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2017年1月15日 (日)

経営者の刑事責任は内部統制の適切な構築で免責される

軽井沢町のスキーバス転落事故が発生して丸1年が経過しましたが、長野県警は、バス運行会社の運行管理責任者とともに、経営者(社長)も業務上過失致死傷罪で書類送検する方針だそうです(1月14日付け日経夕刊社会面等)。立件の可否については今後、検察と協議するとのこと。安全面に最大の配慮をすべき運行管理責任者が(運転者とともに)起訴されるというのはわかりますが、果たしてバス会社の社長さんまで刑事処分に問えるのでしょうか。

もちろん、顧客の死亡事故について、社長さん個人が業務上過失致死傷罪で有罪とされた例は過去にも認められます。たとえば三菱自動車のリコール隠しによる山口県での事故発生事案では社長さんが有罪となりましたし、パロマ工業の湯沸かし器事件でも同様です。ただ、そこでは社長さんが商品の安全性の欠如を十分に知っていながら放置していた、という責任根拠が認められていましたが、今回は「運転手本人が観光バスの運転の経験があまりないということを知っていて、訓練を一回した行わなかったこと」から、社長にも(傷害ではなく)乗客の死亡事故の発生に関する予見可能性がある、と判断されたようです。当該運転手がすでに何度か事故を起こしていたことを知っていたとか、運転当日、危険運転に及びそうな体調であることを知っていて勤務させていた、といった事情は認められないようです。

事故がたいへん痛ましいものであったため、「社長にも刑事処分は当然」という捜査の方向性に賛成する方も多いかもしれません。ただ、会社の経営技能は多方面に及びますから、安全面についてはどの程度の予見可能性、結果回避可能性があれば経営者が刑事責任を問われるのか、その線引きはきちんと明確にしておくべきだと思います。たとえばこのたび最高裁判事に就任される山口厚先生のこちらの論稿などは、一般の方々向けに過失犯について書かれたものなので、とても参考になると思います。たとえば、経営者(監督者)が漠然とした(死亡事故に関する)予見可能性があるとした場合には、万全の措置で結果回避義務を尽くさなければ過失犯に問われてしまうというわけではなく、たとえば経営者が他の役職員の適切な行動を信頼できるような状況が認められる場合には業務上過失致死傷責任は免れる、ということも十分考えられるようです。

つまり、顧客の安全に配慮すべき内部統制を適切に構築して、運用されていれば(たとえ安全面の欠如に関する情報を経営者が入手していたとしても)信頼の原則によって刑事責任を免れる可能性がある、ということかと。また、このような法解釈をとることが、企業の安全体制整備へのインセンティブとなり、今後の重大事故防止にもつながるのではないでしょうか。ただし、今回の長野県警の捜査方針からみて、今後は顧客の身体・生命の安全を脅かす企業事故が発生した場合には、経営者を含めて「提訴リスク」が顕在化する可能性が高い時代が到来したことは間違いないと思います。

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コメント

いつも楽しみに拝見させて頂いております、ありがとうございます。

経営者の刑事責任が適切な(会社法で取締役会決議義務が定められた)内部統制の構築で免責されるという考え方が企業の安全体制整備へのインセンティブとなり、今後の重大事故防止につながればと私も同じように思います。
上場企業に対する会計監査や金融.証券.保険会社に対する金融庁検査以外の分野では、監査・検査が未熟で行政による刑事告発の例が少ないため、行政監督の実効性がなく、法令違反が野放しになっているのではないかと勘ぐりたくなる今日この頃です。
自動車会社による排気ガスデータ改竄、血液製剤とワクチン製造の一般財団法人による血液製剤不正製造、羽田空港の滑走路の液状化を防ぐ耐震化工事で、施工不良を隠すデータの改竄、マンションの杭打ちデータ改竄

刑事罰が定められている法令に違反した会社の全ての取締役、監査役が内部統制構築義務を十分果たしていなかったとして、刑事・民事責任を厳しく追及されなければ、なんちゃて(会社法上の)内部統制構築てまあいいか、議事録だけ作って決議したことにしておけば良いという風潮は、無くならないように思います。

日本経済新聞 朝刊2017/1/14
バスの安全対策 道半ば 軽井沢事故あす1年  監査で7割なお違反
 事故後の昨年春、国交省が過去に法令に違反した貸し切りバス会社310社を監査すると、約7割で道路運送法違反などが見つかった。

2017年1月13日放送 23:55 - 0:05 NHK総合
時論公論
軽井沢バス事故1年 安全対策は進んだか
・・・死亡した運転手が、700メートル手前の下り坂でギアチェンジの操作ミスをしたことでエンジンブレーキが聞かないニュートラルの状態になり、事故を起こした疑いがあることがわかった。
バスを運行していたバス会社の極めてずさんな安全管理も明らかになった。死亡した運転手は、適性検査を受けた結果、注意力・動作の正確性が低く、死亡事故の当事者になるかもしれないと指摘されていた。
さらに採用面接の際、運転手は大型バスの運転は不安だと話していた。さらに事故直後に行われた国(国交省運輸局)の監査で33の法令違反などがわかった。・・・

読売新聞 2017年01月13日 
国交省、バス監査官50人増へ…軽井沢事故受け
 国土交通省は来年度、バス事業者などへの監査を担う監査官を現行より50人以上増員し、約420人態勢とする方針を固めた。
 事故を起こしたバス運行会社(東京都)は、前年に受けた監査で運転手の健康管理などに関する違反が発覚し、是正を求められていた。だが、事故後の特別監査で多数の法令違反が見つかり、監査の形骸化が指摘されていた。
 監査官の人数(今年度366人)は、5年前の2011年度(306人)から徐々に増えてきたとはいえ、トラックやタクシー会社も担当しているため、全国に約4500ある貸し切りバスの事業者をきめ細かく監査するのは難しいのが現状。国交省によると、事故前の14年度に抜き打ち監査を行ったバス事業者は約480で、全事業者の約1割にとどまっていた。

投稿: たか | 2017年1月16日 (月) 00時09分

イーエスピーという会社、所有バス17台、うち大型バスが7台ということで、実質的には社長がすべてを掌握して、管理していた規模なのではないでしょうか。つまり、内部統制うんぬんという規模ではなく、会社に起きたことのすべて(よいことも悪いことも)が社長に帰属し、起因するという判断なのではないかと思います。という意味では、先生のページの議論の対象外なのかな?と思ったりもいたしました。そんな観点からは、バス会社がそれだけ小規模の会社が雨後のたけのこのように存在しているという状況を放置していた国土交通省の運輸行政に問題がなかったのか?と言う方がこちらのページでのテーマに近いかもしれません。

投稿: ひろ | 2017年1月16日 (月) 08時53分

山口先生へ いつも楽しく拝読しております。ありがとうございます。大人であれば、政治や宗教についてはビジネスの世界では喋ってはダメだよ。そう新人の頃に教わりました(皆さんもそうだと思いますが)。もう二昔前位になりますでしょうか?公務員の数を減らすと公約していた方々が多くいたように思います。その結果、公務員の数が少なくなったために(もしかしたらそうではないかもしれませんが?)、タカタへの国交省の対応でも、国内ではデジタルフォレンジックは導入されていなかったのでは?もしや、手が足りないことが原因だったのでは? 日本で3人の経営幹部を仕留められなかったのは何か残念だなと思います。米国本土の犠牲者を出し続けなくてすんだのではないでしょうか?あの安売り店への労働基準監督官による査察でもデジタルフォレンジックは全く使われていなかったのではないかとさえ思ってしまいます。あるテレビ番組の中でも、あの安売り店の社長へのインタビューでは、レポーターの方から本当に知らなかったのかとの質問では、一瞬目が泳ぎながら知らなかったと話していたように思いました(あくまでも私個人の感想です)。今日、渋谷区の街角にあった自治会の掲示板のポスターに目が止まりました。そのポスターは、東京消防庁「災害時支援ボランテイア 募集中」とありました。隣にあったポスターは、毎年1月17日は「防災点検の日」とありました。経済団体は、「公益通報者の日」の制定をして、コンプライアンス部・人事部の方々で、各々の本社から日比谷公園まで行進されたらよろしいのではないでしょうか? 社会に周知することが「社会の公器」である企業の使命ではないかと思います。そろそろ国会も「公益通報者の日」を制定して、日法協、経営法友会や新しく選挙権を持った若者達にも積極的に参加いただき「実効性のある内部統制システム構築」「実効性のある公益通報のあり方」を公務員全体、民間中小企業・大企業の隅々に張り巡らせる社会にならないとアメリカンビジネスルールに押しつぶされてしまうのではないでしょうか?決して表舞台に出てこられないサロンに入っている方々を、引っ張りだして議論に参加いただくことが重要だと思います。(お前は何様だとお叱りをうけることを承知の上で、つぶやいてしまいました)。

投稿: サンダース | 2017年1月17日 (火) 23時51分

サンダースさんの「公益通報者の日」構想、素晴らしいですね。
企業のコンプライアンス・ホットラインや人事部の方には反省と前向きな努力をしてもらいたいものです。
政府や経団連、経済同友会、商工会議所等の経済団体が率先して活動することで、現状の「通報・告発への報復に対する恐怖心」は薄らいでゆく(はず。。。いや必ずそうなってほしい)と思います。
消費者庁の岡村長官が記者会見で「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」最終報告書へのパブリックコメント募集を発表し、消費者庁HPのお知らせ欄にも会見内容が載りましたが、報告書を熟読して意見を応募しようと思います。

投稿: 試行錯誤者 | 2017年1月18日 (水) 08時48分

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