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2016年10月24日 (月)

有償ストックオプションの会計処理問題-会計基準によって「事実」は作られる?

週末の日経新聞では新たなディスクロージャー・ルールに関する企業規制の検討が開始されると報じられていましたが、企業情報の開示といえばFACTA最新号(2016年11月号)の32頁以下に「新株予約権でトーマツ『暴走』-有償ストックオプションの息の根を止める『ごり押し』、報酬とみなし費用計上を迫るが発行500社は大混乱か」といったタイトルの記事が掲載されており、こちらのほうに興味が湧きました。

役職員へのインセンティブ目的で権利確定条件付有償新株予約権を発行している企業の会計処理については、ほとんどの企業で企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(複合金融商品適用指針)に基づいて処理されていますが、企業会計基準委員会(ASBJ)がストックオプション会計基準の適用を検討していることから、(発行企業においては)新株予約権付与の時点におけるストックオプションの公正価値を報酬と算定して、費用計上しなければならない可能性が出てきたようです。

ガバナンス改革のもと、インセンティブプランを加味した報酬基準への見直しを進める企業が増えていますが、有償ストックオプションの会計処理問題について、新日本、あずさ、PWCあらたといった大手監査法人さんは現在は静観しているところ、トーマツさんだけは他の監査法人に先立って、監査対象企業に処理方針の見直しを迫っているとのこと。上記FACTAの記事では、監査対象企業が混乱しているにもかかわらず、トーマツさんが会計処理方針の変更を勧める根拠を示さないことや、トーマツさんの組織上の問題(ガバナンス)を指摘して「トーマツショック」を取り上げられています。

ただ、トーマツさんが「暴走」してどのような得があるのか、そのあたりは記事の中では示されていません(ひょっとすると、ASBJの委員長や副委員長がトーマツさんのご出身というこtで、そのバックアップを図るという意味で個別監査法人と会計基準開発組織との癒着ということを問題視しているともとれますが、よくわかりません・・・)。ASBJさんでは、たしか2年ほど前から権利確定条件付有償新株予約権の会計処理問題の審議を開始されていましたし、私も、この問題は承知していましたが、むしろ「法と会計の狭間の問題」として、学問上の関心から眺めておりました。ASBJが開発する会計基準というのは会計的事実を決めるにあたっては重要な意味を持つわけで、いったいどのようなことを重視して開発されるのだろうか・・・という点です。

会計基準の開発は、社会で通用している慣習的な処理方法を追認する形で帰納的に発達してきたのですが、それでは「つぎはぎだらけ」(いわゆるピースミール)となり、整合性のとれない基準になってしまうのではないか、といった意見が強くなり、概念的フレームワークを下に演繹的に作成されるようになってきたものと理解しています。ただ、最近は企業活動のグローバル化に伴い、国際的な整合性というルール意識が強くなる傾向にあるため、たとえば今回問題とされている有償ストックオプションの会計処理基準についても、一国内における社会規範よりも、たとえばIFRSではどのように判断されているか、といった国際間規範との整合性を重視する傾向にあるようです。

法律家からみれば、会社法との整合性こそ重視すべき、といった気持ちにもなるのですが、そこが会計の世界における「相対的真実主義」の興味深いところであり、投資家による自己責任における企業評価にとって有用である事実こそ「会計的真実」だと理解しています。権利確定条件付新株予約権取引の内容において、報酬として付与されることが明示されている以上、将来の不確実性はその時点(配分の決定に基づいて付与される時点)でリスクとして数値化され、公正価値算定が可能になるわけで、それが会計的真実として正しいとすれば、そのような方向性に会計処理方針が変更されることも十分に合理性があるように思います。「有償新株予約権の払い込みはリスクもある投資なので報酬性はないのでは?」といった反対意見があることは承知していますが、そもそもそこにいう「リスク」や「不確実性」のとらえ方が異なるので、議論がかみ合わない可能性がありますね。

ちなみに国際財務報告基準(IFRS)では、権利確定条件付き有償新株予約権の付与については、その取引の実質(行使条件として勤務条件が定められている等)を踏まえ、IFRS2号(株式報酬)の適用範囲に含められているようです。問題とすべきは、違法配当や粉飾決算の決め手となる「会計基準の法規範性」との関係から、日本における会計基準の開発は、いったいどのような力学によって決められるのか、たとえば国際的な会計基準との整合性を重視することが妥当なのか、といったところにあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

10月 24, 2016 企業価値算定方法 |

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コメント

有償ストック・オプションは会社法的にも難しいですね。
公正な価格で発行しているというだけでは、「財産上の利益」の供与がないとはいえないというのが、会社法120条の解釈としては少なくとも多数説(通説?)ですので、公正な価格で発行していることだけを理由として、弁護士の先生方などがあっさりと報酬等にはあたらないと書かれているのを拝見するとそこまで簡単にいいきれるのかなという印象を受けるところです。結局、会社法361条にいう報酬等に当たるかどうかは、取締役の職務執行の対価にあたるかどうかに依存するように思われますが、平成17年会社法の立案担当者だった方々は、かなり広くとらえる解釈を示されていたと思います。
 いずれにせよ、会社法上の報酬でなければ、会計上の株式報酬にあたらないという考え方は、現在のストックオプション会計基準とは首尾一貫しない(会計上どのように会計処理すべきかは、会社法上、報酬等であるかどうかだけで決まるわけではない)と考えておくのが穏当なのではないでしょうか。

投稿: 通りすがりの研究者 | 2016年10月24日 (月) 10時34分

どなたかは存じ上げませんが、法律専門家でありつつも、会計処理の考え方にシンパシーを持つ私の意見を見事に代弁していただき感謝いたします。まさに「通りすがりの研究者」さんのおっしゃるとおりだと認識しております。きちんと議論するのであれば、会計の世界における「報酬」の定義を作る必要があろうかと。
なお、私はこの議論については、法律家の関与も必要になるものと思っています。

投稿: toshi | 2016年10月24日 (月) 10時58分

なお、こういった議論は、関係者の利益に配慮して行うべきものではなく、あくまでも学術的な視点から行うべきです。今朝から、いろいろとメールを頂戴しておりますが、私はどちらの立場にも与するものではありませんので、念のため申し添えいたします。管理人 弁護士 山口利昭

投稿: toshi | 2016年10月24日 (月) 11時01分

 有償ストック・オプションは、ストック・オプションの公正価格が市場価格がないために物差しがない(持株会報酬は市場価格という物差しがある。)、また、特定の者しか取得できないので、報酬なんでしょうね。361条の決議をとっていない場合、まずいかもしれませんね。イマドキは、投資家の訴訟リスクもあるし。
 コーポレート・ガバナンスの意識の高い会社は採用していないようですし。

投稿: Kazu | 2016年11月 1日 (火) 11時12分

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