消費者裁判手続き特例法が企業法務に与える影響について
9月5日の日経「法務インサイド」では、「企業いきなり提訴警戒、消費者に代わり認定団体が賠償請求」と題する特集記事が組まれていました。いわゆる「日本版クラスアクションの脅威」ということで、消費者裁判手続き特例法の施行日(10月1日)を目前に控え、各企業が熱心に対応を検討していることを報じています。今年4月の改正景表法の課徴金制度導入、来年6月の改正消費者契約法の施行もあり、まさに消費者法対応はビジネス法務の一環と言えますね。
ところで、この消費者裁判手続き特例法の施行が、どれほど一般企業の経営に影響が及ぶのかは正直申し上げて未知数です。といいますか「日本版クラスアクション」といえるほどの影響があるのかどうかは、私個人としては懐疑的です。このあたりは、この6月30日に消費者庁から公表されている「消費者団体訴訟制度の実効的な運用に資する支援の在り方に関する検討会報告書」がたいへん参考になると思います(ちなみに「消費者団体訴訟」なる用語には、すでに消費者契約法等に存在する差止め請求制度と今回の被害回復のための二段階訴訟制度の両方が含まれています)。
企業法務への影響度を考えるにあたり、なんといっても特定適格消費者団体の資金面の限界がもっとも大きな課題です。消費者利益のため、公益的な活動を担う団体であるにもかかわらず、税金投入もなく、(寄付金が期待される以外は)ほぼボランティアで手続きを担うことになります。差止め請求という手続きもたいへんですが、消費者裁判手続き特例法に基づく共通義務確認訴訟や第2段階の簡易確定手続きを、はたして特定適格消費者団体は法律家の「手弁当」に近い状態でこなすのでしょうか。いや手弁当だけでなく、手続き費用の負担も相当かかると思います。
語弊はありますが、中には支払能力十分な企業を相手とする「美味しい事件」もあるでしょう。しかし、消費者にとって「美味しい事件」となりますと、特例法では請求できない慰謝料や拡大損害を目指して、別途弁護士を委任して(もしくは別のクラスアクションを弁護団が組成して)個別裁判を起こして「別行動」をとる消費者も増えてくるのではないでしょうか(ただし「個別訴訟の中止制度」は存在します)。また、会社側としても、共通義務が認定される見込みとなった時点で自浄能力を発揮して、リコール対応や個別弁償等によって「美味しい」ところを解消させてしまう行動に出ることも予想されます。こうなると、特定適格消費者団体としても、資金的に厳しい状況になってしまうのではないでしょうか。
また、資金面以外の課題としては、特定適格消費者団体は「不当な目的」によって提訴することはできないとされており(特例法75条2項)、平成27年11月に制定された「特定適格消費者団体の認定、監督等に関するガイドライン」でも、「不当な目的でみだりに」提訴する場合として、かなり厳しい事例が掲載されています。なお、上記日経記事では「いきなり提訴警戒」とありますが、そもそも特定適格消費者団体は「いきなり提訴」はかなり勇気がいるのではないでしょうか。上記特定適格消費者団体監督ガイドラインでは、同団体が濫訴を行ったかどうかを認定する有力な判断事由としては事業者との事前交渉のない提訴を挙げているようなので、原則としては提訴前に事業者との交渉が行われることが予想されます。
私は企業のレピュテーションリスクとして「敗訴リスク」よりも「提訴リスク」にこそ企業法務的には影響があると考えていたのですが、この「不当な目的」による提訴禁止条項は、かなり消費者団体にとってはイタイなぁと。本来、消費者被害は迅速な救済を図ることが必要であるにもかかわらず、消費者裁判手続き特例法の制度自体は相当に適正な運用(厳格な運用?)に重心が移っているので、消費者団体はジレンマを抱えて船出をしなければならないように感じます。
もちろん業種によっては被告となって「敗訴リスク」を考えなければならないので、法律の詳細まであらかじめ検討のうえ、平時からの内部統制システムの構築が望まれる事業者も存在します。したがって、影響度は企業によってマチマチであり、自社においてどの程度の準備が必要か、「特例法リスク」を検討することが企業に求められるところだと思います。要は「相当多数」性要件、共通性要件、支配性要件などの適用可能性を含め、特定適格消費者団体が「動きたくても動けない」状況を、企業側はどうすれば作れるか・・・ということかと。ただし私個人としては、多くの苦悩を乗り越えて、特例適格消費者団体(現在の14団体のうち、どれだけが新制度の認定団体になるかはわかりませんが)が一般企業の問題行為を指弾することを期待しております。
そもそもこの裁判手続き特例法といい、改正消費者契約法といい、最初は勇ましい法制度が検討されていましたが、経済団体とういう鉄板(?)によって相当骨抜きされてしまったところがあります。さて、公益通報者保護法の改正検討についてはどうなるのか・・・(ハア、がんばります・・・)。
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