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2017年2月23日 (木)

空売り投資家は悪か?-ファンダメンタルズ分析とガバナンス

まずは、連日続報をお伝えしている産地偽装米騒動の話題です。産地偽装を疑われている京都の米卸会社は、農協監査士の調査結果を第5報としてリリースしています。「ここ数年の間、当社の倉庫には一切中国米が納品されていないことが証明されたのだから、そもそも中国産米の混入はありえない」とのこと。さらに、本日(2月22日)のリリースでは、ついに週刊ダイヤモンドの記事の真実性を基礎付けている同位体研究所さんの分析結果の信用性を否定する根拠資料を公開しています(こうなると、同位体研究所さんの信用問題にまで発展してきますね)。最初は米卸会社が産地偽装米を流通させたかのような報道姿勢だったテレビ局も、このところは米卸会社寄りの報道姿勢に変わりつつあります。しかし農水省の調査はどこまで進捗しているのでしょうか?これだけ国民の「食の安全」に関わる重大な疑惑であるにもかかわらず、なぜマスコミは農水省の調査状況をまったく報じないのでしょうか?

さて、本日は私がコーディネーターを務め、東芝の取締役監査委員(A氏、肩書は当時)の方をパネリストにお招きした監査役全国会議の議事録を、月刊監査役2012年7月号で読み返しておりました。当時はオリンパス事件で会計不正問題への関心が高く、私がA氏に対して意地悪く、「オリンパスさんでは『モノが言えない雰囲気があった』と第三者委員会報告書で指摘されていましたが、失礼ながら東芝さんでは経営執行部に対して『モノが言えない雰囲気』はありますでしょうか?」と質問しています(同28頁)。

私のたいへん失礼な質問に、A氏は嫌な顔ひとつせず、熱心に東芝のガバナンス、内部統制の仕組みを図表を用いて説明され(同29頁)、「私ども東芝は、委員会設置会社であり、モノが言えない雰囲気や監査がやりにくい雰囲気は一切ありません」と回答されました。私を含め、2000人以上の聴講者の方々が、「さすが日本を代表する企業はすごい。あれは人的にも物的にも資源が豊富だからできるのであって、うちの会社ではあそこまではできないなぁ」といった感想を抱きました。あのときのA氏の説明はとても真摯なものであり、ガバナンス、内部統制の構築に向けた意識は極めて高いものでした。

しかし、東芝という著名企業が事業解体の危機に至ったということ、しかもPLに関連する会計不正をきっかけとして、深刻なBS上の会計不正が明らかになったという時系列をたどったこと等に鑑みると、どんな有名企業であったとしても、会計不正によって「真の企業価値」が露呈する可能性はあるのだ、ということを改めて認識するところです。昨年から今年にかけて、日本を代表する著名企業に対して国内外の空売り投資家やリサーチ会社から、「この会社は会計不正のおそれがある」との意見が公表される機会がとても増えていますが、果たしてこのような空売り投資家と呼ばれる人たちが、本当に悪者なのかどうかは一度真剣に議論してみる必要があるように思います。ちょうど金融庁の会計不正企業摘発のスコープも「ハコ企業から実業企業へ」と移行している最中ですし、こういった議論がなされることは世間的にも歓迎されるのではないでしょうか。

ちなみにFACTAの最新号(2017年3月号)に、マディ・ウォーターズ日本代表を務めるミラー和空氏の「空売り投資家の日本電産批判は『悪』か?」というタイトルの論稿が掲載されていまして、その中で空売り投資家を批判する証券アナリストと空売り投資家との議論が対話形式で掲載されていて、とても興味深いものでした(ミラー和空氏という名前をご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんが、あのオリンパス事件でウッドフォード氏によるオリンパス告発を支えておられた方ですね)。なんといっても「天下の日本電産」を相手にしたのですから、世間的には「そんなことありえない!あんな好感度の高いカリスマ経営者の会社を相手にケンカ売ると、そっちがケガしちゃうよ(笑)」といった批判をかなり浴びたものと思います。

ただ今回の東芝事件を経験してみると、ファンダメンタルズ派の投資家の方々にとっては、バイサイドの意見だけでなく、セルサイドの意見もいろいろと出てきたほうが投資判断に資する、という面はあることも否定できないように思います。たしかにいたずらに不安をあおり、一般投資家の狼狽売りを助長するなかで利益を上げるという面には倫理上の疑問もありますが、どんなに著名な企業、どんなに著名な経営者の名前があったとしても、それだけでバイアスが働くことは先の監査役全国会議の雰囲気からも明らかです。オリンパス事件のときも、海外のマスコミが取り上げるまで、日本のマスコミは一切動きませんでした。虚偽情報やインサイダー情報を活用することは一切許されませんが、ガバナンスや内部統制の脆弱性を突いて、財務報告の信頼性に疑問を投げかけるというのも、投資家の意識喚起にとっては重要なことではないでしょうか。空売り投資家を「好きか、嫌いか」は自由な判断だと思いますが、市場の健全性確保のために必要かどうかは別途議論の余地があるように思います。

 

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コメント

ロビンフッドは正義なのかとか「悪人のモノを泥棒する者は正義なのか」という話(ワルの頂点は悪人から搾取するものだったり)になりそうですが空売りするのは口実になる動機があるという話なんでしょうか
東芝については人事部長が2009年以来の御仁で取締役は辞めたとはいえ未だに代表執行役であり(有報で確認できる)、相変わらず原子力畑が取締役に擁立する(しかも財務管理部執行役に原発畑を持ってくる人事)し、モノが言えない雰囲気や監査がやりにくい雰囲気がないなら相当懐柔が上手い印象を持ちそうです。


投稿: tyui | 2017年2月24日 (金) 17時32分

マディ・ウォーターズの日本電産の件にかぎっては、そもそも喧嘩を売っている相手が間違いだと思います。日本電産やソフトバンクの社長は大言壮語で有名です。もともと話が大きいというのは株主もみんな知って、その大ぼらを話半分で聞いています。言ってみれば、猪木のプロレスに八百長、という批判が見当違いであるのと同じだと思います。

ところでそれ以後、東芝のA氏のフォローというか、その後の言い訳は何かあったのでしょうか?こちらのほうが気になります。

投稿: 工場労働者 | 2017年2月24日 (金) 17時58分

皆様、たいへん興味深いコメントありがとうございます。ところで本日(2月28日)、日経ニュースにおもしろい記事が掲載されましたね。「売り推奨」株が会社の努力によって株高になっているとのこと。今度は「売り推奨」があると買い推奨になるってことなのでしょうか?(笑)またエントリーとしてアップできればと思います。

投稿: toshi | 2017年2月28日 (火) 21時39分

「売り推奨」、「買い推奨」というのは証券会社等の都合が絡んでたりするのでそういうニュースを見ると売り推奨を掴ませようとしてるように見えてしまいます
中国全人代近いですし

日経はかつてリーマンショックの暴落の中、キ○ガイ染みた金融工学擁護をしていたので証券金融系のスピーカーいう側面がありそうです

投稿: 流星 | 2017年3月 2日 (木) 02時10分

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