「優秀なオオカミ少年」となる監査法人に期待します
3月にマザーズ上場した会社の会計監査人が、「不適切会計処理」の疑惑を指摘したことについて、金融庁怖さの「過剰防衛」ではなかったのか、と疑義を呈する記事を読みました。会計原則のひとつである「重要性の原則」からみれば、私は過剰といわれるほどの監査ではないと感じましたが、近時、会計監査人が監査に厳しい(とりわけ法人内の品質審査部門)という面は実際にあると思います。
会計士の方々をみていて気の毒に思うのは、監査上のミスや会社との癒着体質に疑問が呈されるような事態となるとマスコミで「ここぞとばかり」叩かれるのですが、覚悟を決めて「オオカミ少年」になり、見立て通りに不適切な会計処理が判明しても誰も褒めてくれないことです(まぁ「そういう仕事だから」と言われてしまえばそれまでですが・・・、ただ本当に監査人の活躍した事例をマスコミは取り上げてくれません)。最近の監査法人を冷静に眺めてみると、私からは「ひょっとすると会計不正ではないかもしれないが、また、会社との信頼関係を破たんさせて契約解消に至るかもしれないが、それでも疑義は会社に伝えなければならない」といった強い意思で実行に移す会計士の方は増えているように感じます。
もちろん正義感というよりも、金融庁の監督の目があるから・・・ということもあるかもしれません。また、第三者委員会調査の結果に依拠する、といった風潮が「企業不祥事対応のプリンシプル」によって確立されてきたことも大きいかもしれません。しかし、たとえば9月8日に取引所が公表措置としてテクノメディカさんの例などをみても、おそらく会計不正の疑義を監査法人側から会社へ呈した直後あたりは相当なストレスがあったのではないかと推測します。ちなみにテクノメディカさんの会計不正事件は、会社のトップが第三者委員会調査に虚偽説明を行ったとされており、これが取引所から厳しい措置を発動された大きな要因だったのではないでしょうか。今年2月に経営陣がすべて交代したJFLA(ジャパンフード・リカーアライアンス)さんも公表措置がとられましたが、やはり監査法人が「会計処理に疑義がある」と会社側に通告する直後はたいへん厳しい状況のように見受けられました。
ミスしたときだけボコボコに叩かれて、契約解消リスクを負いながらも勇気をもってオオカミ少年として社会的に有意義な仕事をしても「誰からも褒められない」となると、いったい誰が社会のために良い仕事をしよう、といった気概を持てるでしょうか。いま、監査法人への内部通報や内部告発は非常に増えているようで、とりわけ経理担当者や内部監査室の社員からの資料持参による情報提供が増えていることを実感します(私もいくつかの案件に告発者側、監査法人側で現在携わっています)。ようやく「会計不正は許さないのがあたりまえ」といった雰囲気が醸成されつつありますが、それでもいざ開示となると「頑張ってもいいことないし。なんとかウチウチで処理して済ますことができないか」と、監査人も消極的になりがちです。
ただ、ひとつ冷静にお考えいただきたいのは、「会計不正事件は『会計不正』だけで完結しない」ということです。ご承知のとおり、海外贈賄やカルテル事件は、会社にとって重大な損失を被らせる可能性があるにもかかわらず、最終的な海外当局の結論が出るまで開示されません。しかし会計不正事件として端緒が明らかになります。反社会的勢力との癒着問題も同様です。また医療機器を取り扱う会社や自動車部品会社であれば、人の命に関わるような品質問題にも発展しています。これは、独自のペナルティが法律上規定されているにもかかわらず、「内部統制の不備」(内部統制報告制度における開示違反)だけでは当局が動かない・・・という規制手法に大きな原因があります。会計監査人が「良質なオオカミ少年」になることは、会計不正防止を超えて、多くの人の命を救う結果にもなるのです(これは最近、ある会社の事件を取り扱って認識した次第です)。
最近、大きな会計不正事件を起こした上場会社の社外取締役さん(複数)と意見交換をしましたが、そういった会社であることを承知のうえで就任されているので、会計監査人との綿密な協議を毎月されていました。たとえ不発に終わった「オオカミ少年」でも、会社との信頼関係を破たんさせないスキルはあると思います。よりよい監査環境の整備に向けて、いろいろな知恵を働かせていただきたいと思います。
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コメント
優秀な「オオカミ少年」って、良い響きですね。しかし、明らかに不正会計があった場合には良いのですが、微妙な場合に、まだまだ躊躇していることもあるのではないかと思ったりします。
例えば、来週、決算短信を発表するという金曜日に「この取引、本当にこの期の売上でよかったのだろうか?」という疑念が出てきた場合、これを調べるためには、3~4日かかることが予想される。もちろん、現行のルールなら、予定通り決算短信を出してもらって、間違いがあれば、あとで訂正の報告をすればよい。有価証券報告書にも招集通知にも問題なく間に合う。
しかし、企業は、短信公表後の訂正は極度に嫌うため、抵抗する。ここで負けないかどうか。そして、この先のルートが2つ。予定通り短信を出して、間違いがあれば後で訂正する。もう1つが短信の公表を遅らせる。そもそも45日ルールギリギリでの開示を予定していた場合には、開示遅れが生じるため、上場廃止の恐れが出てきます。ま、とりあえずは、「監理銘柄(確認中)」に指定されるわけですが、それだって、会社は屈辱的に感じるし、株価はとりあえず下がります。
といったことを招いた挙句、「どうやら、大丈夫だったようですね。えへへ。」で済むのかどうか?が法的に不明確な気がします。会社との契約における決算スケジュールの中できちんと監査を終えなかったのだから、契約不履行だと訴えられたり、株価が下がった株主から訴えられたり? 「こんな迷惑なことされて、オオカミ少年じゃないか!」と契約を切られるだけなら、まあ、良いのですが、訴訟リスクまで抱えるのだと堪りません。ここは、監査法人は負けないという常識は確立されているのでしょうか? 確立されているのだとすると、開示遅れで監理銘柄(確認中)に指定される件数が少ないような気がするのです。四半期ごとに、5社10社あった方が、きちんと監査が行われている実感が感じられませんか?
投稿: ひろ | 2016年9月13日 (火) 08時48分
コメントありがとうございます。そういったときのために、監査基準委員会報告のなかに「法律専門家の意見を聴くこと」が含まれているものと考えています。監査法人もリーガルリスクを最小限度に抑えるための仕組みを活用し、いざというときに法律家の適法意見をもらえれば、ほぼ敗訴リスクは低減できるのではないでしょうか。
おっしゃるとおり、四半期ごとに10社程度そのような案件が出ることで、私は監査が正常化していくものと思います(たぶんこれが正論では?)
投稿: toshi | 2016年9月15日 (木) 00時43分