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2017年3月30日 (木)

弁護士ドットコムBusiness Lawyersに当職のインタビュー記事が掲載されました。

産地偽装米騒動の件、またまたJA側が攻勢をかけています。JA側が依頼した鑑定人が「シロ」と判断したお米(全く同じお米)を、今度は週刊ダイヤモンド側が依頼して「クロ」と判断した鑑定人に鑑定依頼をするという、まさに「闘うコンプライアンス」の究極行動に出ました。さて、どのような鑑定結果が出るのか、ますます興味が湧くところです。ただ農水省は本当に検査を行っているのでしょうか?1か月以上経過しても何の経過報告もないというのはいったいなぜなのでしょうか。

さてここからが本題ですが、本日はどなたでもご覧になれるWEB記事のご紹介です。弁護士ドットコム社が主催するBusiness Lawyersに、東芝事件の総括に関する当職と郷原信郎弁護士のインタビュー記事(前篇)が掲載されました(こちらからどうぞ)。とりあえず「前篇」ということで、「後篇」はまた後日ということです。よろしければご一読ください。

半導体事業の売却決定、ウエスチングハウス社のチャプター11申請ということで、すべてカタが付いた・・・というわけではありませんが、東芝さんにもオジャマして、いろいろと考えたこともありましたので、ここまでの総括という意味でお話いたしました。会計不正問題から再生問題へと世間の関心は移っていますが、東芝問題にはいろんな見方があっても良いのではないかと思います。でもやっぱり郷原さんの切り口はおもしろいですよね。。。

 

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ディスクロージャー改正-いよいよガバナンス改革の試金石

ちょうど1か月前となる3月1日、日経ビジネス(WEB版)で「中長期を見据えた構造改革を断行し、また働き方改革を先頭切って実現した素晴らしい経営者」として、三越伊勢丹HDの社長さんの対談記事が掲載されました。その社長さんが、ご存知のとおり、明後日に任期途中で退任されます。この退任劇を後出しジャンケンの説明で世間を納得させようとする記事でもう「おなかいっぱい」になりました。また、今回の退任劇をとらえて「これで構造改革の実行体制が整った」と前向きにとらえる証券会社(野村證券さん)もあれば、「改革の後退につながりかねない」と後向きにとらえる証券会社(みずほ証券さん)もあり(3月12日付け日経ヴェリタス誌より)、おなじファクトが開示されても投資家によって経営環境に関する意見が180度違うことがわかります。これはディスクロージャー制度を考えるうえでも重要ですよね。

さて、月刊誌FACTA4月号ですでに大きく報じられていましたが(40頁以下「安倍首相が葬った決算短信の『業績予想』」・・・毎度ながらかなり派手なタイトルですが・・・)、決算短信の業績予想欄、サマリー情報の自由記入化(旧様式から新様式へ)がようやく新聞各紙でも取り上げられるようになりましたね。速報性の観点から上場会社の開示義務を軽減し、自由度を高めることは方向性として望ましいといえそうです。ただ、マスコミ報道によると「これによって情報開示が萎縮してしまうのではないか」と予想されています。

何を書いてもよい、会社の裁量の幅が広がる、ということは、株主との建設的な対話を促進するためには必要なディスクロージャー改革だと思います。おそらく政府もそのあたりを大いに期待しているのでしょう。ただ「いつか来た道」のような気もします。日本で初めてプリンシプルベースの証券市場規制を採用した2008年のJ-SOX法(内部統制報告制度)と同じ道をたどるのではないでしょうか?当時、上場会社は「有効性判断は自社の立場で自由に行ってください」との説明を受けました。企業も監査人も「もっと詳しいマニュアルがほしい」と要望しましたが「プリンシプルですから」との理由で詳細マニュアルは叶わず、結局は横並びの開示になってしまい、現在まで投資家への有力な情報提供にはなりえていません。

今回も、決算短信の簡素化で情報開示の自由度が増したことは良いとしても、一方においてはフェアディスクロージャー・ルールの施行によって、企業は(インサイダー規制に怯えながら?)情報提供の公平性にも配慮しなければなりません。さらに、金融庁の企業規制にフォワードルッキング分析が採用され、「トンデモ企業」「ハコ企業」の監視から誠実な企業の不正監視へと重心を移しつつあり、これも企業の情報開示を慎重にさせることが予想されます。このたびのディスクロージャー改正も、プリンシプルベースの行為規制が基本となるので、担当者は「情報開示では、なるべく目立たないようにしておこう・・・」といった消極的な姿勢となり、J-SOX開始時と同様、ともかく横並びを意識する上場企業が増えるのではないでしょうか(それではアカンやろ!!といったお声が聞こえてきそうですが、ともかくガバナンス改革対応が担当役員マターであり、社長マターにならないかぎり「ディスクロージャー対応は横並び」になってしまうと私は断言できます・・笑)。

なお、J-SOX開始時と異なるのは、政府が(日本企業の成長戦略として)ガバナンス改革を推進しているという時代背景です。どうしても株主との建設的な対話を実現させたい。ガバナンス改革を「形だけでなく実質へ」と深化させたい政府としては、上場会社の横並び意識をどのように積極姿勢へと転換させるのか、政府主導の更なる打ち手が必要です。ところで、時価総額上位500社以外の上場会社にとって、株主との建設的な対話にどれほど熱心になれるのでしょうかね?また、業績が好調な企業、業界はよいとしても、業績が上がらない企業が情報開示に積極的になれるのかどうか、とても不安を感じるところです。(実際のところ、海外の機関投資家は、「業績が悪くなったら『間に合わない』といいながら情報開示に消極的になるのではないか」とかなり批判的です)

本当に上場会社全社において株主との建設的な対話を促進させ、また機関投資家による議決権行使の個別開示の実効性を上げたいのであれば、同業他社比較、過年度業績比較をわかりやすくするために、むしろガチガチに決算短信の内容を固定化したほうが良い、という意見もありうると思います。ただ、簡素化という道を選んだのですから、結論的には情報開示の姿勢で各社大きく実力の差が出ることが望ましいのでしょうね。ディスクロージャー制度の改正は、その効果がはっきりと目に見える形で出ますので、このたびのガバナンス改革が深化するのか、それとも「やらされ感による形式的遵守」で終わるのか、これを判断するための大きな試金石になるものと考えます。

 

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2017年3月28日 (火)

内部告発、内部通報制度への企業実務理解に求められる「三点セット」

(2017年3月28日午前11時45分最終更新)

企業不祥事を発生させた企業にとって、マスコミから大きく取り上げられるような不祥事に発展させてしまうか、それとも夕刊ベタ記事掲載1回のみで、世間からほとんど話題にもされない不祥事で終わらせるかは、「公益通報」への対応次第といっても過言ではありません。昨年12月の内部通報対応指針(公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドライン)に続き、今年3月21日、内部告発対応の指針(行政機関向けガイドライン)も消費者庁HPに公表されました

「行政機関向けガイドラインなど、われわれ民間事業者には関係ないのでは?理解不要ではないの?」とお考えの方も多いかもしれません。われわれ法律家にとっては、法定受託事務(行政組織法)、行政規制の在り方(行政作用法)、国賠法と不作為による権利行使(行政救済法)といった興味深い論点もありますが、一般の事業者にとっては関心も薄いと思います。しかし、行政機関向けガイドライン」は内部職員からの通報への対応指針と、外部労働者からの通報への対応指針に分かれている点は要注意です。

つまり、後者は外部労働者から監督官庁に対して内部告発がなされた場合に、監督官庁はこの通報にどのように対処すべきか、その対処の行動規範を定めた指針でありまして、これが「公益通報制度実効性検討委員会」の報告書によって大きく改訂されました(3月21日、各省庁との申し合わせ済です)。監督官庁に対して内部告発がなされたにもかかわらず、監督官庁の不適切な対応によって告発者が事業者から厳しい不利益取扱いを受けたことが何度もありましたので、有識者のヒアリングも行われ、また上記委員会でも大いに議論されました。

たとえば上場会社や機関投資家に要望されているソフトロー(コード)にたとえますと、民間事業者向けガイドラインがコーポレートガバナンス・コード、労働者通報に対する行政機関ガイドラインがスチュワードシップ・コードのような役割です。また、現在法改正に向けて検討中である公益通報者保護法との関係まで含めて図で示しますと、以下のような相互補完関係に立ちます(どのように相互補完の関係にあるかは、また別途解説させていただきます)。

Naibujitumu_2公益通報者保護法改正は未了ではありますが、民間事業者向けガイドライン、労働者通報に関する行政機関ガイドラインを読みますと、法改正で対応することがやや困難と思える点をソフトローで補完しよう(法改正の趣旨を先取りしよう)との意図が伝わってきます。通報者の範囲、通報対象事実の範囲、通報事実の真実相当性要件の緩和、通報者の秘密保護、通報に基づく調査方法の柔軟性等、「法改正だと、ここまでは可能だろうか・・・」と感じるところに、国はガイドライン行政を活用して事業者の自主的取り組みに委ねようとしています。公益通報制度実効性検討委員会において委員間で意見が分かれた論点について、法改正では困難かもしれませんが、ソフトローによる行動規範として反映させたい、といった消費者庁の趣旨が表れているものと(私個人としては)感じるところです。

ということで、民間事業者は自社の内部通報制度を設置・運用する場合には民間事業者向けガイドラインの趣旨を理解していただくことをお勧めいたしますが、内部告発を検討している社員の皆様、そして内部告発がなされた企業の経営者、実務担当者の皆様は、内部告発に対して、今後国の機関がどのような対応をするのか、きちんと理解をしておく必要があると思います。そして、今後改正が予定されている公益通報者保護法が、これらのガイドラインの運用と相互補完関係に立つ以上は、その法改正の動向にもご留意ください。今後、企業の不正リスク管理のためには、この公益通報に関する「三点セット」の理解は不可欠です(個人的には内部監査部門の充実が結構大事かなぁ・・・などと考えたりもしています)。

3月30日の消費者庁主催の民間事業者向けガイドライン説明会(東京開催)は、あっという間に満席締め切りとなり、パブコメ案への意見も230件に及び、事業者の関心の高さがうかがわれます。同説明会は、主に内部通報制度への取組みに関するものですが、ぜひとも内部告発対応に関する行政機関向けガイドライン(労働者通報篇)にもご留意いただければと。

PS こんなところでつぶやいても仕方ないのですが、上記民間事業者向けガイドラインの中に「法令違反等」の定義(法令違反のほかにどのようなものが含まれて「等」とされるのか)が明らかにされていないのでは?と感じるのは私だけでしょうか?たぶん「各社の内部規則に違反する行為」も含めて「等」とされているとは思うのですが・・・

追補 本日(3月28日)、月刊監査役の最新号(2017年4月号)が届きましたが、森・濱田松本法律事務所の矢田悠弁護士による解説論稿「内部通報制度のあり方と監査役-民間事業者向けガイドラインの改訂を踏まえて-」が掲載されています。同ガイドラインがうまくまとめられており、今後の参考にさせていただきます。

 

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2017年3月24日 (金)

産地偽装米騒動-BtoC企業のコンプライアンスはやはり「安全よりも安心」重視

私が3年ほど前から監査役を務めております大阪市交通局(大阪市営地下鉄)が、報道のとおり、いよいよ日本で初めて民営化されることになりそうです。私企業にふさわしいガバナンス、内部統制、会計制度を・・・ということで、弁護士と公認会計士の監査役担当が設置されましたが、少しでもお役に立ててよかったです。私は「アラ探し」のような意見ばかりの監査役ですが、もうおひとりの会計士の監査役の方は、かなり民間企業に近い会計制度への転換を提言され、民営化への影の功労者です。民営化といいましても、大阪市が100%の親会社ということなので、まだまだガバナンス、内部統制に関する仕組み作りのための「意識改革」が必要だろうな・・・と考えております。

(さて、ここから本題ですが・・・)週刊ダイヤモンド2月18日号から始まった京都の米卸業者による産地偽装米騒動ですが、同事業者の親会社であるJA京都中央会が行っていた調査結果が3月21日、専用サイトにおいて公表されています。述べ1000名以上(うち農協監査士の資格者は270名)による調査の結果、産地偽装米は一切確認できなかったとのこと。JA京都中央会が依頼した東京の同位体検査に関する研究所の分析でも「中国米の混入はない」との結果が出ており、さらには現在、週刊ダイヤモンド社から依頼を受けて分析を行った研究所へ質問状を提出し、その回答待ちという状況です。(ちなみに当該研究所のHPは3月23日現在、本件分析について何ら発言されていない模様で、昨年5月からHPの更新もまったくされていないようです)。

一方のダイヤモンド社側の対応は、週刊ダイヤモンド誌2月25日号で一部関連記事を掲載したのみ(とくに新しい事実は報じられていませんでした)で、その後はまったくこの産地偽装米騒動についての記事を掲載していません。他のマスコミも、2月18日号の記事が掲載された直後こそ、「とんでもない事件が発覚した!」と報じたものの、その後はまったく産地偽装米騒動には触れられていません(以前の記事がグーグル検索でも出てこなくなったので、多くのマスコミでは記事を削除されたのではないかと思われます)。

ところでJA京都中央会が公表した3月23日付けの別のリリースによりますと、米卸業者の地元である近畿圏内だけでも、いまのところ100店舗以上の販売店が「取引停止」「販売自粛」を決めており、同卸業者の業績は多大な被害を受けているそうです。農水省の行政調査の結果が出ていない時点において確定的なことは言えませんが、ここまでの経過をみると、不正を犯したとマスコミから報じられた側は必死になって「シロ」であることを証明し、ともかく安全であることを国民に知ってもらうための対策はとり尽くしているといってもよいでしょう。ただ、それでも現実は多くの取引先によって「取引停止」「販売自粛」が1か月以上も続くわけです。いくら刑事告訴をしたとしても、また民事賠償請求をしたとしても、その真偽が判明するには時間を要します。

ではどうすれば風評被害を受けた事業者が消費者の安心を取り戻せるのか。本件に引き直して考えれば、どうすれば販売店が取引を再開する事態になるのか。これは事業者側としては難題です。メーカーや販売会社にとって、消費者の安全を確保することは最重要課題であり、また社員の誇りです。しかし、安全だけでは企業の信用は守れない。安心を追及しなければ業績は回復しません。だからこそ速やかな行政調査の結果公表しか「安心」を速やかに取り戻すことはできないと思います。

「コンプライアンス」という言葉が「法令遵守」から「社会の要請への適切な対応」と訳されるようになるにつれて、企業自身の信用と商品の信用がとても密接な関係になっています。企業とりわけ消費者とつながるBtoC企業にとっては、いくら専門家による安全証明を行ったとしても、消費者の安心につながらなければ不祥事疑惑が経営に大きな打撃を与えるということだと思います。東京都の豊洲の問題にしても、いくら専門委員会が「豊洲は安全だ」といっても、それが都民の安心につながらなければ意味がないわけでして、事業者にとってはとても怖い時代になってきたなぁと感じます。また、だからこそ経営のトップが前に出て消費者に説明をするという対応も、「安心を示す」ことの一環につながるのではないかと思います。

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2017年3月23日 (木)

証券取引等監視委員会・委員長の思い描く「フォワード・ルッキングな視点」

3月22日の朝日朝刊、日経夕刊等でも報じられているとおり、内部告発に対する行政機関向けのガイドライン(指針)の改訂版が公表されました。行政機関向けとはいえ、中身は企業不正に関する行政の対応指針なので、企業にとっても重要なトピックです。また別エントリーにてとりあげてみたいと思います。

さて、期せずしてSESC(証券取引等監視委員会)の委員長に就任された長谷川充弘氏のインタビュー記事が経営財務(3月13日号)、日経記事(3月21日付)と続けて掲載されました。経営財務ではSESCの証券市場の健全性確保に向けての取組について、また日経記事では最近話題の空売りファンドへのSESCとしての規制意欲について語っておられます。

日経記者が「空売りファンドはとんでもない奴らですね!ちょっとSESCがガツンといわせてやってくださいよ~♪」といったトーンで委員長に質問をぶつけるのですが、委員長の口からは日経記者さんが引き出したい回答がなかなか出てこないようでした。

この長谷川委員長の日経インタビューでは、空売りファンドへの規制を(SESCとしては)様子見しているように感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、先に上記経営財務のインタビュー記事を読んでいた私としては、(委員長は)上場会社の説明責任を果たす姿勢を促すためには、むしろ多様なスタイルの投資家が存在していることを歓迎しておられるのでは・・・との印象を持ちました。それは証券取引等監視委員会の新しい思想である「フォワード・ルッキングな視点」を、上記経営財務のインタビューでは力説されていたからです。

日経記者さんも、そして私も「SESCの常識」と考えているのは、証券取引等監視委員会は事後規制の砦だ、という点です。市場を汚すような「法令違反行為」に対して、委員会が課徴金処分や刑事立件の勧告を行うことで証券市場の健全化を図ることを、どうしても期待しています。しかし、委員長がインタビューで語っておられるように、本当に悪い奴は時効で救われて、不祥事が発覚したときにたまたまトップだった人たちが批判を浴びることで本当に良いのだろうか?(これは東芝さんの件でも、またオリンパスさんの件でもあてはまると思います)今後は不正の未然防止や真の再発防止策の検討に監視委員会も真剣に取り組むべきではないか、というのがフォワード・ルッキングな視点に基づく思想です。

これは監視委員会自身が健全なリスクテイクを実践することを意味するのではないでしょうか。先日もインサイダー取引で行政処分の取消判決が出ましたし、東芝の歴代社長さんへの刑事立件への積極的な姿勢(対立する検察庁の消極的な姿勢)も同様です。企業犯罪は企業の病気なので、それをいかに早く見つけて対策をとるか、ということにもっと監視委員会が「前のめり」になってもよいのではないか、といったところかと。上場会社の様々な情報を集めるわけですが、たとえば空売りファンドの積極的な活動においても、そのレポートに上場会社はどのように反応するのか、空売りファンドの行動よりもむしろ監査委員会は、対象とされた上場会社の反応にこそ関心を向けているのではないかと思うのです。

フォワード・ルッキングな視点を強調するとなれば、東証の売買審査部との連携も、これまで以上に深まるものと思います。AIを駆使した市場監視等、当局の審査も水面下でじっくりと行われる傾向が強まるものと予想します。

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2017年3月22日 (水)

企業の持続的成長と社内における「敗者復活戦」の効用

今週号の日経ビジネスの「 三越伊勢丹、社長辞任劇の深層 自壊の始まりか 」を読みました(日経WEBニュースの有料版でも「日経ビジネスセレクト」としてご覧になれますね)。 労組、中間幹部、経営陣の間で、いろんな思惑があったようで、取締役会内部でも前社長さんの更迭問題が冷徹に協議されていたそうです。ところで退任を余儀なくされた社長さんは、このまま三越伊勢丹から完全にリタイヤされるのでしょうか?「おまえ、今回は組の言うことを聞いて後ろに下がっていろ。とりあえずじっとしてろ」  といった説得は全くされなかったのでしょうか?通常、こういった説得は相談役とか顧問の方々が主導したりするわけですが。

先日、某社の企業不祥事対応に関与しておりましたが、同社では社内人事に「敗者復活戦」がありませんでした。幹部社員がリスクをとってチャレンジした結果が芳しくないと「あいつは終わった」と烙印を押されてしまう傾向が強いようです。したがって会社よりも部署の成績優先、情報の横断的な共有化が図られない風土が醸成されて、社内の不正が長期間明らかになりませんでした。社内不正を見逃してやることで貸しを作る文化もありました。一方、別の会社では公然と「敗者復活戦」があったので、誰もが正直にミスを報告し、また「俺では無理だ、助けてくれ」と平然と言える雰囲気がありました。したがって不正や重大事故が発生しても、早期に経営陣が知るところとなり、早期対応が可能でした。

巷間、中長期的な企業価値の向上を図るためのガバナンスが議論されていますが、このガバナンスは敗者復活戦があることを前提とした議論ではないかと疑問に思うときがあります。社長の交代を促すガバナンス、といっても、その社長さんが単純に経営者としての能力がない、というのではなく、会社のおかれた経営環境のもとでは「合わなかった」ということも多いと思うのです。良くも悪くも会社のおかれている環境が変われば、その社長さんの能力が必要とされるかもしれない。そういった敗者復活制度が暗黙の了解として組織に存在してこそ、企業はガバナンスの構築によって持続的成長を図ることができるのではないかと。

どうも日本企業の役員さんは「競争における負け方」が下手なように思います。社内慣行として、ここ一番の勝負に出て、失敗をすると会社を去るか、その後はずっと閑職に甘んじなければならないような雰囲気が漂っていませんかね?(すいません、このあたりはサラリーマンの経験がないので確信が持てません・・・)でも企業が持続的な成長を遂げるといっても、かならず浮き沈みはあるわけですから(ずっと「右肩上がり」なんて企業はありませんよね?)敗者復活戦は残しておくべきではないでしょうか。「潔い」という意味では立派かもしれませんが、企業にとっては大きな損失だと思います。

たとえ降格しても、そこで頑張っていればまだ経営トップに復活するチャンスはある、といった風土のある企業は「不祥事に強い組織」といった守りの部分だけでなく、長期的な業績向上といった攻めの部分でも強みを持っているのかもしれません。

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2017年3月21日 (火)

DeNAキュレーション問題-この不祥事を事前に止めることはできたか?

(最終更新 3月21日午前11時0分)

三連休にDeNAキュレーション事業に関する第三者委員会調査報告書をじっくりと読みました。やはり要約版(約30頁)では見えていなかったものが、全文(300頁)を精査しますといろいろと興味深いコンプライアンス問題として浮かび上がります。コンプライアンス経営にご関心のある方は(かなり時間はかかりますが)全文をお読みになるのもよいかもしれません。以下は私がとくに関心を抱いた点だけをピックアップしておりますが、読まれた方それぞれに興味が湧くところは異なるかもしれませんね。

iemo社、ペロリ社をDeNA社が買収するにあたり、法務デューデリの時点で著作権侵害やプロバイダー責任制限法違反のリスクが認識されていたとしても、買収に向けて組織全体が前のめりになっている状況では誰も買収を止めることはできない、ということがわかります(いや、ホントは止めなければいけないのでしょうけど、私にも自信がありません・・・笑)。法務リスクへの対応として、「抜き打ち調査」といったPDCA活動が同社法務部を中心に実践されるのですが、結局のところ3回ほどで打ち切りとなり、数値目標達成を至上命題としたスピード経営が優先されることになります。

報告書にも評価されているように、DeNA社の法務部は、過去にも重大な案件を処理した実績もあって、一部上場会社の法務部にふさわしく、コンプライアンス意識はかなり高いものでした。そのような優秀な法務部門が、なぜキュレーション事業における著作権侵害、プロバイダー責任制限法違反、薬機法違反といった「法令違反行為」を放置しつづけたのか、これは相当にむずかしいコンプライアンスの課題です。報告書ではとりあえず買収対象会社への遠慮、経営トップへの遠慮ということが挙げられていますが、ではなぜ監査役や内部監査部門への報告や連携がなされなかったのか、そのあたりには言及されていませんでした。

また、報告書では、DeNAには「トライアル&エラー」によるコンプライアンス経営を実施する組織風土も具備されていた、とあります(自浄能力、自己修正力は具備された会社だ、と評価されています)。ではなぜ、医療情報を扱うキュレーション事業サイトWEKQ(ウェルク)が社会的に批判を浴びだした時期において、徹底した社内調査で軌道修正を行わなかったのか、これもやはり疑問が残るところです。中長期の事業計画で対外的に約束した数字をクリアすることが最優先であったとのこと。しかし、結果からみれば法令違反行為が問題とされていますが、そもそも医療健康情報に関するキュレーション事業さえ中止していれば、(良い悪いは別として)今回のような重大不祥事に発展することはなかったといえそうです。

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今回、報告書全文を読んで、他社のコンプライアンス経営に最も参考になると思われるのが、DeNAグループの運営する10のキュレーションサイトのビジネスモデル、管理体制に関する比較です。ペロリ社が運営するサイト「MERY」の社長さんはDeNAの経営トップの意見を聞かず、グループ内で独自路線を貫いたからこそ高収益を上げていたのですね。もし親会社の経営トップの指示に従っていたら、おそらく業績は上がっていなかったと思われます(私個人の意見としては、この「MERY」だけはキュレーションサイトとして今後早めに再開されるのではないか、と予想しています)。調査報告書を読むと、「MERY」に対する解説部分が一番わかりやすいのです。おそらくこれはMERYの責任者の第三者委員会に対する協力姿勢が報告書の解説記述に反映されているものと推測されます。これはグループ企業の内部統制を考えるにあたり、また、今後のキュレーション事業の展開を考えるにあたり、とても示唆に富む比較です。なお、上記図表は私なりのイメージで比較したものであり、作成責任は私にあります。

また、同じように健康医療情報を流すWELQとcutaの比較において、なぜWELQでは多数の苦情が届いたにもかかわらず、cutaには一件も苦情が届いていなかったのか、WELQと同様、外部委託に頼っていたCAFY、JOOYにおいて、なぜWELQほどの苦情が集まらなかったのか、このあたりもたいへん読み応えがあり参考になります。泥臭いかもしれませんが、日ごろからのコンプライアンス経営に対する意識の違いが如実に結果に表れているように思います。

本件不祥事を考えるにあたり、「DeNAのキュレーション事業」と一括りにしてはいけない・・・ということが全文を読んでよくわかりました。「MERY」の運営をみると、無断画像使用を中心とした著作権法違反の数が突出していて決してコンプライアンスの優等生ではありません。しかし、MERYのキュレーション事業は「どんな企業にも不祥事の芽は存在し、また不祥事は発生するけれども、不正リスクとどうやって付き合っていくか、(芽を摘み切ることはできないとしても)不祥事の芽を大きくしないためにどうすればよいか」といった(理想論ではなく)現実論としてのコンプライアンス経営の実践方法を知るうえで、とても参考になるものと思いました。競争にさらされている組織においては不正を止めることはできない、しかし大きな不祥事に発展することだけは平時からの努力によって防ぐことができる、ということがリスクマネジメントとしては大切かと。

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2017年3月18日 (土)

原発避難者訴訟(前橋地裁判決)と東電の(津波の高さに関する)予見可能性

全国で集団訴訟が展開されている原発避難者訴訟において、前橋地裁が最初の判決を下したそうで、多くのマスコミで報じられているとおり、原告(避難者の方々)の東電、国に対する賠償請求の一部を認容したそうです。

私も東日本大震災の3か月後、商事法務さんのNBL956号(2011年7月1日号 28頁以下)に「原発事故にみる東電の安全体制整備義務--有事の情報開示から考える」と題する論文を掲載いただき、そこで「津波の高さについては、東電は想定外と説明しているが、結局のところは想定したくなかったというだけではないか」との論調で平時の東電社の内部統制構築について考察したので、とても興味のある判決です。

前橋地裁の判決要旨が今朝(3月18日)の毎日新聞に掲載されていましたが、2002年7月に策定された国の地震調査研究所本部による「長期評価」が(東電社の予見可能性ありとする)根拠とされたのですね。そこから想定される津波の高さを東電自身が算定することは可能だったとのこと。私は2008年ころに研究者の方々が東電に想定される津波の高さに修正が必要との要望を出していたことの評価及びたとえ津波の高さが予見できるものではないとしても、最終的に電源を確保する対策の有無が争点だと書きましたので、ここでは私の主張どおり、というわけではありませんでした。

当時東電は、2002年にとりまとめられた「原子力発電所の津波評価技術」なる報告書(土木学会作成)に基づく「予想される津波の高さは5.7メートル」を根拠に安全対策を講じておられたと思います。経営判断としてはこれ以上の津波を想定して安全対策することも可能だったかもしれませんが、過失を基礎付ける「予見可能性」を認定することはできない、といった主張が東電側から出てきているのではないでしょうか。

ただ、2002年といえば東電による「原発ひび割れ事故」隠ぺい事件が発覚した時期です。安全対策工事に従事したGE子会社社員の内部告発によって発覚した事件であり、当時の東電の複数の経営陣が責任をとって辞任しました。原発の安全性に関わる情報を国民に隠していた東電が、この時期の経営判断から「津波の高さは予見できなかった」「想定外だった」と主張するとなると、別件の事故とはいえ、かなり信用性が乏しいように思います。裁判官の心証として、そのような東電社の不祥事も影響していたのではないでしょうか(あくまでも推測にすぎませんが)。

私も上記論文では原発事業の公共性(1955年11月以降「日米原子力協定」が締結されて日本の原子力発電が常に官民協力の下に推進されてきた歴史)をもとに、国の責任も問われる可能性があるとしていただけに、今回の判決はとくに違和感はありません(ただ、控訴審でどうなるかは不明ですが)。単純に世の中の流れに沿った判決ではなく、東電側と原告の主張の合理性を詳細に検討したうえでの判断だったのではないかと思います。

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2017年3月17日 (金)

ノバルティスファーマ無罪判決-改めて問われる法人処罰の必要性

3月16日、東京地裁はノバルティスファーマ元社員と法人としての同社を被告人とする薬事法(現医薬品医療機器法)違反刑事裁判において、いずれも無罪とする判決を言渡しました(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。元社員のデータ改ざんの事実は認められるものの、「同法で規制された治療薬の購入意欲を高めるための広告には当たらない」として、認定された事実が薬事法違反には該当しない、との判決理由です(本来ならばきちんと判決文を読んでから書くべき内容ですが、ニュース記事からの情報ということでお許しください)。

2015年12月のエントリー「JR北海道・ノバルティス-刑事罰は企業の構造的欠陥に光をあてるか」において書いておりますように、もともとこの事件を調査した第三者委員会報告書においても薬事法違反で有罪に持ち込むのはむずかしいのではないかと言われていました。しかしノバルティスの組織的関与、また臨床研究の主体である医学部の関与がまったくわからず、真相究明のためには立件して法人に対する厳罰以外に方法はないということで、虚偽誇大広告(薬事法違反)で立件するに至りました。日本では法人のみを立件することはできず、両罰規定が存在する場合のみ立件可能ということで、元社員の方の刑事責任には注目が集まっていました。

検察側から控訴される可能性もありますが、やはり企業の構造的欠陥といいますか、組織の不正を刑事責任に問うには(現行の刑事法体系では)限界がある、ということが今回の裁判でも明らかにされました。構成要件の捉え方にはむずかしい面もありますが、やはり法人処罰に関する刑事立法が必要ではないでしょうか。来年から施行される日本版司法取引(改正刑事訴訟法)も、(どのような法令違反に適用されるかは今後の政省令に委ねられていますが)検察が巨悪に迫るための工夫は容易されています。しかし、組織としての構造的欠陥を明らかにするには、関係者に刑事免責を付与したうえで証拠を収集することも必要ではないかと考えます。

前にも書きましたが、企業不祥事において、近時は「自浄能力」を発揮させるために第三者委員会が設置されるケースが多いのですが、その調査能力には限界があります。とりわけ国民の生命身体の安全を確保するため、もしくは国策として当該業界の信用を確保するためには組織の構造的欠陥を解明することが強く求められる場合もあると考えます。たとえばノバルティスの事件では、組織としての構造的な欠陥が明らかにならなければ、日本の製薬業界の世界的信用が回復されないわけで、そのためにも国が動く必要があると思われます。

今回の判決を受けて、厚労省は

個々の判決については差し控えたいが、臨床研究に対する国民の信頼を回復することが大切と考える。厚労省としては、臨床研究と製薬企業の活動の透明性確保のため臨床研究法案を国会に提出しており、臨床研究と製薬企業の活動の適正性確保に努めたい

とコメントしています。このような厚労省の姿勢も評価できますが、どうしても被害が発生してからの「後追い」になってしまうわけでして、刑事法に期待される一般予防的見地から包括的な法人処罰規定の在り方を検討すべきではないかと考えます。

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2017年3月16日 (木)

監査等委員会設置会社と任意の指名・報酬委員会の関係整理はむずかしい

先週金曜日(3月10日)に経産省CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)から研究会報告書「実効的なガバナンス体制の構築・運用の手引き」(CGSレポート)が公表されました。今後の政府によるガバナンス改革の実施に大きな影響を及ぼすレポートであることは間違いないと思いますので、本日、なんとか一読いたしました(「一読」であり、まだ「精読」はできておりません・・・)。

企業法制にたいへんお詳しい学者、実務家の方々がおまとめになった報告書なので、以下の私見は「場末の弁護士の遠吠え」程度にお読みいただけば結構ですが、同報告書の72頁、73頁あたりに整理された「監査等委員会設置会社と任意の指名・報酬委員会との整理」については、どうも疑問が残ります。といいますか優秀な研究会メンバーの方々の思考に私がついていけてない、というのが現実かもしれません。。。

この論点は、平成26年改正会社法が施行され、また金融庁審議会にてガバナンス・コードが策定された頃から私が難問だと感じていたところです。その論点をCGS報告書が整理しておられるのはとても評価できるところですし、ガバナンス構築に向けた上場会社の実務に与える影響も大きいと思います。少々長いですが、その関係整理について同報告書73頁から引用させていただくと、

<参考:会社法との関係-監査等委員会設置会社と任意の指名・報酬委員会->

監査等委員会設置会社の場合、監査等委員会の選定する監査等委員は、監査等委員以外の取締役の指名と報酬に関して意見陳述権を有する。 かかる意見陳述権と、任意の指名委員会・報酬委員会の答申内容や取締役会の決定 権限との関係について、整理しておく必要がある。

例えば、全ての監査等委員のみで構成する指名委員会・報酬委員会を設置することとすれば、意見陳述権との関係の整理は容易となる一方、全ての監査等委員が指名・報酬・監査の全てに注力する必要が生じることから、監査等委員(特に社外取締役) の負担が大きいという難点はあり得る。

他方、監査等委員会の選定する監査等委員が代表して任意の指名委員会・報酬委員会に参加するとすれば、監査等委員会以外の議論の影響を受けていることをどう評価するかという点の整理が必要であるが、監査等委員会の選定する監査等委員の意見も反映させた上で指名委員会・報酬委員会が原案を作成するのが通常と思われるため、 実際上の問題が生じないと考えられる。

監査等委員が 1 名も入っていないような場合には、監査等委員会の選定する監査等 委員が、指名委員会・報酬委員会とは別の意見を出す事態も生じ得る点に留意が必要 である。

といった内容です。なお、段落分けについては、私が便宜上分けているものにすぎません。

1段目、2段目、4段目についてはとくに異論はございません。問題は3段目です。まず手続面での疑問です。監査等委員会設置会社における監査等委員会には経営評価権限がありますが、これはすべての取締役監査等委員によって構成される(組織としての)監査等委員会の権限です(会社法399条の2、1項、3項3号)。もし、個人としての監査等委員に「意見陳述」のような機関としての行為が認められるのであれば、それは会社法が個別の条文で「選定」権原を明記しています。個人で行使できる監査権限についても個別条文で明記されています。しかし、任意の指名・報酬委員会は、とくに会社法上の機関ではありませんので、そもそも「選定」とはどのようなプロセスが(監査等委員会の権利を委譲する)権原となるのか不明です。指名・報酬委員会が任意的なものなので、監査等委員が集まって適当に代表者を決めることを「選定」と考えればよい、とのことかもしれませんが、それでは経営評価権限が組織としての監査等委員会に存在することとの整合性について説明がつきません。

次に、実体面での疑問です。指名委員会等設置会社の監査委員会とは異なり、監査等委員会設置会社の監査等委員会は会社法上独立性が高いものとなっています(委員の選任は株主総会の専権事項であり、取締役会による選定ではない、監査等委員以外の取締役よりも任期が長い等)。したがって取締役会に最終の議案決定権限があるとしても、「意見陳述」のおいて取締役会とは異なる意見を述べることも当然に想定されています。かりに監査等委員のおひとりが代表者として指名委員会で意見を述べたとしても、理屈上では異なる意見を監査等委員会が(多数決によって)形成することは可能です。したがって、任意の指名・報酬委員会が原案を作成したからといって、監査等委員会はその原案に対して意見形成権限まで拘束される理由はありません。つまり、実体面からも監査等委員会と任意の指名・報酬委員会との関係は何ら整理されていないと考えられます。

そして最後に「実際上の問題が生じない」と記載されていますが、この「実際上の問題」とはいったい何を指すのか、その実際上の問題がどのように解決されるのか、意味がまったく不明です(おそらく私が読んでもわからないので、法律に詳しくない方が読まれても、たぶん意味不明だと思います)。

報告書に関する「アラ探し」程度のことであれば「ブログのひとりごと」で済む話です。しかし、任意の指名・報酬委員会への監査等委員の関与については、取締役の重要な職務執行に関わる問題です。ひとつ間違えますと会社法違反(取締役の善管注意義務違反=法令遵守義務違反)に該当するおそれもあるのではないでしょうか(そういえばクックパッド社の株主総会における監査委員の方の長い個別監査意見を思い出しました)。

先日も、監査等委員会設置会社である某上場会社において、ファンドの支援を受けた創業家株主と現経営陣との支配権争いが臨時株主総会の場で演じられました(結果は創業家株主側の取締役選任議案が可決されて社長即時交代となりました)。同社の取締役監査等委員の方々は提訴リスクを負うこととなり、たいへん悩まれたのではないでしょうか。昨年末現在で730社以上の上場会社が監査等委員会設置会社に移行、もしくは移行を表明しています。ガバナンス・コードにコンプライすることに躍起になっておられる上場会社も多いのが現実ですし、実務的にも大きな影響を及ぼす点なので、あえて疑問を提起させていただいた次第です。

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2017年3月15日 (水)

産地偽装米騒動-ダイヤモンド誌単独スクープ記事の信用性が揺らぐのか?

東芝問題、DeNA問題、三越伊勢丹騒動、ガバナンス報告書関連、そして昨日の続き記事(後編)と、書きたいことはたくさんありますが、ブログ作成に費やす時間には限りがありますので、最も関心のあるテーマをひとつだけ書かせていただきます。

京都の米卸業者による産地偽装米騒動が重大な局面を迎えています。JA京都中央会の特設HP「中国産米混入の雑誌記事に関する情報公開特設サイト」の3月13日付けリリースによりますと、同卸業者が保有していた産地米数種を一般財団法人日本穀物検定協会(東京)に持ち込まれたことはすでに公表されているとおりですが、その受検結果がついに判明しました。週刊ダイヤモンド誌では「滋賀産米といいながら海外産の可能性が高い」と指摘されていましたが、同卸業者が保有していた(産地偽装が疑われた)すべての産地米が、専門機関による検査で「日本産」と判定されています。ただし「新潟」「魚沼」等の具体的な産地判別にまでは至っていないようです。

さらに、同卸業者ならびにJA京都中央会側は「反撃」どころか制圧の勢いを増しており、週刊ダイヤモンド社の依頼に応じて「中国産」と判別した検査事業者に対して質問状(情報開示請求)を提出しました(質問状の内容も上記HPでアップされています)。つまりダイヤモンド社の刑事告訴、民事賠償に援用できる重要証拠の収集に動き出したということです(送付先の事業者も、同位体検査で有名な事業者なので、当該事業者にとっても一大事かと思われます)。

当ブログでは、この事件を最初に取り上げた際、「単独スクープは事件化がむずかしい」と書きましたが、やはり今回もむずかしい、という結果になるのでしょうか?それとも農水省が調査を開始したと報じられていましたが、農水省の調査結果次第ではダイヤモンド社の再逆転もあるのでしょうか?(それにしても、人気国会議員の方から「早く調査しろ」と促されている農水省としては、いったい調査は進んでいるのでしょうか?)今の情勢からみますと、(打ち上げた花火が大きかっただけに)大手経済雑誌の企業不祥事報道の信用性が毀損されるという重大な事態になりかねないと思います。

私は内部告発を支援するケースもあれば、「闘うコンプライアンスの実践」として事業者の汚名返上に関与するケースもありますので、どちらかに与するものではありません。ただ、現在は京都の卸業者側としては「闘うコンプライアンス」として最大の努力をしているところでありますが、ダイヤモンド誌が「記事には絶対の自信を持っている」と宣言している以上、多くの消費者、取引業者の風評被害を完全に回復するには至っていないように思います。いずれにせよ、企業コンプライアンスに関心のある専門家であれば、この騒動の帰趨には注目せざるをえません。

消費者と向き合う企業のコンプライアンスが「安全から安心へ」と移行する時代になればなるほど、マスコミによる不祥事報道が企業の信用毀損に及ぼす影響は大きくなるばかりです。だからこそ、内部告発には真実相当性を担保するだけの内部資料が必要となりますし、その資料収集行為の適法性が担保される必要が高まりつつあると考えます。

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2017年3月14日 (火)

上場会社は金商法193条の3、1項による監査役通知を開示すべきである(前編)

本日(3月13日)の日経朝刊法務面では「監査法人改革、企業にも責任」と題する特集記事が掲載されていました。監査法人版ガバナンス・コードが策定されることで監査法人の経営の透明性が高まる中、企業もこれに従って適切に監査法人を選択すべき責任がある、といった内容です(著名企業の先進的な取り組みも紹介されています)。専門家のご意見を含め、監査法人改革のトレンドを知るうえでたいへん勉強になりました。

上記記事で紹介されている監査法人版ガバナンス・コードの実施を見据えた企業側の対応としては、①三様監査(会計監査、監査役監査、内部監査)の充実、②強制交代制(ローテーション)の導入、③アドバイザー監査法人の採用、④監査役会による面接制度です。いずれも会計不正を防止するための仕組みとしては検討に値するものだと思いますし、真摯に取り組めば会計不正の防止に有用です。しかし、そこで想定されているのは、どれも「どうすれば監査人が会計不正リスクに気づくことができるか」といった「気づく仕組み作り」である点が気がかりです。

監査のプロである公認会計士には優秀な方が多いので、適切な職業的懐疑心を持っていれば「不正の予兆に気づく」ことは多いはずです。ただ、定例監査の時間確保や追加報酬がとりにくい現実、そもそもの監査報酬の低廉性等から、その予兆を深掘りする余裕がないというのが現実です。世間では「長文式の監査報告書を採用せよ」と言われていますが、会社と監査法人との協議内容は開示になじみませんし、開示してもよほど会計に関心のある方でないとわからないほど複雑な協議内容は(いくらリスク情報とはいえ)開示できないでしょう。1年を通じて宿題を監査法人から出されて、その結果をみて会計監査人が監査方針を決めることもあるので、その過程で監査人は不正に気付くことも多いと思います。また監査役の方々も、会計監査人と連携をすれば会計不正リスクを共有できます。

ただ、本当にむずかしいのは「どうすれば『これって、おかしいのでは?』と声を上げることができるか」という点です。気づくことよりも「声を上げる」ことは10倍むずかしい。監査法人も監査役も、人事権や(法的ではなく)事実上の監査法人選択権を握っている社長さんにモノが言えない、というのが問題の本質ではないかと。また、「自分が間違っていたら会社に迷惑をかけてしまう」という意識がどうしても先立ちます。そこをどう変えていくかが会計不正を予防、早期発見するためのポイントであり、そこにメスを入れなければ会計不正の防止は幻想にすぎないと考えています。

私は本当の監査法人改革は、上場企業向けのコーポレートガバナンス・コードの狙いと同様、監査法人による健全なリスクテイクの実現だと思います(昨年4月にも、 「厳格な監査の前提となるオオカミ少年を考える」と題するエントリーで同様の問題提起をしました)。現在、東芝さんでは、決算発表を再延期することの理由として、同社(同社グループ)の内部統制評価をめぐって日米の監査法人さんの意見が対立していることが原因と報じられていますが、まさにそういう点が監査法人改革の核心だと思うのです。

「この会社は財務報告の信頼性に影響を及ぼす内部統制上の不備がある」といったことをあらかじめ投資家に情報提供する胆力が監査法人に備わっているかどうか、という点です。そこでひさしぶりに金融商品取引法193条の3、第1項(監査役通知制度)、第2項(金融庁通知制度)の現状を分析しながら、この監査法人改革の在り方について検討してみます(後編につづく)

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2017年3月13日 (月)

経営者のパワハラは経営責任だけでなく法的責任にも至る

先週の東京での3日間にわたる講演も終えまして、今年も日本監査役協会における合計8回(4会場合計)の研修会講演全日程が無事終了いたしました。合計2200名以上の監査役の皆様にご来場いただき、誠にありがとうございました。今年はご来場いただいた方の約1割が取締役監査等委員の方々だったことが印象的でした。

Mitukosiisetan さて、3月11日土曜日の朝日新聞朝刊では、三越伊勢丹の社長さんの辞任騒動を「業界の顔 社内孤立」と題する記事で詳細に取り上げています。三越ご出身の会長さんと伊勢丹ご出身の社長さんとの信頼関係の悪化という点も記されていましたが、辞任勧告の引き金になったのは業績の悪化と社内でのパワハラだったと報じられています(社長ご自身によるパワハラ問題は、何度も社外取締役に通報があったようですね)。社長さんは事業の選択と集中をスピード感をもって実行していたのですが、労組からの不満が噴出して周囲からは支持されなくなったとのこと(左のチャートは三越伊勢丹さんの株価チャートです。構造改革を打ち出した社長さんの姿勢を市場は好感していたようですが、3月4日を起点として株価が下落しました)。

社長さんのパワハラ問題というのは大きく分けるとふたつあります。ひとつは社長さんご自身が執行役員や幹部社員に対して人格権侵害に及ぶ叱責等を繰り返すものです。三越伊勢丹さんと同様、最近はこのような社長さんのパワハラ疑惑が社外役員のところへ通報されるケースが多くなっています。とくに常勤監査役さんも、これを取締役としての職務執行上の違法行為とみて監査報告で株主に開示することを検討することが増えています(ただし会社法上の監査報告の対象となるかどうかは争いがあります)。サラリーマン社長さんの中には、意外とご自身のパワハラに関する認識が甘い方も多いように見受けられます(成功体験からでしょうか・・・)。たとえ法的責任に発展せずとも、経営責任を問われることになります。

そしてもうひとつが社長さんの「セカンドパワハラ」です。社内のパワハラ問題を(問題を認識していた、もしくは認識しえたにもかかわらず)放置している社長さんは、いわゆる「セカンドパワハラ」に及んだとして、会社とは別に社長個人として民事賠償責任を負うリスクがあります。社長さんが民法709条責任(不法行為責任)もしくは会社法429条責任を負う法的根拠は、職場環境を適切に維持するための内部統制構築義務違反(注意義務違反)です。たとえば厳しい叱責によって長時間労働を強いられた社員が精神的疲弊に至って自死しば事件で、裁判所はそのような経緯を知りつつ、長時間労働を放置していた社長さんに対して、会社と連帯して社員のご遺族の方々に損害賠償責任を負うことを認容しています(平成28年3月16日東京地裁判決判例時報2314号129頁以下)。最近はこのように社長自身もセカンドパワハラとして損害賠償責任を負う旨を判示した裁判例が増えています。

前にも述べましたように、セクハラとは異なり、パワハラは適切な指揮監督権の行使と隣り合わせの領域にある問題なので、社内に「グレーゾーンを残すこと」は許されません(そんなことをすると、現場が萎縮してしまって同業他社との競争に負けてしまいます)。だからこそ社長さんは「上司の許される指揮監督権の行使」と「許されない人格権侵害としてのパワハラ」のどこに線引きをすべきか、真剣に検討する必要があります。働き方改革や労働人口の流動性といった社会の流れによって線引きも変わります。自身によるパワハラとともに、社内の職場環境配慮義務を尽くすための内部統制への関心も求められるところです。

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2017年3月10日 (金)

グループ会社の不祥事公表と親会社株式に関するインサイダー規制

今日は自宅近くや事務所近くのオッチャン、オバチャンとの会話がとても弾みました。老若男女を問わず、共通の話題で盛り上がるというのは本当にひさしぶりでした。あの星野リゾートが新今宮に高級リゾートを建設するということは驚きを超えて「驚愕」です。「二度漬け禁止」を誇るコテコテの南大阪人として、この想像を絶する高邁な「西成の星のや計画」に素直に拍手を送りたいと思います(ホントに信じて良いのでしょうか・・・、いや正直まだ信じられません・・・)。

(ここから本題ですが)旭化成建材社のくい打ちデータ偽装事件に関する調査を担当していた同社50代の社員に対して、データ偽装に関する不正公表の直前に同社員が保有していた親会社株式(旭化成株式)を売却したとして、SESC(証券取引等監視委員会)は63万円の課徴金処分を勧告したそうです。上場会社のグループ社員への規制強化か?と、すでに東洋経済さんでは記事が掲載されています(旭化成建材、63万円インサイダー摘発の深謀)。

本件は、SESCのHPでも紹介されているとおり、上場会社の子会社の重要事実として、バスケット条項(※)-金商法166条2項8号、が初めて適用されたという点ですね(ちなみに上場会社の重要事実に関する刑事処分、課徴金処分事例、そして子会社の事実に関する刑事処分事例ではすでに2項4号のバスケット条項を活用した事案が存在しますので、今回の件は、あくまでも子会社の重要事実に対する「課徴金勧告」にバスケット条項が適用された初めての事例・・・という意味だと思います)。また、昨年の東洋ゴム工業株式のインサイダー取引に関する課徴金処分は親会社である東洋ゴムさんの重要事実に関するインサイダー情報が問題とされたので、こちらは2項4号事例です。

※・・・バスケット条項(インサイダー取引規制における)とは、重要事実のなかで決定事実、発生事実、売上等のほかに「当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実であつて投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」と規定されている部分を指す。具体的な類例に当てはまらなくても、投資者の投資判断に著しい影響があれば(その意味では株価が動きそうな材料であれば)全て重要事実と見なされることになるので注意が必要である。(野村インベスター・リレーションズさんのHP用語解説より)

上記東洋経済さんの記事でも疑問視されているとおり、子会社(旭化成建材)の不祥事発生事実が親会社株式取引に関する「重要事実」に該当するかどうかは、やや微妙な気もします。会計不正事実であればまだ定量的な「重要性」の認識も可能ですが、重要とまでは言えない子会社で発生した「性能偽装」のような不祥事がどれほど親会社株式の投資判断に対して重要な影響を及ぼすのか、正直言ってフタを開けてみないとわかりませんし、また株価にどのような影響を及ぼすのか、という点についても流動的ではないかと思います(旭化成グループ全体の売上比率からみれば、旭化成建材さんは2,5%にすぎません)。

SESCとしては、不正調査を担当した社員自身がインサイダー取引にかかわったという点を重く見ているのかもしれませんが、現に旭化成社の株価は、不祥事公表によって一旦下落したものの、すぐに回復しました。このような状況において、子会社社員が(不祥事公表を)重要事実と知っていた(認識していた)といえるかどうか、実際に課徴金審判で争う価値はありそうです(なお、法解釈上は争いのあるところですが、バスケット条項を適用する場合には「軽微基準」のような概念は存在しないと私的には考えています)。

ただ、子会社における不正事実を金商法166条2項8号による「重要事実」として子会社社員にインサイダー規制の網をかける意味は、企業実務に与える影響がとても大きいように感じます。インサイダーの調査はほとんどすべて証券取引所売買審査部の監視・調査が端緒となるわけですが、このようにバスケット条項が適用されることになると、結果として証拠不十分で課徴金勧告に至らない可能性のある事案でも、上場会社に対する調査協力要請はとてもスムーズに行えます。調査対象とされた社員は、金商法166条違反との関係では「グレー」であったとしても、調査に協力した上場会社からは「かぎりなくブラック」と認識されることになります。自社(グループ会社)の株式売買に関する自主ルールに違反していたことも判明することになりますし、かなり厳しい社内処分が科されるかもしれません。これは脅威かもしれません。

ところでSESCは2月24日にはモルフォ社の役員、従業員合計10名に対してインサイダー取引規制違反として課徴金処分の勧告を行いました(SESCのHPをご参照ください)。こちらも上場会社の従業員持株会による買付けがインサイダー取引違反として課徴金勧告の対象となる初めてのケースです。通常、インサイダー規制違反行為は、私利私欲にかられた役職員の個人的不正としての印象が強いのですが、このモルフォ社のケースでは個々の従業員の課徴金算定金額は極めて低くなっています。ただここまで集団的なインサイダー取引への関与となりますと、取締役さんの内部統制(情報管理体制)構築義務違反まで問題になる可能性がありそうです。

インサイダー取引規制の強化方針が示された・・・とまでは申し上がるつもりはありませんが、行政による規制の運用が変化することで、対象者の提訴リスク、親会社役員の提訴リスクが高まりつつあることは間違いなさそうです。

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2017年3月 9日 (木)

三越伊勢丹HD社長退任騒動にみる従業員ガバナンスの真の力

三越伊勢丹HD社長さんの突然の退任について、今朝の日経では「大西改革、労組が反旗」との見出しで、従業員の方々による大きな力が社長交代の引き金となったことが報じられていました。また、日経MJでは一面でこの退任劇が詳細に報じされており、革新と人望によって上り詰めた社長さんも、最後は会長さんから「現場がもたない、辞めてくれ」と印籠を突き付けられたことが明らかにされています。退任劇直前には社内外で多数の怪文書が飛び交っていたそうですが、そういえばネット上でも社長さんにかなり批判的な記事が掲載されていましたね。次の社長候補者が決まらない段階で社長退任の事実が(複数のマスコミから)リークされたということの意味がようやくわかりました。

当ブログ2月3日付けエントリー「社長交代」を遂行できるのは経営者OBの社外取締役が適任(後編)でも、私は

社内の本当のガバナンスの力を持っているのは「従業員」です。株主ガバナンスと世間ではいわれていますが、経営経験者は組織を変える真の力を持った者は従業員だと知っています

と書きましたが、三越伊勢丹の著名な経営者OBでいらっしゃる三名の社外取締役の方々も、そのような社内の空気を察知して指名委員会で結論を出されたようです。やはりこのたびの三越伊勢丹社長交代劇も、従業員の方々のパワーによるものと言えそうです。ただ、従業員ガバナンスが機能するのは、本当に切羽詰まってからということで、すでに会社が有事になってからでないと機能を発揮できない、という限界があります。だからこそ、社外取締役は社内の空気を察知して、早め早めに社長交代に動くことが求められるわけでして、そのためにも社外取締役は(責任をもって組織を動かした経験のある)経営者OBが最適だと考えます。

和歌山大学経済学部長でいらっしゃる吉村典久教授のご著書「会社を支配するのは誰か-日本の企業統治」(2012年、講談社)によりますと、昭和50年代に起きた三越事件のときも、実際には経営幹部社員らのミドルパワー、労働組合が社長解任劇の原動力だったそうです(これは社長解任劇の中心におられた河村弁護士のご著書にも記載されています)。上記吉村教授のご著書では、ヤマハさん、セイコーインスツルさん等、ほかにも労働者主導による社長解任劇が紹介されており、吉村教授も従業員集団による企業統治について詳細に検証されておられます。

私自身法律家である以上、株主主権を前提としたガバナンス論を模索するべき立場にあることは重々承知しています。しかし、従業員ガバナンスを基礎において、そのうえで社外取締役が果たすべき役割を考えるというスタンスを重視するようになったのは、社外役員としての経験に基づくところもありますが、先日ご紹介した田中一弘教授の「良心から企業統治を考える-日本的経営の倫理」と、吉村教授の一連のご著書を拝読したところにも依拠しています。なんだかモヤモヤしていたところに、「ああ、やっぱり同じことを考えておられる先生もおられるのだ」と、とても腹落ちしたことを憶えています(あとは、私自身の社長解任事件に関与した経験ですが、そのあたりは守秘義務の関係で口が裂けてもお話できませんが)。

いくら経営者に対する規律付けとしてのガバナンスを議論しても、その決定された経営判断を実行に移すためには(経営幹部を中心とした)従業員の方々に何らかの動機付けがなければ困難です。それは理屈や正論ではなく、もっと情緒的なものだと思うのです。日本企業の労使慣行のもとではアメとムチだけでは通用せず、ガバナンスの議論だけでは中長期的な企業価値の向上は果たせない、というのが持論です。何が「動機付け」になるかといえば、それは創業家の力が強い企業であれば創業の文化・文明であったり、IPO企業であれば経営トップのカリスマ性であったり、サラリーマン社長さんの企業では強いメッセージの発信に特化して、全体最適を取り仕切るのは「番頭さん」に任せることだったりします。プロ経営者を招聘した企業であれば、社内外に新たな「空気を作る」といったことかもしれません。このあたりは個社それぞれであり、経営学を学んだこともない私にも最適解などわかりませんし、他社の成功例を真似できるようなものではないと思います。

今回の三越伊勢丹さんの退任劇ですが、もし2010年に亡くなられた前社長の(百貨店業界のカリスマと称された)武藤氏がご存命で、顧問・相談役として残っておられたらどうなっていたのでしょうか。また退任される社長さんに「番頭さん」がおられたとしたらどうでしょうか。二つの異なる文化を持つ百貨店が一つの組織になったわけですから、外野からあれこれ推測しても関係者に失礼なだけかもしれません。ただ、退任社長さんがここ数年実行されていた戦略から推察しますと、多角化戦略という改革を断行することは、まさにガバナンス改革のもとで理想(こうあるべき)とされていた社長像に近いのではないかと思います。いま、アベノミクスの成長戦略の一環として実現しつつあるガバナンス改革が、「形式から実質へ」と深化するにしたがって、業績向上につながる企業と、逆に自社の長所を見失って低迷してしまう企業に二極化していくのではないかと想像します。

 

 

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2017年3月 8日 (水)

労基署臨検業務の民間委託の実現可能性について考える

本日(3月7日)の日経朝刊に「労基署業務を民間委託-立ち入り検査について規制改革会議が検討」との記事が掲載されています。政府の規制改革推進会議が、事業者による長時間労働慣行などへの監視を強めるため、企業に立ち入り検査(臨検)を行う労働基準監督官の業務の一部を民間(具体的には社労士さん)に委託することが検討されているそうです。

臨検等の労基署業務を民間委託することの推進派のご意見について、2月28日付けダイヤモンドオンラインの八代尚宏氏の論稿「ブラック企業の労基法違反摘発を『民間委託』すべき理由」が参考になります(反対派意見に対する再反論も掲載されています)。また、週刊東洋経済の2月25日号の特集記事「労基署監督官の告発-過剰労働がはびこる真因」では、3名の労働基準監督官の匿名座談会が6ページにわたって掲載されています。そこでは臨検業務の問題点が指摘されていて、「監督官は臨検業務を遂行するにあたり、どのように上司から評価をされているか」といったとても根本的な問題についても語られています。

いずれにしても、日経記事にも記載されているように、労働時間の規制が喫緊の課題といいながらも、その規制の実効性は全く担保されていない(十分検討されていない)のが現状です。多くの企業で労働時間規制が形骸化しているにもかかわらず、重点的な臨検は、違反が目立った企業への「見せしめ」として行われている、とのこと(週刊東洋経済の匿名座談会記事より)。民間委託が検討されるのも当然のことかと思います。

ただ、労働基準監督官の調査は(駐車違反の摘発業務を委託するようなものとは異なり)かなりむずかしい業務ですし、たとえば従業員からの告発を受けた場合の情報収集方法や守秘義務の履行についてはかなり神経を使うようで、民間に委託するとしても限定的にならざるをえないように思います。長時間労働規制の違反行為に刑事罰が科される、といったことになればなおさら行政処分の謙抑主義(比例原則、平等原則、他事考慮禁止)が求められます。現在の労働基準監督官の職務評価方法(件数主義)を変更して、重点事業所への深度ある検査に集中してもらうようにして、その「重点事業所」の絞り込み作業に民間委託者を活用する、といったリスクアプローチの手法を採用せざるをえないのではないでしょうか。

また、公益通報者保護法の改正によって、これまで以上に労働者が監督官庁(行政機関)に公益通報を行いやすい環境を整備することも不可欠です。現行法上、労働者が保護されるための「通報にかかる事実の真実相当性」の要件を緩和して、長時間労働規制違反を疑わせるようなある程度の確からしさを示す証拠を行政機関に提出すれば労働者の地位が保護されるように法改正を早急に行うべきです。この内部情報をもとに「臨検対象事業所」を絞り込むことも効率的な労働時間規制の実効性を担保することになります。民間委託と労働者による申告制度、これらによって労働基準監督官による重点検査を補完する方向性が妥当ではないかと考える次第です。

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2017年3月 7日 (火)

社長の突然の退任-三越伊勢丹HDのガバナンスは機能するか?

いつも不思議に思うのですが、まだ会社が発表していない重要人事をなぜマスコミが報じることになるのでしょうか?どこから記者の方々に漏れるのでしょうかね?なんか予兆のようなものを記者さんは感じるのでしょうか?それとも社内にリークしたい方がいらっしゃるのでしょうか・・・

すでに多くのマスコミで報じられていますが、三越伊勢丹ホールディングス社の社長さんが突然退任されるとのことで、会社側は(まだ何も決まっていませんが)7日の取締役会で人事問題を協議します、とリリースしています。社長さんの3月1日付け日経ビジネスのインタビュー記事などを読むと、まだまだこれから三越伊勢丹の社長として、また日本百貨店協会会長としての仕事への意気込みが強く感じられるので、ここでのリタイヤが既定路線だったようにも思えません。やっぱり何かあったのでしょうね。

ところで三越さんといえば1982年の社長解任劇を思い出しますが、今回も社内対立の末の解任ではないか、といった報道もあるようです。上記インタビュー記事からみても、そのような見方もできるかもしれません。ただ、三越伊勢丹HD社のガバナンスに関する説明では、取締役会の諮問機関として「指名・報酬委員会」が設置されており、もしこの委員会が機能しているのであれば、ここで次期社長さんの人選を協議することになるので、社外取締役主導による社長交代という可能性もあり、単なる社内対立の顕在化とは断定できません。取締役として残られるかどうかも検討課題かと。なので「次の社長は決まっていない」という点も(対外的な発表としては)当然のように思えます。三越伊勢丹さんの指名・報酬委員会は著名な経営者OBの3名と社長・会長を含めた5名という構成員ですが、まずは現社長さんの意向を確認したうえで、サクセッションプランに従った後継者選定というのがスジではないでしょうか。

監査役会設置会社における指名委員会の活動が注目されたのは昨年のセブン&アイホールディングスさんの事例でした。ただ、あのときは実績を上げている基幹グループ会社のトップを支持する形で委員会が動きましたが、今回の三越伊勢丹ホールディングスさんの事例は、業績がいまひとつ上がらない経営トップの人事に関するもので、やや状況が違います。今後マスコミの報道で明らかになると思いますが、指名・報酬委員会は社長退任に向けた事前行動にも関与していたのか、次の社長候補者はどのようなプロセスを経て絞られていくのか、それとも指名・報酬委員会がまったく機能しない中での「お家騒動」なのか、とても関心のあるところです。ひょっとしたら、今まさに議論されているガバナンス改革におけるモニタリングモデルの取締役会が機能した事例として様々なところで取り上げられるかもしれません(あくまでも個人的な推測にすぎませんが・・・)。

しかし後任不在のまま社長が退任するとなると「ん!?なんぞある?」ということで株価が6%も下がるのですね。報道されてしまうと(あること、ないこと)いろんな憶測も飛び交いますし、やはり社長退任劇は隠密裏に敢行したくなります。7日以降の追加情報に期待したいと思います。

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2017年3月 6日 (月)

移行後に試行錯誤する監査等委員会設置会社

日本の上場会社約3600社のうち、昨年末時点で732社が(監査役会設置会社から)監査等委員会設置会社に移行した(移行予定を開示した)そうで、今後も大規模な上場会社を含め、まだまだ監査等委員会設置会社は増加傾向にあるようです。

ただ、監査等委員会設置会社の中でも、①監査役会設置会社に戻したい、②監査等委員のメンバーを入れ替えたい、③指名委員会設置会社に移行したい、といった計画を実行に移そうとしておられる企業も出てきましたね。私自身もガバナンスの改訂支援を行っていますし、また旬刊商事法務の最新号(某議決権行使助言会社日本法人代表の方のご論稿)を読むと、実際に社外監査役からの横滑りでは、社長が想定していたガバナンスが発揮できないとして、すべての監査等委員を変更した企業さんのお話も出ています。

おそらく監査等委員会設置会社は今後「二極化傾向」が進むのではないかと予想します。ガバナンス改革に熱心で「もっと良いものに作り上げよう」と試行錯誤を繰り返す企業と、とりあえず「緊急避難的に」監査等委員会設置会社で落ち着く(特になにもしない)企業です。試行錯誤を繰り返す企業さんは、真剣に取締役会改革(モニタリングモデル、執行部門への権限委譲)に向けて、監査等委員会の人選、非常勤取締役(会社法上の社外取締役ではなく業務執行に関与する社外取締役)の選任など、他社との差別化を実践するための工夫を取り入れるところも出てくるように思います。

私が相談を受けている某社でも、たとえ監査役会設置会社に戻すことになったとしても、「なんだ、そんなことなら監査等委員会設置会社への移行などやめとめばよかった」ということではなく、あらためて自社経営組織の強みに気が付いて、どうすれば「強み」を事業に活かすことができるか真剣に検討する契機になりました。そういった意味では監査等委員会設置会社への移行もかなり意味のある行動だったのかもしれません。

ガバナンスを変えるということはとても準備が必要な作業ですが、あれこれ考えるよりも、まずは実行してみて「試行錯誤」を繰り返すほうが、(回復可能な)失敗を実感できる分、組織の活性化のためには有効だと思います。そのような意味では監査等委員会設置会社への移行が「ガバナンス・コードへの対応といった必要に迫られて半強制的」に行われた企業であったとしても、今後は機動的に対応する機運が社内に高まれば、それなりに効果があったのではないか、と考えたりしております(ただ、そもそも監査等委員会設置会社というものが、どういった機関なのか、社長も監査等委員もまったくわからずに移行していた会社は多いですよね)。

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2017年3月 2日 (木)

コーポレートガバナンス改革が置き去りにしていること-田中論文からの示唆

ガバナンス改革が進む中で「隠れたベストセラー」と評判の「『良心』から企業統治を考える」の著者、田中一弘教授(一橋大学大学院教授)のご論稿が、月刊監査役最新号(2017年3月号)に掲載されました。タイトルは「ガバナンス改革が置き去りにしていること-経営者の責任をめぐって」。内容的には、上記のご著書で語られているところと同様ですが、期待どおり(?)、「社外取締役中心のモニタリングモデルの取締役会改革」「業績連動型報酬制度の導入」「監査等委員会設置会社への移行促進」といった現状のガバナンス改革偏重主義に対する痛烈な批判と新たな提言がてんこもりです。

アメとムチによる「経営者への規律付け(コーポレートガバナンス)」だけでは、たしかに会社の業績を上げるために効果的かもしれない、しかしそれでは経営者は責任ある経営は果たせない、道徳や倫理を置き去りにして自利心を強調するガバナンスは、いざとなったら株主や債権者を騙してでも自分の地位を確保する風潮を招くことになる、といった趣旨が語られています。関経連が昨年公表した報告書「わが国企業の持続的な企業価値向上とコーポレートガバナンス整備の在り方に関する報告書」の中でも、最近のアメとムチによるガバナンス改革以前に、良心に基づく経営者の心構えが重要とされ、田中教授の上記ご著書が引用されています。

ここからは全くの持論にすぎませんが、私が本業として上場会社のガバナンス構築に関与していて感じるのは、重要な経営判断を決定することよりも、その決定したことを役職員、取引先企業が(腹落ちして)実行することのほうが10倍ほどむずかしいという点です。ガバナンスが経営判断の決定に関する規律付けだとすれば、「アメとムチ」で決定されたことを役職員、取引先は正論としてはわかってもなかなか実行に移してくれないのが現実です(そうなると現場でもアメとムチが重視され、内部統制の厳格化が進んだあげく、思考停止に陥った現場にどのような影響を及ぼしたかを考えればおわかりかと)。

しかし役職員や取引先、株主も含めて、経営者が利他心に基づく責任ある経営判断を下すのであれば、決定された方針に基づく業務を執行する役職員や取引先等に、実行に向けての情緒的な動機付けが生まれます。このたびのガバナンス改革が「実質よりも形式」「仏作って魂入れず」に終わってしまっているのは、この現場への共感度が低く、頭ではわかっていても実行する気になれないという点に問題があるように思えてなりません。利他心が共有されなければ「助けて」といえる共助の精神も職場から失われ、業績をカバーしあう風土も失われていくように感じます。

今まではあまりにも株主に冷たい経営姿勢だったことへの反省として「アメとムチ」を活用するガバナンスが論じられるようになったことは理解できます。ただ、やはり正論や合理性だけで人は動かないのも事実。「社長が僕の家族構成まで覚えていてくれた」・・・そういったことが会社を強くするのではないかと(自身への反省をこめて)最近つくづくガバナンスや内部統制のむずかしさを感じます。社外取締役の在り方も、教科書に書かれているようなものではなく、田中教授のいわれるような「触媒型」(社長との間で緊張感を持ちつつも、相互信頼関係を維持し、社長の良心に火をつける触媒となる)というのも有りかな・・・と考えているところです。

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2017年3月 1日 (水)

産地偽装米騒動第3ラウンド-週刊ダイヤモンド誌を刑事告訴へ

証券市場の健全性を確保するため、いよいよ不公正取引の発見にAI(人口知能)が活用される時代となりましたが、はたして産地偽装を発見することにAIを活用する時代は来るのでしょうか。

企業不正に関する内部告発に関心を持つ者として、どうしても事件の帰趨が気になるのが京都の米卸会社による産地偽装米騒動です。今週発売の週刊ダイヤモンド誌がどのような反撃に出るかと期待しておりましたが続報は全く掲載されていませんでした。

その一方で、偽装米を流通させているとダイヤモンド誌で指摘された京都の会社は、「調査報告第7弾」を公表し、本日、ダイヤモンド社に対する刑事告訴状を京都地検に提出したそうです。親会社であるJA京都中央会が設置したサイトにおいても、詳細な調査結果が報じられています。週刊ダイヤモンド誌が検査に出したとされる精米と同じものを取引先から返品を受け、東京の財団法人日本穀物検定協会でDNA鑑定および同位体検査を受けるとのこと(検査については元最高検検事の弁護士の方が担当されていますね-毎日ニュースが報じています)。

ところで既に行政調査が進んでいるはずですが、一向に調査の進捗状況は報道されません。ダイヤモンド社としては、「同位体研究所」の検査結果に依拠して記事化したものなので、それなりに真実相当性に自信を持ってのことかとは思います。ただ、普通の名誉毀損、信用毀損の紛争ではなく、国民の食生活の安心に関わる事実の真偽が対象となるだけに、裁判で長期間争うような性格の問題とは言えないでしょう。誰かが早期に「国民の安心」のために真偽を明らかにしなければなりません(JA京都中央会さんは、当事者ではありますが、まさに社会的責任の一環として、ここまで熱心に調査報告を開示しておられるのでしょうね)。

今回のダイヤモンド誌の記事については内部告発によるものではない模様ですが、やはり社員による内部資料が存在しなければ、このようなスクープ記事は他紙が追随するような事態にはなりにくい、ということでしょうか。通常は行政調査機関に対して第2弾、第3弾の匿名、実名通報が届くケースがあるのですが、そういったものが届かないとなるとマスコミの反撃も苦しいかもしれません。

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