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2017年3月 2日 (木)

コーポレートガバナンス改革が置き去りにしていること-田中論文からの示唆

ガバナンス改革が進む中で「隠れたベストセラー」と評判の「『良心』から企業統治を考える」の著者、田中一弘教授(一橋大学大学院教授)のご論稿が、月刊監査役最新号(2017年3月号)に掲載されました。タイトルは「ガバナンス改革が置き去りにしていること-経営者の責任をめぐって」。内容的には、上記のご著書で語られているところと同様ですが、期待どおり(?)、「社外取締役中心のモニタリングモデルの取締役会改革」「業績連動型報酬制度の導入」「監査等委員会設置会社への移行促進」といった現状のガバナンス改革偏重主義に対する痛烈な批判と新たな提言がてんこもりです。

アメとムチによる「経営者への規律付け(コーポレートガバナンス)」だけでは、たしかに会社の業績を上げるために効果的かもしれない、しかしそれでは経営者は責任ある経営は果たせない、道徳や倫理を置き去りにして自利心を強調するガバナンスは、いざとなったら株主や債権者を騙してでも自分の地位を確保する風潮を招くことになる、といった趣旨が語られています。関経連が昨年公表した報告書「わが国企業の持続的な企業価値向上とコーポレートガバナンス整備の在り方に関する報告書」の中でも、最近のアメとムチによるガバナンス改革以前に、良心に基づく経営者の心構えが重要とされ、田中教授の上記ご著書が引用されています。

ここからは全くの持論にすぎませんが、私が本業として上場会社のガバナンス構築に関与していて感じるのは、重要な経営判断を決定することよりも、その決定したことを役職員、取引先企業が(腹落ちして)実行することのほうが10倍ほどむずかしいという点です。ガバナンスが経営判断の決定に関する規律付けだとすれば、「アメとムチ」で決定されたことを役職員、取引先は正論としてはわかってもなかなか実行に移してくれないのが現実です(そうなると現場でもアメとムチが重視され、内部統制の厳格化が進んだあげく、思考停止に陥った現場にどのような影響を及ぼしたかを考えればおわかりかと)。

しかし役職員や取引先、株主も含めて、経営者が利他心に基づく責任ある経営判断を下すのであれば、決定された方針に基づく業務を執行する役職員や取引先等に、実行に向けての情緒的な動機付けが生まれます。このたびのガバナンス改革が「実質よりも形式」「仏作って魂入れず」に終わってしまっているのは、この現場への共感度が低く、頭ではわかっていても実行する気になれないという点に問題があるように思えてなりません。利他心が共有されなければ「助けて」といえる共助の精神も職場から失われ、業績をカバーしあう風土も失われていくように感じます。

今まではあまりにも株主に冷たい経営姿勢だったことへの反省として「アメとムチ」を活用するガバナンスが論じられるようになったことは理解できます。ただ、やはり正論や合理性だけで人は動かないのも事実。「社長が僕の家族構成まで覚えていてくれた」・・・そういったことが会社を強くするのではないかと(自身への反省をこめて)最近つくづくガバナンスや内部統制のむずかしさを感じます。社外取締役の在り方も、教科書に書かれているようなものではなく、田中教授のいわれるような「触媒型」(社長との間で緊張感を持ちつつも、相互信頼関係を維持し、社長の良心に火をつける触媒となる)というのも有りかな・・・と考えているところです。

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コメント

としあき先生お久しぶり。
最高裁決定後初めて、価格決定勝ちましたよ。
まあ、新たな申し立ては、しない方針に変わりはないですが。
今は、コーポレートガバナンス改革のため、みずほとユーシンに注力しています。
http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/66008133.html

投稿: 山口さんそん | 2017年3月 3日 (金) 10時48分

業務効率化の改革等の新方式導入を実行して失敗をしたことがある企業だと従業員が改革がかえって作業効率を落とすモノとして難色を示してコレを経営者が上下関係で押しきって失敗するという負の循環があることがある場合もありそうです
従業員の経営判断の実行が経営者の単なる示威と見なされると不味そうではあります
部門間の対立や取引先企業が利害関係を考慮した上で実行したがらないということもあるかと

投稿: 流星 | 2017年3月 4日 (土) 04時38分

4月19日(水)日弁連の公開講座「コーポレート・ガバナンス改革の新しい流れと社外取締役の役割」に申し込みました。
山口先生も講師として、「仏に魂を注入する方法」を御伝授下さるよう、宜しくお願い申し上げます(懇願!)。

投稿: 試行錯誤者 | 2017年3月 5日 (日) 10時27分

皆様、いろいろとご意見ありがとうございます。
ちなみに三尊さんの価格決定申立事件、新たな一石を投じられたようでなによりです。ただ、この事例はかなり価格決定のプロセスに問題があったようで、JCOM最高裁決定と矛盾するわけではないように思いました。

投稿: toshi | 2017年3月 6日 (月) 00時42分

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