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2017年4月26日 (水)

産地偽装米騒動-マスコミはなぜ消費者の食の安心に無関心なのか?

週刊ダイヤモンド誌に産地偽装米スクープ記事が掲載された2月以降、ずっとこの問題に関心を寄せておりましたが、先週金曜日(4月21日)、JA京都中央会の特設HPに、記事の信用性に影響を及ぼす重大な鑑定結果が公表されました。ダイヤモンド誌が、京都の米卸業者の販売する産地米に「中国産が混じっていた」と報じる根拠となった鑑定書を作成した研究所が、JA京都中央会からの再鑑定依頼に対して「すべて国産米」という鑑定結果を出したそうです(鑑定書も添付されています)。同研究所は、たしか最初は再鑑定を拒絶しておられたようですが、最終的には鑑定をされたのですね。

「中国産が混じっている」からといって、決してお米の安全性に問題がある、とは申しません。ただ、日本産ということだけでなく、産地をきちんと明記してお米を販売することは、お米の流通に関わる方々にとって、ブランドを守る事業者の経営問題を越えて、消費者の「食の安心」に関わる重大な責務です。したがって、経済誌のスクープ記事は(このシリーズの最初のエントリーで申し上げましたとおり)消費者に与える影響が大きい以上、他のマスコミはよほどのことがない限りは後追い記事を書かないのでありまして、その点においては私の想定通りでした。

ただ、実際には農水省も行政調査に動き、ダイヤモンド誌も翌週号に第2弾の記事を掲載したことから、この米卸事業者は、未だに関西で100店舗以上の販売店から販売停止処分を受けており、経営面に深刻な打撃を受けたままです。もちろん、米卸事業者側としても刑事、民事の法的手続きを進めているそうですが、ご承知のとおり最終結論が出るまでには相当の年月を要するのであり、この米卸事業者には法的な結論を待つだけの経営上の余裕は残されていない可能性があります。今回のダイヤモンド誌側が依拠した鑑定結果が再鑑定によって別の結果となった以上、事業者としてやれることは全てやり尽くしたと評価できます(とりあえず、コンプライアンス経営という視点からの私の関心はここまでです)。

ところで、本来ならば行政調査の結果が速やかに出されるべきとは思いますが、JA京都中央会側の問い合わせに対して、未だ農水省からの回答はないそうです。ダイヤモンド誌といえば、経済誌として信用されているブランドですし、その記事も真実性が高いものと評価されています。この状況のままですと、どう考えても(世間的には)当該米卸業者の産地偽装疑惑は払しょくされないまま「グレー企業」としての烙印を押されてしまいます。また、ダイヤモンド誌が信用性の高い記事を書くメディアだけに、世間的には産地偽装米が、農水省の調査もあいまいなままに世間に流通している、と認識された状況が継続します。

この状況を受けて、せめてダイヤモンド誌と同じくらい信用性の高い記事を書かれているマスコミの方々が、「ファクト」(事実経過)だけでも報じるべきではないでしょうか?これは、米卸事業者の信用を回復するために、というわけではなく、消費者に及んでいる「食の安心」への脅威を少しでもなくすためです(おそらく2月以降「ファクト」をこれまで報じているのは大阪ローカルの毎日放送さんだけだと思います)。たとえば著名な経済誌がスクープとして「食の安全・安心」に関する記事をアップしたとしても、消費者としてはこの記事を冷静に受け止めることが必要、鑑定といっても、結論はファクトではなく意見にすぎない・・・その教訓だけでも「自己責任を問われる時代」の消費者教育の一環ではないでしょうか。

4月 26, 2017 未完成にひとしいエントリー記事 |

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コメント

> マスコミはなぜ消費者の食の安心に無関心なのか?

「安全であるべきものが、安全でした。」ということには、社会の耳目を引くという意味においては、ニュースバリューが無いので、マスコミが取り上げても、売上にはつながらない。そのようなものにコストはかけられない。
ニュースは、1.社会的に重要か、2.ニュースバリューがあるか、の二つで取り上げられる。後者であれば間違いなく取り上げられるが、前者であっても後者の価値が低いと無視される。本件は1.であっても2.ではない。

編集権の話があり、経営陣がコンプライアンス、社会の要請にこたえるという姿勢を持っていても、マスコミの現場介入はできないので、現場が変わるしかない。経営陣が編集権を越えてできることといえば、人事評価のモノサシを弄ることぐらいだろう。
売上を評価軸にするのではなく、社会的な重要性のあるニュースを取り上げることこそ、評価軸にすることぐらいだろうが、それで経営が成立するか。
貧すれば鈍すの典型に業界が嵌っているように思う。

そうではない、と思いたいが。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2017年4月26日 (水) 11時02分

コメントありがとうございます。
私もニュースバリューがないとなれば、それは編集権の範囲の問題ですからしかたがないと思います。

ところでオリンパス事件は最初、どこも報じませんでしたが、海外メディアが元社長さんの発言を報じ、これに会社側が呼応したことをきっかけに報道するようになりました。今回の件も、まだメディアは「誤報」とまではいえないのではないか、と考えているところがあるように思います。もしくは報道することによる各方面からの圧力等ですね。これも経営問題といえばそれまでですが。
結局「ニュースバリュー」というものも、結果にすぎないのであり、多くのマスコミが動いたからニュースバリューが発生するという考え方ができそうな気もします。

投稿: toshi | 2017年4月26日 (水) 11時46分

Toshi先生

> ところでオリンパス事件は最初、どこも報じませんでしたが、海外メディアが元社長さんの発言を報じ、これに会社側が呼応したことをきっかけに報道するようになりました。

これは「海外メディアが報じた」ということでニュースバリューが出た事例だと理解しています。外圧に弱い(センシティブ)日本社会の典型かと思っています。


> 多くのマスコミが動いたからニュースバリューが発生するという考え方

これも、特に大手マスコミなどに顕著だとは思いますが、最初の報道をするマスコミ媒体にとっての「ニュースバリュー」は、結局、読者の好奇心をくすぐるか否か、と思うと憂鬱になります。
本来のニュースバリューの考え方は、本質に迫っていて、読者に伝えるべきものであるか否か、がモノサシになるはずですが、結局のところ、売り上げに左右されることは否めず、読者の好奇に寄り添うもの=ニュースバリューのある記事、となっている気がしてなりません。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2017年4月28日 (金) 14時43分

いよいよプレジデント社が動きましたね。GW中はお休みしようかと思いましたが、これだけは書かざるを得ません。

投稿: toshi | 2017年5月 1日 (月) 12時26分

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