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2017年4月 5日 (水)

三越伊勢丹社長退任騒動-社外取締役が見るべきものは戦略の実体かプロセスか

昨日(4月3日)の日経「経済教室」では、大阪市立大学の吉村典久教授の「企業統治改革の課題(上)-社外取締役・監査役連携を」と題する論稿が掲載されていました。とくに先日の三越伊勢丹HDにおける社長退任事例を引用して、社外取締役の社長交代劇における役割、従業員ガバナンスの役割と限界といった点について興味深い解説がなされていました。

ちょうど4月1日(土)にコーポレート・ガバナンス・ネットワークの関西勉強会で、私も「社長退任のプロセスから見た三越伊勢丹HDのガバナンス」と題する発表をしておりまして、ほぼ同じような論点について25名ほどの会員の方々と活発な議論をしました。今年3月1日に日経ビジネスオンラインでインタビューを受けておられた元社長さん(そのわずか1か月後に退任されたわけですが)が「これからの三越伊勢丹のV字回復戦略」として掲げ、すでに実行しておられる点は、まさにガバナンス改革の時代にふさわしい社長さんの姿勢ではないか、なぜ辞めなければならないのか」といった問題提起を私からさせていただきました。

3月末ころになると、JR東日本で労務対策の責任者(総務部長)を経験され、その後ルミネの社長・会長を務められた花崎淑夫氏も元社長擁護論をマスコミで展開されていたので、タイミングの良い検討会だったのですが、そこで数名の会員の方から傾聴に値する意見が出されました。

社長の戦略が間違っていたのか、それとも正しいのかは、10年くらい経過してみないとわからない。見る人によって正しいと考えるのも正解だし、誤った戦略と考えるのも正解。ただ、経営者は実体としての戦略を立てることのほかに、その戦略を実行する幹部や社員にわかりやすい言葉(シンプルな言葉)で納得させることができて、組織全体を一定の方向へ束ねることができて、その結果として成果を出せることが必要。つまり、元社長さんの戦略がどんなに立派だとしても、プロセスを間違えたのではないか。現場に出て社員とコミュニケーションをとったのかもしれないが、社員が腹落ちするような言葉で語りかけていないのではないか

このご意見については、私も「なるほど」と思いました。この騒動を伝えた3月12日付け日経ヴェリタスでも、大手証券会社の意見がふたつ紹介されていまして、元社長退任(事実上の解任)という結果を受けて「これで構造改革の実行体制が強化された」と好意的みる立場(野村證券さん)と、「改革の後退につながりかねない」と悲観的にみる立場(みずほ証券さん)に分かれています。たしかに中長期的な成長のための戦略とその戦略を担う責任者との関係については、みる人によって意見が大きく分かれるのかもしれません。では、社外取締役はこの騒動においてどのような役割が期待されたのでしょうか。

大きな企業でトップの経験を持つ3名の社外取締役の方々が、この騒動でどのような行動に出たのか、ほとんどマスコミからは伝わってきません。なのでここからは推測ですが、百貨店ビジネスの復活のための処方箋(戦略)について、業界の外の人である社外取締役さん方は、意見は言えるとしても、最終的には社内の執行者にゆだねるしかないと思います。ただ、上記議論にもあるように、この社長さんに社員がついていくだけの人望があるのか、そのような動機付けをする努力をしているか、戦略を実行に移せるだけの「束ねる」力はあるのか、といったプロセスの面については、ご自身方の経営者としての経験も踏まえて、きちんと判断しておられたのではないでしょうか。社員が構造改革に反対しているから、といった事実ではなく、構造改革を断行するためのプロセスを間違っていたからこそ、社外取締役の方々は会長さんと歩調を合わせて社長退任のストーリーに参加されたのではないかと推測いたします。

最近は指名・報酬委員会の委員を社外取締役が務めることが多くなりました。しかし、「社外の人間に何がわかるのか」「そもそも業界を知らずしてモニタリングなど務まるわけがない」等と批判されることもあります。たしかに戦略の実体面だけに焦点をあてると、そのような批判が当たっているように思いますが、「経営者にとって必要な要素」としてのプロセスの面に焦点をあててみると、公正な社外の目、とりわけ経営経験者としての目で見る人がボードを構成していることには大きな価値があるように思えます。

4月 5, 2017 最良のコーポレート・ガバナンスとは? |

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コメント

若干古い話になりますが、JCOM事件の最高裁決定の発想に似ているように感じます。

JCOM事件では、裁判所は個別の価格の妥当性を考えるのではなく、価格決定に至るプロセスの公正性を審査すれば良い、という立場になっていました。
翻って、三越伊勢丹の例では、戦略の妥当性ではなく、戦略の実行に至るプロセスの妥当性を社外取締役は監視すればいい、ということになりましょうか。

JCOM事件では、裁判所の審査機能の後退であるという批判的学説もありますが、概ね、M&Aなどにおける予見可能性が高まることで経済的側面を中心に肯定的評価が多いと理解しています。他方、プロセスに問題がある場合には、結局のところ、裁判所が個別の価格決定を行うことが避けえず、その場合の問題が残ります。(本決定の原審などが採用したレックスHD事件の田原判事の補足意見に従った定式によるのでしょうか?)

同じように、三越伊勢丹の例でも、そもそもの戦略の意義に関する対立が生じた時で、かつ、実行のプロセスにも特に問題はなく、成果を出すのには時間がかかる、というようなケース(あまりないのかもしれませんが。)には、社外取締役は機能不全(判断不能)になるのでしょうか。それとも、以前に決裁した戦略だから、という形で保守的になるのか。
こういったときには、社外取締役の価値が問われる場面であると同時に、法務的なリスクも拡大している状況であり、かつ、社会からも期待される場面(少なくとも現在の世論的には。)であろうと思います。

そのような判断のできる社外取締役がいるとすれば、それは同業他社人材ではないかと思うので、そもそも社外取締役に期待するのは無理がある、と思っているところです。

社外取締役は裁判所と同じで中身を判断することができない、プロセス審査、手続き審査しかできない、という割り切りが社会に認知されれば、相応に機能していくと個人的には思っています。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2017年4月 7日 (金) 14時26分

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