D&O保険の免責条項の解釈と「もうひとつのセイクレスト事件高裁判決」
世間はお盆休み&オリンピックモードではございますが、私自身はいろいろと思い悩むところがございまして(?)、あまりアクセス数も上がらないことを承知のうえで取締役の法的責任に関連するマニアックな話題をひとつだけ書かせていただきます。判例時報の8月1日号(2296号)に、平成28年2月19日に大阪高裁で言い渡されたセイクレスト事件判決の全文が掲載されています。あの社外監査役さんが責任査定された件(監査役の善管注意義務違反が判断された件)ではなく、セイクレスト社に対する現物出資(第三者割当増資における金銭出資に代わる対価)の価額相当証明に関与した弁護士さんの損害賠償責任について、弁護士賠償責任保険の適用が認められた件でございます。
高く見積もっても5億円の土地(現物出資の対象物)について、当該弁護士さんが20億円程度なら価格として相当だと証明した行為について、原告の破産管財人との間で当該弁護士さんは価額不足填補責任額として3億5000万円を払う旨の和解をしています。当該和解は、おそらくこの弁護士賠償保険の適用を前提として、双方合意したものと思われます(もちろん馴れ合い・・・といったものではござません)。ところが保険金の支払いにあたり、保険会社側は「当該弁護士は『他人に損害を与えることを予見しながら行ったもの』であるから特約によって支払いは免責されると主張していました。
※・・・ちなみに、原審の大阪地裁判決も併せて読みましたが、この価額証明をされた弁護士さんは、私から見ればかなり一生懸命仕事をされていたようで、損害賠償責任を負うこと自体、かなりシンパシーを感じます。セイクレスト社は他の弁護士さんにも価額証明業務を依頼したのですが、報酬として数千万円を要求されたために断念。この弁護士さんは50万円で請け負ってしまったようです。。。ただ、50万円で請け負うためのリスク回避条件はかなり会社側に出していて、これが実行されていたことも事実です。
弁護士が職務上の損害賠償責任を負う場合に「他人に損害を与えることを予見しながら行った行為」については、弁護士賠償保険について保険会社は免責される特約が付されています。そしてセイクレスト事件では諸事情を認定のうえ、価額証明を担当した弁護士に他人の損害を予見できる蓋然性は高いとはいえなかったとして、地裁も高裁も保険会社側に和解額に見合う金額の支払いを命じました。いわゆる「認識ある過失」の場合には責任保険契約に基づく責任が免除されるということですが、価額証明にあたり、弁護士がどのような行動をとれば認識ある過失はなかったとされるのか、とても興味深い判決内容になっています。
ところでガバナンス改革のもと、急増している社外取締役さんにとってとても気がかりなのがD&O保険(会社役員賠償責任保険)の適用問題ですよね(もちろんすべての会社役員さんにとっても関心が高いと思いますが)。上場会社の社外取締役さんの中で、自社の保険にどのような特約が付いているのかきちんと理解しておられる方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。6月27日付け日経法務インサイドの特集記事にもありましたが、損害保険会社によって、D&O保険の内容がかなり変わりましたし、外資系と国内会社でも免責条項の内容は異なります。
もちろん、どこの保険会社さんの契約でも、会社や第三者に損害を与えることを予見しながら行った行為について、D&O保険の適用が免責されてしまう点では同じですが、先のセイクレスト事件高裁判決は、専門家責任保険ではない一般のD&O保険の条項解釈にも参考になるのではないかと思います。たとえば上場会社の取締役として求められる一般的な注意義務を基準として、その注意義務を尽くしたと言える行動とは具体的にどのようなものか、その行動をどこまで尽くしたのか・・・、また具体的に求められる行動は、当時の状況からみて「とろうと思えば容易にとりえた」行動だったのかどうか、といったあたりがきちんと第三者にも説明できることが大切です。
弁護士賠償保険についてはそれほど問題になりませんが、D&O保険は法律の素人である取締役さんを被保険者とする制度なので、敗訴リスクだけでなく提訴リスクにも関心が寄せられます(たとえば提訴された場合の弁護士費用等)。さらに、来年予定されている会社法改正に向けた研究会においても、D&O保険を会社法にどのように取り込むか、モラルハザードに配慮した免責条項との関係や事業報告による契約内容の開示等が議論されているところです。昨年は経産省内のガバナンス研究会でも指針が公表されました。したがって、D&O保険の契約内容については、企業法務的にももう少し話題になってもよいのではないかと感じています。
| 固定リンク
コメント
不受理決定されましたね。
投稿: 通りすがりの大阪人 | 2017年2月22日 (水) 19時03分
そうでしたか!ちょうど高裁判決から1年ですね。また続編エントリーを書きたいと思います。情報ありがとうございました
投稿: toshi | 2017年2月24日 (金) 00時54分