« 公益通報者保護制度に関する民間事業者・労働者の意識調査結果の公表 | トップページ | 企業の「相談役」「顧問」制度にはガバナンス・コードはなじまない »

2017年1月 7日 (土)

東芝会計不正事件-歴代社長立件にはいくつかの壁がある(その2)

今年に入って朝日新聞、読売新聞で続けて東芝歴代社長さんの刑事立件の壁を問う記事が掲載されました。とりわけ1月5日(木)の読売新聞朝刊「証券監視委-脱下請け進む」と副題のついた特集記事は力が入っていましたね。東芝さんの歴代三社長の刑事告発について、証券取引等監視委員会はまだまだあきらめず、立件に向けた調査が進んでいるそうです。

検察庁と金融庁の異例の対立・・ということですが、私の基本的なスタンスは昨年10月のこちらのエントリーで述べたこととそれほど変わっておりません。歴代三社長さんの「犯意」を立件することには壁があるように思えます。なお、そこでは書いておりませんが、多くの有識者の方が指摘されているように、PC部品取引(バイセル取引)に粉飾があったとしても、それがどの程度投資家の投資判断に影響を及ぼすのか・・・といった「重要性」に関する解釈問題も、きちんとクリアしなければいけない課題かと思います。

ところでこの「重要性」ですが、よく「たとえ虚偽記載がなされたとしても、東芝さんの全売上の何%にすぎない」といった数値基準をもって重要性(量的重要性)の判断がなされるようですが、質的重要性というのは考慮されないのでしょうか?PC取引部門における売上が全体のわずか数%であったとしても、その虚偽記載が誤謬ではなく、東芝関係者による粉飾(故意による会計不正処理)だとすれば、その事実が東芝の売上全体に及ぼす影響(つまり氷山の一角にすぎない可能性)は大きいのであり、質的重要性は高いとみるべきではないでしょうか(一般の投資家の方も、虚偽記載がミスで発生した場合と、粉飾で発生した場合とでは投資判断も変わると思うのですが。あまりこのあたりの議論はされていないように思います)。歴代社長さんによる具体的な粉飾の指示がなされなくても、目標達成に向けたプレッシャーが強いということであればなおさら、カンパニートップによる不正会計の可能性(動機)は強まるわけですから「質的重要性」は高まるのではないかと。

さらに、無責任な野次馬的発想ですが、こういったときこそ金融商品取引法上の内部統制報告制度を活用できないのでしょうか。内部統制報告書の虚偽記載罪によって経営トップを立件するということも検討に値するのではないかと。当ブログでも10年以上前に「内部統制報告制度と刑事処罰の現実性」と題するエントリーを書きました。そこで書いたとおり、内部統制報告書の虚偽記載罪は5年以下の懲役(法人両罰規定あり)とされていますが、この刑事罰は本当に活用できるのだろうか・・・といったことに疑問を抱きました。

現在も、10年前の疑問はそのままなのですが、経営トップの有価証券報告書の虚偽記載罪に関する故意を立件することが困難なのであれば、その補完として内部統制報告書の虚偽記載罪で立件するということもありうるのかな・・・と思います。たとえば朝日新聞の記事で報じられているように、PC取引に関する会計上の問題点を指摘されないよう、関係取締役以外の取締役には月次の予算・決算数値を資料として配布しなかった(隠していた)、といったことや、読売新聞の記事にあるように「今期は少し暴走してもよい」といったことを社長がメールで指示しているとすれば、個別の会計処理の認識はなくても、自社の統制環境に開示すべき重要な不備があることを社長自身が認識していたということは少なくとも評価できるのではないでしょうか。

内部統制報告書は、経営者が自らの責任で有効性を評価した上で投資家に意見を表明するものです。統制環境に重大な不備があったかどうか、という点はもちろん経営者の評価が含まれるわけですから、三洋電機株主代表訴訟の一審判決で示されたように、経営者による「経営判断原則」に準じた取扱いがなされると思われます。ただ、当時の東芝さんの業績からみれば、経営トップの方々は、会計処理についてより慎重な立場で内部統制の有効性を評価すべき立場にあったのではないでしょうか(銀行の取締役の特別背任罪の成否について判断した北海道拓殖銀行事件最高裁判決参照)。私としては、内部統制の有効性判断には経営者に広い裁量権が付与されているものとは思いますが、たとえば業績が悪くて財務制限条項に反するおそれのある状況とか、赤字と黒字の境界線上にあるとか、具体的に会計監査人から会計処理の問題点を指摘されていた場合などには、経営者の裁量権は著しく狭まり、より慎重な判断が求められるようになるのではないかと考えます。

東芝さんは、すでに「当時は開示すべき重大な不備があった」ことを認めて内部統制報告書の訂正報告書を訂正されました。そして現社長さんが「現在は重要な不備がない」と判断されています。だからこそ、昨年末に(一老さんがコメント欄で述べておられることに私も納得しておりますが)取締役会で大いに議論したすえに「当社の評価が厳しい状況になるとしても、正直に米国ウエスチングハウス社の損失予想について開示しよう」と決断されたのではないかと推察いたします。1月10日から銀行団の方々に説明会を開催されるそうですが、そのような状況になることも覚悟のうえで(内部統制は有効に機能しているからこそ)状況を正確に開示されたのではないかと。

|

« 公益通報者保護制度に関する民間事業者・労働者の意識調査結果の公表 | トップページ | 企業の「相談役」「顧問」制度にはガバナンス・コードはなじまない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東芝会計不正事件-歴代社長立件にはいくつかの壁がある(その2):

« 公益通報者保護制度に関する民間事業者・労働者の意識調査結果の公表 | トップページ | 企業の「相談役」「顧問」制度にはガバナンス・コードはなじまない »