程度と、自身が社外取締役を務める会社の相談事例等の経験に基づくものなので、確信的なものではありませんが・・・)。
なぜなら、上記に掲げた各項目は、会社側の事情ということよりも、選任された社外取締役や社外監査役の「独立役員としての姿勢やスタンス」によって、会社側がどうすることもできない事情により、対応が異ならざるをえないからです。単に「そんなオールコンプライできるほど社外取締役はヒマではない」といった時間的制約を問題にしているのではなく、社外取締役として会社のために職務を全うしようとすれば、とりわけ元経営者の社外役員の方は、「社外取締役はかくあるべき」といった思想をお持ちだからです。
各企業によってガバナンスの実態は異なるわけですから、社外取締役だけ集まって会合を開くことは好ましくないと考える方もいらっしゃいますし、事務局による社外取締役への事前説明を「これは反対されるのを防ぐための根回しやないか!」と拒絶する方もいらっしゃいますし、さらに後継者育成計画や中長期インセンティブ報酬の考え方に異を唱える方もいらっしゃいます。監査役を飛び越えて、社外取締役が監査法人と意見交換を行うことに意義を認めない方もいらっしゃるはずです。社外と社内の取締役が、コードをすべて順守することをよしとする会社などありえないように感じます。
おそらく、こちらのレポートに掲載されている東証さんの見解(とりあえずコンプライしておいて、後からエクスプレインするのもルール違反ではない)がかなり出回っており、各社とも現在は「とりあえずコンプライ」の状況にあるのかもしれません。社長自らガバナンス改革に熱心であれば経営企画の担当者も「これはエクスプレインではないでしょうか」と言いやすいかもしれません。しかし、あまりガバナンス改革に熱心ではない社長さんの場合には、おそらく「やっつけ仕事」としてガバナンス・コードへの対応が担当者に丸投げされているものと思います。
しかしガバナンス評価を丸投げされる担当者ほど過酷な状況に立たされる人はいません(うちの役員は全くだらしない・・・とは評価できないでしょう 笑)。担当者としては、「とりあえずコンプライ」に東証さんのお墨付きがあるのならば、(コンプライの場合には理由を開示する必要がないので)社長に煩わしい思いをさせることもないので「オール・コンプライ」にしておくのが無難だという判断に帰着しているように推測します。
上記東証さんの見解は「とりあえずコンプライ」はセーフだと述べているわけですが、コードを自分勝手に解釈して、コードの趣旨精神に反する対応に終始しているケースもあり、こういった「なんちゃってコンプライ」は明らかに東証ルール違反でペナルティの対象になります。私が上記に掲げた項目は、比較的「とりあえず」か「なんちゃって」か判断が容易なものなので、株主の方々は、具体的な運用状況(実際にコードに基づいて履行した結果)を、独立社外取締役の皆様から直接お聴きになるべきです(会社ではなく、社外取締役さんからお聴きになるのが肝要です)。私は「このコードは当社の企業価値向上には合わない。当社では、むしろ反対の行動をとったほうがビジネスモデルの種を大きくする土壌になると考えています」と述べる企業ほど、コーポレートガバナンスの長所を活かしきれる会社だと理解しています。
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コメント
なんちゃってコンプライ、多そうですね。書かれている「このコードは当社の企業価値向上には合わない。当社では、むしろ反対の行動をとったほうがビジネスモデルの種を大きくする土壌になると考えています」みたいなことをきちんと考えている企業は多くはないというのが実情なのでしょう。トヨタやNTTみたいな規模の会社から、従業員200名の小規模企業までオールマイティなガバナンスコードではないと思いますが、そんなことすら考えずにオールコンプライする企業がかなりの割合存在しているのかもと思うと、未来は暗いなと思います。私が社外監査役で関わっている企業では、ちゃんとエクスプレインしてます。それが当然だと思っていますので。
投稿: ひろ | 2016年8月24日 (水) 14時12分
私も暫定的なエクスプレインではなく、確固たる意思で「うちはコードは順守しない」と述べるエクスプレインをお勧めしています。上記のニッセイ基礎研究所さんが紹介されている花王さんのように、とりあえずコンプライしておいて、投資家との対話の中でエクスプレインに変えたと堂々と言える企業はかなり少ないとみています。結局のところ「やっつけ仕事」「外部へのアリバイ工作」に終始する企業が多いのがホンネのところではないでしょうか。
投稿: toshi | 2016年8月24日 (水) 14時52分
なんちゃってコンプライの上場会社において経営者による粉飾が発覚するなどした場合には、事後的にでも「やっぱり出来てませんでした」という恥ずかしい開示を義務付けた方が良いのではないかと思います。(私が知らないだけでしょうか。)
そうでなければ、補充原則まで真剣に考えて開示することを途中で投げ出して、とりあえずコンプライとしておく企業が多いのではないでしょうか。
投稿: たか | 2016年8月25日 (木) 02時01分
たかさん、ありがとうございます。なるほど、J-SOXの現状と同様のモラルハザードが生じる懸念ですね(J-SOXもプリンシプルなので、たしかに同じ状況はありうるでしょうね)。
会計不祥事に限らず、今後マスコミが取り上げそうな大会社で不祥事が発生した場合には、たしかに考えられる課題だと思います。私も真剣に考えてみたいと思います。
投稿: toshi | 2016年8月27日 (土) 11時11分