企業コンプライアンスから考えるクロレラチラシ配布差止事件最高裁判決
すでに多くのSNS等でも話題になっていますが、本日(1月24日)、最高裁第三小法廷は、企業法務に相当な影響を及ぼすと思料される判決を出しました(判決全文はすでに公開されています。クロレラチラシ配布差止等請求事件平成29年1月24日第三小法廷判決)。適格消費者団体による差止めの対象となる事業者の「勧誘」(消費者契約法4条1項1号)に、事業者の「広告」が含まれるかどうか、といった解釈について、最高裁は「広告も含まれる場合がある」としました。
実はこの最高裁事件は、地裁、高裁レベルでは、景品表示法上の差止根拠となる「優良誤認表示」の該当性が主たる争点でした(他にも「広告」と「働きかけ」の区別に関連する重要な争点がありましたが本日は割愛します)。大阪高裁(平成28年2月25日判決)は、主たる争点だった優良誤認表示の該当性判断は回避して、(現時点において、事業者は問題とされたチラシは配布していないので)差止めの「必要性なし」といった判断で肩透かし判決を出し、本論点(消費者契約法上の論点)についても傍論的に適格消費者団体側(被控訴人)の主張を一蹴していた感がありました。
ところが最高裁は、高裁が「『勧誘』には不特定多数の消費者に向けて行う働きかけは含まれないところ、本件チラシの配布は新聞を購読する不特定多数の消費者に向けて行う働きかけであるから『勧誘』に当たるとは認められない」とした判決理由を「法令の解釈適用を誤った違法な判断」としました(ただし、差止めの必要性はないとした高裁の判断は妥当として、結論的には適格消費者団体側が敗訴確定)。消費者契約法の解釈として、事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが「勧誘」にあたらないということはできないというべきである、と判示しています。これは明らかに消費者庁の担当者見解とは異なるものです(「逐条解説・消費者契約法第2版補訂版」商事法務2015年 109頁参照)。
従来、法解釈の明確化が議論される中で、IT関連事業者を中心とした経済団体(新経済連盟)は「不特定多数の消費者に向けられる広告を『勧誘』に含めることは暴論であり、断固反対」と主張していましたが、経団連の意見書では強く反対と言いつつも、「すべての広告が勧誘に該当する、といった解釈はとるべきではない」として、今回の最高裁のような解釈を許容するようなニュアンスは残していました(おそらく経団連さんも、ネット社会における広告の変化は無視できないと考えておられたものと思います)。ともあれ、BtoC事業者の商品・サービスの広報にとって、今回の最高裁判決が及ぼす影響はかなり大きいものと思いますし、直近では三菱自動車の燃費偽装事件の集団訴訟にも影響が出るのではないでしょうか。
とりわけ私自身が企業法務にとって重要と考えるのは、この最高裁判決が昨年10月に施行された消費者裁判手続き特例法、今年6月3日に施行を控えた改正消費者契約法と親和性が高いという点です。差止めを求める「消費者団体訴訟のステージ」ではなく、特例適格消費者団体を中心に契約の取消・解除、返金、損害賠償を求める「消費者被害回復訴訟のステージ」で企業が消費者と闘うことのリスクは極めて大きいはずです(昨年12月に第一号が誕生しましたが、今年も次々と特例認定を受けた適格消費者団体が誕生します)。
「広告を含めた消費者への働きかけが消費者契約法上の『勧誘』に該当する可能性がある」といった最高裁の「お墨付き」が得られた以上、事業者の広報活動は常に消費者による「提訴リスク」に晒され、その結果としてたとえ勝訴したとしても提訴されたことによるレピュテーションリスク(ブラック企業?グレー企業?)が生まれます。また、提訴自体がマスコミで広報されることで、従業員による内部告発も誘発します。その結果、社内情報が消費者団体に流出し、有力証拠となって敗訴リスクも高まります(このたび、DeNAさんがキュレーションサイト問題で追い詰められて、謝罪会見に至った経過をみれば明らかです)。
消費者と向き合う事業者のお目付け役は消費者庁です。しかしわずか300名程度の小さな省庁が、日本中の事業者を監視することは到底困難であり、ましてや同庁が行政処分や刑事罰の告発に関するデュープロセスを担うには無理があります。そこで最高裁は、消費者裁判手続き特例法の施行を契機として、消費者ひとりひとりに事業者のお目付け役としての地位と責任を付与したのが今回の判決の趣旨だと理解しています。まさに行政は消費者の力を活用して企業規制を効果的・効率的に強化することになるわけでして、企業は消費者行政の転換に留意する必要があります。
これまでも消費者庁の有識者委員会等で、広告も勧誘に含まれるとする学者の方々の意見、そして下級審判断もありましたが、最高裁の判断はきわめて重いものです。今後は、ガイドライン等でのマニュアル化も一定程度は進むものと思いますが、多くは裁判を通じて「その消費者への働きかけは勧誘に該当するかどうか」といった争点が形成されることになるものと推測します(さあ、御社は敗訴リスクを背負いつつ徹底的に争いますか?、それとも『弱気な和解で悪しき前例を作るな!』と他社から非難されつつも、火の粉を振り払うために消費者団体と和解をしますか?)。
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