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2016年11月 8日 (火)

電通労基法違反事件を企業コンプライアンスの視点で考える

朝から電通本社等に労働基準法違反の容疑で(東京労働局による)強制捜査が入ったことが報じられています。過労死事件を契機に、同社の労基法36条、32条違反問題が注目され、今後さらに同社における「組織としてのコンプライアンス意識の欠如」が指摘されることが予想されます。

たとえば日本監査役協会(関西支部)の労働法研修も、人気講師が担当している講座とはいえ、電通さんの過労死事件発覚までは例年どおり1回開催の予定でした。しかし事件発覚後この講座がすぐに満席となり、協会事務局側は追加講座を開催することにしましたが、これもすぐに満席となっています。今回の過労死事件が、大企業を中心に労務コンプライアンスに大きな意識改革をもたらそうとしていることは間違いないようです。

今後「電通という会社はもともとブラック企業だった」といった論調で様々な報道がなされるかもしれません。大企業であるがゆえに「みせしめ」として刑事立件の対象になることも予想されます。その場合「過去にこんな事件があったのに是正しなかった」「組織的な時間外労働過小申告がなされた」といった電通固有の事情に光をあてて、「ほら、こんなブラックな会社だから悲惨な事件が発生したのだ」といった不祥事のオトシドコロを探ることになるような気がします。しかし亡くなられた社員のお母様が記者会見に臨んだ本当の目的、つまり「このようなつらい事件を世間で二度と起こさない」ことを考えるためには、もう少し別の視点から考えることも必要だと思います。以下、多くの方から反論されることを承知のうえで(こういった見方もあるという意味で)私なりの企業コンプライアンスの視点から検討してみます。

ひとつは、同様の労基法違反は他社でも同様に発生しているのではないのか?という視点です。横浜の傾斜マンション事件の際、旭化成建材さんは「支持層への杭打ちデータを偽装した」として社会から大きな批判を浴び、最終的には親会社である旭化成さんのトップが退任を余儀なくされました。しかし、あまり報じられていませんが、この件では同業他社合わせて9社が、同じ日に国交省から処分を受けています(国交省のリリースはこちら)。つまり杭打ちデータ偽装というのは「どこの会社でも起こりえたこと」が行政の調査によって判明したわけでして、単に社会で騒がれるまでは性善説で調査をしていたためにわからなかったということです。労基法違反問題は、口頭注意によって終わっているケースも多いわけですから、今回の電通さんの件を契機として、厚労省が性悪説に基づいて調査をした場合、同業他社ではどうなのか・・・という点は冷静に検証することが必要です。

次に、「電通はコンプライアンス意識が欠如していたために、このような悲惨な過労死事件を引き起こした」といった因果関係がすんなり納得できるものかどうか、といった視点です。たとえば偽装請負や偽装派遣を防ぐため、もしくは親会社がしっかりと事業部門を監視する体制を整えたいために、同業他社であれば子会社や取引先に丸投げしている業務についても、電通の場合にはコンプライアンス経営を徹底させるために「正社員」として抱えていた、その結果として正社員に対する労基法違反が顕著であったという見方は成り立たないのでしょうか?(これは同業他社の状況をみてみなければわかりませんが)。ひょっとすると、同業他社では発生していない労基法違反事件も、実は子会社や丸投げしている中小の下請会社ではもっと過酷な事件が起きていて、話題性が乏しいために表面化していないということも考えられるように思います。電通さんと、同業他社さんのいずれのほうがコンプライアンス意識が高いのか、そのあたりをきちんと検証してみなければわからないのではないかと。

そして最後に、過労死事件の直前に話題となりました不適切広告事件との関連性から、電通さんの構造的欠陥を考察する視点です。たしか亡くなられた女性社員の方もインターネット広告の分析作業を担当されていたかと思います。いくらAIが発達したとしても、運用型広告の分析作業は日夜を問わず人間が行います。年々、広告代理店ではネット広告による売上比率が高まっていますが、枠広告とは異なり、運用型広告は単価が著しく安く(たとえば数百万円単位)、広告効果を高めるためには多様な分析を用いた広告主へのプレゼンが求められます。高度なスキルが必要ではあるものの単価の安い作業をこれからも広告売上の柱として拡大する事業戦略をとるのであれば、当然のことながら特定社員の加重労働が発生しやすいビジネスモデルということが言えるのではないでしょうか(だからこそ、不適切広告という不正も発生しやすい環境にある、ということではないかと)。つまり不適切広告事件と過労死事件の根っこ(不祥事の芽)は同じところにあり、これは同業他社さんでも同様ではないでしょうか。

もちろん以上の視点は、あくまでも私のコンプライアンス経営支援という視点からの意見なので、推論に基づく仮説にすぎません。しかし、電通さんはこんなブラック企業だった、といった個社事情だけで判断せず、こういった仮説の検証をひとつひとつつぶしていかなければ、電通さんだけでなく、他の広告代理店さんや他の業界でも、同様の事件が再発してしまうのではないかと危惧します。何度も申し上げますが、亡くなられた女性社員のお母様が会見で「二度とこんなつらい事件は起こしてはいけない」とおっしゃっていましたが、理性ではなく感情論として私も全く同感です。不正は決して単純な因果関係で発生するものではありません。様々な要因が重なり合って、誠実な社員がたくさん存在する企業でも発生するものと考えておくべきです。

11月 8, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい |

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コメント

20年前になりますが、学生の時先輩が電通に就職して話を聞いたら、残業残業で睡眠時間が毎日2時間といっていました。その時から変わっていないですね。企業の文化が駄目なんでしょう。これを変えるのは非常に難しいです。

投稿: 工場労働者 | 2016年11月 8日 (火) 06時29分

長時間勤務やパワハラ、不正行為について、「現場がコンプライアンス違反としての認識を共有できない」という論調が今回もアチコチでありましたが。。。
私見では、「本音の部分では問題点を共通認識している人が多数」としか思えません。それでも組織文化・企業文化が怖くて口に出せないのでしょう。
本音の通報や発信を怯える文化が組織に蔓延っているという認識は、この国の本質的な問題であると想像しますが。
「命の重さ」や「民意」を尊重しての厚生労働省の迅速な「捜査」(調査よりも重い表現が各紙でなされています)だと考えますが、ここまで個人が多大な犠牲を払わなければ行政が動かないのは悲し過ぎる現実だと思うのは私だけでしょうか?
そこまでしなければダメなのでしょうか?(そこまでの覚悟は私にはありません)
「思考」が時代「錯誤」にならぬように、できる範囲でトライアル&エラーを続けます。
公益通報が単なる不平・不満と受け取られないようにするためには、各種不正・問題点を「是正する」【代案】を示すことが求められることは多々経験していますが、まずは問題提起の勇気を持たないと(多大なリスクは背負う現実はありますが)どうにもならないことは何とかならないのでしょうか?

投稿: 試行錯誤者 | 2016年11月 9日 (水) 18時10分

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