横尾宣政氏はどこで提訴リスクを抱えてしまったのか?(「野村證券第2事業法人部」を読んで)
本日発売の週刊エコノミストでは、「オリンパス粉飾の指南役と呼ばれて」と題する横尾宣政氏のインタビュー記事が掲載されていました。
記事では、オリンパス事件によって証券取引法・金融商品取引法違反、詐欺罪等による起訴事実を否認する理由を中心に語っておられます。昨週に発売された横尾氏のご著書の宣伝効果を狙ったものかもしれませんが、本書のおもしろさは、オリンパス事件の背景を綴った赤裸々な事実告白の部分だけではありません。
野村證券第2事業法人部 横尾宣政著 講談社 1,800円税別
横尾氏が被告人とされている上記刑事事件は現在上告中ということなので、横尾氏の敗訴リスクについては必要以上にここで語ることはいたしません。ただ、横尾氏のご主張が真実だとしても、それではなぜオリンパス事件に巻き込まれてしまったのか、いわば「提訴リスク」をなぜ背負うことになったのか、という視点で読みますと、本書全体がひとつのストーリーを構成していることに気づきます。
横尾氏は当時の野村證券役員から「消防車」と揶揄されるほど、社内に問題が発生した場合にはその火消し役として活躍していました。ブラックマンデーで300億もの損失を抱えたオリンパス社の損失を、横尾氏はワラントを活用して一気に利益を出すことで取り返します。これがオリンパス社と同氏との最初の出会いでした。もう二度と財テクには手を出さないように、と横尾氏はオリンパス社にクギを指すのですが、その後、これは裏切られることになります。
また、同氏は1990年初めころから、「次の時代はITマルチメディアだ!日本を支えるIT企業に資源を集中する必要がある」と考えており、数理的処理に強いだけでなく、非常に先見の明があったことに驚かされます。ご自身も高崎支店長時代からデータベース・マーケティングに強い関心を持ち、野村證券をリタイアした後、データベース・マーケティングのノウハウを事業化することに意欲的でした。そんな折、オリンパスグループ会社のデータベース事業が素晴らしい、なんとか手に入らないかと、ファーストリテイリング(ユニクロ)のCEOから相談を持ち掛けられることになります。自身もなんとか手に入れたいと考えますが、最終的にはこれを入手することはできませんでした。
これだけ優秀な証券マンである横尾氏なので、もし本当にオリンパス粉飾事件を指南するのであれば、もっと上手なスキームを考案していただろうなぁと思います。また、そもそもオリンパス社の資金運用に強い拒絶反応を示していたのですから、オリンパス社役員にはあまり近づきたくないと考えていたと思料します。ただ、やはり野村證券を退職して、自身がやりたい事業を手掛けるにはお金が必要だったこと、ちょうどオリンパス社が優秀な人材とともにデータベース事業に精通したシステムを保有しており、これを活用したかったことから、第2事業法人部時代の担当会社であったオリンパス社に必要以上に近づきすぎたところに「スキ」があったのかもしれません。バックに「野村證券」の看板を抱えていればノーと言えたことも、リタイアして経営者となり、自身のやりたいことをやるためにはノーとばかりは言えない状況に置かれていたことが、今回の提訴リスクにつながる大きな要因だったと思います。
野村證券社員時代の横尾氏の活躍はかなり「えげつない」ように見えますが、顧客に損を出したときにも、決して逃げず、真正面から顧客と向き合っていたからこそ大けがをせずに済んでいたようです。その姿勢からみて、粉飾の指南などといった逃げの姿勢を人前で見せることの嫌疑をかけられたことの屈辱感、その裏返しとしての自身の生き方へのプライドこそ、本書で横尾氏が語りたかったことではないかと推測します。ただ、これだけ優秀な方でも、自身が組織人ではなく、経営者になったときに、どうしてここまでオリンパスにのめりこんでしまったのか、そこに疑問を感じざるをえませんでした。
「形だけのコンプライアンス」の全盛が、かつての証券会社の輝きを失わせ、日本の経済に長期低迷をもたらしたという意見は私にもグサっと刺さるものがありました。いまのままではたしかに横尾氏がいうとおり、自己責任を問えるような金融リテラシーが国民に育たず、その結果として(中長期の企業価値向上を支える)機関投資家も育たないという点には共感します。「形だけのコンプライアンス」「過度の利益相反防止」が事業の分断化、人の分断化を進め、全体を見渡せる社員が減っています。だからこそ「助けて」といえる雰囲気が組織から消えつつあることを、私も危惧しています。
最後になりますが、「第三者委員会」がどのようなプロセスで選定されたのか、本書を読み、第三者委員会の独立性がいかに大切なことであるか、考えさせられました。有事に備えて「第三者委員会選定基準」のようなものがなければ、結局は経営陣のための第三者委員会に終わってしまうのではないでしょうか。
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