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2016年10月10日 (月)

東芝会計不正事件-歴代社長立件にはいくつかの壁がある

10月9日の毎日新聞朝刊(社会面)に、「東芝不正会計問題 元PC責任者から聴取 監視委、3社長の指示確認」との見出しで、カンパニー部門の元社長の方が、金融庁から任意で聴取を受けたことが報じられていました(有償版ですが、ネットニュース記事はこちらです)。証券取引等監視委員会の委員長が12月で退任されるようですので(次は元広島高検検事の方のようです)、委員長最後の大仕事として金融庁は組織として気合いが入っているとの風評が聞こえてきますね。しかし、気合いが入る真の理由は、やはり金融行政のグローバルな連携が深まる中で、「エンロンではあれだけ経営者が厳罰を受けたのに、東芝では誰もお咎めなしということはおかしいのではないか」といった海外からの批判が高まっているからだと私は思います

金融庁の積極的な対応とは裏腹に、上記毎日新聞記事でも解説されているように、検察庁はいまだ東芝歴代トップの方々の立件には消極的なようで、刑事責任を問えるかどうかは流動的のようです。まずなんといっても8年ほど前に検察が敗れた長銀事件最高裁判決の存在は大きいと考えます。長銀事件の最高裁では、やはり多くの裁判官が「絶対的真実主義」を重視して有価証券報告書虚偽記載罪の構成要件を解釈しています。検察出身の古田裁判官だけが唯一「相対的真実主義」を加味して有価証券報告書の虚偽性を判断せよ、といった補足意見を述べておられましたが、おそらくこのあたりが検察庁が及び腰になる一因ではないかと思います。財務報告の視点による東芝社PC取引の見方は、法律家が得意な絶対的真実主義と、会計士が得意な相対的真実主義のどちらを根底におくかで大きく異なるはずです(このあたりを詳しくお知りになりたい方は、初版2013年の拙著「法の世界からみた『会計監査』」をお読みいただければと)。

さらに、今年法案が成立した改正刑事訴訟法における「司法取引」は未だ施行されていませんので、検察による経済事件の立件には、いわゆる「積み上げ捜査」手法が採用されるのが原則です。つまり、歴代の3人の社長さんを立件したいのであれば、その下のカンパニー幹部の方々の身柄も拘束して、事実上の不起訴合意をとりつけたうえで、検察官面前調書を作成することになると思います。そして歴代トップの方々による「プレッシャー」はあったにせよ、カンパニー社長さん方の犯罪事実を確定するわけですが、その際に気になるのが財務アドバイザー(監査法人)の存在です。たしか東芝事件では会計監査人のほかに、アドバイザー業務を提供していた大手監査法人さんがおられた(ように報じられている)わけですが、おそらくカンパニーとの間で、綿密なコミュニケーションが重ねられていたはずです。そうなりますと、歴代トップの方々を立件する際にはカンパニー社長さん方の犯罪に、監査法人も加担していたようにも受け取られかねず、そのあたりの取扱いは大いに悩ましいところではないでしょうか。

そしてもう一つ気になりますのが、金融庁による立件手法に対する検察庁の信頼感ではないかと。先日、東京電力株式のインサイダー取引を巡り、金融庁の法的解釈を覆す司法判断が二つ出ました(情報提供者が勤め先証券会社から解雇処分を受けたのですが、重要事実の伝達にはあたらないとして解雇処分を無効とした判決、そして情報受領者が、金融庁から課徴金処分を受けたのですが、この金融庁の処分が取り消された判決です。新聞にも掲載されていました)。行政処分である課徴金は、その迅速性や柔軟性が持ち味だとは思うのですが、やはり司法相手でガチンコ勝負となりますと、(インサイダー取引を規制する条文の構成が非常に複雑なだけに)事実認定を裏付ける証拠に甘さが残るわけでして、このあたりが検察庁からいま一つ信頼を置かれない要因ではないかと推測いたします(なお、この点は未だ私の「仮説」にすぎませんので、今後は検証が必要になります)。

いずれにしましても、やはり相対的真実主義の考え方を基本として会計処理方法の虚偽性を問うことには大きな壁があるようです。平成17年の会社法改正で、会計帳簿の適時性、正確性が初めて条文化されたわけですから、私は現行法上は過料(行政罰)とされている会計帳簿の虚偽記載を刑事罰化すべきだと考えます(もちろん「納税以外に記帳する意味などない」とおっしゃる中小事業者の方々による反対はあると思いますが)。有価証券報告書や計算書類になる前の会計帳簿の記帳を問題にすることができれば、粉飾事件に対する検察庁の壁はかなり低くなるのではないかと思うのですが。

最後に、検察庁の消極論が現状のままだと、他の上場会社にとって危惧される点があります。エンロン事件以来、アメリカでは役員に対する厳罰化によって、大きな会計不正事件が起きていなことが評価されつつありますので、米国SOX法のような厳罰主義の規制が、日本のすべての上場会社の役員に適用される時代が到来するかもしれません。おそらく上場会社の役員の方々にとってみれば、東芝事件の歴代トップの方々が立件されるほうが胸をなでおろすことになるかもしれませんね。

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コメント

Toshi先生ご指摘のように、日本でも上場会社の役員には厳罰主義の規制が適用されるように、今後はなるのだと思います。OECD諸国とも足並みをそろえる。日本がリードするようにならないと、日本企業の海外展開も、後手を踏んで不利な展開しかできなり、日本の成長が望めないというような悲観的な感覚に陥ったりします。

東芝不正会計でのパソコン部品の台湾製造会社への販売についても、当初は価格のマスキングが動機だったと思うのですが、最後には仕入れ値の5倍以上の価格で販売し、それを製造原価で調整する手法を採ったが、利益調整の手段として利用されることとなった。

原点に戻れば、株価なり会社の信用は、技術力もあるが、真実の財務情報を提供し、それが市場で評価されることである。すべてが、そうでなくとも、ステレオタイプ的に日本の会社の財務情報は信頼できないと思われることは、日本経済にとってマイナスだと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2016年10月11日 (火) 22時10分

最初に自分の立場を明らかにしておくと、東芝の問題で会社サイドにたってアドバイザリー業務を行ったと報道された監査法人グループのOBです。(監査法人の元パートナー)。単なるOBですので、内部情報等は一切持っておらず、今回の件は、報道で知るのみですが、OBとして(そして一人の公認会計士として)今回の件には大いに関心を持っており、報道等にはすべて目を通しています。報道の内容では、アドバイス業務の内容の詳細は明らかになっておらず、報道からは、当該監査法人のグループ企業が、非難されるべき(不正会計を指南するような)アドバイザリー業務を行っていたのか、それとも全く倫理上問題のない業務を行っていたのかは、判然としないという印象を受けています。(OBとしては、「いいがかりだ」と断言できないところが歯がゆいところですが)
今回のエントリーを読むと、同社があたかも(法律上犯罪となるかどうかはともかくとして)、問題となる業務を行っていたことが明らかであるかのような書きぶりですが、山口さんは、そう判断されるだけの(報道されている以外の)情報をお持ちということなのでしょうか?

投稿: Beaver | 2016年10月13日 (木) 22時03分

皆様、コメントありがとうございます。
Beaverさんご指摘の点につきましては、情報についてはなんとも申し上げられませんが、たしかに書きぶりが断定的だと思われましたので、やや軟らかめに修正をさせていただきました(表現において不快な思いを抱かせたとすれば申し訳ございませんでした)。

投稿: toshi | 2016年10月20日 (木) 16時26分

山口先生のご意見はもっともな話だと思います。厳罰かどうかは裁判所が判断する事ですが、経営者も監査法人も監査法人系コンサル会社も司法の場において事実関係を明らかにすべきであり、消え去った巨額事件「東芝秘史」の出版を20年後まで待てないでしょう。、

投稿: 一老 | 2016年10月20日 (木) 22時20分

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