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2017年1月30日 (月)

エフオーアイ損害賠償請求訴訟とコーポレートガバナンス改革

昨年末12月20日に東京地裁判決が出されたエフオーアイ損害賠償請求訴訟判決(現在控訴中)ですが、この判決は本当に興味深い論点がたくさん含まれていまして、会計不正事件の調査に携わる方々にとっても、たいへん勉強になる判決です。ただ、この土曜日に、東京の大手法律事務所の某弁護士さんからお聞きしましたが、東京の企業法務に強い法律事務所の多くがこの訴訟に関係している、もしくは事件そのものに関与しているために、なかなか判決の評釈をお書きになれる方を探すのがむずかしいそうですね(著名な学者の先生も、すでに「意見書」を提出しておられるとのこと、そういえば以前コメントを頂いた「とおりすがりの商法学者」さんも?・・・笑)。せめて判決全文が早めに判例雑誌等に掲載されて、利害関係のない法律実務家の方、学者の先生方の評釈が出されることを期待しております。

さて、(この判決文の中にも登場される)エフオーアイの架空取引に加担していたとされる富士通社員(元)の方に対して、同社の元株主らが損害賠償を求めていた裁判が提起されていたようですが、この1月27日、東京地裁はこの元社員に対して1億3000万円余りの損害賠償請求を認める判決を出した模様です(ちなみに法人である富士通に対する賠償請求は棄却されたとのことで、NHKニュースだけが報じています)。取引先社員が事件に関与していなければ(審査に対して口裏合わせをしていなければ)もっと早く関係者の調査によって同社の会計不正が明るみに出ていたはずだ、と裁判所が判断したようです。

上場会社の粉飾に加担した取引先社員について、上場会社の株主に対する損害賠償責任が認められる裁判例というのも、これまであまり存在しなかったように思います(私が知る限り・・・ということですが)。企業のヘルプライン規約には、自社従業員と退職者を通報資格者と定めていて、取引先社員に通報資格を付与している企業はあまり多くないかもしれませんが、このような判決が出されるようになりますと、取引先企業の社員にも不正の早期発見に協力を要請することで、不正調査が円滑に進むような体制をとる必要がありそうですね。

ところで、私はこのブログの読者の方から判決書コピーを(研究目的のみに使用することを条件に)お借りすることができましたが、それだけでなく、読者の方を通じて、エフオーアイの事件関係者の方とも意見交換をさせていただく機会に恵まれました(すいません、ブロガーの特権ということでご容赦ください)。私は自分の関心から「エフオーアイ」という社名を聞くと、すぐに「最短上場廃止のトンデモ粉飾会社」、「市場関係者の上場審査における責任問題」ということだけ興味本位で想起しておりました。しかし時計の針を平成15年ころまで巻き戻して関係者のお話に耳を傾けてみますと、この会社がどれだけ優秀な事業の芽を保有していて、実際にどれほど日本の半導体の将来を背負う企業として期待されていたのかが、よくわかりました。だからこそ、判決文の中には前掲の富士通さんやパナソニックさん、シャープさん等日本を代表する著名企業の名前がゴロゴロと出てくるのですね。市場関係者の皆様が、単純に自分たちの利益のため、ということではなく、日本の将来を担う企業の上場を願って、エフオーアイの新規上場(ファイナンス支援)にまい進していった状況がなんとなく把握できました。

もちろん、エフオーアイのトップの方、粉飾実務を担当した取締役の方は実際に刑事裁判で実刑判決を受けており、また同社は多くの投資家の方々に迷惑をかけているわけですから、同社の粉飾は決して許されるものではありません。ただ、そこに至る過程を詳細にみていくと、ベンチャー企業を取り巻く構造的欠陥、たとえば日本におけるベンチャー企業のファイナンスのむずかしさ、日本の企業社会におけるベンチャー支援思想やスキルの脆弱さが粉飾企業を生み出している・・・という事実を改めて痛感します。また、架空取引に協力する取引先にとっては、一見何の得にもならないような不正加担行為をどうしてやってしまうのだろうか・・・といったあたりの事情も、「なるほど、その状況なら関係者は協力せざるをえないだろうな」と納得してしまいます。協力すればストックオプションをもらえる、といった個人利得的な理由ではなく、もっと企業にとって切実な問題に起因するところが大きいのです。とりわけベンチャーを支援する大企業が「健全なリスクテイク」を実践できなければ、(どんなに市場関係者の上場審査を厳格化しても)今後も第2、第3のエフオーアイ事件はかならず起きるものと確信します(このあたりの詳細は、また講演等でお話ししたいと思います)。改革の方向性は別として、やはり大企業のコーポレートガバナンスを議論することは大切ですね。

私自身が裁判に関与したアイ・エックス・アイ事件も、(後日の調査で判明したところによると)売上の8割が粉飾だったわけですが、最初はそんな大きな粉飾ではありませんでした。おそらくエフオーアイの件も同じような過程をたどってとんでもない金額の粉飾に至ったものと推測します。いま、上場企業は「健全なリスクテイク」を支援するためのガバナンス改革の真っただ中ですが、改革を実質的に進化させることは、こういったベンチャー支援の在り方にも大きな影響を及ぼすものと考える次第です。

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2017年1月27日 (金)

「社長交代」を遂行できるのは経営者OBの社外取締役が適任(前編)

(一部ブログ記事を削除いたしました。今後とも、関係者の方々にご迷惑をおかけしないよう努めたいと思います。また、内容に虚偽がありましたら速やかに訂正いたします)

1月27日に開催される政府の未来投資会議に関連する話題です。ガバナンス改革が進む中、「攻めのガバナンス」の推進役として現役経営者、もしくは経営者OBの社外取締役さん(※1)に注目が集まっています。「稼ぐ力を取り戻すため」に社外取締役を迎え入れるのであれば、全体最適マネージメント経験が豊かな方が適任だから・・・、というのが主な理由です。これは会社の平時を想定してのものですが、私は会社が有事に至った場合であっても、やはり経営者OBの方の力量が発揮されることが多いというのが実感です。なぜなら「社長交代」といった会社にとって極めて重大な局面において、社長に「成仏できるようにお経をあげることができる」のは経営者OBしか存在しないと考えるからです(なお、特定の事案からそのように考えるのではなく、私自身の業務経験一般からの考えです)。

(※1)・・・ここにいう「経営者」とは、社長さんだけでなく、副社長さんや専務さん等、広く経営全般のマネージメントに責任を持つ立場を経験した方を指しています。

たとえば本日(1月26日)、すでにニュースでも取り上げられていますが、某監査法人さんの子会社(当時)の社長さんが「社長解任は不当だ」として損害賠償請求訴訟を提起した裁判で、東京地裁は「解任の正当理由なし」として元社長さんの請求を認める判決を出しました(某監査法人さんも被告として提訴されているので、「役職解任」ではなく、おそらく株主総会における取締役解任に関する事例と思われます)。事例自体はよくある裁判ですが、社長さんのお名前も、会社名も実名報道されているところをみると、著名な監査法人グループ内におけるお家騒動はニュース価値がある、ということなんでしょうね。誰に責任があるか、といった問題は別として、社長さんが会社や大株主を相手にして裁判を起こす、マスコミが面白おかしく報じる中で会社と元社長が対峙する、といった「お家騒動」に発展するのは、不幸にして社長さんが成仏していないからだと考えます(※2)。

(※2)・・・社長さんが成仏できないのは、個人のプライドを傷つけられた、といった安易な利己的動機からではなく、会社のためにやったことが評価されないとか、構造的な欠陥を社内に残したまま去ることができないといった主に利他的な動機によるところが多いように思います。

よくガバナンス改革のお話の中で、社外取締役の本来の役割は社長交代を主導することである、と言われます。しかし、社外取締役が動いたからといって、「交代劇」を演じることはできても、社長さんを成仏させることはきわめて難しいのです。したがって、「交代劇」は往々にしてマスコミが知るところとなり、社内に派閥争いの増幅や弔い合戦等の禍根を残すことにもなります。社内において、なんとか社長さんを成仏させることができるのは会長さん、顧問や相談役の方々といった先輩経営者の方だと思いますが、最近はどうも議決権行使助言会社を中心に投資家からの「顧問、相談役制度」への批判が高まっており、今後は「顧問、相談役主導による交代劇」自体、期待できないかもしれません。そこでもし、社外取締役が主導して「交代劇+読経」という大役を務めることができるとすれば、それは経営者OBの社外取締役さんをおいて他にはいないと思うのです。

ではなぜ経営者OBの方々は(企業価値を毀損させることなく)トップを成仏させることができるのか?・・・具体的な理由についてはまた来週、このブログで述べる予定です。

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2017年1月24日 (火)

企業コンプライアンスから考えるクロレラチラシ配布差止事件最高裁判決

すでに多くのSNS等でも話題になっていますが、本日(1月24日)、最高裁第三小法廷は、企業法務に相当な影響を及ぼすと思料される判決を出しました(判決全文はすでに公開されています。クロレラチラシ配布差止等請求事件平成29年1月24日第三小法廷判決)。適格消費者団体による差止めの対象となる事業者の「勧誘」(消費者契約法4条1項1号)に、事業者の「広告」が含まれるかどうか、といった解釈について、最高裁は「広告も含まれる場合がある」としました。

実はこの最高裁事件は、地裁、高裁レベルでは、景品表示法上の差止根拠となる「優良誤認表示」の該当性が主たる争点でした(他にも「広告」と「働きかけ」の区別に関連する重要な争点がありましたが本日は割愛します)。大阪高裁(平成28年2月25日判決)は、主たる争点だった優良誤認表示の該当性判断は回避して、(現時点において、事業者は問題とされたチラシは配布していないので)差止めの「必要性なし」といった判断で肩透かし判決を出し、本論点(消費者契約法上の論点)についても傍論的に適格消費者団体側(被控訴人)の主張を一蹴していた感がありました。

ところが最高裁は、高裁が「『勧誘』には不特定多数の消費者に向けて行う働きかけは含まれないところ、本件チラシの配布は新聞を購読する不特定多数の消費者に向けて行う働きかけであるから『勧誘』に当たるとは認められない」とした判決理由を「法令の解釈適用を誤った違法な判断」としました(ただし、差止めの必要性はないとした高裁の判断は妥当として、結論的には適格消費者団体側が敗訴確定)。消費者契約法の解釈として、事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが「勧誘」にあたらないということはできないというべきである、と判示しています。これは明らかに消費者庁の担当者見解とは異なるものです(「逐条解説・消費者契約法第2版補訂版」商事法務2015年 109頁参照)。

従来、法解釈の明確化が議論される中で、IT関連事業者を中心とした経済団体(新経済連盟)は「不特定多数の消費者に向けられる広告を『勧誘』に含めることは暴論であり、断固反対」と主張していましたが、経団連の意見書では強く反対と言いつつも、「すべての広告が勧誘に該当する、といった解釈はとるべきではない」として、今回の最高裁のような解釈を許容するようなニュアンスは残していました(おそらく経団連さんも、ネット社会における広告の変化は無視できないと考えておられたものと思います)。ともあれ、BtoC事業者の商品・サービスの広報にとって、今回の最高裁判決が及ぼす影響はかなり大きいものと思いますし、直近では三菱自動車の燃費偽装事件の集団訴訟にも影響が出るのではないでしょうか。

とりわけ私自身が企業法務にとって重要と考えるのは、この最高裁判決が昨年10月に施行された消費者裁判手続き特例法、今年6月3日に施行を控えた改正消費者契約法と親和性が高いという点です。差止めを求める「消費者団体訴訟のステージ」ではなく、特例適格消費者団体を中心に契約の取消・解除、返金、損害賠償を求める「消費者被害回復訴訟のステージ」で企業が消費者と闘うことのリスクは極めて大きいはずです(昨年12月に第一号が誕生しましたが、今年も次々と特例認定を受けた適格消費者団体が誕生します)。

「広告を含めた消費者への働きかけが消費者契約法上の『勧誘』に該当する可能性がある」といった最高裁の「お墨付き」が得られた以上、事業者の広報活動は常に消費者による「提訴リスク」に晒され、その結果としてたとえ勝訴したとしても提訴されたことによるレピュテーションリスク(ブラック企業?グレー企業?)が生まれます。また、提訴自体がマスコミで広報されることで、従業員による内部告発も誘発します。その結果、社内情報が消費者団体に流出し、有力証拠となって敗訴リスクも高まります(このたび、DeNAさんがキュレーションサイト問題で追い詰められて、謝罪会見に至った経過をみれば明らかです)。

消費者と向き合う事業者のお目付け役は消費者庁です。しかしわずか300名程度の小さな省庁が、日本中の事業者を監視することは到底困難であり、ましてや同庁が行政処分や刑事罰の告発に関するデュープロセスを担うには無理があります。そこで最高裁は、消費者裁判手続き特例法の施行を契機として、消費者ひとりひとりに事業者のお目付け役としての地位と責任を付与したのが今回の判決の趣旨だと理解しています。まさに行政は消費者の力を活用して企業規制を効果的・効率的に強化することになるわけでして、企業は消費者行政の転換に留意する必要があります。

これまでも消費者庁の有識者委員会等で、広告も勧誘に含まれるとする学者の方々の意見、そして下級審判断もありましたが、最高裁の判断はきわめて重いものです。今後は、ガイドライン等でのマニュアル化も一定程度は進むものと思いますが、多くは裁判を通じて「その消費者への働きかけは勧誘に該当するかどうか」といった争点が形成されることになるものと推測します(さあ、御社は敗訴リスクを背負いつつ徹底的に争いますか?、それとも『弱気な和解で悪しき前例を作るな!』と他社から非難されつつも、火の粉を振り払うために消費者団体と和解をしますか?)。

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もうひとつのガバナンス改革-内部通報制度への関心高まる

本日(1月23日)の日経法務面では少数株主によるガバナンスが取り上げられていましたが、こちらは従業員ガバナンスの話題です。先日、オリンパスの濱田正晴さんと意見交換(雑談?)する機会がありまして、「ブログで書いてもいいよ」とおっしゃっていたので、少しだけ紹介いたします。濱田さんといえば、オリンパス配転命令無効等請求事件の原告として有名な方で、東京高裁逆転判決で配転命令は無効、といった勝訴判決を受けた方です。その後も会社側の処遇に不満を持ち、二度目の訴訟を提起していました。最終的には会社側と和解をされ、現在は同社の「人事本部 教育統括部チームリーダー」として活躍をされています。

オリンパス社にはもうひとり「深町正さん」(仮名)という、あの会計不正事件の内部告発をされた方がいらっしゃいますが、濱田さんは内部告発ではなく「内部通報」をされた方ですね。深町さんは、「濱田さんがこんな目にあっているということは、私も内部通報だとあぶない、つぶされてしまう・・・」と感じて内部告発(第三者への情報提供)に踏み切ったわけです。濱田さんは、私が消費者庁の公益通報アドバイザーに就任していた際にも、ヒアリングをさせていただいた経験があります。

その濱田さんとの意見貢献の中で、とても興味深かったのが「私がなぜこうやって笹さん(社長)と握手をして和解して、オリンパス社で人事に携わるような地位にいるかわかりますか?」とのお話でした。

「僕はね、裁判をしているときも、会社から嫌がらせをされていたときも、これは『会社vs労働者』といった構図で闘っているという意識は全くなかったんですよ。いつも『社長と同じ方向を向いて一緒に会社の経営を考えている』という意識を持ち続けていたんです。だからこそ、こうやって人事政策に関わるようになったんです。公益通報制度って、どうも昔から『会社vs労働者』の図式で考えようとしてるでしょ?だから機能しないんですよ。」

とのこと。なるほど、公益通報者保護制度も、従業員主権によるガバナンスの一環として考えるという発想が必要なのかもしれません。「働き方改革」が進み、考え方の多様性が企業に求められる中で、意見の対立を収束させるものは単なる「部署内の慣行」ではなく企業理念です。最近、内部通報制度が部署ぐるみの集団通報という形で行われることが増えたり、また内部通報者や内部告発者の後ろに多数の支援者がいらっしゃるケースが増えているということも、なんとなく納得します。

マスコミでも公益通報者保護法の実効性検討委員会報告書が公表されたことを契機に、ずいぶんと内部通報制度が取り上げられるようになりました。朝日新聞「法と経済のジャーナル」では(有償版ではありますが)内部告発者の社内情報の持ち出しルールに関する記事が正月早々掲載されましたし、本日も(近時の企業不祥事では、発覚に至るまで、通報制度が機能不全に陥っていたといったことから)内部通報制度の体制整備義務に関する話題が取り上げられました(どちらの記事にもコメントを掲載していただきました)。また、日経新聞では、1月10日の拙稿「私見卓見」に続いて、1月14日には「内部通報制度を使える制度に指針改訂」と(社会面で)取り上げられました。とくに14日の日経記事では経済団体の代表幹事でいらっしゃった北城さんの積極的なコメントが掲載されていましたので、企業にとっても内部通報制度の整備・運用がリスク管理上とても有用である、といった意識が盛り上がることを期待しています(私とは影響力が違いすぎます)。

最近、私自身が担当する企業不正に関する内部通報・内部告発事案も、もともとは内部統制への通報者の懸念です。経営者の中長期経営計画に対する目標設定と事業部門の実績とのかい離(コミュニケーション不足)をどうしても埋められず、ストーリー作りに苦悩した経理担当者の叫び声が内部告発や内部通報として浮かび上がります。財務報告に関する内部統制の重大な欠陥は、それ自体では「犯罪行為」と認定することは困難ですが、経理担当者は企業価値を真剣に考えていました。また、(これは私とは関係ありませんが)今月号のFACTA誌に掲載されている著名な菓子製造会社の経営者問題も、それ自体が不正を根拠付けるような事実が掲載されているわけではありませんが、告発者が将来の会社を慮って情報を提供したことは明らかです。

内部通報の中には、単なる苦情相談のようなものもありますので、すべてが従業員主権に基づくガバナンスと関連するものとは言えません。しかし、コンサルタント会社の調査などでも、通報の1割程度は企業や社員の法令違反行為に関連する通報とされていますので、もうひとつのガバナンス改革として、中小の事業者の方々を含め、さらに制度が浸透することを期待します。

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2017年1月23日 (月)

変わる企業不祥事対応-第三者委員会設置企業が減少傾向

先週、「企業不祥事対応のトレンド・・・」といった講演についてご紹介しましたが、顕著なトレンドのひとつに不祥事調査の傾向が従来と変わってきたことが挙げられます。10年ほど前、加ト吉さんの架空循環取引に第三者委員会が設置されたあたりから、企業不祥事を発生させた企業がリスク管理(もしくはステイクホルダーへの説明責任の履行)として第三者委員会を設置するケースが増えました。

とりわけ2010年に日弁連が東証さんや金融庁さんの要望に応える形で「企業不祥事発生時における第三者委員会ガイドライン」を策定したことをきっかけとして、会計不祥事が発覚した企業では日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会を設置して、発生事実、その原因究明、そして再発防止策を公表するというパターンが急増しました。しかし第三者委員会の信用性はかなり高まった一方で、その信用性を悪用するような弊害も出てきました。みなさまご承知のように日弁連ガイドラインに準拠している、とリリースしながらも、その実質は経営者の責任回避のための「隠れ蓑」に使われているケース、いわゆる「なんちゃって第三者委員会問題」への懸念が強まり、民間団体による第三者委員会の格付け機関も動き出すようになりました。

ところで、この第三者委員会制度ですが、最近の傾向が少し変わってきているようです。これまで、会計不正事件を中心に、企業不祥事が発覚するケースにおいては第三者委員会を設置することが多かったのですが、最近になってどうも第三者委員会に代わって社内調査委員会が設置されるケースが増えているようです。これは私が直接調査したのではなく、上記の格付け機関の事務局を務める東京の法律事務所さんが調査した結果でありますが、2015年1年間に不祥事調査を公表した45件のうち、第三者委員会を設置した企業が25件、社内調査委員会を設置した企業が20件でした。しかし2016年は合計41件のうち、第三者委員会は16件、社内調査委員会は25件と、大きく逆転現象が起きています。

つまり企業不祥事が発生した際に、第三者委員会を設置する企業が減少傾向にあります。その理由として私が考えますのは、ひとつは東証の企業不祥事対応のプリンシプル(2015年3月公表)の影響が挙げられるのではないかと。不祥事発覚時において、できれば第三者委員会の設置が望ましいとされていますが、状況によっては社内調査委員会の設置でも目的を達成することができるケースもあるといったことが浸透しました。たとえば会計不正事件の第三者委員会の設置は数千万から一億円以上の費用が必要とされますので、企業にとっても「社内調査で済むか否か」は重大課題です。そのあたり「プリンシプル」(原則主義)の解釈には幅があるとみて、社内調査委員会を設置する企業の数が増えているように思えます。

また次の理由としては社外役員の急増による影響が考えられます。社外取締役や社外監査役さんが委員になって不正調査を進めることで、対外的には第三者と同等の公正性、独立性を委員会が確保できるのではないか、といった考え方が企業において浸透しているように思います(ただし、私自身としては社外役員が委員に就任することで、第三者委員会と同等の公正性が確保されるかというと、やや懐疑的です・・・もちろん個別案件にもよりますが)。

そして最後の理由として、社会的に「なんちゃって第三者委員会問題」がかなり浸透してきたことではないかと思います。このブログでも過去に何度か取り上げましたが、最近は会計監査人(監査法人)が、事実解明が緩い委員会報告書にはノーを突きつけることが増えています。また、社会的に話題となった委員会報告書に対しては、第三者委員会格付け機関が厳しい目でチェックして、そのこと自体が話題になりましたし、さらに「委員を選定するに至った過程まで説明せよ」といった社会的風潮も高まってきています。このように経営者が従来のように「不正追及に対する隠れ蓑」として第三者委員会を活用する傾向に歯止めがかかりだした、ということの顕れではないかと推測しています。

第三者委員会ブームが、弁護士の新たなビジネス領域を作出する一方で、せっかくの信用性に世間の疑惑の目が向けられることにもつながりました。上記のような第三者委員会報告書の減少傾向は、これに歯止めをかけるものとして、私は好意的に受け止めています。なによりも、このように厳しい目が向けられる中で、第三者委員会報告書の信用性が(厳しいチェックによって)再び高まることが期待されますし、また企業側においても、経営者自身が社内調査と第三者調査の比較基準を意識し、調査の公正性、独立性をどのように担保するのか自らの責任で判断することにつながるものと思われます。このあたりは不祥事が発覚した企業に対する東証さんや金融庁さんの指導内容にもよりますし、もう1年ほど傾向をみたほうが良いかもしれませんが、今後も不祥事調査の品質は、社内調査であれ、第三者委員会調査であれ、よりレベルが高まることに期待したいと思います。

 

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2017年1月19日 (木)

企業不祥事対応のトレンドから考える監査役等の行動規範

昨日(1月18日)は、東芝グループ会社の会合(二水会)にお招きいただき、浜松町の本社ビルにて監査役等の皆さまに向けた講演をさせていただきました。「外からどんな会社に見えているか、再生に向けてこれから何をすべきなのか、忌憚のない意見を遠慮せずに述べてほしい」と言われておりましたので、ホントに失礼ながら、私なりの東芝さんの問題点や課題についてお話しいたしました(たぶん気分を害された方もいらっしゃったと思います)。

事前打ち合わせの際にも感じましたが、、予想どおりビジネスパーソンとして優秀な方が多い組織ですね。でも組織が大きすぎて全体が見えにくいことも間違いないですね。経営トップだって全体を把握することは困難だと感じました。そんな組織の中で、社員はどんなモノサシで人事評価されるのだろうか・・・と思いを巡らせますと、いろいろと発見するところもありました。私自身も、グループ会社の監査役さんや本体の取締役監査委員の方々と意見交換をさせていただいて、たいへん勉強になりました(どうもありがとうございました)。意見交換の内容はとうていブログでは書けませんが、厳しい状況の中、ぜひとも難局を乗り切っていただきたいと思います。

さて、今年も恒例となりました日本監査役協会「全国行脚」が始まります。今年は例年よりも1回増えまして合計8回講演となります(大阪が増えて2回→3回)。「企業不祥事対応のトレンドから考える監査役等の行動規範-自浄能力を発揮した企業と評価されるための具体的な視点」と題するセミナーでして、ほぼ資料も出来上がりました。新聞等であまり騒がれていませんが、監査役や監査等委員の皆さまが検討しておくべき最新の事例を中心に、平時から考えておくべきこと、有事に考えねばならないことを解説していきたいと思います。とりわけグループ会社の監査役、独立系企業の監査役等、「会社の人事政策の関係で監査役になっちゃった、4年も監査役をやる予定はないけど・・・」といった非上場会社の監査役の皆さまにも参考になるように工夫をいたしました。

本日の日経産業新聞でも花王さんの事例が紹介されておりましたが、取締役会の実効性評価の中に監査役会の実効性評価を開示している例も出始めました。実際にバイサイドアナリストの方々はESG投資の一環として「監査役の力」を評価しているところも出ているのでありまして、「ガバナンスには攻めも守りもない」といったあたりも事例で紹介したいと思います。「モノ言う監査役」でなければ監査役の力を発揮できない時代ではないのです。有事にならないと企業が自浄能力を発揮できない時代では(もはや)ありません。さらに、後半では「社長に一目置かれるための監査役」になるために、どうしても知っておきたい平成20年代の最高裁判決(決定)を「監査役の着眼点」という切り口から4つご紹介いたします。ちなみに大原町農協事件最高裁判決、セイクレスト事件判決(最高裁不受理)はここに含まれておりません。

監査役さん方が敗訴した最新のエフオーアイ事件損害賠償事件の地裁判決も、監査役さんの行動規範を考える題材としてご紹介する予定です(ただし現在控訴審係属中で確定はしておりません)。すでにお申込み受付が開始された大阪でも、まだ若干余裕がありますので、ご興味がございましたら日本監査役協会のHPからお申込みいただければ幸いです。

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2017年1月17日 (火)

関経連共催コーポレートガバナンス・シンポでコーディネーターを務めました

Dsc_0031_4001月16日、私が理事を務めております日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークは、関西経済連合会との共催企画を開催いたしました。タイトルは「コーポレートガバナンス改革で日本企業は変わったのか?-ガバナンス・コードと向き合う企業の理想と現実-」。タイトルでほぼおわかりのとおり、企画及びシンポのコーディネーターを担当させていただきました。企業不祥事ネタは一切出さず、「稼ぐ力」としてのガバナンスだけに焦点を当てましたが、盛会だったのはひとえに関経連さんの(プロと申し上げて良いほどの?)ご準備によるものでした。

大阪弁護士会館2階ホールは通路に椅子を追加するほど満席となりまして、JR西日本さん、読売新聞さん、日本生命さんほか、企業の社長、元社長の方々にも多数ご出席いただきました。日経、朝日の記者さんにもお越しいただきましたが、記事になるかどうかは不明(たぶん好学上の目的でお越しになられていたかも・・笑)。ガバナンスネットワークの牛島信理事長による基調講演の後、「関西企業はガバナンス改革にどのように向き合うか」といったテーマで、帝人相談役の長島さん、関経連企業法制委員会の主査でいらっしゃる積水ハウス常務の中田さん、機関投資家代表のニッセイアセットの井口さんといった方々に登壇いただきました。大発会の鐘をたたきながら「成長戦略のためには企業統治が最重要」と担当大臣がおっしゃる東京では語れない内容でも、みなさん、雪で遅延する新幹線に乗って関西にお越しになると「口が軽くなる」ようで(?)、ガバナンスの理想と現実をホンネでお話いただきました。

シンポが盛り上がった要因は、まず関経連さんが昨年公表された「わが国企業の持続的な企業価値向上とコーポレートガバナンス整備のあり方に関する調査研究報告書」がなかなか他の経済団体では出せない内容だったから、という点が挙げられます。「四半期報告制度は、そもそも中長期の企業価値向上にはそれほど効果的ではなく、一方報告書作成に要する企業の負担が増すばかりなので、最終的には廃止すべき」といった提言も、「株主との建設的な対話」の中で議論させていただきました。すでにガバナンス改革に乗り出して20年近く経過した帝人さんの歴史から、社外取締役制度やアドバイザリーボード(取締役会の諮問機関)はどのように価値向上に結び付くか、といったこともお話が聴けましたし(やはりガバナンス改革の実効性検証にはまだまだ時間が必要ですね)、ショートターミズムから中長期の企業価値評価へと舵を切る運用機関のアナリストがどれだけ厳しい状況に置かれているか・・・といった話題も(スチュワードシップ・コード改訂直前の時期でもあり)興味深いものでした。

どんなにガバナンス・コードにコンプライしても、またコンプライしなくても、自社のガバナンスのベストを真剣に模索する企業こそ持続的成長を図ることができる、またどんなに辛口の意見であっても、真剣に自社の成長を支援してくれる株主と目的ある対話を続けることが大切だということを、私自身も認識いたしました。対外的には新大統領の経済・金融政策との関係で、また対内的には「働き方改革」というガバナンスの根幹を揺るがす課題との関係で、とても良いタイミングでシンポができたと思っております。登壇者の皆様、ご来場された方々、ガバナンスネットワーク事務局の方々、そして関経連の事務局の皆様、本当にお世話になりました。

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2017年1月15日 (日)

経営者の刑事責任は内部統制の適切な構築で免責される

軽井沢町のスキーバス転落事故が発生して丸1年が経過しましたが、長野県警は、バス運行会社の運行管理責任者とともに、経営者(社長)も業務上過失致死傷罪で書類送検する方針だそうです(1月14日付け日経夕刊社会面等)。立件の可否については今後、検察と協議するとのこと。安全面に最大の配慮をすべき運行管理責任者が(運転者とともに)起訴されるというのはわかりますが、果たしてバス会社の社長さんまで刑事処分に問えるのでしょうか。

もちろん、顧客の死亡事故について、社長さん個人が業務上過失致死傷罪で有罪とされた例は過去にも認められます。たとえば三菱自動車のリコール隠しによる山口県での事故発生事案では社長さんが有罪となりましたし、パロマ工業の湯沸かし器事件でも同様です。ただ、そこでは社長さんが商品の安全性の欠如を十分に知っていながら放置していた、という責任根拠が認められていましたが、今回は「運転手本人が観光バスの運転の経験があまりないということを知っていて、訓練を一回した行わなかったこと」から、社長にも(傷害ではなく)乗客の死亡事故の発生に関する予見可能性がある、と判断されたようです。当該運転手がすでに何度か事故を起こしていたことを知っていたとか、運転当日、危険運転に及びそうな体調であることを知っていて勤務させていた、といった事情は認められないようです。

事故がたいへん痛ましいものであったため、「社長にも刑事処分は当然」という捜査の方向性に賛成する方も多いかもしれません。ただ、会社の経営技能は多方面に及びますから、安全面についてはどの程度の予見可能性、結果回避可能性があれば経営者が刑事責任を問われるのか、その線引きはきちんと明確にしておくべきだと思います。たとえばこのたび最高裁判事に就任される山口厚先生のこちらの論稿などは、一般の方々向けに過失犯について書かれたものなので、とても参考になると思います。たとえば、経営者(監督者)が漠然とした(死亡事故に関する)予見可能性があるとした場合には、万全の措置で結果回避義務を尽くさなければ過失犯に問われてしまうというわけではなく、たとえば経営者が他の役職員の適切な行動を信頼できるような状況が認められる場合には業務上過失致死傷責任は免れる、ということも十分考えられるようです。

つまり、顧客の安全に配慮すべき内部統制を適切に構築して、運用されていれば(たとえ安全面の欠如に関する情報を経営者が入手していたとしても)信頼の原則によって刑事責任を免れる可能性がある、ということかと。また、このような法解釈をとることが、企業の安全体制整備へのインセンティブとなり、今後の重大事故防止にもつながるのではないでしょうか。ただし、今回の長野県警の捜査方針からみて、今後は顧客の身体・生命の安全を脅かす企業事故が発生した場合には、経営者を含めて「提訴リスク」が顕在化する可能性が高い時代が到来したことは間違いないと思います。

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2017年1月13日 (金)

会社法改正によって日本の会社は変わらない?

先日の日経法務面でも話題になっていましたが、2017年3月ころには「会社法の一部を改正する法律」附則25条に基づいた会社法改正を検討する会社法研究会の報告書がとりまとめられるそうです。附則25条というのは、

(平成26年改正会社法が)施行後2年を経過した後、社外取締役の選任状況その他の社会経済情勢の変化等を勘案した上で、必要があると認める場合には、社外取締役設置の義務付け等所要の措置を講ずる

というものです。商事法務さんのHPで会社法研究会の審議状況は時々チェックしているのですが、社外取締役制度に関する法令をこうすべき、といった議論が白熱しているようには(いまのところ)思えません。この2年間、東証の独立役員制度に加えて、コーポレートガバナンス・コードの適用が開始されたこと、会社法において監査等委員会設置会社という機関設計が認められるようになったことで、ずいぶんと社外取締役が増えました。会社法で社外取締役を強制導入することが、いまから必要なのかどうかといいますと、あまりその必要性は認められないような気もします。少なくとも形式面では社外取締役が急増したのですから、今後は実質面において、「社外取締役が選任されることで業績が向上した」「不祥事の予防や発見に効果があった」といった立法事実が明らかになった時点で検討すればよいのかもしれません(あくまでも個人的な意見です)。

そういえば、以前このブログでもご紹介しました江頭憲治郎先生のご論稿「会社法改正によって日本の会社は変わらない」(法律時報2014年10月号59頁以下)が発表されて2年以上が経過しました。会社のガバナンスが上手くいっていないからといって、会社法の規制を強化してもほとんど無意味であり、会社法が乗っている基盤(いわば「下部構造」)が変わらない限り日本の会社は変わらないというスタンスのご論稿です。そしてこの「下部構造」というのは、①機関投資家、②経営者選抜システム、③会社事件にプリンシプル(原則主義)の適用を嫌う裁判所の姿勢、というものだそうです。

私も江頭先生が指摘されている②経営者選抜システムの変化がなければ、ガバナンス改革で会社が変わることはないだろうな・・・と思います。実務技能に長けた方が社内で勝ち上がり、そのまま社長に就任する制度の下では、経営技能を習得する機会がないのでCEOの人材不足をもたらしている、同じようにビジネスの世界で勝ち上がった経営者OBが社外取締役に就任しても、執行部との目線が同じなのでなんら会社は変わらないといったあたりが説得的です。

ところで、この「会社法が乗っている基盤(下部構造)」には全く変化はみられないのでしょうか。機関投資家についてはスチュワードシップ・コードの浸透があり、企業との建設的な対話を図るという意味ではやや変化が生じてきたように思えます。また②についても、法で規制できるような課題ではありませんが、「働き方改革」が推進されて、同一労働・同一賃金に関する指針案等も出てきました。大きく変わるというものではありませんが、少なくとも日本型雇用慣行が少しずつ変化する傾向は(政府の力で)出てきたように思います。

問題は③ですね。裁判所が商事事件を判断するなかで、原則的な判断基準を示すということはあまり見受けられません。ただ、ガバナンス・コードをコンプライしている会社の役員が、その運用を怠っているようなケースでは善管注意義務違反に該当する、といった判断がなされることもあるかもしれません。また、近時の最高裁判決の傾向をみていると、経営判断の内容には踏み込まず、判断過程の適正手続性審査に重点を置いているとも読み取れそうなので、その手続きの経済的合理性をチェックするなかでプリンシプルの趣旨を尊重しているのかもしれません。このような諸事情から、「下部構造」に変化はみられるように思います。

不祥事防止よりも、業績向上のためのガバナンスということも会社法改正が検討される一因のようですが、その実現のためには「会社法改正でできること、できないこと」「法改正に向けて尽力する関係者の並はずれたパワーが発揮される可能性があるかどうか」といったところをまず理解しておく必要があると思います。そうでないと、やはり「会社法改正では日本の会社は変われない」といった結論を再確認することになってしまうような気がいたします。

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2017年1月10日 (火)

日経「私見卓見」に拙稿が掲載されました(1月10日朝刊)

本日(1月10日)の日経朝刊15面「私見卓見オピニオン」欄におきまして、当職の「内部通報制度は企業の信用を高める」と題する論稿(1000字程度)を掲載いただきました。たくさんの応募論稿の中から編集者の方々に選定いただいたことはとてもありがたいのですが、それは内部通報制度や内部告発が社会的にも関心を集め出したことの裏返しだと思います。「働き方改革」が進む中、公益通報者保護法の改正問題、改定された民間事業者ガイドラインの浸透といったことに、これからも企業の関心が高まることを願っています。

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2017年1月 9日 (月)

企業の「相談役」「顧問」制度にはガバナンス・コードはなじまない

どのマスコミよりも早く、NHKさんが経産省の最新コーポレートガバナンス調査の集計結果を報じています(1月8日付けNHKウェブニュースより)。東証1部、2部上場2500社のうち、871社から得た回答をもとに集計したところ、①「相談役」や「顧問」を導入している企業は70%以上にのぼり、②そのうち35%の企業で「相談役」や「顧問」が現経営陣に対して指示や指導を行っていることが判明したそうです(私の実感では、導入企業はもっと多く、また指示や指導はあたりまえ・・・と思っていたのですが)。

上記ニュースによると、経産省は、こういった実態が企業統治をゆがめることのないよう制度の在り方を提言していく方針だそうです。おそらく経産省の「コーポレートガバナンス・システム研究会」で今後審議がなされるものと思いますし、金融庁のガバナンスフォローアップ会議、法務省に近い会社法研究会等でも話題になるものと予想しています。著名な議決権行使助言会社さんでも、今後上場会社が顧問、相談役制度が経営に影響を及ぼす方向性に動くときには関連議案には反対票を投じるように推奨されるようです。このような流れからしますと、とりわけ上場企業の「相談役」「顧問」という制度は、現在のガバナンス改革の中ではかなりネガティブなイメージで捉えられているように思われます。

私が社外取締役を務めている会社では(ガバナンス報告書ですでに開示している範囲で申し上げますが)、60歳取締役定年制に例外はなく、取締役は一切会社には残りませんので、会長職はもちろん、顧問も相談役制度もありません。私が取締役に就任した以降に、何名かの社内取締役(専務や常務)が退任されましたが、退任後は一切会社とは関係はなくなり、もちろん顔を出すこともありません。その影響からか、事業部門の垣根を超えて一切の派閥はなく、社外取締役、執行役員を含めて、本当に一生懸命次期社長候補者を探さねばならないという状況になります(だからこそ社長候補者の選任過程は、その判断基準も含めて透明化しないとやっていけないのです)。

ただ、実際に社長選任過程に関わり、また他社でいくつもの派閥争いの紛争解決に関わる経験から申し上げますと、当社の制度は当社に特有のビジネスモデルや雇用慣行、さらには会社成長の歴史に由来するものだからこそ機能しているのであり、決して他社でも「相談役」や「顧問」を廃止することで取締役会の実効性が高まったり、社長後継者プロセスが透明化されるかというと、そんなに甘いものではないと考えています。むしろ長年「相談役」「顧問」がおられた上場企業にはそれなりの利点(長所)があるわけで、その存続を個々の企業ごとに考えなければ「短所を補完するためのガバナンス」によって長所を阻害することにならないか、非常に懸念を抱きます。

たとえば対内的効果としては、人事への関与があります。社長後継者争いには、何名かの候補者が出てくるわけですが、最終的に社長が選任された後、「お前もまだまだこれからがあるんだから、捲土重来を期せよ」といって社長になれなかった候補者を社内につなぎとめるのは相談役、顧問として会社に残る方です(会長とか現社長とか)。もし「捲土重来の機会を保証する人」がいなければ、(ポスト争いに敗れたと烙印を押された方は)官僚の世界と同じく、さっさと優秀な人材が他社に移ってしまい、企業の競争力はそがれます。社長候補と呼ばれるほどの有能な方をみすみす他社にとられてしまうことを見逃すわけにはいかないと思います。

また、対外的効果としては、ステイクホルダーへの影響力行使という利点があります。もちろんご本人自身も企業帰属意識を充足させるような肩書を持ち続けたいと思うわけですが、それ以上に世間は組織に帰属している人だからこそ評価をする、といった風潮があります。たとえば経産省や金融庁、法務省といった官僚組織が、有識者会議に民間委員を任命する場合、「●●会社元代表取締役」という肩書で選任するでしょうか。そうではなく「●●会社相談役」とか「●●会社最高顧問」といった企業帰属が一目でわかる肩書がある方を選任するほうが「経済界の意見を聴いた」といった名目作りには大切だと考えておられるのではないでしょうか。経済団体の理事職への就任といった場面でも同様です。もし今後、政府が相談役制度や顧問制度は廃止すべき、との意見をガバナンス・コード等を用いて提言するのであれば、政府委員を経済界から選任する場合にも、相談役や顧問の肩書のついた方は選任しない、もしくはそのような肩書は委員名簿に公表しないといったことを検討しなければ矛盾するのではないでしょうか。

ガバナンス改革は形式から実質へと進化させるべき、とお正月の大発会において麻生大臣が述べておられましたが、この相談役、顧問制度はまさに「実質化」にとっては重要な課題です。本件については賛否両論あるでしょうし、ガバナンス改革推進に熱心な有識者の皆様方からは私の意見についてはご異論もあるでしょう。ただ、相談者や顧問制度の長所と短所を機関投資家を含めてきちんと議論することが大切ですし、そのうえで「一律要請」になるようなガバナンス・コードは活用すべきではなく、最終的には企業自身の判断に委ねる、相談役制度、顧問制度を維持する説明責任は、株主との建設的な対話の中で果たす、といったことが妥当な落としドコロではないかと考えています。

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2017年1月 7日 (土)

東芝会計不正事件-歴代社長立件にはいくつかの壁がある(その2)

今年に入って朝日新聞、読売新聞で続けて東芝歴代社長さんの刑事立件の壁を問う記事が掲載されました。とりわけ1月5日(木)の読売新聞朝刊「証券監視委-脱下請け進む」と副題のついた特集記事は力が入っていましたね。東芝さんの歴代三社長の刑事告発について、証券取引等監視委員会はまだまだあきらめず、立件に向けた調査が進んでいるそうです。

検察庁と金融庁の異例の対立・・ということですが、私の基本的なスタンスは昨年10月のこちらのエントリーで述べたこととそれほど変わっておりません。歴代三社長さんの「犯意」を立件することには壁があるように思えます。なお、そこでは書いておりませんが、多くの有識者の方が指摘されているように、PC部品取引(バイセル取引)に粉飾があったとしても、それがどの程度投資家の投資判断に影響を及ぼすのか・・・といった「重要性」に関する解釈問題も、きちんとクリアしなければいけない課題かと思います。

ところでこの「重要性」ですが、よく「たとえ虚偽記載がなされたとしても、東芝さんの全売上の何%にすぎない」といった数値基準をもって重要性(量的重要性)の判断がなされるようですが、質的重要性というのは考慮されないのでしょうか?PC取引部門における売上が全体のわずか数%であったとしても、その虚偽記載が誤謬ではなく、東芝関係者による粉飾(故意による会計不正処理)だとすれば、その事実が東芝の売上全体に及ぼす影響(つまり氷山の一角にすぎない可能性)は大きいのであり、質的重要性は高いとみるべきではないでしょうか(一般の投資家の方も、虚偽記載がミスで発生した場合と、粉飾で発生した場合とでは投資判断も変わると思うのですが。あまりこのあたりの議論はされていないように思います)。歴代社長さんによる具体的な粉飾の指示がなされなくても、目標達成に向けたプレッシャーが強いということであればなおさら、カンパニートップによる不正会計の可能性(動機)は強まるわけですから「質的重要性」は高まるのではないかと。

さらに、無責任な野次馬的発想ですが、こういったときこそ金融商品取引法上の内部統制報告制度を活用できないのでしょうか。内部統制報告書の虚偽記載罪によって経営トップを立件するということも検討に値するのではないかと。当ブログでも10年以上前に「内部統制報告制度と刑事処罰の現実性」と題するエントリーを書きました。そこで書いたとおり、内部統制報告書の虚偽記載罪は5年以下の懲役(法人両罰規定あり)とされていますが、この刑事罰は本当に活用できるのだろうか・・・といったことに疑問を抱きました。

現在も、10年前の疑問はそのままなのですが、経営トップの有価証券報告書の虚偽記載罪に関する故意を立件することが困難なのであれば、その補完として内部統制報告書の虚偽記載罪で立件するということもありうるのかな・・・と思います。たとえば朝日新聞の記事で報じられているように、PC取引に関する会計上の問題点を指摘されないよう、関係取締役以外の取締役には月次の予算・決算数値を資料として配布しなかった(隠していた)、といったことや、読売新聞の記事にあるように「今期は少し暴走してもよい」といったことを社長がメールで指示しているとすれば、個別の会計処理の認識はなくても、自社の統制環境に開示すべき重要な不備があることを社長自身が認識していたということは少なくとも評価できるのではないでしょうか。

内部統制報告書は、経営者が自らの責任で有効性を評価した上で投資家に意見を表明するものです。統制環境に重大な不備があったかどうか、という点はもちろん経営者の評価が含まれるわけですから、三洋電機株主代表訴訟の一審判決で示されたように、経営者による「経営判断原則」に準じた取扱いがなされると思われます。ただ、当時の東芝さんの業績からみれば、経営トップの方々は、会計処理についてより慎重な立場で内部統制の有効性を評価すべき立場にあったのではないでしょうか(銀行の取締役の特別背任罪の成否について判断した北海道拓殖銀行事件最高裁判決参照)。私としては、内部統制の有効性判断には経営者に広い裁量権が付与されているものとは思いますが、たとえば業績が悪くて財務制限条項に反するおそれのある状況とか、赤字と黒字の境界線上にあるとか、具体的に会計監査人から会計処理の問題点を指摘されていた場合などには、経営者の裁量権は著しく狭まり、より慎重な判断が求められるようになるのではないかと考えます。

東芝さんは、すでに「当時は開示すべき重大な不備があった」ことを認めて内部統制報告書の訂正報告書を訂正されました。そして現社長さんが「現在は重要な不備がない」と判断されています。だからこそ、昨年末に(一老さんがコメント欄で述べておられることに私も納得しておりますが)取締役会で大いに議論したすえに「当社の評価が厳しい状況になるとしても、正直に米国ウエスチングハウス社の損失予想について開示しよう」と決断されたのではないかと推察いたします。1月10日から銀行団の方々に説明会を開催されるそうですが、そのような状況になることも覚悟のうえで(内部統制は有効に機能しているからこそ)状況を正確に開示されたのではないかと。

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2017年1月 4日 (水)

公益通報者保護制度に関する民間事業者・労働者の意識調査結果の公表

私の本業とも関係する話題ですが、消費者庁は本日(1月4日)、公益通報者保護制度に関する民間事業者および労働者の意識調査・実態調査(アンケート集計)の結果を公表しました。4年ぶりの実態調査報告なので、4年前との結果比較も含まれています。二つの報告書で合計200頁になりますが、概要版も出ておりますので、そちらでサラっとご覧になることも可能です。

ご承知のとおり、企業不祥事が明るみとなる端緒は、なんといっても内部通報や内部告発です。「社内調査が端緒」というケースも多いのですが、実は内部通報が社内調査のきっかけということもあります。経営トップが社内不正に早期に気付くためにも内部通報制度の充実は欠かせません。独禁法のリニエンシー制度、(会社法、金商法、不正競争防止法違反にも適用が検討されている)改正刑事訴訟法における協議・合意制度、景表法上の課徴金制度、(年末に特例適格消費者団体が誕生して注目される)消費者裁判手続き特例法、(TPP発効を条件としていますが)確約手続、海外カルテル、海外贈賄規制等、企業の重大な不正リスクを低減するためにも必須の内部統制システムです。これだけ労務コンプライアンス違反への社会的批判が厳しくなったのですから、パワハラ・セクハラ等の通報をいち早くキャッチすることも大切です。

また、この報告書の注目点としては、労働者の意識調査結果報告の75~76頁あたりです。労働者として、内部通報制度が整備されている企業に入社したいと回答した方が8割を超えており、またひとりの消費者として、内部通報制度が充実している企業の商品・サービスを購入したいと回答した方も85%を超えています。企業ブランドを高めるためにも内部通報制度の整備・運用は重要であり、企業にとって、不正の早期発見という有用性以外にもメリットがあることがわかります。

私も委員を務めておりました消費者庁・公益通報者保護制度の実効性検討委員会では、どちらかというと「内部告発(マスコミや監督官庁に情報提供すること)」をした従業員をどのように保護すべきか、といった点の議論が中心でしたが、民間事業者としては、内部通報制度を充実させることで、いかにして内部告発者を出さないか、という点に注力していただきたいと思います(なお、この点は私個人の意見であることを申し添えます)。

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株主上程議案に対する監査等委員会の意見陳述権行使

昨年から注目しております某上場会社(東証マザーズ)の支配権争い事案ですが、予想どおり、年末に募集株式の発行等について差止め仮処分の決定が出されたそうです(大阪地裁決定)。会社側は債務者審尋もなく突然決定が出されたことから、1月4日午前9時に保全異議を申し立てるそうですが、仮の地位を定める仮処分において債務者審尋なしに決定を出すというのも、年末の要急事案としての特別事情が認められた、というところでしょうか。

一昨年のアルファクス・フード・システムさんの事例あたりから、この支配権争いが顕在化している時期の第三者割当増資については、主要目的ルールはかなり後退してきている(原則として不公正方法による株式発行と推定する)方向にあるように感じますし、社外役員は「有利発行」か否か、著しく不公正な株式等の発行か否か、という点への判断と情報開示が強く求められるようになってきているように思います。

ところでこの某上場会社さんは監査等委員会設置会社です。過半数の社外取締役さんで構成されている監査等委員会には、経営評価機能を発揮するために株主総会における役員の選任・解任に関する意見陳述権が付与されており、定時株主総会だけでなく、臨時株主総会においても権限行使が期待されています。この某上場会社さんは、大株主の要求に応じて臨時株主総会を開催するそうで、そこでは大株主さんの上程議案(大株主から提出された取締役選任議案)が審議されます。この場合、会社側は株主上程議案に対する意見を表明することになると思いますが、そもそも監査等委員会は意見陳述をする立場にあるのでしょうか。

会社法の条文上は何らの制限もありませんから、株主上程議案による取締役候補者への意見形成も監査等委員会の職責に含まれるようです。しかし、そもそも指名委員会類似の監督機能を果たすために監査等委員会の意見陳述権が認められたわけですから、取締役選任に関する株主上程議案にまで意見を述べることは制度趣旨を超えるものではないか、とも思われます。つまり株主側から「監査等委員会としての意見を聴きたい」と質問されても、そのような意見を述べる立場にはない、として説明義務を果たさなくてもよい、ということになるのかどうか。最近の有力な見解では、意見陳述権といえども、述べるべき時に述べないというのは取締役監査等委員の善管注意義務違反に該当するそうなので、このあたりはきちんと整理しておくべきではないでしょうか。

ちなみに監査等委員会設置会社の「現実」を知るうえで、月刊監査役最新号の別冊付録に「選任等・報酬等に対する監査等委員会の意見陳述権の実務と論点-中間報告としての実態整理-」なる報告書が掲載されておりまして、ここに監査等委員会設置会社のアンケート結果が集計されていて、とても参考となります。愕然としたのは監査等委員会の意見によって経営執行部の意見が修正されたと回答した会社がわずか1社(67社中)。また意見を開示した会社においても、監査等委員会がどのようなプロセスで代表取締役の人事や報酬の妥当性を判断したのか、開示情報から把握できる企業はほとんど存在しないというのが現実です。

いまガバナンス改革のフォローアップは形式から実質へと移っていますが、このままだとガバナンス・コードの改訂において「監査等委員会設置会社は指名委員会等設置会社への段階的プロセスである」とか「監査等委員会設置会社の取締役は過半数を社外取締役にすべき」という流れに移行するのではないでしょうか(冗談ではなく、本当にそのように移行する可能性があるように感じます)。監査等委員会設置会社に移行した会社は今年が正念場であり、監査等委員会の実質的な機能発揮、つまり社長人事や社長の報酬に積極的に監査等委員が関与しているという実態を各社とも形成・開示することが不可欠かと思われます。

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2017年1月 3日 (火)

謹賀新年2017

みなさま、あけましておめでとうございます!<m(__)m>本年も拙ブログをよろしくお願いいたします。

大阪は例年になく穏やかな気候の年末年始でした。短い正月休みでしたが、いちおう目標としておりましたふたつの判決文の熟読も終えまして、なにかの形でまたフィードバックしたいと思っております。

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